元いじめられっ子TS美少女ぼく、ぼくをいじめていた一軍イケメン男子が雑魚ちんぽだと知り、(性的に)いじめ返すことを決意する 作:虫野律
がんばれば推理できるように書いたつもり
玄関の姿見で身だしなみを確認する。
まずはメイク。今日はありきたりなナチュラルメイクに、チークをやや広めに使って甘さをプラスしてみた。顔を右へ左へとやる。
……うん、変なところはない。
少し長くなってきたもののボブカットにも乱れはない。
一歩下がって全体を視野に収める。
黒っぽいキャミワンピの下には白地のプリントTシャツを合わせていて、シューズは白のローカットスニーカー。そして、肩にはグレーブラウンのショルダーバッグを下げている。
総評としてはガーリー風味のカジュアルスタイルといったところだろうか。悪くはないと思いたい。
今日は土曜日、これから上月とデートだった。
昨夜、突然お誘いのLINEが来たのだ。もちろん二つ返事で了承したのだが、本音を言えばもう少し前に言ってほしかった。
何を着るかメイクはどうするかを寝ぼけ頭で考えなければならなかった。そういうことには考えが及ばなかったのだろうか? そうであれば──あるいはそうでなかったとしたら余計に──ご主人様への配慮が足りていないのではないか?
ぼくは玄関扉を開けた。現在時刻は午前十一時を少し回ったところ、雲のない夏の空から降り注ぐ日差しが肌をじりじりさせる。
上月がぼくを裏切っているかもしれないという不安は消えていない。
けれど、ぼくはまだそれを問いただせずにいた。逃げていた。
尋ねなければ、夢を見ていられる。幸せなままでいられる。
そうやってぼくは愚かな道化であろうとしていた。
これはぼくの悪い癖だ。問題の先延ばし。嫌なことはなるべく後回しにして目の前の安楽にしがみつく。いつまでも続くわけはないとわかっていても苦痛から、怖いものから逃げてしまう。
自己嫌悪に蓋をするように、待ち合わせ場所の駅の東口へ向かってひたすらに足を動かす。体を動かすことに集中すれば、少しだけ気が紛れるから。
スニーカーにしてよかった、と心が嗤った。
「よっす」
と手を上げた上月は、黒スキニーとゆったりとしたビックシルエットTシャツの韓国風のコーデだった。
スタイルがいいから何を着ても似合うとは思っていたけれど、顔のよさが尋常ではないためまさしくワイルド系の韓流アイドルのような趣だった。
周りの女の子たちが色めき立った視線をちらちらと送ってきている──そして、それは恋人らしい雰囲気全開のぼくにも向けられている。もっとも、ぼくに向けられるのは負の感情のこもっためらめらとしたものだけれど。
ぼくは周りを威嚇するように、あるいは自慢するように上月のたくましい腕に自身の華奢なそれを絡めた──女の子たちの羨ましそうな眼差しが最高に心地いい。背筋がぞくぞくする。
彼女たちは上月に抱かれることを夢見ることしかできない。でも、ぼくは違う。シようと思えば、今すぐにでもできる。ご褒美だよ、とでも言えば、上月は喜んで剛直を突き挿れてぼくの中で達してくれる。濃くて熱い愛欲を溢れるほど注ぎ込んでくれる。
「えへへ♡」自然としどけない笑みを浮かべてしまう。「上月君、すごくかっこいいよ♡」
「おう、お前もかわいいよ」
「うふふ♡ ありがと♡」
絡めた上月の腕にぎゅっと胸を押しつける。上月の視線の先端がぼくの胸に触れた──その、たわわな膨らみの奥がきゅんと甘く疼いた。彼の劣情はただそこにあるだけでぼくを狂わせる。
──じゅくん。
最奥で蜜がにじむ。
お昼ごはんは駅から少し離れた所にある個人経営のカフェで食べることにした。大通りから二本は入った隘路にある昭和レトロの香るお店で、まさに隠れ家といった雰囲気だった。
上月が案外とおこちゃま舌だと知ることができた有意義な時間が終わると、ぼくらは駅前の大型ショッピングモールへと向かった。
歩幅が大人と子供ほども違うから上月に合わせてもらってテクテクと歩く。そうしてゆっくりと進んでいると、個人経営らしきスポーツ用品店の前に差し掛かった。入り口の横の壁にポスターが張ってあった。グローブをした
あれ、この人ってたしか……。
ぼくは隣の上月を見上げた。このポスターの男は彼の父親ではなかったか?
