魔法少女まどか☆マギカ 未来 作:kuroto xanadu
今回はかなり長めです。
さやかのソウルジェムが砕け、入れ替わるように生まれたグリーフシードから現れたのは魔女だった。
『人魚の魔女』
周囲には楽譜のように音符が浮遊していて、
さやかの体がゆっくり空中落下している。
「さやか!」
杏子は急いで魔法少女に変身して、襲いかかってくる車輪を避けながらさやかの体を受け止める。
「グアァァァァァ!!!!!」
魔女が獣のような咆哮を上げている。
「何なんだよ。てめぇ、一体何なんだ!さやかに何をしやがった!」
杏子はさやかを抱いたまま車輪を避けようとするが1つだけ直撃しかける。
その直前で爆発が起きて杏子は後方へ退避する。
「下がって」
突然、現れた暁美ほむらはすぐに姿を消すと魔女の前でグレネードを爆破させる。
杏子の前に立ったほむらは杏子に手を伸ばす。
「掴まって」
「何を…」
「いいから!」
「くっ…」
杏子は考えている時間は無いとその手を取る。
次の瞬間、世界が止まった。
「こいつは…」
「私から手を離したらあなたの時間も止まってしまう。気をつけて」
「こっちです!」
その声と共に現れたのは時間が止まっているのに動けているまばゆだった。
ほむらは手を握ったまま走り出す。
「どうなってるんだよ!あの魔女は何なんだよ!」
「かつて美樹さやかだったものよ。あなたも見届けたんでしょ」
「逃げるのか?」
「嫌ならその余計な荷物を捨てて今すぐあの魔女を殺しましょう。出来る?」
「ふざけるな!」
「今のあなたは足手まといにしかならない。一旦退くわ」
線路のような道を進み、見えた光の先へ行って魔女の結界を抜け出した。
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まどかは線路の上を歩いていた。
途中でマミとほむらに置いていかれた未来も合流した。
正面からほむらと杏子が歩いてきた。
杏子の腕の中にはさやかの体が抱かれていた。
「さやかちゃん?」
まどかの呼びかけに杏子は目を逸らす。
「さやかちゃん、どうしたの?ねぇ、ソウルジェムは?さやかちゃんはどうしたの?」
「彼女のソウルジェムはグリーフシードに変化した後、魔女を生んで消滅した」
「ソウルジェムがグリーフシードに…変化した?」
ほむらの言葉に未来が繰り返す。
まどかは膝から崩れ落ちた。
「嘘…だよね」
「事実よ。それがソウルジェムの最後の秘密。この宝石が濁りきって黒く染まる時、私達はグリーフシードになり魔女として生まれ変わる。それが魔法少女になった者の逃れられない運命」
ほむらはソウルジェムを見せて説明する。
彼女達の横を電車が通過する。
「…バカ野郎…あいつ」
未来は左手を握りしめて、浄化に間に合わなかった自分に腹が立っていた。
「嘘よ…嘘よね?…ねぇ!」
まどかは立ち上がったがすぐに膝から崩れ落ちた。
「そんな…どうして…さやかちゃん、魔女から人を守りたいって…正義の味方になりたいって…そう思って魔法少女になったんだよ。なのに…」
「その祈りに見合うだけの呪いを背負い込んだまでのこと。あの子は誰かを救った分だけこれからは誰かを祟りながら生きていく」
ほむらの言葉を聞いた杏子はさやかの体をそっと地面に下ろした。
すると、ほむらに振り返ってその胸ぐらを掴み締め上げた。
「てめぇは何様のつもりだ?事情通ですって自慢したいのか!何でそう得意気に喋っていられるんだ!こいつはさやかの!…さやかの親友なんだぞ」
杏子はさやかの胸で泣き崩れるまどかに視線を向けながら怒りを露にする。
「今度こそ理解出来たわね。あなたが憧れていたものの正体がどういうものか。わざわざ死体を持ってきた以上、扱いには気をつけて。迂闊な場所に置き去りにすると後々厄介なことになるわよ」
