※この作品はR-18です。

やっぱ呪術界ってクソだわ 自主規制解除版   作:TE勢残党

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大変お待たせ致しまして申し訳ございません。
前話「"ハッピーエンド"(前編)」の続きにあたります。


#XX-IF "ハッピーエンド"(後編)

「……ふぅ」

 

 執務室の扉を閉じて、ひとつ溜息をつく。

 

 元より真面目で知られる徹である。仕事に忙殺されることはさして苦ではなかったが、今の彼には日本の政治や経済などよりよほど厄介で、「解決しなくても構わない」が故に頭を悩ませる問題があった。

 

「お疲れみたいっスね」

 

 掛けられた懐かしい口調に振り返ると、渋谷事変前から外見のほとんど変わっていないレアの姿があった。

 

「懐かしいな、その口調」

 

「相当キてるみたいでしたからねぇ。一瞬でも昔の気持ちに戻れるかなって」

 

 第二子が生まれた頃だったろうか、レアはかつてのような「ッス」口調で喋ることを辞めていた。今も人を食ったような飄々とした口調は健在ながら、普通に敬語で徹のボディーガードとして寄り添っている。

 

『いやぁ、20も半ばになってくるとああいう口調はキツいっていうか』とは本人の弁であり、もともと本当に切羽詰まった時などでは普通に敬語で喋っていたので、キャラ付けとして必要に応じるというスタンスは変わっていない。『普段はまともなしゃべり方にしといた方が、夜にッス口調に戻した時燃えるでしょう』という指摘に、徹が何も言い返せなかったのもあるが。

 

「場所、変えますか?」

 

 それがレアなりの気遣いであり、誘いであることは徹も承知していたが、徹はそれに頷かなかった。

 

「いや、ここでいい。今場所を移すと甘えそうだ」

 

 レアは思いっきり「この堅物め」と言いたげだったが、かろうじて口には出さず飲み込んだ。

 

「……三大欲求に仕事を持ち込むとロクなことにならないッスよ」

 

 変わりに出した言葉がかつての口調のままだったのは、労りからではないだろう。

 

「こうしなくて済むならそれが一番いいんだがね」

 

 自嘲気味な徹のセリフは、事実上その言い分を認めるものだった。

 

 

 

 ――そう、徹が直面しているのは「後継者問題」だ。

 

 いや、この表現は少し語弊があるかもしれない。

 

 空閑家の後継者選びに際し、特に明文化された規定はない。旧来の日本の田舎らしく、重視されるのは慣例と暗黙の了解だ。

 

 まず「絶対条件」として、相伝の術式である「禁縁呪法」を受け継いでいること。

 

 次に「重要な判断基準」として、本家直系からなるべく近い血縁者であること。

 

 その後「判断材料のひとつ」として、呪術師としての実力が高いこと。

 

 そして「欲を言えば」、男子であること。

 

 初代が女性だったこともあり、この手の一族にしては珍しく当主の性別にはあまりこだわらない。女性の当主継承例もいくつかあり、そういう時は有力な術式を持つ男性を婿に迎えることになっている。

 

 その他、50年くらい前までは「禁縁呪法を受け継いだ女子は全員、当主の子を男子2人以上産まなければならない」という掟も存在したが、これは対象の娘と分家の人間が駆け落ちした挙句心中を図った事例が出たため廃止になった。

 

 ただし、この掟は禁縁呪法の継承が途絶えそうだと判断されれば当主権限でいつでも復活させてよいと定められている。これは相伝継承に対して一族はあらゆる手段を排除しないと誓う「憲章」であり、血を繋ぐために行われてきた数々の道を外れた行いを正当化する後押し(掟が復活するよりはマシという意味)として、中世欧州の初夜権のごとき影響力を保っている。

 

 ここまで説明した通り、空閑一族では当主の選定基準が比較的緩い。比較的短いスパンで代替わりを重ねてきたため、数多くのイレギュラーな事態に直面し、そのたびに修正が続けられてきたためだ。少なくともルール上は、禁縁呪法を受け継いでさえいれば後のことはかなり融通が利く。

