開拓都市【ウエストランズ】
都市開発機構及び企業連*1西部支部。
遺構観測を職務としていた支部内の職員は口に噛んでいたシガレット菓子を落とし、その顔を青ざめさせる。
「……た、大変だ…!?」
急いで椅子から立ち上がり、床の滑りやすさから一回転けて倒れるものの、ほうれんそうの重要性から直ぐに立ち上がり、そのだぶついた腹を揺らして走り出す。
「はっ…!?はっ…!?はっ…!?」
廊下の角を左右3回曲がり、直線を走る事数秒。
ウエストランズ全体の責任者達が月1度集まる定例報告会の会場である会議室の扉へ突っ込んだ。
「うおっ!!?」
「なっ…何事!?」
会議室内には開発機構の理事長、企業連西武支部長、都市防衛隊司令官、ストライダーオフィス長、その他企業経営者というウエストランズの責任者達が驚き、数名が立ち上がる。
「……どうしたのかね?」
その中で、一切表情を変えず、深い黒のレンズを付けたサングラスの男が他の者からは見えぬ視線を職員へと送る。
「…しゅ…〔堂ヶ島主任〕…!?」
「言い給え。恐らく厄介事だろう?」
「はっ…はっ…!!」
息も絶え絶えの中で主任から問われた通り、職員は立ち上がり、一呼吸置いてから口を開く。
「……現在…遺構内にて…一部区画から起動状態を確認したと…アラートが鳴りました!?」
職員の声が会議室全体を通し、その中のすべての人間が聴き、その顔を歪める。
「………確かに」
堂ヶ島は手を組んだまま。
「……"厄介事"だな」
その脅威を肌で感じ取る。
自由落下の最高速度は時速200kmと言われている。
其れも直ぐに到達するから厄介だ。
バンジージャンプだってしたことが無いのにこれは流石にキツイな。
後、頭から落ちる理由は頭部に詰め込まれたフレッシュな脳みそと脳髄液の方が重いからって聞いたことがある。
だからって落ちている状況で冷静に考え続けるのもなんだかなと思いながら。
(……水?)
ようやく辿り着いたと思っていた奈落の底は水に覆われ、飛び込み選手の気持ちになりながら僕の意識は途切れた。
…………
遠くから蝉の鳴き声がする。
目を開ければ黒く煤けて年数の経った木の天井が見えた。
「……んっ…あれ?」
暑さで気怠い身体を起こし、周りを見回す。
畳張りの部屋に丸いちゃぶ台。
箱型のブラウン管テレビに歌謡曲と演歌の詰まったレコード用の本棚。
外を見れば大きく開かれた縁側の窓から大輪に咲き誇るひまわりの畑が見える。
そう、此処は…。
「…じいちゃんの家か」
祖父母、代々岩手の陸前高田に住んでいる宮本家本家筋の家屋だったと聞いている。
聞いているという意味は。
「………
無くなっている。
2011年3月11日の昼頃。
だから僕がこの家の中を知っている訳もなく、何故この家に僕が居るのかも分からない。
「……おぉ。〔シンノスケ〕か?」
後ろから声を掛けられ、僕は直ぐに振り返る。
「……お、おじいちゃん?」
其処にいたのは、本家にずっと住み続けていた祖父。
正直、写真でしか知ることは無く、この家も同じアルバムから撮られた物しか見たことがなかった。
後ろに束ねられた生糸の様な白い頭髪に好々爺と表現出来る笑みと口元を白く覆った髭が特徴的な男性。
其れが僕の祖父であった。
「……"大きく"なったな」
祖父がそう言って僕の顔をしわくちゃでゴツゴツとした両手で覆い、触れる。
「ちいと細っこいが…たんと食べれば良い。うん?おなごを抱いたか?ひ孫の顔を見えるった良いことじゃ」
「あっ、あの…」
何が何だかハッキリとしない。
そもそもこの状況は何なのだ?まさか僕は三途の川っぺりとか生と死の狭間に居るとかじゃないよね?
