東方銀翼伝 side story ~轟アズマ争奪戦!~ 作:命人
だが、アズマに密着した後の青娥の様子がおかしい……?
俺が青娥の片腕を掴んで振りほどいた後、バランスを崩した邪仙は崩れ落ちるように転ぶと上目遣いでこちらを見てくる。ふんっ、そんな目で見ても俺は流されないからな!
「どうせその後は嘘泣きからの泣き落としに入るんだろ? お前の茶番には付き合ってられない。さて、早苗の介抱を……」
案の定、青娥は袖で顔を覆うと、シクシクとやり始めた。俺はそれを一切合切無視して「聖域」で眠る早苗の様子に目をやった。いくらか顔色が良くなっているようであり安堵した。
「しくしく……」
アーアー聞こえなーい。
「しくしくしく……」
誰かがシメにラーメンでもすすっているんだな。
「しくしくしくしく……」
…………
「しくしくしくしくしくし……」
「だぁー、うるっさーい! お前は演技だってバレてるの。いい加減負けを認めろ!」
遂に耐えられなくなり俺はヅカヅカとへたり込む青娥に近寄るとその顔を、きっと腕の中では舌を出しているであろうその顔を覗き込む。
「なっ!? お前本当に……?」
驚愕した。瞼は腫れており、その両目は赤くなっていた。おびただしい量のしょっぱい液体がその二つの目から流れ落ちており今までの行動が演技ではなかったことを物語っていた。演技で涙を流すことの出来る女優というのは聞いたことがあるが、泣き腫らし方がそのレベルを明らかに凌駕していたのだ。
そんな涙目の天女のような少女と目が合う。いつも高圧的だったり無駄に色気を振りまいたりするいつもは悪意に濁った瞳の奥底に純真な光を見た気がした。俺がそれに気付き息を呑んででいると青娥はワーと号泣しながら俺に抱き付いてきた。
「酷いですわ! こんなにも、こんなにも轟アズマのことを想っているのに『演技だ』の一点張りで……」
「いやそれは普段の行いが……」
「わたくしだって誰かを愛おしいと思う時くらいありますわよっ。あーん!!」
号泣しながらなおも抱き付いてくる。
今日青娥に抱き付かれたのは二回目だが明らかに様子が違うのが震える彼女の腕からもわかった。
「わ、悪かった悪かった!」
駄目だ、泣きじゃくったまま話を聞いてくれない。まずは落ち着かせるのが先決だろう。ぎこちない手で俺は青娥の後頭部を控えめに撫でる。
「落ち着いてくれたか?」
答える声はなく、ただ俺の腕から涙で潤んだ目だけをのぞかせてコクリと小さく頷くのみであった。あんなにも胡散臭くて憎たらしい筈の彼女がより一層愛おしく見えてきた。ギャップってやつだろう。
もしもの話だが、幻想入りした俺が最初に白蓮ではなく青娥に出会っていたらまた随分と違う展開になっていたのかもしれないな。
しかしあの邪仙がこんなにも弱弱しい姿を見せるとは俺も予想外であった。途中まではいつもの甘ったるい声で誘惑してくるまさに悪女といった感じだったのに、まるで人が変わったかのように純真な態度を見せたのだ。
あれ、前にも似たようなことがあったような……。俺は今日のそれらしき出来事を思い起こしていく。
スキンシップをしていたら子猫のようになったお空、閻魔様から一緒に逃げていたら「弟が出来るのもいいですね♪」とか言い出した美鈴、泥酔していたところを助けるためにおんぶしたら「王子様」と口にする早苗さん、一緒にお酌して膝枕とかしてくれるといった幽香さん。そして体から悪い気が出てるとか言って耳を舐めたり体中をまさぐったりした雛と衣玖さん、更にこの二人から出た「俺の体液」というキーワード……。
体液……そうか、汗だよ! 思えば俺と密着した少女は皆俺に対して異常なまでに好意的になっていた。何らかの原因で俺の汗が少女達を魅了する媚薬のようになってしまったんだ! なんということだ、雛と衣玖さんの推理は半分正解していたというわけだ。それを俺は蔑ろにして……。
こうしてはいられない。異変がこれ以上酷くならないように俺から出ている「悪い気」とやらを何とかしてもらわないといけない。もう一度雛に会って本当の意味での「異変」を俺から追い出してもらわなくては!
