ほぼ要素無し
ただのレイマリでイチャ甘 準備号
宵の暮れ、夕方の名残がすっかり消えた藍色の空を箒が駆けていく。
人間の里からの帰り道、こんなに遅い時間になってしまうとは思わなかったので私は急ぎ目に帰路へ就いていた。
首元のマフラーを口元までもっていき、一層温度調節の魔法に魔力を注いで寒い空気を緩和。
それでも突き抜ける冷たい空気が肌に刺さり、手足を震わせながら魔法の森へと急ぐ。
灯りの一切ないくらい平原の上、暗闇がしんと静まった幻想郷の空を染めていた。
「……今日は新月かー」
空を見上げ、雲が掛かってほとんど見えない空に向かって自然と言葉が口をついて出た。
大好きな星がいつもより僅かに暗く、月もその姿を隠す夜。
周囲が静かだからか、自然に独り言は大きくなる。
飛びながら、急激に訪れた嫌な予感に箒を大きく切り返した。
直前まで私がいた場所を、何かが飛びついて空を切るのが横目に映る。
咄嗟に腰のポーチからミニ八卦炉を取り出し、温度調整に回していたリソースを全力で防御に切り替える。
運良く間に合ったのは日頃の弾幕ごっこの経験があるからだ。
目の前に展開された魔法の防御に、なにか黒い獣の妖怪が飛びついて来たのを見てから私はようやく止めていた息を吐き出した。
弾幕ごっこの制定からはあまり見なくなった、妖怪の襲撃だ。
一瞬
名無しの妖怪だ。
威圧感や感じる魔力は普段の知り合い達の方がはるかに大きなもの。しかしその殺意や害意は、無遠慮に叩きつけてくる目の前の存在の方がはるかに恐ろしい。
野生の獣の匂いだ。土と、血の匂いだ。
荒い息遣いが、こちらのバリアを食い破らんと益々暴れた。
八卦炉に魔力を回しながら、反対の手でベルトのポーチを漁る。
こういう時の為に持たされた妖怪除けの札――そうか、家に置いてきてしまったのか。
平和ボケしていた自分を呪い、それならと試験管を2本取り出して目の前の妖怪に向かって投げつける。
上手くそれがぶつかり、中の液体が空気に触れるとそれは激しく光を放った。
効果を知っていた私は帽子を使ってその光を避け、この場を去るために高く飛びあがっていく。
ぐっと高度を上げ、一層箒に魔力を注いでスピードを上げる。
スピードには少し自信があるのだ、並みの妖怪なら振り切って逃げられる!
久々に本気の害意を叩きつけられバクバクと暴れる心臓を抑えながら、努めて冷静に魔力を練って箒を飛ばす。
弾幕ごっこなら関係はないけど、アレからは私の弾幕で撃退できるような、そういう戯れの雰囲気を感じないのだ。
逃げるに限る。それで、あとで妖怪退治に――霊夢とかに、助けてもらえば!
ザリッと後ろで嫌な音が鳴り、箒が大きく揺れた。
予想もしていない衝撃に襲われ、気が付くと私の体は宙に投げ出されている。
ぐるんと視界が回り、声も出せずに必死に空中に放り出された体を丸める。
握り込んだミニ八卦炉に全力で防御魔法を祈り、真っ白な頭で必死になって周囲の様子を伺う。
――箒は!?
