今回は全年齢・1話完結です。
以前に投稿した「ハッピーエンド」とは微妙に分岐先が異なります。
渋谷事変、死滅回游そして新宿決戦、後に「呪術界最悪の3ヵ月」と呼ばれる大騒動は、事変を生き残った呪術師たちの手でどうにか幕を閉じた。
受肉、あるいは覚醒を果たした呪霊と呪詛師、首謀者である羂索、そして復活を果たした「呪いの王」両面宿儺。それらが日本中に放たれるという大惨事の中、それでも呪術界は組織的な抵抗力を失わなかった。
主犯たる羂索の誤算は、本来ならば既に存在しないはずだった九州の名門・空閑家の総領。
五条家の最大戦力が封印され、加茂家が裏切りを追及され、禪院家が当主を失い、シン・陰の当主が討たれても、まだ空閑徹が残っていた。
結果として、羂索と宿儺は激戦の末に討ち取られ、これをもって呪術界総監部は勝利を宣言。依然として残っている死滅回游の結界や、生き残っている呪霊・呪詛師など問題は山積しているが、少なくとも「戦争」から「後始末」へと、状況が一段階変動したことは事実だった。
一方で、受けた被害もまた大きい。
呪術界として最大の問題は、やはり五条悟の戦死であろう。
元々、最高戦力であった彼が渋谷で封印されたことが事態がここまで拡大した最たる原因と言える。結局のところ教え子たちの尽力により二ヵ月弱で復活することとなったものの、その二か月の間に日本は崩壊寸前まで追い込まれた。元々、どれだけ一人の戦力に依存していたか分かろうというものだ。
2019年末 旧東京都内某所。
つい数週間前に「解放」されたばかりのこのあたりは、未だ対呪霊戦線の最前線に近いため人の出入りはまばらだ。
国家主導による復興プロジェクトは東京からの避難民を大量動員して進められ、呪術師たちが「ほぼ狩り尽くした」と判断された土地に自分たちが住むための仮設住宅を建て続けている。
元は東京都下の辺境だったこの地域もその例にもれず、数キロ後方では次々とコンクリート製の無骨な団地が産まれ始めていた。
一方で、山間にある荒れた校舎と敷地内にある寺社仏閣は、当時の姿を保ったまま修繕が進み、あと1月ほどで増改築が完了、再び拠点として使用できるよう工事が続けられている。
ここは元呪術高専東京校。土地奪還の象徴として、前線拠点として復活しようとしている呪術師たちの砦だ。
「来たよ、先生」
その一角には、墓地が整備された。
元々、身寄りがない殉職者を弔うために存在していた墓地が拡大され、一連の事変で死んでいった者たちの一部はここで眠りについている。
「ったく、柄にもないことさせないでよね」
「んだよ釘崎、さっきまですげーしんみりしてたじゃん」
――復活した五条悟は両面宿儺との頂上決戦に挑み、敗れた。
京都にある五条家代々の墓地に入るのを嫌った悟の躯は、元教師として東京高専の墓地(兼納骨堂)に収められている。
五条悟の「最期の我儘」を突っぱねるだけの体力気力はもはや総監部に残っておらず、故人を知る者からは「最後まで当人らしい」と苦笑され。
以降、実家の人間からはほとんど放置同然の状態である一方で、彼の墓石は特に取り決めもなく、ただ参りに来た生徒や同僚らによって丁寧に清掃・維持されていた。
「そりゃあ、無駄にメソメソしてるヤツ見てるとぶっ飛ばしたくなるし?」
「オマエあれだよな、自分が欲しい物人に渡すタイプ」
いつもの制服姿の虎杖悠仁と、仕立てのいい喪服姿の釘崎野薔薇。
呪術高専は東京の立ち入り禁止化に伴い、京都に1本化されることになった。そこで2年生に進級した2人は、この日五条悟の一回忌のため墓参りに訪れていた。