ほむらは杏子の手を振り払う。
「てめぇ、それでも人間か!」
「もちろん違うわ」
ほむらは髪をかき上げる。
「あなたもね」
「…くっ」
杏子は歯を食いしばり、ほむらは踵を返してその場を去った。
「ダーリン…」
マミが不安そうな声を出す。
「大丈夫。俺がいる魔女になんてさせない」
未来はマミの肩に手を置いてから抱きしめる。
「ダーリン…うん」
マミは未来の背中に腕を回して抱き合った。
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まどかの自宅。
まどかは自室のベッドの上で体育座りしていた。
「入っていいかい?話があるんだ」
空気を読まずに現れたのはキュゥべえだった。
「…生きてたのね」
呟くまどか。
キュゥべえはいつの間にか棚の上に移動していた。
「ほむらちゃんが言ってたこと本当なの?」
「訂正するほど間違ってはいないね」
「じゃああなたは皆を魔女にする為に魔法少女に?」
「勘違いしないで欲しいんだが僕らは何も人類に対して悪意を持っている訳じゃない。全てはこの宇宙の寿命を伸ばす為なんだ。」
確かに悪意は無い。だが善意もない。
「まどか、君はエントロピーっていう言葉を知っているかい?簡単に例えると焚き火で得られる熱エネルギーは火を育てる労力と釣り合わないってことさ。エネルギーは形を変えるごとにロスが生じる。宇宙全体のエネルギーは目減りしていく一方なんだ。だから僕達は熱力学の法則に縛られないエネルギーを探し求めてきた。そうして見つけたのが魔法少女の魔力だよ」
「あなたは…いったい…」
「僕達の文明は知的生命体の感情をエネルギーに変換するテクノロジーを発明した。ところが生憎、当の僕らが感情というものを持ち合わせていなかった。そこでこの宇宙の様々な異種族を調査し君達人類を見出だしたんだ。人類の個体数と繁殖力を鑑みれば1人の人間が生み出す感情エネルギーはその個体が誕生し成長するまでに擁したエネルギーを凌駕する。君達の魂はエントロピーを覆すエネルギー源足りうるんだよ」
それはまるで家畜と言っているようなものだった。
「とりわけ最も効率が良いのは第二次成長期の少女の希望と絶望の相転移だ。ソウルジェムになった君達の魂は燃え尽きてグリーフシードに変わるその瞬間に膨大なエネルギーを発生させる。それを回収するのが僕達インキュベーターの役割だ」
「私達…消耗品なの?あなた達の為に死ねっいうの?」
キュゥべえの長い話を聞いていたまどかが口を開いた。
「この宇宙でどれだけの文明がひしめき合い一瞬ごとにどれほどのエネルギーを消耗しているのか分かるかい?君達人類だっていずれはこの星を離れて僕達の仲間入りをするだろう。その時になって枯れ果てた宇宙を引き渡されても困るよね。長い目で見ればこれは君達にとっても得になる取引のはずだよ」
「バカ言わないで…そんな訳の分からない理由でさやかちゃんがあんな目に遭って…あんまりだよ。酷すぎるよ!」
まどかは悲しみの嘆きを口にする。
「僕達はあくまで君達の合意を前提に契約しているんだよ。それだけでも十分に良心的なはずなんだが」
「みんな騙されてただけじゃない!」
まどかは激しくキュゥべえを非難する。
「騙す行為自体、僕達には理解出来ない。認識の相違から生じた判断ミスを後悔する時、何故か人間は他者を憎悪するんだよね」
「あなたの言ってること…ついていけない。全然納得出来ない」
「君達人類の価値基準こそ僕らは理解に苦しむな。今現在で69億人。しかも4秒に10人ずつ増え続けている君達がどうして単一個体の生き死にそこまで大騒ぎするんだい?」
「…そんな風に思ってるならやっぱりあなた…私達の敵なんだね」