そして、それは同時に……こうやって青娥が好意的なのは演技ではないとはいえ本意でもないってことなんだよな……。全ては俺の体に起きた異変のなせる業。それを思うと俺は少し寂しくなった。だが、異変は解決しなければならない。俺はこれ以上青娥を傷つけないように優しく離れると、ゆっくりと踵を返した。
……修羅場が待っていた。
彼女は鬼のような形相をしてプルプルと震えていた。足元では俺が介抱した早苗さんの隣でやっぱり酩酊していたと思われるアリスが横たわっていた。恐らくはこの怒りのオーラを発している彼女が介抱していたのだろう。仏の顔の筈の我が恩人は今までに見たことない程に怒りで表情をゆがめていたのだ。
そうか、そうだったのか。「聖域」に関する事件の全容がようやく見えてきた。つまりこういうことだ。
俺を骨抜きにして自らの陣営に迎え入れたかった青娥は、人の寄り付かない「聖域」で二人きりになることでその目的を達成しようとした。しかし「聖域」では常に白蓮が眼を光らせていたのだ。
白蓮を「聖域」から追い出したかったものの、直接手を下すのはリスクが高いと踏んだ青娥は、自身の宣言通りに白蓮ではなくて彼女と同じく魔法使いであるアリスに毒、つまりスピリタスレベルのキツい酒を盛ることで酩酊させると彼女を「聖域」へと誘い込んだ。
白蓮の介抱を受けているアリスはある時、彼女に「トイレに行きたい」旨を伝えたのだろう。当然一人で向かわせるわけにはいかないので、白蓮は付き添う為に「聖域」を離れることになる。
恐らく俺が早苗を背負って歩いている様子を空から見て青娥は行動に出たのだろう。もぬけの殻になった「聖域」に入っていったのは俺とグッタリする早苗。そう、当初の計画通りに人目のない場所で二人きりになり、俺を手籠めにしようとしたのだ。
しかし異変が起きた。俺の汗が何故か強烈な媚薬になっており、汗を至近距離で思い切り吸い込んでしまった青娥は俺に惚れ込んでしまう。こうなると鹵獲どころではなくなる。
逆に骨抜きにされた青娥にタジタジになっているうちにトイレから戻ってきた魔法使い二人と鉢合わせして……そして現在に至る。
つまり本来俺は被害者というわけで決してやましい気持ちが主体となっていたわけでは……。
「いや待て、誤解……」
「誤解なはずありますかっ! 南無三っ!!」
「ヒッ!」と俺は悲鳴を上げながら頭を抱えてうずくまる。振り下ろされるゲンコツ……。
しかし俺に下される「裁き」は御幣に遮られた。そう、早苗である。おお、介抱のかいあって息を吹き返したのか!
「アズマ王子に狼藉を働く不届き者ぉ!」
王子設定まだ残ってたの!?
「なるほど、『アズマ王子』ねぇ。王子様は優しく愛でるものであって、そういう形の愛は認めたくありませんわ。いいでしょう、これも愛しの王子様の為。早苗さん、一時的に組みましょう!」
だから王子って言いふらすの恥ずかしいからヤメテ! 守るべきものの為に何かに目覚めてしまった青娥は早苗さんとタッグを組むと白蓮と弾幕決闘を始めてしまった。ああ、せっかくの「聖域」が……。
流れ弾がカオスじみた宴会会場で最後まで残った良心を破壊しつくしていく。まさに「パラダイスロスト」。こうなってしまうともはや俺は手を出すことが出来ない。必死に転げ回って弾幕の餌食にならないように地面を這って少しでもここから離れるほかない。
とめどなく汗をかきながら、ほふく前進を続ける俺。そうやって少しずつ前進しながらどうしてこんなことになってしまったのかを思索する。
何か他におかしい兆候がなかったか……? 宴会が始まる前、その準備の時に何か……あっ!
そうだ、思い起こせばコンパクの様子もおかしかったぞ。妖夢譲りの礼儀正しい性格なので、たとえ甘えん坊とはいえ俺に迷惑かける前に自重するのがあの子だった筈だ。だというのにあの時の彼女は離れようとしなかったではないか。
最初は風邪を引いていて意識が朦朧としていたから心配されたのかと思ったが、やはり俺の汗に触れておかしくなったと考えると全てに合点がいくのだ。つまり、俺がおかしくなったのは永遠亭で治療を受けた時……。
「そうかわかったぞ! 薬の副作用だ!」
そうと分かれば訪ねる先は雛ではない、鈴仙あるいは永琳だ。事情を話して副作用を緩和してもらおう。
思い立ったら即行動。俺は立ち上がると永遠亭の皆さんがいそうな場所を探す……が次の瞬間、俺の足元の地面が消え去ってしまった!
無数の目玉に心の中まで見透かされる感覚を覚えながら俺の体は落ちていく、どこまでもどこまでも……。