今回はリョウ回です。
空閑家銃器指南役・岸辺リョウ。
今でこそ空閑家に雇われ教導の仕事をしている彼女であるが、その経歴は異色なものだ。
父親はアメリカ人。在日米軍として沖縄に駐留している最中、現地で知り合った女性と結婚。女性の実家は強硬に反対したが、任務の都合でアメリカ本国に帰るタイミングで「駆け落ち」を敢行している。
この女性は呪術師だった。いわゆる詔勅六家には及ばないもののユタの名門で、相伝の術式を持つ正当な跡取り娘(ユタは伝統的に女系)だった。その血を海外に流出させた咎で、家は既に呪術師としては没落している。
リョウにとって幸運だったのは、この術式を受け継がなかったことだ。彼女は母親の血筋で呪霊を視覚でき、自ら呪力を扱うセンスにも長けているが、術式は遺伝しなかった。
仮にリョウが相伝の術式を持っていたら、実家の手の者がどんな手を使ってでも彼女を連れ戻し、そして「血を戻す」ための措置が取られていたことは明らかだ。たった一人の若い相伝持ちを失い、家の存亡がかかる程度に追い詰められた名門一族は、戻し交配を人間でやる程度の「逆民族浄化」を易々としでかす。リョウの辿っていた運命は想像に難くない。
リョウの家は呪術師としては没落しても、米軍基地の用地として広く土地を貸し出している地主の側面は健在だ。アメリカ軍にその程度の便宜を図らせることは可能だったし、実際に激怒した実家と米軍の仲がこじれて「呪術の秘匿」が破られる恐れから空閑家と加茂家が仲介に乗り出す事態にまで発展している。
確かにリョウの母は当時高校(呪術高専ではなく、地元の普通科)3年生だった。卒業と同時に婿を取り、やがては一族の当主になることを運命づけられている彼女が、せめてそれまでは普通の幸せを得られるようにという親心であったわけだが、それが完全に裏目に出た格好だ。
生まれついて重責を背負わされ、諦観の中で生きていくしかなかった彼女にとり、それを否定し、自分を連れ出してくれた男は、間違いなくその時、白馬の王子様だったのだろう。
自分のことをヒーローと、白馬の王子様と慕ってくれる幼気なお姫様を旧弊的なムラ社会の因習から救い出し、心からの感謝と共に差し出された純潔を味わうのは、さぞや気持ちが良かっただろう。
少女漫画や18禁ゲームならば、物語はこれにて大団円を迎え、めでたしめでたしと幕が閉じ、清々しい読後感と共に読者やプレイヤーを感動させたことだろう。
――人生はその後も続くのだ。平然と、嫌になるほどに長く。
彼らの人生にとって、この時が絶頂期であったのは言うまでもない。少なくとも二人の正常な判断力を根こそぎ奪い去る程度には、強烈な解放感と多幸感があった。
だが知っての通り、二人の娘であるところのリョウは貧民街で育ち、軍にスカウトされるも傭兵に身をやつし、最終的に呪詛師にまで落ちぶれた。
リョウの父は、アメリカに戻った時点で27歳だった。
常識的に考えてほしいのだが、世間知らずの17歳のお姫様を巧言令色で騙して懐かせ、相手の家の都合を無視して勝手にアメリカ本土に連れ去り、足が付かなくなったと同時に処女を食った27歳は、まともな常識を持ち合わせているだろうか?
