Q:突然真っ逆さまに海に落ちたらどうなると思う?
A:溺れます。
一応水泳の授業は真面目に受けていたからそれなりに泳ぐ事は出来るものの、いきなり落とされては想定しておらず、パニック状態になってしまった。
こうなると必然的に浮遊する部分は手などに限られてしまう。
では、どうすればいいかと言えば。
そうすれば自然と顔だけは水面から出す事が出来るので慌てず消耗を最小限にする事が大事。
とはいえ、冷静な判断が取れるかといえば。
「ガボガボガポッ゛!?」
取れるわけがない。
このまま沈んで溺死してしまうのか?
そう思って居たら。
「…ブバァッ!?……へっ?」
思わず立ち上がれた。
見てみたら、膝上位の深さしか無く、パニックで水深を間違えていたみたいだ。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
《バイタル正常値まで下降確認》
「……こういう時は言ってほしいな!?」
《其処までの情報処理は想定されてません》
「チクショウ…」
内蔵AIからそんなことを言われると僕も困る。
とはいえ、人が溺れるのは30cm程度あれば可能で、呼吸器官が浸っていても溺死するので珍しくないみたい。
もう色々とありそうなので一旦陸に上がろう。
重い足取りで砂浜に上がる。
「……青い海、白い砂浜…。リゾートホテルでも建てられそうな雰囲気だね此処」
《
「その情報はあるのかぁ…」
今の僕には多分無駄な情報だと思いながらも、とりあえずその場に座り、粗方服が乾くのを待つ。
異世界製の防刃素材で出来た
《仕様を過信するのは禁物です。特にこの世界ではこの程度の防刃素材をティッシュペーパーの如く引き裂ける存在が多く居ます》
「あぁ…ハイ」
これに期待するべきじゃない。
あくまでも転ぶ際の防御程度だと認識しておくべきだ。
「……さてと」
少しは落ち着けた所で立ち上がり、周りを見渡す。
ヤシの木らしい大きな樹木とシダやら何やらの鬱蒼としたジャングルが視界に広がっている。
………あれ?
「……人は住んでたりする?」
《いいえ。未だにこの一帯で居住可能な開拓都市はありません。本来は危険度B+判定に指定されたエリアですね》
「………ハァ?」
事前の説明では、確実に開拓都市。
つまり人類種生存圏内にジャンプされる事となっているが。
《恐らく、十万分の一の偶然で予定ポイントとは異なる場所へジャンプされた模様。生存確率0.0012%と想定します》
とんでもない事になってしまった。
いきなりベリーハードモードという
「……弾は大丈夫だな」
ウエストポーチのおかげなのか、浸水等は見られず、綺麗に保全されていた。
恐らくこのポーチも異世界製なのかも知れない。
「……どうすれば良いんだろう?」
《一番はこの一帯で活動している
「す…ストライダー?」
《ハイ。"歩行者"、この世界を"歩く者"という意味で使用されており、ユーザーの正式な職業名称であります》
「はっ…はぁぁ…?」
そう言えば冒険者って名前、インストラクターの人は言わなかったな確かに。
《森の中へ進みましょう。草などで肌を切らないように注意しながら捜索を行います》
「…あ、はい」
よくよく聞くと女性っぽく感じる機械音声に従うように僕はジャングルの中へと進む。
見た所、ディズニーランドのジャングル・クルーズや類似する亜熱帯気候の植物と大差ない鬱蒼とした密林の中。
僕はポーチから
暑い。
1時間と待たない内に喉の渇きを覚える。
自然の脅威を目の当たりにしている緊張感のせいなのか、突然違う環境のせいで身体が慣れ切っていないのか。
いや、その両方だろう。
最初は綺麗なビーチを見て和んでいたけれど、実際は照りつける太陽とそれに伴って辺り一帯をジメジメとした湿気が木々の間を通っては僕に心身疲弊を起こさせる。
《ユーザー。視界を4時の方向へ》
「……へっ?」
彼女に言われた通り、斜め後ろに振り向いてみる。
《視界を固定。その植物はブドウ科に当たり、サルナシ同様に水分を多く含んだ樹液を持っています。緊急の水分補給になるでしょう》
「ああ、ありがとう」
早速、大きく枝垂れている枝一本を手で握り、サバイバルナイフで切断。
すると、彼女の言った通りに切り口から溢れ出んばかりの水分が噴き出してくる。
「んっぐ、ごくっ…」
物凄く染み渡る。
樹液のせいなのか、少し甘い味がしてずっと飲んでられるように感じた。
《ユーザー、飲む事は生命活動に於いて重要不可欠ではありますが…》
「…ん?」
《レーダー反応アリ。数5…速度時速約39km》
「へっ?」
鬱蒼としたジャングルを掻い潜って猛スピードでやって来る動物が居たの?