先ほどの妖怪。箒の後ろに、振るった爪が当たったのか。
主を失った箒が、はじけ飛んでどこかに落ちていく。
妖怪はまっすぐこちらを見て、再び空中を蹴ってこちらに飛び込んできた。
立ち向かって勝つなんて思いが芽生えない程、心の中には恐怖だけがあった。
恐ろしい妖怪が、まっすぐこちらを食いに来る。
数瞬後に訪れた地面への衝突を魔法の防御は上手く受け流すことができた。
背中から落ちた地面で空を見上げながら、起き上がる余裕もなく再び八卦炉に魔力を注ぐ。
金属のぶつかる音が辺りに響く。
暗くて良く見えないけれど、すぐ傍まで妖怪の息遣いが聞こえてきた。
じりじりと、魔法の防御が削られていく感覚。
目の前の存在が害意をもって私を襲ってくる。明確な死のイメージをぶつけられている。
寒さ以外の震えで、ガチガチと歯の根が合わず頭の中で音がしていた。
「――っ!」
死を覚悟するのは久しぶりだった。今度こそだめかもしれない。
目を瞑った数瞬の後、ふわりと覚えのある匂いが私を包んだ。
「ごめん、遅くなった……っ!」
声は珍しく焦ったもので、息が上がっている。
死を覚悟して瞑った目を開くと、見覚えのある紅白が、世界一安心できる姿が――。
▲▽
「……最近ね、魔理沙が変なのよ」
はぁっとため息をついて重く口を開いたのは霊夢。
またか、と片手で頭をおさえ、幻想郷の賢者はそれと悟られぬように小さくため息を吐いた。
「もう何度目?」
「……え? そんなに話してたっけ?」
「重症ねぇ。ふたりとも」
数日前に名無しの妖怪が魔理沙を襲い、怒り狂った霊夢が下手人をバラバラにした件は何度も聞かされている。
その時にあまりにも暴れすぎて、魔理沙に怖がられてしまったのではないか、と落ち込んでいるのだ。
既に両人から何度も聞かされている紫は、苦い筈のお茶をすすりながら半目で霊夢をジトッと見て黙って続きを促す。
「やっぱり、妖怪とはいえ目の前でバラバラにするのはやり過ぎたかなぁ。なんだかあれ以来、魔理沙が目を合わせてくれないし、無事を確かめても曖昧に笑うばっかりで。あんまり喋ってくれないのよ……」
はぁーっと深くため息を吐き、手元のお茶に目線を落とす。
本気で落ち込んでいる霊夢は珍しく、最初は珍しいものだと嬉しく思っていたが、こう続いているといい加減鬱陶しい。
紫は何度も口にしたセリフで、そして1回で解決するだろう当たり前のことを口にした。
「……だから、魔理沙とちゃんと話し合いなさいって」
「それが出来れば苦労しないっての! っていうか、もし正面から怖いって言われたら……。あんたら妖怪は良いでしょうけど、私は人間なの。怖がられている人の傍には、いられないじゃない」
「怖がられている、ねぇ」
それこそ杞憂だと思うのだけど、視野狭窄な巫女にはどうやら伝わっていない様子なのだ。
1度だって妖怪を怖がらなかった少女が、たった1人の人間の少女相手にこんなに恐怖している。
紫は脳裏で三竦みを思い浮かべ、一角を担うもう一人の少女を思った。
「面倒くさいわねぇ、人間って」
▲▽
「……その、最近さ。霊夢のことを直視できなくて……」
はぁっとため息をついて重く口を開いたのは魔理沙。
またか、と片手で頭をおさえ、幻想郷の賢者はそれと悟られぬように小さくため息を吐いた。
「デジャブかしら」
「……え? そんなに話してたっけ?」
「本当に重症ねぇ。ふたりとも」
数日前に名無しの妖怪に襲われた魔理沙が、颯爽と助けてくれた霊夢の姿に見惚れてしまい、それ以来何だか素直に顔を合わせるのが恥ずかしいのだという話はもう何度も聞いていた。
助けてくれた恩人に対して、もっとお礼を伝えたいのに何だか恥ずかしくて伝えきれないと落ち込んでいるのだ。