「これでも弁解に来たつもりだったんだよ。君達の犠牲はどれだけの素晴らしいものをもたらすか理解してもらったんだが…どうやら無理みたいだね」
「当たり前でしょ」
まどかは強気に返す。
「まどか、いつか君は最高の魔法少女になりそして最悪の魔女になるだろう。その時、僕らはかつてない程の大量のエネルギーを手にいれるはずだ。この宇宙の為に死んでくれる気になったらいつでも声をかけて。待ってるからね」
キュゥべえはまるで友達と遊びの約束をするかのような軽い態度で言って去っていった。
「…うぅ…うううぅ…」
1人になったまどかは膝を抱えて泣きじゃくった。
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さやかの自宅。
さやかの自室のベッドにさやかの体を寝かせ杏子はソウルジェムの光を当てる。
「そうまでして死体の鮮度を保って一体どうするつもりだい?」
部屋にいたキュゥべえが問いかける。
杏子は無視して一緒にいた未来からおにぎりを受け取ると胡座をかいて座った。
本当はお菓子を食べたかったがこんな時間に食べることを未来は許さない。
「こいつのソウルジェムを取り戻す方法は?」
杏子がキュゥべえに問う。
「僕の知る限りでは無いね」
「…そいつはお前が知らないってこともあるって意味か?」
「魔法少女は条理を覆す存在だ。君達がどれ程の不条理を成し遂げたとしても驚くには値しない」
「出来るんだな?」
「前例は無いね。だから僕にも方法は分からない。生憎だが助言のしようが無いよ」
キュゥべえの言葉に杏子はその目を見る。
「いらねぇよ。誰が…てめぇの手助けなんか…借りるもんか」
杏子はおにぎりにかぶりつきながら文句を言う。
そんな杏子をよそに未来はキュゥべえに振り向く。
「君も僕に聞きたいことがあるようだね」
「ああ。こうしてまともに話すのは初めてだな」
「僕も君には興味があったよ。君はあまりにもイレギュラーだからね」
未来とキュゥべえの視線がぶつかる。
まるで宿敵のように。
「…魔法少女が魔女になるっていう話は本当だな?」
「本当だよ」
「意図的に伏せていたな?」
「伏せていたわけじゃない。聞かれなかったからさ。前にも言ったようにね」
「何の知識もない相手に甘い言葉で誘い情報を公開せず契約するのはこの世界では詐欺っていうんだよ」
「知識を得ようという努力をせずこちらの責任にされてはたまってものではないね」
2人はまるで音を打つようにハイスピードで掛け合いする。
「願いを叶える。魂をソウルジェムに変える。魔女と戦う。ソウルジェムが濁り魔女になる。魔法少女に殺される。その魔法少女も魔女になる。その魔女も魔法少女に殺される。いったいどれだけ繰り返してきた?この悪夢のような地獄を!彼女達に人殺しさせることがそんなに楽しいか?」
未来の言葉に杏子はかつて自分が魔法少女と魔女の関係を食物連鎖に例えたことを思い出す。
今思えば胸糞悪いことを言っていたものだ。
人殺しを正当化していたのだから。
そして、そんな自分が今はさやかを救おうとしている。
「楽しいという感情は僕には無いね。それに個体数が1つ減ったところで君達はそれを上回るスピードで増えるんだ。何の不都合もない」
「てめぇ…」
杏子がムカついて立ち上がったところで未来がそれを手で制する。
「未来…」
杏子の呟きに未来が頷くとキュゥべえに近づいていく。
「キュゥべえ」
「何だい?…キュッ!」
首を傾げたキュゥべえは次の瞬間、未来の拳によって殴り飛ばされ壁に激突した。
「未来…お前」
「…俺達は家畜じゃねぇ。駒でも道具でもねぇ。人間だ!」
未来は吠えた。
「…やれやれ人間という生き物は本当に理解し難い。そんなことをしても君の拳が無駄に痛みを蓄積していくだけなのに」