《二足歩行及び亜熱帯気候での活動に優れたタイプと想定…97%の確率で【ラプター】と想定されます》
「…ら…ラプター?」
《獣脚類、竜盤類に属する肉食獣です》
つまり、僕は今。
『ゴギュァァァア゛ア゛ア゛!!!』
一対多の狩りの標的にされた訳だ。
「マジかぁぁぁぁあああ!!?」
僕は直ぐに相手が向かって来るであろう方と走る。
二足歩行とはいえ、直立タイプの人間と前のめりになっている恐竜とは構造が違い、此方側は少なくとも転進などが出来る。
……らしい。
《無茶苦茶です》
「この状況で当てられる自信無いよ!?」
全力で走り、出来る限り倒木や茂みを避けて走っていると。
『ギァォオオ゛オ゛オ゛!!!』
出た。
ジュラシック・ワールドに出てきたような蛇肌的で二足歩行をして此方に牙を剝くヴェロキラプトルの姿。
通称【ラプター】
猛禽類の総称だが、祖先が恐竜と言われていたり、ヴェロキラプトルを語源とする為、そう呼ばれている。
ただし、骨格標本からヴェロキラプトルとは異なる生き物らしく、地球の大気と何ら変わらない空気濃度の異世界で生きている事と、長時間獲物を追う心肺機能の高さから、全くの別種として進化した可能性を示唆している。
が、近年だと、かつての実験動物が逃げ出して独自進化を遂げたか、他の原因で新たな種となったか。
そのへんは未だに判明していない。
と、色々と考察するが。
(………どうする?)
僕が走り抜けると、ラプター達のすぐ脇を通る事が出来た。
やはり転進やそれらは難しいらしい。
だが幾ら機転を効かせたとしても、相手は生まれ持ってのハンター。
直ぐに追いつくであろうその膂力の高さが腹立たしく感じる。
(………覚悟を決めるしか無いな…!)
手に握ったベレッタを見て、応戦をするしか無いと判断。
目の前に現れた巨大な岩を背に、ポーチから予備の弾倉を手に取
り、銃口を前へと向ける。
(落ち着け…練習通りに撃てば当たる)
ゆっくりと息を吸い、吐いてを繰り返して三度。
走ったことによる疲労もあるだろうが、それよりも初めて対峙する猛獣との戦いに緊張している方が大きい。
それでも、不思議と頭の中では静寂な水面の様子がイメージとして流れる程落ち着いていた。
小学生の頃から続けていたバドミントンの影響なのか、県大会決勝時の緊張より冷静な心境で挑めている。
(……最低2発。この際弾数は気にするな)
上手く行けば弾倉1つで済む。
確実に仕留めるつもりで、構えながら。
『グギァァァァア゛ア゛ア゛!!!』
茂みに現れたラプターの頭部へ、引き金を引く。
ちなみに、鶏は身体を捕まえて前後左右に動かしても首だけは固定された状態を保つ事は知っているだろうか?
これは鳩などの鳥類に見られる特徴で、人間はどのように眼球を動かして視線を定める事が出来ない。
その為、首だけ動かさず視界を固定させ、身体だけで前に進むという手段を取るようになったとか。
つまり、鳥類の祖先たる恐竜もその移動方法である事は間違いなく、一瞬の動作を見逃さず、頭部に向けて撃てば。
『ギャァァァ゛ァ゛ァ゛!!?』
3発発砲。
1発目はすり抜けて、2発は首筋に当たり、3発目は眼球を抉る。
不意打ちとはいえ高速で飛翔する弾頭の前では如何なる生き物も躱すことは出来ず、そのまま鉛玉の餌食となった。
(やったっ…!けどっ!?)