既に両人から何度も聞かされている紫は、苦い筈の紅茶をすすりながら半目で魔理沙をジトッと見て黙って続きを促す。
「あんなに必死に助けてくれたのに、やっぱり失礼だよなぁ。なんだかあれ以来、霊夢と目を合わせられないし、声を掛けられても言葉が詰まって出てこなくて……。こんなこと、初めてなんだけど」
はぁーっと深くため息を吐き、思い浮かべているのか頬を染めながら手元に目線を落とす。
漸く自覚したのかと嬉しさと少しの寂しさを覚え、その反応を初々しいものだと見守っていたが、こう続いているといい加減鬱陶しい。
紫は何度も口にしたセリフで、そして1回で解決するだろう当たり前のことを口にした。
「……だから、霊夢とちゃんと話し合いなさいって」
「それが出来れば苦労しないぜ! っていうか、もし私の態度で呆れてたら……。お、お礼も言えない奴だなんて思われているのも、嫌だし。き、嫌われているかも……」
「嫌われている、ねぇ」
なんで杞憂を抱えているのか不思議なのだけど、恋する乙女には霊夢の様子も見えていない様子なのだ。
多くの妖怪に思いを寄せられる少女が、たった1人の人間に寄せた思いにこんなに振り回されている。
紫は脳裏で関係図を思い浮かべ、お互いに片一方だと思っている、もう一人の少女を思った。
「面倒くさいわねぇ、人間って」
▲▽
「あ、その……」
「よ、よお……!」
「ひ、久しぶりね」
「あ、うん。そ、そう? 昨日も、神社でごはん、食べたような……」
「え!? ああうん、そうだけど、なんだかようやく目が合った気がして……」
「……っ! ご、ごめんな。失礼だったよな!」
「い、いやいや! 全然そんなことはないわ!」
自身の隙間の空間で、年々短くなる眠りの隙間で、ふと思い立って紫はこっそり博麗神社の音を拾った。
完全に興味本位で出歯亀なのだが、あれだけ相談を受けたのだし少しくらい良いだろう。自身は意識を揺蕩いながら、音声だけを聞いていく。
「あ、あの
上ずった声で切り出したのは魔理沙だ。
震えているのか、ついに声も裏返って、仕切り直している。
その様を想像しながら、くすくすと笑いが漏れる。
ああ、なんだかあの子がこういう意味で緊張するなんて。
「……うん」
「その、改めて、ありがとう……。助けてくれて、いつも。本当に、感謝してるんだ。改めてになるけど、ずっと、感謝が足りないなって思ってて……」
拙いが誠意を込めた言葉だ。伝わってくる感情に、勝手に聞いている紫にも心地良さが広がる。
「……ごめんね。怖かった、よね」
それに対して、霊夢はなんだか、まだ固い声で応答する。
「怖かったけど、霊夢が来てくれて安心したぜ。もう妖怪除けのお札を置いて行ったりしないよ!」
「……私もごめん。あんたを怖がらせるつもりはなかったんだけど。なんか、カーッと頭に血が上っちゃって」
「え、霊夢が謝ることなんてないよ!」
「……あの時、間にあって良かった。もしまた同じことが起こったら、私は同じようにやると思う」
「う、うん」
魔理沙は少し照れた様子で頷いているようだが、なんだか霊夢の様子が変だ。
意識を揺蕩わせながら、うーん焦れったい、と紫は苦悶の表情を浮かべる。
「やり過ぎたとも思ってない。あの妖怪はあれが相応しい末路だと思ってるし」
「あ、ああ。……えっと、なんの話?」
「……もし、私のことが怖いなら。私はあんたの前には姿を現さないようにするから」
あー、拗れ始めたぞ。
もういい加減口出ししてしまおうか。いや、人間たちの営みに口出しをするのはお節介が過ぎるか。
うぐぐぐ、とハンカチを噛み、紫は煩悶としていた。
「こ、怖くなんてない!」
震えた声で魔理沙が大声を出す。その声色はまるで怯えているようにも聞こえる。
