※この作品はR-18です。

やっぱ呪術界ってクソだわ 自主規制解除版   作:TE勢残党

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#XX-IF ハッピーエンド:異譚

 ――強力な呪術師の評価というのは、最終的には2つの要素に収束する。

 

 嫁の評価と、子供の評価だ。

 

 こと呪術師一族というのは歴史が長い。その辺の和菓子屋でさえ江戸時代から続いていることがザラな京都を総本山とする彼らは、御三家クラスともなれば1000年単位の歴史を有することが珍しくない。

 

 このくらいになると、一代限りの強力な個が為しうることはタカが知れる。仕組みは深く、しがらみは強く、人間一人、たかだか50年かそこらの実働期間で改善できる部分などなく、あったとしても当人が死ねば元通り。

 

 極論、寿命を迎えるまでのらりくらりと躱し続ければ、老いた「最強」は自滅するものだ。なまじ有能であるからこそ、自分の道に続くものがいないという恐怖に人間は勝てない。政治の中枢で蠢く古老どもは知悉しており、だから彼らは一代限りの天才を警戒しない。"本来の歴史"において、五条悟が死んで半世紀後には五条家がすっかり元通りになっていたように。

 

 ゆえに肝要なのは、その天才がどんな妻を貰い、どんな子を作ったかだ。能力を十分に受け継いだ子が生まれ、「家」としての地盤が整った時、古老どもにとって初めて認識に値する「一族」となる。呪術師の家で「個人」の概念が希薄なのは、家単位でなければ術師の社会で影響力を持ちえないからだ。

 

 その点、空閑徹の「それ」は完璧だったと言えるだろう。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――福岡県某所、空閑家邸宅 午前5時30分。

 

 九州は比較的温暖だが、北部に位置するこのあたりでは、冬場は東京と大差ない冷え込みを見せる。

 

 この日は秋も終わりに差し掛かり、吐く息が白くなりつつある早朝。

 

 地理の関係で東京より35分ほど日の出が遅いこのあたりでは、未だ外は真っ暗だ。

 

 そんな時間に外から帰ってきた大男が一人。呪術高専を卒業すると共に空閑家当主の座を継承した空閑徹である。

 

 彼の朝は、5時前には起き出して日課のロードワーク(走り込み)をするところから始まる。普通の運動ではなく、呪力を使った機動訓練だ。空閑家の邸宅にはいわゆる裏山が隣接しており、そこに設置されているアスレチックコースを毎日30分かけてこなし、家に戻る。家全体としての訓練が始動する前の、いわゆる「自主練」だった。

 

「どーぞ」

 

 屋敷に戻ると、玄関先で一人の女性が出迎える。

 

 徹の正妻であり、今は亡き加茂家の血を引く姫、日和である。

 

 その手にはタオルと専用調合のスポーツドリンクが準備されており、夫の鍛錬をサポートする体制は万全だ。ちなみに、ロードワーク中のボクサーのような機能的な格好をしている徹と違い、日和は伝統的な和服姿である。空閑家内は御三家と異なり和服着用が義務付けられていないが、加茂家のルールを叩き込まれている日和の「この格好でないと落ち着かない」という要望を受けた結果だ。

 

 なお、以前は「夫より早く起きることは当然」として無理な早起きを試みていた日和だったが、体調を心配した徹に説得され同じ時間に寝起きすることでまとまっている。

 

「ああ、ありがとう」

 

 短く礼を言うと、徹はボトルを呷り、ぬるめに調整してあるドリンクを一気飲み。タオルで顔を拭きながら屋敷に入っていく。方や着物に下駄、方やジャージにランニングシューズで非常にちぐはぐな絵面だったが、連れ添って歩く姿は間違いなく仲睦まじい夫婦のそれであった。

 

 徹はこの数年間でさらに身長が伸び、最終的に188cmに達している。父親譲りの体格は、しかも痩躯だった父と違ってきちんと筋肉に覆われていた。これでも弟(徹也)や同期(東堂)と比べれば細身な部類であり、彼らのような「ゴリマッチョ」をアメフト選手とするなら、徹は野球選手のようだと称される。

 

 平均的かすこし小さめな日和とは頭一つ分以上の体格差があり、歩幅などにも大きな差があるが、徹は(廊下の幅が許す限り)付いてこさせるよりも並んで歩くことを好む。多忙ゆえ夫婦の時間があまり取れないこともあるが、その分私的な時間ではイチャイチャしていることが非常に多い。

 

 原則として見合い結婚が基本である呪術師の世界において、離婚に至ることは非常に稀である一方、正妻との夫婦仲はあまり考慮されない。そもそも、求められる役割は現代を生きる人間の考える「妻」ではなく「戦友」あるいは「秘書」のそれに近く、割り切った関係であることが大半だ。こうも仲がいいのは極めて稀で、そういう意味でも「模範」として彼らの関係は羨望の的となっている。

 

 夕食後、夫婦間の話し合いにより原則週3回と定められている伽の時間と、就寝時間、そして朝食前の鍛錬の時間は、彼ら夫婦にとって貴重な立場に縛られない時間であった。

 

 徹は屋敷に戻ると今度は刀を持ち出し、家の若手を集めた朝練の指導に移る。この時間は個人戦力の増強が主題で、各々基礎練習をしつつ徹からアドバイス等を受ける。

 

 その間、日和は他の女性陣と合流して朝食の準備をする。呪術界の中では比較的合理的・先進的な気風で知られる空閑家だが、「男子厨房に入らず」の伝統は現役であり、旧時代の厳格な区分がそこかしこに残っている。

