Prologue
世の中には何時如何なる時でも注意を怠らない事が大事だ。
朝起きて、出勤登校、見送る者も居れば登園する者も居るだろうが、基本的にはその年齢に合わせた施設や職場へと向かい、社会に生きる為の行いをする。
それが現代社会の仕組みであり、そうして回って回ってを繰り返して人生を生きていく。
僕らの日常というのは基本的にこんな感じだろう。
そう思いながら学校へ向かい、教室で僕の机へ座り、授業では勉強をしたり、休み時間には友人達と他愛のない話をする。
おっと、今日の給食当番は僕ら4班だ。
大きなステンレスの寸胴に並々注がれたクリームスープと今朝届いたコッペパンにミートボールとコールスローサラダ。
今日の献立で、少しでも多くのミートボールを乗せろと催促するたわけた男子へ鼻を鳴らして相手をいなして黙らせる。
数しかないミートボールを均等に配る事が給食当番の役目であり、社会が円滑に回る事は必然と人々の生活や将来設計にも大きく関わってくる。
だからこそ、僕は均一、均等、公平が好きなのだ。
だからこそ…。
「……ふぅ…ふぅ…ふぅ…」
こんな
此処が元は下水道であったことは言われずとも理解出来る。
ブーツの靴底に感じるヌメリは長年蓄積したヘドロだと言うこと。
濁った水は足場の不安定さを増し、一度転ぼうとすれば、忽ち溺れて"ヤツラ"の餌食になりかねない。
そう思いながら、手にしている
長年放置され続けたその場所は至る所に崩壊と亀裂が入り、外の光が漏れて薄っすらと明るくしている。
聞こえるのは水を掻き分ける音と、自身の鼻から発する呼吸音。
今此処でたった1人だと認識させた。
「………」
目的の場所からはまだ遠い。
少しずつゆっくりと歩きながら、警戒を怠らず、下水道を進んでいく。
《サーチ開始。対人反応アリ》
「………」
左腕に装着したウェラブルデバイスが骨伝導タイプのイヤホンを通して機械音声を発する。
数分に一度の設定で自分の周り500m圏内を索敵する"デバイスアプリ"で、これが有るのと無いとでは雲泥の差が出る。
「……どうするか」
自分に言い聞かせるように呟き、"左眼"の視界に映るマップデータを見る。
何百年前か分からない程ボロボロになった水道局から得た下水道の区画データとサーチ情報を照らし合わせ、その場所を探る。
……見つけた。
反応からして1人。
自分で言うのもなんだが、此処でソロプレイをするのはオススメしない。
動きが緩慢な様子から既に助かるとは考えにくいが、このまま放置するのも自分の性に合わない。
「………行こう」
間に合わなかった時はせめて持ち帰れる物を。
其れが自分の決めたルールの1つ。
であれば少し急ぎ足で向かう事とする。
銃を撃つ。
手にしている
彼女が両手で構えて撃つ中、その対象には軽くのけぞらせるだけで終わり、そのまま何事も無かったように迫ってくる。
カチカチと時計針の動く音を鳴らし、"ソレ"はカタカタと身体を揺らす。
【アノマリー】
人の形をしているが、身体の一部がコラージュをされたかのように別の物を貼り付けられ、それが気味の悪い蠢きで人に襲い掛かる。
厄介な事に、必ず武器らしい物を所持しており、人間を始めとした知的生命体に敵意を抱いている為、この【遺構】に入れば敵として戦うこととなる。
「なんでっ…!死なないの!?」
引き金を絞り、発射を繰り返して10回。
しかしアノマリーの身体に当たったのは三箇所、全て致命傷には至らない。
カップアンドソーサー、もしくはティーカップと呼ばれるグリップの固定をしており、これは
これではたとえ至近距離から撃とうとも、致命傷に至るまで相当弾数が必要になる。
「あっ…はぁっ…はぁっ…」
カチンと音がし、拳銃のスライドが後退したまま、固定される。
其れは弾倉内の弾が無くなり、スライドストップが働いた為。
少女は撃てないことに気が付き、拙い手つきで空の弾倉を抜こうとグリップのマガジンキャッチボタンを押そうとするも。
「っ…あっ!?」
手から抜け落ちる。
滑り止めの役割が果たせない程に震えた手が原因だったのか、それとも掌の中の汗が滑らせたのか。
どちらにせよ、転がった拳銃は遠くの隙間へと落ち、今拾うには困難な場所に入っていってしまった。
「まっ、待っ…て…!?」
拾いに向かおうとした瞬間、少女の身体が浮き、遠くの方へと飛ぶ。
「キャッ!?」
自分の意志とは関係なく、硬い壁へと叩きつけられ、身体を軋ませるような痛みを覚えさせる。
アノマリーによって投げ飛ばされた少女は肺の中の空気で圧迫され、呼吸がままならなくなり、身体を震わせる。
徐々に其れがチアノーゼを起こすと、打ち所が悪かった事で視界にもブレが生じ始め、フラフラとさざ波が起きたように感じた。
「あっ…ぅぁ…」
ジャキリッと甲高く、重い金属音が響く。
アノマリーの左腕にはその体格に近い大きさの巨大なハサミが生えている。
鈍色に光る刃は錆が浮き、無理矢理切ろうと力任せに振るうであろう其れは、少女の身体に手を掛ける。
最初は首と、刃先が無防備な首元へと向かい、錆同士が擦れ合わせる音を響かせ、刃を押し当てる。
右手でハサミの持ち手を掴み、力を込めた。
だが、数発の発砲音と共に、アノマリーの下顎から上の無い頭部が爆ぜ、力なく下水の中へと落ちた。
数秒、水の上に浮いたアノマリーはパキパキと音を立て、白い結晶となった後に、砕けて灰に変わる。
「…消滅確認…まぁ出ないか…」
1つため息を吐くと、気を取り直したように視線を少女の方へと向けて確認を取る。
また1つため息。
短機関銃の安全装置をロック、着けているベルトで吊るし、構えを解く。
「おーい。生きてる?」
「……ぁ…ぅ…」
「生きてるみたいだね。まぁ物凄く痛そうだけど」
応答が返って来ない所を見て、少女の状態をザッと把握。
場合によっては"転送装置"へ向かい、【開拓都市】に帰還せねばならない。
「……少し我慢してて」
少女の身体を起こし、左肩へと背負って上げる。
カリキュラムに載っていた負傷したチームメンバーを運ぶ手段として活用されるキャリー法で、片手が空くこととある程度小回りが出来るのがメリットとして紹介されている。
「……さて、帰るか」
まだ少年と言わんばかりの彼は直ぐに元の来た道を戻るように歩を進める。