「……シンノスケ。生きよ」
「………」
「生きて足掻いて、運命に立ち向かえ。其れがヌシの選んだ選択じゃからな?」
当たり前だと言いたいけど、生憎まだ顔が両手でおさえられたままなので話すことも出来ていない。
「ホッホッホ。じゃあの」
「…ちょっ、待って!?」
僕が聞こうとした瞬間、僕の額に祖父が1つ、人差し指で指し。
僕は現実へと引き戻されていった。
意識が一気に覚まされる。
今僕がいる場所は深い水の中で、驚きながら空気を求めて一目散に水面へと泳ぐ。
まずい。
どれほど気絶していたのか、頭の中が酸欠を叫んでいる様に感じ取れる。
このままでは溺死も時間の問題と思いながら必死に上へと掻き分けて進み。
「……ブハァッ!!…ハァ…ハァ…ハァ…」
何とか顔を出せた僕は思いっきり空気を取り入れ、吐き出す。
「……こ…此処は…何処?」
辺りを見回す。
出来る限り息を整えながら今いる場所が一体何があるのかを探ってみるものの。
水面がだだっ広く見えているだけだった。
「………」
このままだと水温で低体温症になりかねない。
必死に浮き続ける様に両手を大きく広げて前後に掻きながら足で水を踏むように泳ぐ。
日本泳法、もしくは古式泳法という重い兜や鎧を着けたまま泳ぐ事が出来る水泳技術で、〔師匠〕に教わった物だ。
まさか此処で使うとは思って無かったけれど、リスクヘッジに投棄するには難しい銃器やら装備を持ったまま泳ぐにはベストな手段である事を改めて知る。
「………アレは?」
少し頭の中を整理するようにゆっくりと漂うようにしていると、あのどでかい円柱状の建造物を見る。
そう言えばシグルーンとリュドミーラの2人がどうなったのだろうか?
ちゃんと脱出出来れば良い。
だけれど、もしと思い始め。
泳いで向かう事にした。
…………
泳ぎ続けること数十分。
流石にここまで遠いとは思ってもなく、ようやく外壁部に辿り着いた頃には、息も絶え絶えになっていた。
「……波は…起きて無くても…疲れ…るっ…」
次は流されない様にへばり付いているしか出来ないが、上を見るとはしごがある。
「……ふっ…!!」
とにかく昇るしか無い。
両手ではしごを掴み、身体を上へと持ち上げるように昇る。
水分をたっぷり保持した衣服から滝の如く滴り落ちていくと、水も滴るいい男というワードを思い出す。
正直、なんの意味があるか分からない言葉だと思う。
まぁ、今結構絶望的な状況だから別の事考えてないと色々と叫びちらしたくなりそうだから仕方がない。
そうこうしている内に昇り続けて10分。
ようやく入口っぽい所を見つけた。
「………はぁぁぁあ…」
着くや否やと入口に寝そべる。
一旦此処で体力回復をしたい。
後、ほんのり温かいので低体温症になりかけていた自分の身体が回復しているようにも思えてくる。
そう言えば、半年前も滝壺とかに落ちた様な記憶がある。
あの時は亜熱帯気候と言うことで水に上がれば体温も回復出来る気温だったけれど、此処は…。
《平均気温10℃程度。一定を保たれています》
「……君に会えて良かったよエレン」
《至極光栄な事と思います》
たった1人だったら僕は悶えて苦しんでいたかも知れない。
でも今はエレンという頼れるパートナーがいてくれる。
「……さて」
おおよそ体力は回復出来たと思う。
若干重い身体を邪険に思いながらも、短機関銃のボルトを引き、中へと侵入した水を抜いてから再装填。
拳銃も同様にスライドを引いて水抜き後、状態を確認できたらホルスターへとしまう。
「……行こう」
《出来うる限り、サポートします》
「……ああ」
心の頼もしさを覚えながら、僕はこの建造物の中へと進む。
円柱型建造物内は所謂、集合住宅だった可能性がある。
部屋と思わしき空間には寝具らしきカプセル状の物が4つ並べられている。
あれで寝るのは寝相の悪い人には狭そうだな。
一つ一つ昇る螺旋のスロープにある部屋を確認してみるも、中は変わらずカプセルばかりが並んで置かれているだけ。
幾ら集合住宅とは云え、効率化を求め過ぎて快適性皆無という非常に暮らしたくない設計なのは困る。
………とボケてみるけど実際此処は…ん?