壁に激突し床に落ちたキュゥべえは何事も無かったかのように起き上がった。
「お前がたとえ鋼鉄で出来ていたとしても魔法少女の痛みに比べたら痛みでも何でもねぇ。最後にこれだけは言っておく」
キュゥべえは静かに次の言葉を待つ。
「人間、ナメんなよ!さっきのパンチは攻撃じゃねぇ!お前への宣戦布告だ!お前は全部上手くいったと思ってるみたいだが盤面全部ひっくり返してそれでハッピーエンドで終わらせてやるよ!」
未来はキュゥべえに対してビシッと指を差してそう宣言した。
「君の能力はあくまで魔女になる前の魔法少女に対して作用するものだ。魔女になった美樹さやかに君が出来ることはもうなにもない」
「そう思うか?」
「何か策があるのかい?」
「ここで話すつもりはない」
「そうか。君がどういう行動を取るのか楽しみにしているよ」
キュゥべえが笑顔でそう言うが、未来がその笑顔に騙されることはもうない。
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翌日。
朝、まどかは仁美と一緒に登校していた。
「まどかさん、今朝は顔色が優れませんわ。大丈夫ですの?」
「うん…ちょっと寝不足でね」
まどかは小声で返す。
「それにしても今日もさやかさんはお休みかしら?後でお見舞いに行くべきでしょうか?でも私が行っていいのか…今ちょっとさやかさんとはお話しづらいんですの」
仁美とさやかにどういう事情があるのかまどかは知っている。だがそんなこと言えるはずもない。
「仁美ちゃん、あのね…」
「昨日の今日でのんきに学校なんて行ってる場合かよ」
仁美に声をかけようとするまどかを遠くにいた杏子がテレパシーを飛ばしてきた。
まどかはその方向に足を向ける。
「まどかさん?」
仁美が不思議がる。
「ちょっと話があるんだ。顔貸してくれる?」
杏子のテレパシーにまどかは頷いた。
「仁美ちゃん、ごめん!今日は私も学校お休みするね!」
まどかは来た道を引き返していく。
背中でまどかを呼び止める仁美の声が聞こえたがそれを無視した。
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まどかと杏子が会ったのはヨーロッパ風の住宅街だった。
「あの…話って…」
「美樹さやか…助けたいと思わない?」
「あっ…助けられる…の?」
杏子の問いにまどかは前のめりになる。
「助けられないとしたら放っとくか?」
杏子のさらなる問いにまどかは俯く。
杏子はフッと笑った。
「妙な聞き方しちゃったね。バカと思うかもしれないけどあたしはね…本当に助けられないのかどうかそれを確かめるまで諦めたくない」
出会った頃の彼女ならそんなことは言わなかっただろう。
彼女はまどかの目をジッと見る。
覚悟を確かめるように。
「あいつは魔女になっちまったけど友達の声ぐらいは覚えてるかもしれない。呼びかけたら人間だった頃の記憶を取り戻すかもしれない。それが出来るとしたら多分あんただ」
「上手くいくかな…」
まどかは自信無さげに返す。
「分かんねぇよそんなの」
そう言ってフフッと笑う杏子。
「分かんないからやるんだよ!もしかしてあの魔女を真っ二つにしてやったらさ。中からグリーフシードの代わりにさやかのソウルジェムがポロッと落ちてくるとかさ。そういうもんじゃん?最後に愛と勇気が勝つストーリーってのは。あたしだって考えてみたらそういうのに憧れて魔法少女になったんだよね。すっかり忘れてたけど…さやかがそれを思い出させてくれた」
まどかの顔を見た杏子の雰囲気が張りつめたものに変わる。
「付き合いきれねぇってなら無理強いはしない。結構…危ない橋を渡るわけだしね。あたしも絶対何があっても守ってやるなんて約束はできねぇし」