 

 翻って現在、徹には正妻と2人の妾がおり、子供は計5人。

 

 上から4人はすでに術式を自覚していて、内訳は上から「生命之源(ゴーレム)」、「禁縁呪法」、「投射呪法」、「十種影法術」。

 

 どれもこれも名門一族の相伝かそれに近いレベルの高位術式で、"最優の呪術師"などと称される徹の子供という非常に高いハードルを軽々と乗り越えるもの。後継者選びには何ら問題がないように思われる。

 

 

 

 ただ一人。徹の正妻になった「空閑日和(旧姓:加茂)」を除いては。

 

 

「……起きてたのか、日和」

 

 寝所の襖を開けると、そこには着物姿の女が正座している。徹にとってそれは見慣れた光景だった。

 

「徹様を置いて一人で寛ぐ訳には参りません」

 

 言いながら、日和は流麗な所作で三つ指を突き、深々と頭を下げる。

 

「どうか本日も、お情けを下さいませ」

 

 その光景を見ながら、徹は新婚の頃の彼女を思い出していた。

 

 

『つ、ついに来ちゃったなー、あ、あはは……』

 

『……うん、緊張してる。いちおう家背負ってるから~……』

 

『と、徹さん? 様? どうしよう何て呼んだらいい? あ、ぬ、脱ごっか取り合えず?』

 

『い゛、っ、……ごめ、ちょっと、しばらくそのまま……ううん、イヤじゃない……えへへ、やっと一緒になれた……』

 

 

 

 ――いつからだろう。彼女が敬語でしか喋らなくなったのは。

 

 

 

『幸せだよ。こんな家柄だから、好きになった人と結婚するなんてことはほぼないと思ってた』

 

『旦那様に最適な自分を一生演じて、お情けを貰って、まあそこそこ生きていくんだって。でもあなたになら、わたしはこうして素でいられる』

 

 

 

 ――いつからだろう。事後にゆっくり話すような機会も持たなくなったのは。

 

 

 

『あー、まぁ、1発でデキるもんではないよねぇ……』

『……レアさんは、二人目なんだっけ? お祝いしないとね! いいんだよ遠慮しなくて! それで子供が出来ないのが一番マズいんだから!!』

 

 

 日和の元から足が遠のいた事実はない。

 

 病院にもかかったが、医師の判断でも異常が見つかったりはしていない。「巡りあわせが悪い」とのことだった。日頃のストレス等が原因であるとも。

 

 

 徹の子は、二人の妾との間に計5人。

 

 成長し、女として絶頂期を迎え妖艶さに磨きがかかっても。他の愛人たちとの間に次々と子が生まれても。やがてピークが終わり、かつてほどの肌のハリがなくなっても。

 

 日和とは、不思議と子を授からなかった。

 

 

「どうぞ、お気のすむよう、如何様にもお使いください」

 

 日和は礼を解くと、薄い寝間着をはだけさせ、一糸まとわぬ姿になる。

 

 豊満な乳房、シミ一つない白磁のような肌、すらりと伸びた手足。 

 

 容姿の美しさという意味では、日和は元より他二人とは格が違っていた。美人ではあるが男っ気も化粧っ気もなく、それがいい所でもあるレアや、かなりの美しさであるが磨き方でやや劣る真依とは勝負の土台から違う。

 

 素晴らしい素材を将来の伴侶のためだけに磨き上げた宝石のような美しさ、男を立てる所作、間違いなく、周囲の誰もが羨む完璧なものだった。

 

 それをモノにすることは呪術界において最高の栄誉であるはずで、だから徹がその役目に選ばれた。

 

 

 その身体を数えきれないほど抱いたし、実際、それが極上の心地を伴っていることも徹は知っている。

 

 だが事ここに至っては、彼女の美貌も、仕草も、すべては一切の価値を持たない。

 