この男の考えはこうだ。
「向こうの家とて、娘には情があるはず。数年ほとぼりを冷ました上で、孫の顔でも見せてやれば必ず金蔓になる」。
彼がこのような面倒な茶番に付き合ったのは、第一に身体目当てで、第二に金目当て。子供さえ出来てしまえばこっちのもの、娘を人質に取ってるようなものなのだから、後はなし崩しで実家から援助を取り付けられるという考えだった。幼く、穢れなく、美しく、しかもとことんまで自分を慕っている箱入り娘だ。打算を抜きしても抗いがたい魅力を持っており、彼は我が世の春と言わんばかりに毎日毎晩少女を貪った。
これは俗にチャイルドグルーミングと言って、後世で社会問題になる程度には数多くの「成功例」を輩出してきた性的な非人道行為の類型である。だが1980年代当時に、そのような考え方はまだ主流ではなかった。
男にとって誤算だったのは、彼女の実家の抱える闇が想像を超えて深かったことだろう。
女が妊娠するより早く、男には不名誉除隊処分が下った。
未成年への性的暴行と拐取で「正当な」立件をすることも時間をかければ可能だったろうが、彼にかけられたのは反逆の容疑だった。
明らかに正規の捜査は行われておらず、彼はまともな軍事法廷にすらかけられていない。事を荒立てたくない米軍上層部が日本呪術界と交わした取引の産物だ。「公式には認めないが、下手人には責任を取らせる」。そういう形の落としどころであった。
ここまでの説明から浮かび上がってくる性根の腐り具合に反して、男の軍歴と実力は本物だった。
空挺資格を取得後、第75レンジャー連隊を経てアメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー)軍曹。沖縄にいたのも俗に言う「トリイステーション」での訓練のため。少年時代に非行が絶えず、服役と従軍を選ばされた結果の経歴だとは誰も思わないほどの輝かしいキャリアだった。
彼は悪人だが、目の前にぶら下げられた目的のためなら良くも悪くも手段を択ばず、努力を惜しまない男だった。勉強は苦手だが語学に才能があり日本語に堪能で、普段は明るく隊の雰囲気づくりに貢献していた。
それらのキャリアは、自業自得とはいえあっさりと消失することとなった。
米軍における不名誉除隊は社会からの追放と市民権の剥奪を意味する。男はすべてを失い、スラムに身を隠すことになった。
リョウが生まれてすぐ、男は一度それとなく日本側にコンタクトを試みたことがある。いよいよ資金繰りが万策尽き始めた頃のことだ。
結論から言えば、日本に飛んでからの男の足取りは分かっていない。3人の男性に付き添われて那覇空港を出てワンボックスカーに乗り込んだところまでが、警察の捜査で判明していることだ。
――余談だが、女の婚約者としてセッティングされていたのは九州・福岡の名門「空閑家」の本家に連なる相伝持ちの術者であり、不義理に対する落とし前として沖縄側の当主が首を差し出し、家が事実上取り潰される事態にまで発展している。
元婚約者は相伝「禁縁呪法」の中でも「小刀」を得意とする有望株であったが、一連の顛末を経て呪術界そのものに愛想が尽きたらしく、後に空閑家を出奔。当時、呪術界転覆を目論んでいた呪詛師集団「Q」の最高戦力として台頭することになるが、それはまた別の話である。
閑話休題。かくして、唯一頼りになるはずだった父親を失い、母と娘だけが米国に取り残される。
スラム街の極貧生活。売国奴の妻。この間まで箱入りのお嬢様でまともな社会経験など当然存在しない。日本語しか話せない。時に黒人以上に差別されるアジア系人種。
リョウの母親がどれほどの苦労を強いられたかは想像に難くないが、彼女はそれでも故郷に帰らなかった。それが引っ込みのつかなくなった彼女の意地によるものか、あるいはそんな暮らしさえ実家で緩やかに死んでいくよりマシと思ったのか。
どちらにせよリョウは成長し、やがてその呪力操作を米軍にマークされ、海軍特殊部隊SEALsに特例で入隊するまでに長じる。
政治的都合で部隊が解散してからは傭兵として世界中を転戦したリョウだが、自らのルーツについて彼女は詳しいことを知らない。母親は昔のことを語りたがらなかったし、知ってもロクなことにならないだろうと直感していた。