杏子の忠告にまどかは首を横に振る。
「ううん。手伝う。手伝わせて欲しい」
決意したまどかは杏子に手を差し出す。
「あたし、鹿目まどか」
まどかの自己紹介に杏子は可笑しそうに笑った。
「ったく…もう…調子狂うよな。ほんと」
「え?」
「佐倉杏子だ。よろしくね」
杏子は手の代わりに『うんまい棒』を差し出した。
お菓子を渡されたまどかは戸惑いを隠せなかった。
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見滝原中学校。
教室でほむらは授業を受けていた。
「すみません。気分が優れませんので保健室へ」
ほむらは体調不良を先生に訴えた。
もちろん嘘である。
「このクラスの保健委員は誰かね?」
「鹿目さんは今日お休みです」
「では学級委員が付き添いに」
先生の言葉を待たずにほむらは1人で教室を抜け出していった。
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マミの自宅。
「よし。行こうか」
「ええ。ダーリン!」
意気込む未来に応えるマミ。
「本当はダーリンと色々シたかったけど」
「体力は温存しておきたいので勘弁して下さい」
このサキュバスの相手をしていたら体力を絞り取られてしまうだろう。
「残念。だけど私も後輩を助けたい」
「さやかは俺達で助ける!」
2人は手を繋ぎ、歩きだした。
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高架下のような場所をまどかと杏子は歩いていた。
「ほむらちゃんも手伝ってくれないかな?」
「あいつはそういうタマじゃないよ」
「友達じゃないの?」
まどかの問いに杏子は串団子を1つ食べる。
「違うね。まあ…利害の一致っていうかお互い1人じゃ倒せない奴と戦う為につるんでるだけさ。あと何日かしたらこの町にワルプルギスの夜が来る」
「ワルプルギス?」
まどかは聞き覚えのない単語に疑問を口にする。
「超ド級の大物魔女だ。あたしもあいつも多分1人じゃ倒せない。だから共同戦線っていうかまあ要するにそういう仲なのさ」
「マミさん達がいても?」
「結果は変わらねぇだろうな」
しばらく歩いていくと工事現場のような場所に辿り着いた。
「ここだな」
杏子は入り口を塞いでいた鎖を壊して前に進む。
「ほんとにさやかちゃんかな?他の魔女だったりしないかな?」
「魔力のパターンが昨日と一緒だ。間違いなくあいつだよ」
杏子は魔法少女に変身して床に刺のようなものを打ち込む。
「さて改めて聞くけど本当に覚悟はいいんだな?」
杏子の最後の忠告にまどかは苦笑し、
「なんかもう慣れっこだし。私、いつも後ろからついていくばっかりで役に立ったこと一度も無いけど…でもお願い…連れていって」
「ほんと変な奴だな。あんた」
杏子はそう笑った後、槍で目の前を斜めに斬ると空間に裂け目が出来て魔女の結界の入り口が開いた。
結界の通路の壁にはコンサートのポスターのような紙が張られていた。
「ねぇ、杏子ちゃん」
まどかが口を開く。
「ん?」
「誰かにばっかり戦わせて自分で何もしない私ってやっぱり卑怯なのかな…」
まどかの語尾が小さくなっていく。
「何であんたが魔法少女になるわけさ」
「何でって…」
小声で口ごもるまどか。
「ナメんなよ。この仕事はね、誰にだって務まるものじゃない。」
杏子は立ち止まって振り返り、強い口調で言い放つ。
「でも…」
「毎日美味いもん食って幸せ家族に囲まれてそんななに不自由ない暮らしをしてる奴がさ。ただの気まぐれで魔法少女になろうとするんならそんなの、あたしが許さない。いの一番にぶっ潰してやるさ」
その言葉にまどかは言い返せない。