「当たり前でしょ。この私から見ていい物なら誰に送っても完璧よ」
「へーへー」
余談だが、自らの手で両親を殺し、天涯孤独の身となった夏油傑も、同じ敷地に墓石が建てられて弔われている。
羂索撃破後、連絡のついた夏油一派の残党(ミゲルとラルゥ)と遺体の処遇について協議した結果、「ここ」が一番いいだろうということになったのだ。
「……ま、ここなら退屈しないでしょ」
言いながら、野薔薇はテキパキと墓前を掃除し始める。虎杖も何も言わずそれに続いた。
埃を払い、水をかけ、磨き、仕上げに買ってきた甘味(喜久福のずんだ餅)を供え、線香を上げる。
――そして、彼らの墓参りの対象はもう一つある。
「……うるさくして悪ぃな、伏黒」
「バカ目隠しの突っ込み役も疲れるでしょ。たまには帰ってきていいのよ」
伏黒恵。
虎杖から移る形で両面宿儺の器となった彼は、五条悟からの連戦による最終決戦の果てに、宿儺もろとも討伐されることになった。
呪術師側の立てた策は、とにかく持ちうる戦力を全て投入した総力戦。1対1あるいは少数を間断なく続けて宿儺を削り切るというごり押しだった。
一定レベル以上の術師にとって、複数人での共闘はむしろ弱い添え物が邪魔になる。彼らはそれを知悉していたのだ。
悟が散り、悲しむ間もなく投入された鹿紫雲が撃破され、しかし順番にすり潰されていくはずだった高専戦力の摩耗はそこで止まった。
前二人の戦闘によって確かに弱っていたとはいえ、呪いの王と呼ばれた術師を倒したのは――
「……先客か」
「!」
声をかけられた二人が振り返ると、虎杖らにとって2つ上の先輩にあたる男が立っている。
普段のバンカラ風制服ではなく、見事な仕立ての喪服に身を包んだ、身長190㎝に届こうかという大男だ。同級の東堂葵と比べて、わずかに身長が低く身体が引き締まっている。
空閑徹。五条悟亡き今、現代最強の術師の名を継承した呪術界の頂点だ。今日は帯刀していない。
そう、失墜した五条家と加茂家に代わり、呪術界の実権を握ったのは。
両面宿儺を撃破し、依り代としていた伏黒恵もろとも滅殺したのは、空閑徹その人であった。
「空閑……さん」
虎杖はどこか困ったような、ありがたいような、複雑な表情で応じる。野薔薇は黙ったままだ。
「俺も、供えさせてもらっていいかな」
「……どーぞ」
「勝手にやりゃいいでしょ。あたしら伏黒の親じゃないんですけど」
二人のぶっきらぼうな態度を受け、徹は伏黒の墓に花とドキュメンタリーの本を供え、線香を上げる。
「……伏黒には、もう身寄りがない」
母は病死。父は五条悟が殺した。親代わりの五条悟も戦死しており、唯一の肉親だった津美紀も、死滅回游の折に呪詛師の依代にされ、死んだ。
長い黙祷を終えた徹は、そのことを淡々と指摘する。
「残っているとしたら、お前たちだけなんだ。お前たちには、俺に”どの面下げて”と怒る権利がある」
その言いぐさに、野薔薇は黙っていなかった。
「権利って何? 世界の全部が権利と義務で成り立ってるとでも思ってんの?」
「"世界"は違う。だが"社会"はそうだ」
虎杖が止める間もなく、会話は進んでいく。
「社会では感情は考慮されない。俺はもはや公人だ。呪術界を率いる立場として、この"戦果"を誇らなければならない」
「賢そうな言葉遊びで逃げてんじゃねぇよ、向き合えよ罪に」
「俺はもう、立場的に頭を下げられない」
「あ゛ぁ!?」
「釘崎」
虎杖の制止を受けて、不承不承ながら野薔薇が止まる。