 

 とは言えこれが御三家になると現代家電すら拒否してかまどで米を炊いているというので、象印の業務用炊飯器を何台も並べて給食センターのごとき様相になっている空閑家の厨房は呪術師としては異端と言えた。

 

「いただきます」

 

 朝食も同じ敷地で寝泊まりしている全員でとる。本家の一族と、俗に外人部隊などと称される子飼いの兵隊が一堂に会する(泊りがけで仕事に出ている人員除く)食卓は、さながら運動部の合宿のようににぎわったものとなる。文化財に片足突っ込んだような豪華な座敷にずらりと並んだお膳と座布団という絵面は、今日日旅館でしか見られないものだろう。

 

 なお、そもそも空閑家の人間は健啖家なことが多い上、職業柄身体作りとメンタル育成のため「どんな時でも飯が食べられる」ように叩き込まれる。その結果、米だけで朝から一人頭2合近く(どんぶり飯山盛り2杯)消費されるため、朝方の厨房はちょっとした戦場だ。

 

 実はこの朝食、空閑家の集まりでは珍しく席次がある程度決められている。食べ終わった後はその場でミーティングを実施するのが通例のため、担当している業務や案件ごとに固まって座るのがルールだ。同じ仕事をする仲間と「同じ釜の飯を食う」ことで結束を高める効果も狙っている。この慣例のため、本家の人間と一緒に仕事をしている間は、部外者や分家の人間なども希望すれば無償で滞在することができる。その代わり、毎朝この会に強制参加だが。

 

「おはよう」

 

「「おはようございます!!」」

 

 個別の話し合いが一段落したタイミングで、徹が当主として場を取り纏める。

 

「よし、じゃあ各班長、進捗と予定の共有」

 

 この場でそれぞれの業務進捗や行動予定、情報共有を実施する。

 

 内容は書記担当者によって座敷に備えられている(和室には全く相応しくない)電子ボードに入力され、各人に支給されているスマホにも同内容が転送される仕組みになっている。時代劇に出て来る剣術道場のような絵面だったかと思えば最新技術が飛び出してくるちぐはぐさは、伝統的組織に立脚しながら使えるものは何でも吸収してきた空閑家の特異性を表していると言える。

 

 朝礼の後は各自担当業務に解散となるので、何か行事などがない限り全体で集まるのは朝食の時だけだ。昼食と夕食は出るには出るが、業務時間が安定しないため自由参加になる。

 

 ちなみに、朝食時に座敷にいるのは原則として男性陣のみで、女性陣は一通りの配膳やらお代わりの対応やらが完了した後、朝礼の時間中に厨房で食事をとる。例外として、男性陣に混ざって仕事をしている女性(レアやリョウなど)は朝礼に参加する必要があるので、座敷で食事することが許されている。

 

「お疲れさま」

 

「そっちこそ。毎朝大変だろ」

 

 この日は珍しく業務に余裕があった徹は、日和の元を訪れていた。

 

「まあ、機械の動かし方を勉強するのは大変だったかな」

 

 はにかみながら報告する日和は、「外面」としてふるまっているいつもの礼儀正しさは鳴りを潜め、友達に話しかけるような気安さで徹に接する。

 

「他所の呪術師一族から嫁って来た(※)人は皆そうなるらしいなあ」

※……筑後弁で「お嫁に来た」の意。

 

「外と関わってる人はともかく、加茂家の中だと機械とか全然なかったからね~」

 

 徹も特にその振る舞いを咎めるでもない。というより、家族だけの時くらいは気張らずありのままでいて欲しいと要望したのは、ほかならぬ徹だった。

 

 はじめの方こそ遠慮がちだった日和だが、数か月かけて慣れていった彼女は、段々と「素」が出せるようになっていった。

 

 見合いの時から兆候は見え隠れしていたが、あれだけ厳格に仕込まれていたにも関わらず(あるいは、だからこそ)日和には「素」というものが存在したのだ。それが異常な姿を晒すでも、抑圧された本性をむき出しにするでもなく「可愛げ」程度のフランクさで済んでしまったのは、明確に本人の非凡さ故だと思われた。

 

「ま、わたしは楽できていいけど~」

 

 空閑家の女性陣にとっては、最新技術の使用は生まれた時からやっている「当たり前」なので、機械化の恩恵を一番受けているのは日和のように他の呪術師一族から嫁に来た人間だ。

 

 こうしてソファに座った徹の肩に顎を乗っけて甘えている分には、誰も彼女がいわゆる大貴族の令嬢だとは気づけないに違いなかった。

 

「ところで、こうして来てくれたってことは……4人目を期待してもいーのかな?」

 

 その調子のまま、徹の耳元でささやく。その顔は少しだけ紅潮しており、翌日の仕事や睡眠時間を気にせず存分に愛を確かめあえるという期待が見て取れた。

 

 この数年で既に、日和は三児の母になっている。子育ては基本的に乳母らに任せているものの、徹ともども時間があれば構っている。

 

 3人とも男児で、皆術式の自覚があり、分かっている限りで「禁縁呪法→赤血操術→再契象」。日和がこうして素直でいられるのは……というか、思春期に抑圧されていた反動で年齢の割に無邪気になったように思えた。

 

 外面として「大和撫子」を叩き込まれた日和だが、本質としてはもっと奔放で、自分の欲求に素直で――そして、ずっと可愛らしい人物であったようだと、徹はここ数年で理解し始めていた。

 

「……もちろん」

 

 徹は短く答えると、自分のためだけの身体を抱き寄せ、優しく口づけを交わした。

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