 それらは極論すると、夫となる人物に一人でも多くの子を孕ませるために調整されてきたものだからだ。

 

 

 日和は日本呪術界がその総力を挙げて作り上げた女であり、ゆえに彼女は、子を産むこと以外に存在意義を持たない。

 

 

「……それとも」

 

 徹が黙ったままでいると、ほんの少しだけ日和の瞳が揺れて見えた。

 

「つ、ついに、愛想も尽きましたか」

 

 自嘲するようだったのは口ぶりだけだ。身体は小刻みに震え、顔色は今にも悪化し続けている。

 

「滅多なこと言うなよ」

 

 自分の身体を抱くようにしている日和に、徹はただ抱きしめてやることしかできない。

 

「徹、さま、わ、わたしは、わたしは……」

 

 三年子なきは去れと言う。日和に関してはもう7年だ。

 

 日和に叩き込まれている「常識」が、自分の価値を毀損し続ける。

 

 呪術師は相伝というものがある以上、特に血縁を尊ぶ生き物。「普通」なら、とっくに彼女は「欠陥品」と断じられ、どこかから別の正妻を貰わなければならないところだ。

 

 たまたま空閑家の当主継承規定が緩く、たまたま妾胎に才能の持ち主が居て、たまたま徹に意見できる者が呪術界に居なかったから、彼女は「戯れ」に正妻で居続けられているに過ぎない。

 

 当然、徹が良いと言っても周囲からの扱いが万全になるものではない。今や彼女は「完全無欠」と謳われる空閑徹の、たった一つの汚点とすら陰口を叩かれていた。

 

「大丈夫だ。捨てたりしないから」

 

「う、うぁ、ああぁ……」

 

 徹本人は、子供が出来ない程度の理由で彼女への印象が悪くなったりはしない。ただでさえ妾を持って苦労させている手前申し訳ないくらいだ。

 

 だが、空閑家当主の正妻の地位は、相伝を持った男児を産むという仕事の対価としてその権勢を築くもの。

 

 しかも、本来であれば日和の後ろ盾になるはずの加茂家は、渋谷事変からの一連のドサクサの責任を取らされ、今や没落していた。

 

「……」

 

 徹は、ただじっと日和を抱きしめている。

 

 本来、彼女が正妻で居続けることは空閑家にメリットがなく、そして無体に扱ったとしてもうるさく言ってくる支持基盤=加茂家は既にない。

 

 レアはまだ、自分の不遇時代の記憶や自分に子供が二人いる余裕からかなり同情的な方だ。日和の処遇を巡っては家中でも過激な意見が目立っており、少なくとも近年中に妾を増員する話が断り切れなくなるのはほぼ確実と思われた。

 

 徹は呪術界の頂点に立ち、事実上国家の黒幕として絶対的な権力を恣としている。だが、それはしがらみから解放されるという意味にはならない。

 

「……ください」

 

「?」

 

「抱いて、ください。せめてつとめを、はたさないと」

 

 そうして徹のズボンを緩めようとしてくる日和の姿は、まるで幽鬼のようでもあり。

 

 徹は彼女をどうやったら幸せにしてやれるか、未だに答えを出せずにいた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 羂索による呪霊の一斉放出から逃れた者たちは、その多くが西の大都会である大阪へ逃げ込んだ。

 

 関東は平安時代以来の「化け物の跋扈する土地」となり、もはや人の住める場所ではない。呪術師たちによる「間引き」と探索、そして生存者等の捜索が行われているが、7年ほどが経過した現在でも状況は予断を許さない。

 

 首都機能が大阪に移転され、周辺地域は膨大な難民を吸収する必要に迫られた。

 

 日本のほとんどの企業は東京で生じる巨大な消費への対応に特化していたのであり、ほとんどの大企業は致命的な打撃を受けることになる。巨大企業の連鎖倒産による財政破綻を辛うじて免れたのは、大阪が踏みとどまったからというよりも、借りた先の大銀行も軒並み破綻したからだった。