「お前たちにとってこれは"罪"だが、他の、伏黒恵とかかわっていない全員にとって、この結果は”勝利”だからだ。俺が頭を下げたら、それが否定される。だからお前たちだけは怒っていろ。お前たちだけは俺を許すな。それができるのはもう、お前たちだけなんだよ」
虎杖はただ、黙って徹に向き合っている。
野薔薇は、一瞬気圧されたように黙った後、台詞を続けた。
「……そう。じゃあ怒ってあげない。あたしは、自分で勝手にクラスメイトを思う。アンタに定義づけされる筋合いないから。アンタはその御大層な立場とやらに一生縛られてろ、ドM野郎」
「……俺も、別に怒ってはねぇよ。政治の難しい話は俺にはわからんし、伏黒が宿儺になったのは俺のせいなんだ、ケツ拭いてもらっといてやり方に文句言うほどガキじゃねえ。ただ……ただ、伏黒が居なくなって寂しい。そんだけだ」
「そうか。それは、堪えるな」
それ以上の会話はなく、徹は虎杖たち二人の間を抜け、乗り付けた車へと戻って行った。
◆ ◆ ◆
現在の呪術界は、御三家がその力を失うのと入れ替わる形で空閑家が台頭している。事実上、かの家の一強体制だ。
絶対的エースであった五条悟を失った五条家は言うに及ばず。東京一円を壊滅させた大異変の首謀者「羂索」は、明治期に活動した史上最悪の呪詛師「加茂憲倫」と同一人物であったとされ、その廉で保守派の母体であった加茂家には粛清の嵐が吹き荒れ、その影響力を大きく減じるところとなる。禪院家は健在だが、当主を失ったドサクサから立ち直るのに苦労し弱体化。傘下に収めていた家柄の脱退や廃業も相次ぎ、かつてほどの勢力は保てなくなってきている。
そうして生まれた権力の空白に滑り込んだのは、空閑家の惣領であり、渋谷事変でも大きな活躍を見せた空閑徹だった。
死滅回游における殊勲者のうち、まともに生存しているのは虎杖と彼くらい。虎杖は元々宿儺の器として今回の事案の元凶でもあり、「自分で起こした面倒を自分でケツ拭いた」として賞罰なしという判断に落ち着いた。
結果として、強固な地盤と実績(戦果)を併せ持った空閑徹が一連の事態における功績を独占。同時に空閑家当主の座を継承し、壊滅した総監部に代わって呪術師をまとめる立場に立った彼に異を唱える者はいなかった。
日本の呪術界全体を掌握する立場となった彼は、今なお東京に巣食う1千万の呪霊に対処するため呪術師全体を指揮している。その技量は非常に高く、事変の起こった日本が国家として瓦解しなかったのはひとえに彼の功績であると賞賛がやまない一方で、そもそもこの状態は彼が仕組んだものではないかと疑われる向きすらある程度には、彼はその巨大な権力をうまく操っている。
個人としての戦闘能力は五条悟にやや劣ると言われる徹だが、一方で政治・統率力は比べるまでもないと称され、かつて最強と称された五条悟に対して「最優の呪術師」とも呼ばれる。彼はもはや隠れて黒幕を気取っている場合ではないと判断、表側の権力者と交渉を重ねつつ、呪術師そして呪霊の存在は順次表舞台へと姿を現し始めた。あわせて大っぴらな”徴兵”と”平定”が実施され、東京奪還のため、国力の回復に努めている。
日本が受けたダメージは大きく、国家として事実上民主主義を失った。だが幸いにも強力な指導者がおり、ベストではないにしろベターな方法で復興を進めていくだろう。ひとまず危機は脱し、安泰と言える状態が訪れたと言っていい。
「あら、久しぶりね日和……さん。ご実家が大変だと聞いたわ、大丈夫かしら」
(訳:没落した元姫様風情がどの面下げて来たのかしら?)