あーあー。これは拒否されているかもしれないっていう恐怖で震えているんだぞ。
その時のことを思い浮かべて無理しているっていうわけじゃないんだぞ。
異変の時以外は勘の働かない霊夢に、必死に念を送り紫は神経を耳に集中させていく。
「……無理しなくていいの」
「無理なんてしてないっ!」
優しい声で霊夢が言い、魔理沙が必死に言い募る。
いい加減意識がはっきりしてしまった。揺蕩っていた意識が完全に覚醒し、ぱっちりとした目で音声以外の視覚も隙間を開き始める。
これ以上拗れるのなら、もう妖怪の調停者とかどうでも良いので一言言ってやらないと気が済まない。
「いいの、あんたに無理をさせたいわけじゃないから」
「そ、そんな……。無理なんてしてないぜ、私が霊夢の事を怖がるなんて」
「お願いだから、直接言わないで。ちょっと、魔理沙に怖がられるのは、結構つら」
「聞いて!」
口を開きかけた紫が言葉を飲み込んだのは、魔理沙が聞いたことのないような大声で霊夢を遮ったからだ。
おや、流れ変わったぞ。と表へ出そうになった存在を慌てて隙間に押し隠す。
「怖いなんて、思ったこと1回もない! あの時思ったのはむしろ逆で!」
大きな声に驚いたような表情の霊夢。
あんな顔もするのか。おそらく生まれて初めて浮かべているだろう貴重な表情だ。
「霊夢が、かっこいいなって! 力強くて、綺麗だなって! 私、霊夢の事、好きだなって!」
大声で言い切って、真っ赤な顔で涙まで浮かべている魔理沙。
もう今にも零れそうな涙が、大きな金色の瞳一杯に溜まっている。
全身で感情を発露している姿が、精神で生きる妖怪にとっては目に毒だった。
「……好きだよ霊夢」
ぽろぽろとついに涙を零し、少しかすれた声で、ついに俯いてしまう。
ああ、なんて……。
「……わ、わたしも」
思いを遂げたふたりを傍で見守り、ふぅやれやれ世話が焼けるわ。と紫は頭を振った。
これで良い。これで良かった。
なんだかずっしりとしていた肩の荷が下りた気分で、紫はしばらくぶりに気持ちよく眠れそうだった。
「あ」
「え」
「うん?」
気を抜いてしまった紫を見つけた霊夢がその頭を掴み、隙間から引きずり出す少しだけ前の事。
▽▲
すっかり夜になり、神社の周りの森では謎の鳥が鳴いていた。
湯上りはまだ温かいが、火を落とすと室内もすぐに寒くなってしまう。
薄暗い廊下を歩いていると、ペタペタと素足が床に張り付いて離れる音が周囲に響いた。
すっかり慣れた、以前とは比べ物にならないくらい新しい床材はまだツヤツヤで、なんだか前よりも冷たい気がする。
すーっと音を立てて襖を引き、寝室に。
中は行燈が灯り、布団の上で正座している霊夢が髪を解き、じっと向こう側を見ている。
「……お、お風呂あいたぜ」
「あ、ああうん。そう。わ、私もはいろうかなー」
すっと立ち上がった霊夢が寝間着を手に取り、ぎくしゃくとぎこちない動きですれ違いお風呂に向かう。
「……ふぅー」
なんだか、緊張してしまう。
「……ち、ちょっとお酒でも呑んでようかな」
布団は一組だけ敷かれていた。
枕が並んで置かれており、いつもと同じ部屋なのに、いつもと違うそんな様子を目敏く見付けてなんだか緊張してしまう。
恋人になると、なんだかすべてが違って見える。いつもと同じ部屋、いつもと同じ神社なのに。
恥ずかしいような、こそばゆいような。期待しているような、すこし不安なような。
私達にとって初めての夜が更けようとしていた。
多分限りなく本編に近い世界の話。
ヘタレな霊夢は告白される側、そういうイメージがあります。
だから手を出しちゃうのは殆ど妄想。
R18詐欺?
これは準備号なんです。
後日、また来てください。
(いつかは言ってない)