 

 ゆえに、直接的には被害を受けなかった関西や中部、九州も揃って大きな影響を受ける。主要な収益を首都圏に頼っていた企業は次々に倒れ、代わりに地場企業たちは大きく勢力を伸ばすこととなった。

 

「……ここも随分人が増えたな」

 

 京都駅。

 

 呪霊を怖がって人々が寄り付かなくなり、観光地として破綻したこの古都は、今や経済の中心地として生まれ変わった。

 

 大阪を中心に、近畿から中部にかけての平らな土地には片っ端から集合住宅が作られ、3000万とも言われる難民の収容を開始している。

 

 その用地の多くは、観光業を廃業した京都の市街地が充てられた。

 

 現在、海外からの観光客数は全盛期と比べて1%以下まで激減しているし、30以上の国と地域から国交を断絶された。皆、呪霊が怖いのだ。日本の一般人ですら正確な情報を与えられていないまま数千万人が避難した状況。呪霊の脅威は遠方になればなるほど誇張して伝わり、現在では放射能汚染なんか目じゃないほどに日本人が、そして日本そのものが恐れられている。

 

 彼らにとっては文字通り「けがれた地」。そもそも、国際社会の認識では既に日本は滅亡したことになっており、現在の大阪政府は一種の亡命政府扱いされている節がある。日本はいまやほとんどの外務省からは渡航制限区域扱いされ、一部の学者や命知らずの動画配信者などにしか興味を示されない危険地帯であった。

 

 そんな状態が何年も続けば、当然観光業で成り立っていた京都の産業は立ち行かなくなる。

 

 町は荒廃し、家にあぶれた難民が住み着き、犯罪抑止のために景観条例が撤廃され、代わりに東京から移転してきた工場やオフィスビルが立ち並んだ。

 

 もはや京都に歴史的な街並みは存在せず、突貫工事で建てられた豆腐のようなビルが立ち並ぶばかりだ。

 

「……」

 

 駅前の様子もすっかり様変わりしている。

 

 かつてのように観光客で賑わってはおらず、人が集まっているのはコンビニやスーパーマーケットばかりだ。

 

 つい最近まで、日本政府は国家非常事態を宣言して疑似的に戦時体制へ移行しており、食料は配給制だった。流通・提供は民間のコンビニ業者とスーパー大手に委託され、毎食一定量を提供される仕組みだ。幸いというべきか生産能力自体はほぼ無事だったため、国が主導で流通経路を再設定し終えるまでの1年ほどでこの制度はなくなっている。

 

 現在は、東京を迂回し北陸を経由したルートで交通が復活しているため、スーパーの品揃えはほぼ復旧している。ただ、どこの企業も東京を失って全体の戦略を考える部署が消失しているため、広告や新規の商品開発、設備投資などは完全に停滞、ありものを使いまわすしかない状況が続いている。

 

 また受けた被害を補填するため価格も爆発的に上昇しており、災害後に職を得た難民たちの労働環境では、朝から晩まで働いても餓死しないだけのカロリーを確保したら、後はほとんど残らないような状況が続いていた。

 

 徹がここまで乗ってきた新幹線も、最近になって北陸を大回りする迂回ルートが開通したものの、貨物列車優先で運行しており一般人は未だに乗ることができない。

 

「人は多いけど……」

 

 道を挟んで反対側を見ると、また別の行列が目に留まる。

 

 パチンコ屋だ。こんな状況だからこそ、賭博や風俗などの手っ取り早い娯楽の需要はうなぎのぼりに増え続けている。

 

 東京からの難民たちのほとんどは公営住宅に住み、服飾大手に業務委託して支給されたシンプルな服に身を包み、辛うじてその日の糧を得られる程度の公共事業に従事している。

 

 世間は彼らに同情的である一方で、そこから脱しようとする――例えばまともな服を買い求めたり、公営住宅でないアパートに移り住もうとしたり、ちゃんとした仕事を得ようとしたり――する者たちに対し、世間は驚くほど冷たい。彼らは、難民が土地に間借りすることは許したが、コミュニティの一員になることを決して許さなかった。

