東方銀翼伝 side story ~轟アズマ争奪戦!~ 作:命人
一通り回ったが特に異常は見られない。後でまたもう一巡りしようと思い、自分の席に戻ろうとした矢先、何者かが俺の首根っこを掴みヒョイと持ち上げたのだ。
ヒッと小さい悲鳴を上げる俺。見ると一本角の鬼「星熊勇儀」が俺を掴んでいるようなのだ。どうやらお酌に付き合えということらしい。
「鬼と飲みあえるほどお酒強くないし、そもそも俺は幹事だから……」
「幹事おつかれさーん♪ まあ飲めや」
駄目だ、理屈が意味をなさない。勝手にグラスに見たことない酒を注がれ、飲まされる。あまりの度数の高さに喉が焼ける! 思わずゲホゲホと咳き込んだ。
「しょーがないヤツだねぇ。少し薄めるか」
どうにか周囲の喧騒に紛れて脱出を試みようと周囲を見回すが、あいにく好機は訪れない。薄められた酒は相変わらずキツいものであったが、飲めないレベルではなかった。
こちらが口にしたのを確認すると腕組みして説教を始めた。もう既に酒臭いよ……。
「こういうのはノリが大事なんだ。何なんだ、今のかったるいスピーチは!」
「……すんません」
変に口答えせずに言いたいだけ言わせておこう。その方が早く解放される気がする。酒が回って来たのか、体がカッカと火照り始め、汗ばんでくる。
「おい、聞いているのか、人間!」
しかし理不尽な説教は終わりそうにない。というかさっきから言っていることが延々とループしている気がする。意識も朦朧としてきてこれはマズい。
「あっ、コラ! まだ話が終わってないぞ」
そんな膠着状態は俺が何者かによって掻っ攫われたことによって突然終わりを告げたのだ。
こんな状態でいきなり空中にさらわれたらひとたまりもない。危うく胃袋の中身をぶちまけそうになるのを何とかこらえると、今の状況を確認する。
何者かが俺の背後から抱き付いて空を飛んでいるようなのだ。背中に何か当たっている気がするが、今はそれを気にしている場合ではない。万が一取り落としたら大惨事である。そしてこんなことするのは……。
「天狗か、天狗の仕業か!」
「ご名答です♪ 姿も見えないのに胸の感触だけで当てるとはアズマさんもなかなかのやり手ですね」
この喧しくもどこか調子のいい口調は文のものだ。
「ちがわいっ! つーかなるべく早く降ろしてくれ。マジでリバースする……」
リバースと聞いてから文の動きが大人しくなる。話を分かってくれてよかった……。
「でも助かったよ。あのまま延々と絡まれると思うと……」
「いえいえ、大事な大事なアズマさんですもの。何かあってからでは遅いです♪」
やたら柔らかいモノを押し付けてくる以外は無害なので後は地上に降りるだけなのだが、甲高い声を上げて別の鴉天狗が近づいてきた。
「あーっ! また独り占めしてる!」
「し、心外ですね! 私は怖い鬼に絡まれてるアズマさんを助けたのですよ」
「それじゃあその『凶器』を押し当ててないで早く降ろしてあげなさいよ」
鴉天狗二人が揃うとやかましいことこの上ない。この後もヒートアップしてついに弾幕沙汰にまで発展する。
「危ない危ない! やり合うなら俺をまず解放してくれ!」
「そうはいきません。他の妖怪に襲われては一大事。現に目の前に恐ろしい天狗がいるではありませんか。ちゃんと守ってあげますから……」
おめぇも天狗だろうがっ。しかも人さらいの現行犯!
だが、人間一人抱えてまともに弾幕出来るはずもなく、文は被弾。その衝撃で俺は空中に投げ出され自由落下してしまう。
この高さから地面に叩きつけられたらまず命は助からないぞ……。
覚悟を決めて両目を固く閉じるがふわりとした感触に包まれた。何者かが落っこちる俺をキャッチしたのだろうか? 恐る恐る眼を開いてみると……。
真っ先に視界に入ったのは黒。そう、真っ黒い羽根であった。またも天狗か? いや、文とはたては弾幕ごっこに夢中であり、とてもそのようには思えない。
「だいじょーぶ?」
緑色のリボンを頭につけた彼女はカラスはカラスでも地獄のカラスであった。お空が助けてくれたのか……。
「危ないところだったよ。何かお礼をしたいな」
「それじゃあいっぱいナデナデしてよ」
地上に降り立つと目いっぱい彼女の頭や羽を撫でてあげた。気持ちよさそうに「うにゅー」と声を漏らすとまるで猫のようにじゃれついてきた。
羽は天狗のそれに比べると少しゴワゴワしてる気もするが、暖かくてとても心地よい。「こっちもー」と蕩けた声で俺の手をお空自らの顎に当てる。こうしていると鳥というよりかは完全に猫である。すっかり力の抜けた彼女はそのまま俺の方にもたれかかって来た。うむ、文よりボリュームが……って違うっ!