「命を危険にさらすってのはな…そうするしか他に仕方ない奴だけがやることさ。そうじゃない奴が首を突っ込むのはただのお遊びだ…おふざけだ」
「そうなのかな…」
「あんただっていつかは否が応でも命懸けで戦わなきゃいけない時が来るかもしれない。その時になって考えればいいんだよ」
杏子は優しく諭す。
「うん…」
まどかは力なく頷く。
奥へ進み両開きの扉を開けると両サイドの壁にさやかの記憶の映像のようなものが映し出されていた。
「杏子ちゃんはどうして…」
まどかがそう問いかけようとしたその時、背後の扉がバンッと勢いよく閉まった。
「はっ!」
「気づかれた!来るぞ!」
気づいたまどかと身構える杏子。
通路から強制的に前へ移動していき扉が次々と開き最奥に辿り着いた。
その内部はまるでコンサートホールの劇場のような場所だった。
周囲では使い魔なのかオーケストラの楽団がいて指揮者がタクトを振っている。
そして、その中心にいたのが魔女に成り果てたさやかであった。
上半身は騎士のような甲冑に身を包み、下半身は人魚の尾ひれがついていて、左手に持つ剣をタクトのように振っている。
「いいな?打ち合わせ通りに」
「う、うん!…さやかちゃん、私だよ…まどかだよ!聞こえる?私の声が分かる?」
まどかは大声でさやかに呼びかける。
それに対して魔女はいくつもの車輪を出現させる。
「怯むな。呼び続けろ!」
杏子がまどかの前に出て、祈るように両手を合わせるとさやかと初めて会った時に作り出した結界を展開した。
「さやかちゃん…やめて。お願い…思い出して!こんなこと…さやかちゃんだって嫌だったはずだよ!」
魔女が車輪を放ってくる。
「さやかちゃん、正義の味方になるんでしょ。ねぇお願い…元のさやかちゃんに戻って!」
まどかが説得する中、杏子は車輪を捌き続ける。
「聞き分けがねぇにも…程があるぜ…さやか!」
魔女は車輪をさらに出現させて、杏子に向けて放つ。
「杏子ちゃん!」
まどかの叫びに杏子は車輪をどかす。
「大丈夫。この程度…屁でもねぇ。あんたは呼び続けろ…さやかを」
「やめて!もうやめて!さやかちゃん、私達に気づいて!」
まどかが叫び続ける中で杏子は車輪の直撃を食らい続けていた。
「(はっ…いつぞやのお返しかい?そういえばあたし達、最初は殺し合う仲だったけね。生温いってあの時あたしがもっとぶちのめしてもあんたは立ち上がってきたじゃんかよ。怒ってんだろ?何もかも許せないんだろ?分かるよ。それで気が済んだら目覚ましなよ。な?)」
杏子の体が車輪で吹っ飛ばされ自身の張った結界に激突し結界が消えて、まどかが杏子に駆け寄る。
魔女はまどかに手を伸ばし、その体を掴み上げる。
「うぅ…さやかちゃん…お願いだから…」
魔女の腕の中でまどかが苦悶の声を上げる。
「さやか!」
杏子が槍でまどかを掴んでいた腕をぶった斬り切断する。
切断の断面から血のように青い液体が噴き出す。
「あんた、信じてるって言ってたじゃないか!この力で人を幸せに出来るって!」
床が真っ二つに割れ、魔女と杏子、気を失ったまどかが下に落下していく。
「頼むよ神様…こんな人生だったんだ。せめて一度くらい幸せな夢を見させてよ」
元は教会にいたせいか杏子は神頼みする。
落下していくまどか。
それを受け止めたのは暁美ほむらだった。
遅れてまばゆも現れる。
杏子の槍がカランっと音を立てて消える。
「佐倉さん!」
「杏子!」
ほむらは思わずいつものフルネームではなく名前で呼ぶ。
「よぉ…」
「あなた…」
ほむらのその表情はいつもの真顔ではなく心配そうな顔だった。
「その子を頼む。あたしのバカに付き合わせちまった」
杏子はほむらが何か言う前に再度結界を張った。
「足手まといを連れたまま戦わない主義だろ。いいんだよ…それが正解さ」