「ぬぉぉおおおおおお!!!??」
とんでもない怒声とバキバキ音を鳴らせて誰かが落ちてくる。
今自分が居るのは建造物の中腹?なのでそのまま落ちてきたのを眺めてみる。
「……ぉぉぉぉ…」
どうやら死んでないみたいだ。
僕と同じく遺構の起動で落ちた人が居たみたいだが、無事であることを祈りたい。
「あのぉ〜〜。大丈夫ですか?」
とりあえず声をかけ続けながら下へと降りる。
降りつつ見てみると四散した装甲服らしき破片が見え、着込んでいた人が地面でうずくまっている。
怪我をしたとかそうは見えないけれど、それでも一応声がけをしてみるしか無い。
「死んでたら返事して下さい〜〜!!」
「死んだら返事出来るか馬鹿やろぅ!!」
よし、鉄板ネタが通じてて良かった。
「……助けて」
「わぁ…」
この部分だけコンクリートだったのか何なのか、漫画のギャグシーンみたいに人型の穴が出来ている。
こう、両手両足を開いたまま形作っているあんな感じに。
とこうしてる間に大変そうなので引き上げることとする。
「よい…しょっと!!」
「……ぼはぁ!!?」
幸い穴から出す事に成功した。
「大丈夫ですか?」
「懐具合はスッカンピンだが、一応生きてる」
「それなら良かった」
良かったと言うべきかどうかはアレとして。
穴から出てきたのは全身を生体型義体に置き換えられた男性。
その巨体はかつてのウルク=ハイと比べても大差ない程であった。
「……ん?あっ…!?」
「…えっ?」
そんな男性が僕の方を見て、何か気がついた様子を見せ、声を荒げるが。
「………あっ、いやっ…すまん。何でもない」
と、何故か謝られた。
無様に落ちた先に、対象が居た。
まぁそういう事もよくあると考えながら、一瞬臨戦態勢を整えから、一つ疑問が浮かんだ。
(あれ?コイツ俺の事知らんのか?)
考えなくともそもそも宮本シンノスケとは初対面である。
一応写真やらドローンの映像では確認したけれどちょっと童顔でまだ下の弟の方が背丈大きい気がする体格してる。
…はっ…!?いかんあぶないあぶない。
危うく漏れかけた。
幾ら好みのタイプとは云え、ちょっと落ち着かねばならん。
と言うより、今は結構チャンスなのでは?と思ったり。
「…あっ、いや…昔見たグラビア雑誌に惚れた女にそっくりだなぁ…って?」
「褒められてないやつですねソレ」
「……たしかに」
仮にも男に女の子みたいと言われてムッと来ないほうが少ないだろう。
流石に気を悪くしてしまったが、まぁ兎も角。
「助かった。ありがとう」
「いいえ。この状況じゃあ仕方がないですし…」
この状況。
まぁあれだな。
「普段俺達が潜ってる所にこんな地下世界が広がってるとはな…初めてだ」
「そうなんですね?やっぱり」
さも当たり前のような表情で今起こっている状況を冷静に判断する。
宮本って言ったか、ストライダーをやって半年前程度だが油断にならねぇ存在と聞いた。
何でもB+クラス推奨の危険地帯に落ちたかと思えばウルク=ハイの巣を全滅させたとか何とか。
後は目立ってデカい
と、又聞き程度の情報であるが、一つ訂正しなければならない。
若干細いまでも、しなやかな筋肉の付き方は、そんじょそこらの筋肉自慢とは比べ物にならない良い素材だ。
恐らくフィジカル面では相当鍛えているのだろう。
陸上十種競技、ディカスロンと呼ばれるプロスポーツ競技の選手に近い肉体を目指しているのだろう。
ある種の万能性を求められるストライダーであるならばその辺りを参考にするのも頷ける。
「あの…えっと…」
「おっと、すまんすまん。初顔をよく見る癖があってな。悪かった」
流石にジロジロと眺めているのも怪しまれる。
アートムーチョの兄貴との関係性を知っているとは思えないが一応口を滑らさないよう気をつけねばならない。
なに、遺構が起動状態であれば何かに反応して"事故死"させられるから心配はいらない。
先ずはこちらから一つ。
「俺はコーヴァルドー。ランクはC+って所だ。宜しく」
「どうも。宮本シンノスケです」
互いに挨拶をしながら、握手を交わす。
必要最低限の交流であり文明社会の一員である事を示す行為はいかなる理由があろうとも行わねば【シツレイ*4】に当たる。
「おお…噂はかねがね。半年でC-まで上がった脅威の新人だな?」
「ハッハッハ、運が良かっただけですよ」
運だけならまぁ可能性としてはあるが、運だけでは上がる事の出来ない物も存在する。
手を握れば分かる。
明らかに何かを嗜んでいる。
しかも
(徒手に長けてるって噂は聞いてないが…隠してるのか?)