 

 自前のコネで田舎に引っ込んだり、元の会社の関西以西の支社で雇われなおすなどして、東京出身でも地位を残した者たちもいたが、彼らは全体の2割に満たない。さらに技術者や学者などの特殊技能の持ち主は国や地場企業に「人間並み」の待遇で雇い入れられたが、これもせいぜい1割かそこら。

 

 残りの東京都民は特に地元とのつながりが希薄な人間が多かったために、着の身着のままで避難してきた大多数の人間は、国が用意した復興のための単純労働に従事することとなった。

 

 特に京都の地元民にとって、彼らは災害の被害者であると同時に、自分たちの飯のタネだった観光業を絶滅させた加害者。そういう見方が無くなることはなく、誰も口には出さなかったが、難民たちは「二等市民」として公営団地を出ず、支給品の服を着て、死ぬまで低賃金労働に従事することが求められた。

 

 3000万の難民をほとんど餓死させなかったのは日本政府の意地だったが、かつて名門大学を卒業したエリートサラリーマンが今は缶詰のラインを監視しているような事例も珍しくなく、家も仕事も失いローンだけが残った元エリートはこぞって公営団地の屋上から飛び降りた。

 

「お兄さん、遊んでかない? 安くしとくよ」

 

 立ち止まって通りに目をやっていたからか、裏路地の方から声がかかる。

 

 元エリートの男はローンを背負ってビルから飛び降りるか、飛び降りたくなるまでベーリング海でカニ漁に勤しむことになる訳だが、女がどうなったかというと、路地裏にずらりと並んだ厚化粧の女性たちがそうだ。

 

 勿論だが、全員がこうなった訳ではない。心あるものは、今も団地で夫を支えながら働いている。生活水準を下げることに耐えられた者は、必死でライン作業をしたりトラックを運転したりしている。本当の意味で尊厳を売り払うことができた者は、地元住民に半ば金で買われるような形で結婚した。

 

 ここに並んでいるのは、そのどれにもなれなかった者たちだ。

 

「すみません、急いでるんで」

 

 現在、徹の身長は186㎝。身なりがいいためこの手のキャッチに声を掛けられやすい一方で、目を合わせてはっきり喋れば、しつこく言われるようなことはまずない。

 

 わざわざ凄んで見せるまでもなく黙ってしまったキャッチの横を通り過ぎて、徹は目的地へと歩みを進めた。

 

 目的地とは、かつての京都一等地に今も邸宅を構える、呪術界の「元」名門、加茂家であった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 加茂家は渋谷事変の折、主犯となった「羂索」=「加茂憲倫」を輩出した失態を追及され、続く徹の粛清で主だった権力基盤を排除されたことで完全に没落している。

 

「ハッ、呪術界御三家もこうなっちゃ形無しね」

 

 京都の地理に明るいから(そして、加茂日和本人に整理させるのも酷だから)ということで、案内人には禪院真依がついた。

 

 今日は、加茂家の最後の用地――元々本邸があった当たりを売却し、跡地にマンションを建てる計画のための下見だった。

 

 既に残党は手ごろな安アパートや一軒家などに引き上げており、大量に居た使用人や被雇用者は軒並み解散。「筋を通す」として無償で居のこっている家令の他は、ほとんど一家離散に近い状態に陥っていた。

 

「ここで最後か」

 

「えぇ。連中にはお似合いの最後よ」

 

 元をたどれば、この粛清劇を主導したのは空閑徹本人だ。保守派や総監部の誰が羂索と繋がっているか分からない状況では、乗っ取りや復活を抑止するには加茂家ごと潰すほかなかった。

 

 合わせて失墜した五条家、力関係が逆転した禪院家が揃って後退したことで、空閑家が単独呪術界の頂点に立ってしまったのは、徹にとっては結果論。だが周りはそうは考えなかった。