「ええ、嫁いだ身で出来ることは限られているけれど、こんなわたしに徹さまが良くしてくださってね」
(訳:貴女と違って私は正妻だから。空閑家が地盤になるから安泰だし、徹さまからも寵愛を受けているわ)
"当代は"安泰。
問題は跡継ぎだった。
「あらそう。辛いなら協力しますよ? 徹さまからも仲良くするよう言われているしね」
(訳:今は寵愛でも格でもあなたが下だから、間違えないでね?)
「ありがとう、でもお構いなく。徹さまが手を回してくださるわ」
(訳:妾の分際で調子に乗らないでくれる? 徹さまの寵愛はこちらにあるわ)
幸いと言うべきか、徹は子宝にも術式にも恵まれている。
現在、徹の子供は正妻である加茂日和と愛人2人(舞屋レアと禪院真依)との間にそれぞれ1人ずつ、全員が男児で、訳あって既に術式を自覚している。
順当に「生命之源」を持った子を産んだレアはともかく、残り2人が非常に厄介だった。
日和は加茂家の直系であるが、産まれた子の術式はなんと無下限呪術。血縁を辿れば五条家とも血が繋がっているため可能性としてあり得ない訳ではなかったが、赤血操術でも禁縁呪法でもない術式の発現は稀だ。将来的には、残党として残っている五条家の当主に据えて傀儡化、政治的地盤を強くするなどの役割が見込まれる。
一方で、真依の子に至ってはもっと厄介だ。禪院真希がいまだ存命中にも関わらず、この数十年で3度目となる天与呪縛のフィジカルギフテッドが誕生したのである。日和の息子ともども、露骨に見てわかる類の異能。彼らの存在はもはや周知となりつつあった。
かつて、日和は加茂家の令嬢で、相伝「赤血操術」を持つ完璧な才媛だった。
だが現在、彼女の権力基盤となっていた加茂家は渋谷事変の黒幕・羂索を輩出したとして粛清の憂き目にあっており、正妻としての後ろ盾を持たない。
翻って真依は、立場こそは妾の身だが、力関係が空閑家と逆転したとはいえ禪院家が健在だ。当の禪院家では歓迎されないフィジカルギフテッドも、実利を重んじる空閑家からすれば立派な拾い物。当主に据えるには問題があるにしろ、暗部の人間として置いておくにはこれ以上ない才能の持ち主だと、今から期待が高まっている。
皆、有能な子供ではある。
だが肝心の「禁縁呪法」を持った男子がまだ生まれていない。
現時点で、日和と真依の力関係はほぼイーブンと言える。後ろ盾と政治権力は真依、立場の高さでは日和。そして日和の子は六眼なしの無下限の使い手であるため燃費が悪く、五条家への外交カードとしては最高だが術師としての戦力には数えられない。
最初に「禁縁呪法」を持った男子を産んだ者が勝利する。そのことは、空閑徹の女たちの間では最早共通認識だった。
本来なら、奥の序列は厳格だ。日和を頂点としてきちんと順番付けがなされ、抜け駆けは許されない。
だが現在、日和の権力基盤は緩んでいる……というか、崩壊寸前だ。最早加茂家は亡く、嫁いできた日和だけが政治的に無事という有様。それゆえチャンスが生まれたと考えた真依がアプローチをかけてきているのである。
二人とも徹の前では淑女だが、下品にならないギリギリの範囲で情けを求め、ライバルの悪口を吹き込み、そして顔を合わせれば笑顔でマウントを取り合い……と、醜い凌ぎ合いが続いていた。
ただ、真依から「黒幕の傀儡だった一族出身なのだから彼女も怪しい」と言われても、日和がボソリと「呪術も使えないくせに」と呪詛のごとく吐き捨てるのを聞いても、徹は何も言わない。
ただ、2人に明確な区別を付けず、見かけ上は従順そのものな2人を貪るのみだ。
渋谷から始まる一連の決戦は、犠牲は多かったが、少なくとも決着はついた。だが日本最高の呪術師一族となった空閑家の家中を取り仕切る人間は、もうしばらく決まりそうにない。