だとすれば、下手に接近戦に持ち込むのは止めておこう。
噂だと強化された義体を破壊する拳法が存在するらしく、装甲に覆われたエクゾスーツすらバラバラに分解させたとか。
宮本シンノスケがその技を持っているかまでは分からないものの、その本領を発揮してもらい、解析をしよう。
と考えてみるも、そんな余裕があれば良いのだが…。
「……動いてますよね?ここ?」
「ああ。そりゃ遺構にエネルギーが充填されれば動くに決まってるじゃねぇか?」
下手に動けばセキュリティが作動して俺も巻き込まれかねない。
逆に、動かなければセキュリティが作動せずとなるかと思えば、ただジリ貧になるだけ。
結局相対的に動くしか無いので出来る限り気をつけつつ、脱出の目処が立つまで勘付かせない方針を取る。
「…この塔を昇るしかねぇな」
「ですかね…」
先に進む。
言葉にすれば易しだが、実行には不安が募る。
何かがあればどうなるかと思うと中々エグいことになりかねない。
前に何かの実験室に閉じ込められた(室内にインゴットが置かれていた為、ネズミホイホイみたいに捕まった)奴等が突然手術台に寝そべらされ、様々な機器の付いたロボットによって無理矢理開腹手術を受けさせられ、出血多量で死んだとか。
訳もわからない薬をぶっとい注射器で刺した後に一気に押し込むとか。
当時の人類ってどんな奴等なんだろうか?
と思ってしまうが、数千年という年月が経てばガタが来る事もあるだろうし、其処まで品質保証はされていないのだろう。
「途中までは昇って見ましたが…部屋の中はカプセル?が4つずつあっただけでした」
「カプセル?」
「ええ。最初はコールドスリープか何かかなって?思ったんですけど…」
そう言うので話を聞く傍ら、部屋を一つ覗く。
たしかに大の男でも収められそうな大きさのカプセルがあるな。
「……これって"卵"じゃないかなって?」
「……卵…?」
そうとなれば相当でかいな。
ただ、触れてみるつもりも中を開けて覗くつもりも正直ない。
こう言うのが何を起こすか何となく理解出来てしまうからだ。
「ええ。お蚕様とかそういった繭とも思うんです」
「あぁー…そう言うことか…」
だとすると尚更宜しくない。
下手するとパカッと開いてコンニチワして来たのに喰い殺されるってのはお約束だからな。
「コーヴァルドーさんの意見は?」
「……お前さんに言われたらそうとしか見えねぇ…」
そう言えば昔、ラブラドールレトリバー並みのアリンコに知り合いのストライダーがお持ち帰りされてたのを見たな。
自分の身体より遥かに大きい体積の物を持ち上げられる膂力と顎の力じゃあ装甲服着ててもひん剥かれた蟹の身みたいにされちまう訳だが。
「つまり、お前さんが言いたいことはこうだろ?」
「……
「……はい」
そう言えば若干ヌクモリティ感じるんだよな。
たしか、孵化を促す為に適度に加温するとか小耳に挟んだ記憶あるんだよな全くコンチクショウ。
「産まれたてのモーニングメニューにはなりたくないな」
「同感です」
となれば進むしかないわけだ。
決意と目的が明らかになったので、俺達2人はこのまま上へと昇る。
《………セキュリティに反応アリ》
或者が身体を動かす。
大凡数千年。
あちこちにガタが来ていて、動く度に視界にはErrorの文字がその箇所を示している。
だが、補修も修理もオーバーホールもこの状況では不可能である事も重々理解していた。
其れでも、自身に下された
多少の破損であれば修復は可能。
但し、中央制御ユニットを破壊されれば其れも叶わない。
最後の自己修復ジェルを使う。
自己修復と銘打っているが、実際はグリスの様な潤滑剤程度の代物であるが、無いよりはマシと想定。
《……主武装、【
右腕に装着された黒一色の銃身を確認。
超構造体すら撃ち抜けるこれは現時点で防御手段は存在しない。
掠めただけでも重力子によって引かれ、肉体が千分の1サイズまで圧縮される高純度な重力子エネルギーを放つ兵器だ。
地上の癌を潰す為に創り上げた創造主達のテラフォーミング用生命体を守る為であればこのくらいは許容範囲と考えられる。
《……侵入者特定》
1人は機械の身体に包まれた男性体。
明らかに創造主達に反旗を翻したヒューマン系氏族の生き残りであり、滅ぼすべき対象の一つ。
もう1人は…遺伝子情報無し。
突然湧いて出てきたヒューマンの近種と思われる物と仮定。
抹殺対象として登録。
《…行動開始》
これで明日動けなくなっても良い。
最後まで守り、戦う事こそ我が業であり、宿命故に。
背面部のスラスターユニットを展開し、高機動戦闘を想定し、戦闘行動へと移行する。