 

「……」

 

 例えば、徹の隣で勝ち誇ったように加茂邸跡地を案内している真依。

 

 初産にして「禁縁呪法」持ちの男児という空閑家に最も必要だった子供を産んだ彼女は、それまでの「畜生胎」という評価を覆すように高等術式を持った子供を次々と産み、今や空閑家でも禪院家でも確固たる地位を確立している。

 

 正妻の日和が無能である(彼らの価値観において、子を成さないというのはそういう評価を避けられない)ために、最早事実上の正妻は真依だとする向きさえあり、虐げられる下女に過ぎなかった彼女は一躍、すべてを手に入れた和製シンデレラとなった。

 

 産んだ子の出来が良かったからすべてを手に入れた真依。

 

 子が出来ないためにすべてを失おうとしている日和。

 

 二人の関係は、まさしく呪術界の歪んだ価値基準を象徴していた。

 

「ね、こうなったらもう、加茂家の人間(あんな女)をムリして傍に置いとく必要はないと思わない?」

 

 だから真依には、かなり増長している部分がある。と言っても普段は巧妙に押し殺して"物わかりのいい妾"であり続けているが、こうして野心を隠さなくなる程度には徹に心を許してもいた。

 

「おい」

 

 ただ、今回の言い方は悪手だったと言えるだろう。

 

 真依は確かに相伝の男子を産んだし、恐らくその子は次代の空閑家当主になる。

 

 だが、それは真依の公的な序列にはつながらない。呪術師として「血」が重視されるのと同じくらい、政略結婚による奥の序列というのは重いものだ。

 

 たとえ今の真依とて、徹がよほど強く望まなければ正妻の座を得ることはない。妾と正妻の間の差は、並大抵のことでは変動しない厳然としたものなのだ。例えば、正妻が病などで死んでも、後妻が迎えられるだけで妾からの格上げは原則あり得ないように。

 

「……っ、ごめんなさい。失言だったわ」

 

 珍しく怒気を露わにした徹を前に、真依は態度を一変させる。彼女は調子に乗ってこそいるが、同時にその地位があくまで徹という圧倒的権力者を通じてのみ存在しうることを理解している。

 

 ただ、こういう場面においても躾のために手が出ない徹のやり方は、旧態依然とした呪術界の中では非常に穏当な部類であり。それが「やはり徹は女に優しい」として周囲の評価を上げる一方で、真依のような殴られ慣れている人間に対しては、今一つ怒気が伝わっていないのも事実だった。

 

 とは言え、彼女も名門の人間。正妻の座はこれからも諦めないだろうが、すくなくとも一度怒られたことを表立ってやったりはしない。次はもっと陰湿に、家中の権力を固めにかかることだろう。

 

 その考えを知ってか知らずか、徹は一つ溜息を吐いただけで、また加茂邸の案内を再開させた。

 

 

 

 ――羂索の脅威は去り、日本は持ちこたえることができた。呪術界の、ひいては空閑徹の牽引のもと、決して平坦な道ではないが、社会は少しずつ復興し、いつか過日の発展を取り戻すだろう。

 

 空閑家はその大半が生き残り、今やこれ以上ないと言えるほどの権勢を得た。呪術界御三家に代わって最大勢力となり、その当主となった徹は保守派亡き後の日本呪術界の頂点に立ち、日夜改革を推し進めている。

 

 ゆえに「この結末」は、あり得た無数の可能性の内、限りなく最善に近いひとつであると言えるだろう。

 

 「最優の呪術師」空閑徹の栄光の歴史は、未だ道半ばである。




1週間程度今の位置に置いた後、前後編が連続するように話順を整理します。

7か月振りの投稿でこれ言うのも大変恐縮なんですが、最近FANBOXを始めました。
主には最新作「(政府の)犬です、よろしくお願いします」のR-18版を置いてますが、今後は今回のように「や呪クソ」も充実させていきますので是非ご登録ください。
https://te20370862.fanbox.cc/
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