喜ぶのは早い。
直ぐ様、追撃をしてくるラプターが茂みの中から出てくる。
すかさず、銃口を向けて引き金を引き、同じく3発放つ。
今度は、眼球へ2発入り、内の水晶体がパチンと弾けたのが見えた瞬間、その場に転げ回り、2体目のラプターが撃ち殺した。
残り3体。
これでコスパが悪いと考えて諦めてくれれば良いのだけど。
『ゴッギァァァァア゛ア゛ア゛!!!』
そう考えない向こうのラプター達は歯を鳴らし、迫りくる。
狙う。
一番にやって来るラプターの頭部へ引き金を引く。
1発撃つと共に、引き金が引けなくなった。
《…薬室内で異常膨張した薬莢を確認》
「しまっ…!?」
マズイ。
良くは確認していたが海水が入ってしまったのか、薬莢が膨張し、薬室の中で詰まってしまった。
言わばこれをジャミング、ジャムったという現象であるが。
「くそっ…!?」
この場合、スライドを引いて強制的に排莢させる事が手であるが、瞬間接着剤でも塗ったかのようにガッチリとロックが掛かって外れない。
これでは撃つことは出来ない。
『ギャギャギャァァァ!!!』
嘲笑っているのだろうか。
カチカチと火打ち石めいた音を歯で鳴らし、威嚇しているのだろうか?
こんな状況でなければ隈なく調べてみたいとは思っていたけれど、命に関わっている以上。
「ぅぉぉおおおりゃァァア゛ア゛ア゛!!!」
無理にでも相手を驚かす勢いに大声を出す。
ある種の威圧感は野生動物に有効だと聞いたことがあるし、二足で立ち、両腕を上げる動作も其れが起因されているとか。
兎に角大声を出した後、走った。
若干驚いたラプター達が反応が遅れ、1体が僕の居た位置の後ろの岩にぶち当たる。
残りはハッと気が付いて方向転換と共に僕を追い掛ける。
相手との距離の差は1分もしないで接触出来るだろう。
両腕の鋭い爪で身体を引き裂き、頭からバリバリとスナック感覚で食べるのかな?
もしかしたら吸うとか舐めずって食べるかもしれない。
逃げている間にそんな事を考えている内に。
《追い付かれました》
「あっ…」
ラプターって跳躍も捕獲手段に入れているみたいだ。
止まることはなく、僕へ鋭い牙を見せたままおおよそ10cmも無い近距離。
そこに着地した瞬間。
「わぁっ…!?」
『ギィヤッ…!?』
急な下り坂になった。
突然踏むべき地面が無くなってガクンと身体が奇妙な浮遊感を覚えてから直ぐに下へと落ちる。
あんな感覚がそのまま起こると、身体の軸はブレてしまい。
「ウワァァァアアアア!!!?」
『オオオ゛オ゛オ゛ッッ゛ッ゛ツ゛!!?』
ラプターと共に下り坂を転がっていった。
ゴロゴロ、グルグル、ガサガサとラプターの身体に捕まりながら転倒していくと、三半規管へのダメージは凄まじく。
視界は狭まり、遠心力で血の巡りが悪くなり、揺られてシェイクされて吐き気が催しながら。
「……はっ?」
宙に舞った。
ジャングルを抜けたと思えば陽の光で眩しいと感じて目を瞑ろうとしてしまう。
その際に見た。
スキージャンプみたいな崖で転がりながら止まらずに行けばそりゃ飛び出すに決まっている。
その時って結構スローモーションに見えるらしく、本当に宙を舞っているラプターの姿がゆっくりと動いて見えた。
走馬灯ってこう見るのかな?と間抜けな疑問がでながら。
時間が戻ったように僕らは重力に沿って下へと落ちていく。
またしても、僕は水の中へ飛び込んでしまった。
また幸いな事に水深が深かったお陰でそのまま地面にぶち当たるとかは無く、少し身体が沈んだだけで済む。
「ぷはぁっ!!?」
正直こんな感じな声を出すのは生ビールを一気飲みした時が良かった。
飲んだことはないけれど。
若干流され、足に川底が当たると、直ぐに岸へと向かって上がる。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
水の中に落ちた為、頭は冷えた。
とはいえ、上がった息を落ち着かせるには色々と体力が限界に達していたけれど。
「………ハァ…[グゥ~…]…お腹減った」
緊張と疲労で腹の虫が鳴る。
仕方がない、生きているんだもの。
《ユーザー、可食可能な植物はいくつか自生していますが…》
「流石に草食ってなんとかなる県には住んでないからなぁ…」
《翔んで?》
「止めよう、ネタにするには危険過ぎる」
ウィットに効いたジョークをかませる位には余裕が戻りつつある中で、本当にどうするか考えていると。
「……あっ、ラプターが浮いている」
《気絶、もしくは瀕死と想定できます》
「………ちなみに食べれる?」
《はい、腿は筋が多いですがコラーゲンに富んでおり、腹身辺りであれば焼く調理に向いています》
「………なら良かった」
だが問題が1つ。
"調理器具"が無いこと。
サバイバルナイフがあるから切ることは出来る。
だが、飯盒おろか鍋になりうる物が無い。
平たい石を鉄板代わりになら何とか出来るだろうが、獣肉でかつ恐竜の肉と言うのはいささか硬い肉質だと考えて焼くより煮る方が適切であろう。
さてどうするべきか?