杏子の言葉にほむらは腕の中のまどかに視線を移す。
「ただ1つだけ守りたいものを最後まで守り通せばいい。…ハハッ…なんだかな…あたしだって今までずっとそうしてきたはずだったのに」
杏子は髪のリボンを解き髪留めを手に取り、神に祈るように膝をつき両手を合わせる。
「行きな。こいつはあたしが引き受ける」
まどかを抱えたほむらとまばゆがその場を去る。
「(悪いな未来。あたしは…)」
己の全てを懸けて杏子が覚悟を決めたその時。
バァン。
一発の銃弾が杏子の結界を撃ち抜き、さらにその先の魔女に直撃した。
「待たせたな」
杏子が声のした背後へ振り向く。
そこには…
「未来…マミ…」
「お待たせ!」
マミが頼りがいのある返事をする。
「何で…」
「何でってさやかを助けに来たに決まってんだろ」
未来は杏子に駆け寄ってまずソウルジェムの穢れを浄化する。
魔女から飛んでくる車輪はマミが全て撃ち落としている。
「バカ野郎!お前こんなところまで」
「策…という程ではないけど1つ賭けがある」
「賭け?」
「さやかを救う為の賭けだ。乗るか?」
未来は杏子に挑戦的な笑みを浮かべる。
怖いなら下りてもいいと言いたげに。
「…ハッ!しょうがねぇな。乗ってやるよ…その賭け!」
杏子は再び立ち上がった。
「で…どうする?」
「少しでいいから魔女を拘束して欲しい。マミ!」
「分かったわ!」
事前に聞いていたのかマミは車輪を全て撃ち落としきった後にリボンで魔女を拘束する。
「こっちもいくぜ!」
杏子も多節棍で同様に拘束する。
「アァァァァァ!!!!!」
魔女は拘束を振りほどこうと悲鳴を上げてあがく。
未来は2人より数歩下がった位置で立ち止まると左手を前にかざした。
「お前…まさか!」
杏子は未来がやろうとしていることに気づく。
「そう。魔女の魔力…穢れを全て吸収して魔女を引き剥がす!」
未来はある仮説を生み出していた。
魔女を構築している物質は何か。
魔力だろう。
未来の左手やソウルジェムがそれを感知している。
だがその魔力は魔法少女と同一のものか。
ソウルジェムの穢れをグリーフシードが吸収する。
穢れが溜まりきったグリーフシードは魔女を生む。
これはマミから既に聞いている。
魔女を倒し落とされたグリーフシードの穢れは空である。
ならばその前は?
魔女の状態の魔力…穢れはどうなっている?
未来はこう考えていた。
魔女の体を構築しているのは魔力の穢れなのではないか。
魔法少女の魔力を光とするなら魔女の魔力は闇。
ならその穢れを全て取り除けば魔女を引き剥がしグリーフシードをソウルジェムに戻すことが出来るはず。
もちろんこれはあくまで未来の仮説だ。
邪魔をされたくないのでキュゥべえにも確認していない。
何の保証もない。
だから何だ。
さやかを助けるのにそんなことは関係ない。
未来は前に突き出した左手の手首を右手で握る。
「はぁっ!」
そのかけ声と共に魔女の体から黒いもやのようなエネルギー体が出てきて未来の左手に吸い込まれていく。
「…ぐっ!」
未来は顔をしかめる。
今までの穢れとは濃度が違うため、まるで毒のように未来の脳に負荷がかかる。
「ダーリン!」「未来!」
2人が心配そうに声をかける。
「大丈夫だ。まだいける…」
そう応える未来の頭の中に何かが流れ込んできた。
それはさやかの記憶だった。
魔法少女に契約した時、キュゥべえにソウルジェムを触れられた時の苦痛、フードコートでの仁美との話、仁美と楽しそうに喋っている恭介、電車で2人の男にしてしまったこと。
それらが一気に未来に流れ込んでくる。
「ぐっ…」
たまらず未来は左手を突き出したまま片膝をつく。
「さやか…」
…苦しい…
声が聞こえた。
さやかの声だ。
未来の左手と魔女が穢れを通して繋がっているのだ。
マミと杏子には聞こえていない。