眠りそうなお空を小突いて起こすと、元の席に戻そうとした。
「それよりどうして助けてくれたんだ? あんなに都合よく空で偶然バッタリだなんて不自然だし」
「うん、さとり様がね……えーとどうしてだっけ? まあいいや、イイコトしたんだからもっとナデナデして~」
そこ忘れちゃ駄目だろ! しかし困った……。これでは身動きが取れないぞ。
そうやってこの場で手をこまねいていると騒がしいテーブルから抜け出したのか、薄ピンク髪の少女が少し頬を赤く染めてやって来た。
「空で天狗がうるさいから弾幕を止めさせるようにとお願いしたはずですが……何をしているのです?」
「何って、ナデナデだよ。さとり様もしてもらう? 気持ちいいんだよ」
ゴロゴロと俺に体をこすりつけながら自らの飼い主を誘う地獄カラス。そんな羽の生えた彼女を胸の「第三の目」で凝視しているのが分かる。恐らくお空の心を読んでいるのだろう。
「ダメね。完全に本来の目的を忘れているわ」
やれやれと首を振るさとりであったが、不意にお空の手が彼女の小柄な体を捉える。そのことに気が付いたころには既に遅し。すぐに引っ張り出されるお空の腕。さとりはバランスを崩して転倒しそうになる。
「危ないっ!」
アルコールも入っており判断力も鈍っているこの状態だ。あのままだと転んで頭を打っていたかもしれない。そうなる前に俺が取った行動は……さとりを抱いて支えることであった。
そう、あくまでお空は飼い主を愛するペットである。そこには一片の悪意もなかった筈だ。それゆえにサトリ妖怪は自らのペットの手が伸びようとしていることに全然気が付けなかったのだろう。あと酔っ払っていたのもあったのかもしれない。
このままでは怪我をしてしまうと俺は華奢な彼女を支えたのだ。小柄な体はとても軽く途中でバランスを崩すことはない。ぽふっと彼女を受け止めるとアルコールの匂いに混じって一瞬何かしらの花のような良い香りが漂った気がした。
当の仕掛け人であるお空は自らの望んだとおりに事が運んで満面の笑みを浮かべていた。その上で二人めがけて思い切り抱き付いてくる。
「さとり様もアズマもだーいすき!」
「ちょ、ちょっと!」
「わーい♪」とはしゃぎながら、お空は俺が支えるさとりに抱き着く。ペットと男に挟まれて困惑するサトリ妖怪。身動きが制限される中きょろきょろと周囲を見回していた。
「お空、そんなにハグされたら出られないわ。私はもう大丈夫だから起き上がらせて頂戴……って聞いてる?」
「あ、でもどっちの方が好きかなぁ? さとり様ももちろんだけど、アズマも優しいし……。うにゅー、順番なんて決められないよぉ」
断言しよう、コイツ話全然聞いてない。それにしても少女二人にこんな密着されたら暑い……。精神的な意味での興奮はもちろんのこと、物理的にもなかなか。何せ保温性抜群そうな鳥の羽を持った少女もいるのだから。タラリと額から汗が垂れる。だが、一番の被害者はサンドイッチにされている……。
「うう、アルコールの影響もあるけど暑すぎるわ」
暑さにやられたか、サトリ妖怪がぐったりし始めた。まずい、これは
「うーん、私にそんな残酷なことはできないわ。いっそアズマがさとり様と一緒に暮せば問題ないね! うん、そうしなよ!」
「んなっ……!?」
小さな体躯が唐突にビクンと震えるのが俺にも伝わってきた。俺はサトリ妖怪ではないので心は読めないが、おそらくお空は何の他意もなく無垢な笑みを浮かべてそう口にしているだけだろう。だが「一緒に暮す」。その言葉が暗に示していることは……!
「ななな、私と……アズマさんが!? そんなこといきなり言われても……言われても……。まあそれも悪くはありませんが……」
おいおい、こっちもなんか様子がおかしいぞ? ふにゃっと俺にもたれかかるようにする。が、混乱しきっている第三の目がこちらを覗くとまた理性を取り戻したようだ。
「いけないいけない! お空、無暗にそういう事を言うものではありません。彼には守るべき『彼女』がいるのです」
すっくと立ち上がると、そのままお空を連れてさとりは立ち去る。だが、少し離れた場所でさとりは自らに「第三の目」を向けて自問自答しているようだ。
「あの時抱いた私の感情は本物。でも、それは抱いてはいけないもの……」
ちょっと様子が気になるが、一人で考えさせた方がいいだろう。俺はこの場を後にして再び見回りを行うことにした。