「……ん?あの葉っぱ大きいな…」
《アンスリウム系の植物です。食べる事には不向きでありますが…》
「…いや、でも使えそう」
1つ思いついた。
先ずは死にたてホヤホヤのラプターを岸に引き摺りあげて、解体から始めよう。
先ずは腹を裂き、内臓を部位別に切っておく。
この際、胆嚢やら脾臓やらを切らないようにしとく事が大事。
直接見たことはないけれど、位置関係はそれほど違った場所にある訳ではなく、解体もスムーズに行えた。
内臓は食べられるかも知れないが今回は捨てておこう。
筋に沿って腿肉と腹身を切り分け、匂いを嗅ぐ。
うん、其処まで悪くなさそうだ。
次に火を起こすため、倒木の一部に穴を開け、其処に所持している9mmパラ弾を差し、周りに油分の多い葉っぱで覆う。
後はナイフの切っ先を雷管に置き、手頃な石を持ってナイフを叩けば、発射時の摩擦熱で火が点く。
「ふぅー!ふぅー!ふぅー!」
煙が出れば後は空気を送り、どんどん大きくなり、焚き木になるわけだ。
直ぐに倒木周りから枝や割った木で山にして其れを燃やす。
後は。
「こうしてこうして…こうかな?」
穴が空いておらず、最も大きく頑丈な葉を見繕い、植物の蔦等で船形に創る。
「よしっ…!不安だけど出来た!!」
出来たのは葉で作った鍋だ。
耐久性について言うと不安な部分はあるものの、紙鍋の原理を知っていれば燃えることは無いと思うし、一回こっきりであれば十分と判断出来る。
此処に水を汲み、石で組み合わせた台の上に乗せて加熱。
其処にぶつ切りのラプター肉を入れ、沸騰させる事10分ほど。
時々水を追加で入れれば燃える心配はなく、もう一つ同じ物を作っておいたので中で白湯を作り、それを飲む。
少し冷めきった身体が温かくなり、水分補給も出来る。
肉が出来るまではこうして待っていると。
「………出来たかな?」
後は生えていた可食可能な植物を刻んで散らす。
【ラプター肉のシチュー】【ラプター腹身肉のソテー】
恐らくクロマニョン以来の原始的な食事と言えるだろうこのラインナップだが空腹は最高の調味料と言うだけあって美味そうだと感じられた。
「………頂きます…!」
ラプターの骨を削って作った箸で摘み、口に運ぶ。
美味い。
塩も無いけど、肉からジワリと畜産肉にない旨みが感じられる。
植物が何なのか分からないが、ネギかニラかそんな感じの香味野菜の風味がある。
「…次は腹身のソテーを…」
石の上で焼いた腹身肉を見る。
意外と脂肪を蓄えていたからかロクに油を引かずとも引っ付く事無く綺麗に焦げて良い香りを放っている。
「………んまい」
少々脂っぽいが身体が求めている感じに旨みが染み込む。
若干硬いがそれもそれでと納得しつつ、噛み締めて食べてを繰り返し。
「………ご馳走様でした」
生きる為に殺生をした事を手で合わせて祈る様に挨拶を込める。
頂きますとご馳走様は大事な事だと異世界に来て改めて理解させられた。
と同時に。
『フゴッ!ブゴゴッ!!』
「………えっ?」
此処がヤバい場所だとまた理解させられる訳だが。
『フゴッ!フゴゴゴッ!!(ニンゲンだっ〜!!)』
『フゴゴッ!!フゴッ!!(本気や!?)』
『グゴォォ!!(捕まえろ!!!)』
今度はベチャ鼻が特徴の巨大な原住民族に捕らえられるのだった。