…こんなはずじゃなかったのに…
…正義の味方になりたかった…
…痛い…苦しい…もう嫌だ…
…恭介を救った…
…魔女を倒した…
…痛い…
…あたしはもう人間じゃない…
…恭介を取られちゃう…
…何でこんな奴らの為にあたしが戦わなきゃいけない…
…人を…襲った…
…あたしは…バカだ…
「ああ。お前はバカだ」
未来は片膝を伸ばし立ち上がる。
「絶望するのが早すぎるんだよ。俺達…まだ14年しか生きてねぇだろうが…人生がどうだったかなんてな…毎日生きて年とっておばあちゃんになってそんで…最後に死ぬ時に決めやがれ!」
未来がそう吠える。
「ガアァァァ!!!」
魔女が左手の拘束を僅かに解き、その剣を未来に突き出す。
剣は未来の頬を掠めすぐ横の床に突き刺さる。
未来の頬から血が流れる。
「ダーリン!」「未来!」
2人が呼びかけるが未来は気にしてる余裕は無かった。
「それでもいらねぇって言うなら…お前の人生、俺が全部貰ってやるよ!」
未来の魂の叫びを聞いた魔女の動きが止まった。
「マミ!杏子!」
「「なに?」」
「俺を…守ってくれ」
それは最高に情けないセリフだった。
2人は、
「「オッケー!」」
強く頷いた。
「はあぁぁぁ!!!」
未来はさらに気合いを入れる。
魔女から穢れが未来の左手に吸収されその体がゆらゆらと形を崩していく。
「戻ってこい!さやかぁぁぁぁぁ!!!!!」
魔女の穢れの残りが全て未来の左手に吸収された。
一瞬の静寂。
その直後、霧のように消えた魔女の代わりにキラキラと光るものが落ちてきた。
杏子はそれを床に落ちる前にキャッチする。
それは…
「さやかのソウルジェム…」
水色のソウルジェム…さやかの魂だった。
「未来!やったぞ!さやかを取り戻したぞ!」
杏子が喜んで未来に振り返る。
「はは…よかっ…た…」
未来の声が途切れ、前のめりに倒れた。
「ダーリン!」「未来!」
マミが未来を抱き寄せ、杏子も駆け寄り声をかける。
「どうしたんだよ!」
「分からないわ!…息はある。でも急にどうして…」
「くそ!やっとさやかを助けられたのに…」
「とにかく家に運びましょう!」
「ならあたしも」
「佐倉さんは美樹さんにまずそれを届けてあげて」
マミは杏子が持つさやかのソウルジェムに視線を移す。
「…ああ、分かった。でも終わったらすぐに行く!」
「ええ」
一難去ってまた一難。
戦いはまだ終わらない。
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ほむらの自宅。
「美樹さやかのソウルジェムが戻ったようだ」
キュゥべえがほむらとまばゆに報告した。
「まさか…どうやって…」
ほむらは驚いて立ち上がる。
「僕も驚いたよ。まさか明日川未来が魔女の穢れを全て吸収してソウルジェムに戻すなんてね」
「未来君、やったんですね!」
まばゆが喜ぶ。
「だがその代償は大きかったみたいだ」
「どういう意味?」
ほむらが問う。
「明日川未来は穢れを吸収し過ぎて意識不明の状態に陥った。ソウルジェムの穢れと魔女の穢れでは濃度が違うからね。そのせいだろう」
「そんな…未来君…」
まばゆが口を押さえて悲しむ。
「予想外の結果だけど問題はない。これで君達は魔力回復の為にグリーフシードが必要。限りもある。少し人数が多いけどワルプルギスの夜には勝てないだろう」
キュゥべえは都合よく進んでいく展開にその口元を綻ばせた。
未来の犠牲をそんな風に言われたことにまばゆは拳を握り締める。
「君達はワルプルギスの夜に勝てない」
キュゥべえは最後にもう一度そう宣言した。
クライマックスが近づく中、さやかを救った代償に昏睡状態に陥ってしまった未来。
魔力の穢れが魔女を構成しているというのは多分オリジナル設定です。