そしてシンガポールで日本の呪術師を手にかけて1級相当呪詛師として手配され、勅命とした日本国外の呪術師の動向を監視している空閑家がその存在を把握してもなお、彼女はそれらの因縁を聞かされていない。
空閑家の中でも年長の者たちは一連の出来事を知っているが、これを後世に伝えないことと定めたのは現当主、空閑徹司であった。
「本来の歴史」ならば、空閑家はこの醜聞(スキャンダル)によって影響力が削がれたのをきっかけに、コトリバコ戦での成員の死亡と魔法少女戦での被害によって完全に戦闘能力を失い、残党がシン・陰流に吸収される形で消滅する。
しかしこの世界では、空閑徹の打ち立てた功績によって空閑家は御三家に匹敵するほど拡大するに至る。
この時すでに件の出奔した家人が五条悟に討たれていたのも後押しした。徹を失っていないことで余裕のあった徹司は、その因縁を後の世代に持ち込まないことを選び、徹大もそれに同意したのだ。
この辺りは、早婚多産を是とし戦力の入れ替わりが激しい空閑家の特色が良い方向に働いたと言えるだろう。いくら使えるものは何でも使う家風と言えど、流石にリョウを家に迎える判断は、すでに80年代当時に前線を張っていた者たちの多くが引退しており、世代をまたいでいたから可能なことだった。
◆ ◆ ◆
そして、現在。
「…………フーッ」
ベッドの上で煙草を吹かすリョウは、かろうじてシーツにくるまっている他は一糸まとわぬ姿で、隣で熟睡している空閑徹也(徹の1歳下の弟)をチラリと見やる。
部屋の床には脱ぎ散らかした服がそのままで、それなり以上に「盛り上がった」ことが一目瞭然だ。リョウにとってこのような「つまみ食い」は今に始まったことではなく、
リョウの内心を文字に起こすのは難しい。
母子家庭で育ち、持ち前の美貌ゆえ常にスラムの男たちから狙われてきた彼女は本質的なところでかなりの男嫌いだ。よほど信頼している相手でなければ下ネタ全面NGの姿勢を崩さないし、大人の男とビジネス以上の関係を持つことは皆無と言っていい。相手が少しでも下心を見せれば容赦なく切り捨ててきた。
彼女の知っている男性像とは、母親を誑かした挙句放置して逃げたカスのような父親と、まだ初潮も来ないうちからねっとりとした視線を浴びせ、テントの張ったズボンのポケットから良くて20ドル札とゴム、悪ければ拳銃を出してくるスラム街の男ども。
リョウはそれらを心の底から嫌っているし、どうしようもなく腹が減って、目の前に差し出されたヨレヨレのドル札をついに受け取ってしまった日の夢を見る。結局ゴムをするという約束を守ってもらえず、まだヒリヒリと感触が残る膣を血が出るほど洗い、必死で出されたモノを掻き出して、来月も生理が来ますようにと死ぬ気で祈った日の夢。徹也たちへは見栄を張って話しているが、ちょっと呪力を使えるだけの小娘が綺麗な身体で居られる場所ではなかった。
一方で彼女は、母親譲りの愛情深さのようなものを持っていたのだろう。寂しさ・人恋しさはいっちょ前に感じる質で、しかし大人の男は嫌い。本能と嫌悪感との板挟みに苦しんだ結果、リョウの性癖は致命的にこじれた。
少年兵の童貞食いが趣味になったのは、自分が優位に立てるからだ。
余裕がないのが見てわかるから余計な打算をせずに済む。常にこちらのペースで手玉にとれる。必死で求められて、感謝もされて、悪い気はしない。
――どうせ、汚い大人になる前にみんな死ぬからあと腐れもない。
「……何がしたいんだろうな、私は」
顔に手を当てて、自問する。盛大に乱れた後、男で言うところの「賢者タイム」の時間帯、大抵彼女はそうしていた。
どうせ死ぬからあと腐れがない。
徹也がそうでないのは分かっていたつもりだ。
少年ばかり相手にしておいて、リョウは本質的には父性を、守ってくれる誰かを求めている。
まだ幼いと呼べる歳のくせに徹以上にガタイがよく、それでいて素直で善良な徹也は、リョウにとって初めて見るタイプの少年だった。
その身体の逞しさにリョウは惹かれている訳だが、自分の性癖のどうしようもなさを彼女が改めて理解するのは、もう少し後の話である。
「バブみを感じてオギャる」の逆、つまり逆シャア。