ぼくを見下ろした上月がその疑問に答えた。
「これ、俺の親父だよ」
「そうだよね、口元がそっくりだもん」
ぼくの言葉に他意はなかった。見たまんまの感想を何も考えずに口にしただけだ。けれど、
「……そうか」
上月は悩ましげに眉を歪めて絞り出すようにそう答えるとすぐに顔を背け、「早く行こうぜ」とぼくを引っぱって歩き出した。
「え、うん」
お父さんと上手くいってないのかな。それとも、野球が嫌いなのかな。
もしかして、とひらめくものがあった。名門チームのエースだったのに中学に上がるなり野球を辞めてしまったことと関係があるのかもしれない。
気になる。上月のことなら何でも知りたい。かっこいいところも情けないところもすべて飲み干したい。けれど──。
炎天下で汗の滴る美しい横顔をこっそりと窺う。
──何かから逃げるように前だけを向く上月に、それを尋ねる勇気はぼくにはなかった。
高校生はお金のない生き物だ。だから、ショッピングモールでのデートだからといっておねだり三昧の散財祭りというわけにはいかない。
基本的には冷やかすだけだ。けれど、ぼくは満ち足りていた。お洒落をしてきらきらのモールを上月と歩く、それだけで十分幸せだった。
のはずだったのだけれど、三階にある比較的リーズナブルなジュエリーブランドのお店に入ると、ぼくの中のわがままな部分が首をもたげた。
ぼくはお揃いのアクセサリーが欲しくなっていたのだ。
言い訳をさせてもらうならば、「とてもお似合いですよ」「美男美女のカップルでペアアクセサリーなんてとても素敵です」「本当に絵になりますね」「よかったらお二人のお写真を当店のSNSに載せさせていただけませんか」などと店員が懸命に美辞麗句を並べ立ててきて、営業トークだとわかってはいてもすっかりその気になってしまったのだ。だから、ぼくは悪くない。はず。
「いいよ」上月は言った。「どれが欲しいんだ?」
もちろんわざとではないのだけれど、無言の上目遣いで、〈買ってほしい、上月君とお揃いが欲しいの、お願い、ぼくのために買って。ぼくが大切じゃないの? 大切だと思ってくれてるなら買って、お願い、上月君に買ってほしいの、買って買って買って──〉と圧を掛けつづけてしまったのが功を奏した(?)のか、彼は苦笑まじりにそう言ってくれた。
「やった♡」ぼくは顔が綻ぶのを抑えられない。「えへへ♡」しなだれかかるように上月の腕に体を寄せる。
ぴしっと
「ありがとうございましたー」
店員のほくほく声を背に店を後にした。
二つを合わせると一つのハートになるハートモチーフのネックレスにするか、シンプルで普段使いしやすそうなリングデザインのネックレスにするかで迷いに迷ったけれど、結局上月の、「ハートはちょっと恥ずかしい」という意見により、ハートモチーフのほうに決めた。彼のはにかんだ表情がかわいかったからだ。
ぼくはにこにこしていた。
とても幸せだった。少し前まではこんなに幸せな日が訪れるとは夢にも思わなかった。ずっと苦しいだけの、つらいだけの毎日なんだと諦めていた。苦しみつづけて死んでいくんだと思っていた。
あ、やばっ。
視界がにじんできていた。涙が目尻に溜まっていく。
せっかくのメイクが崩れてしまう。がんばってこらえなければ──そう思ってももう無理だった。
つー、と涙が頬を伝った。足が止まる。
「へっ?」上月が驚いた声を発した。「おいおい、急にどうしたんだよ? 大丈夫か?」
「だい、じょびゅ」
全然大丈夫じゃない。もう最悪だった。涙が止まらない。ぐちゃぐちゃの顔を見られてしまう。
「おい泣くなよ。俺、何かしたか?」
見当違いなことを言って慌てふためく上月には申し訳ないけれど、そんな君を見られるのなら泣くのも悪いことばかりではないな、なんて卑劣なことを思っていた。
この瞬間の君が真実であることをぼくは願う。
どうか、ぼくの知らない君の物語が、この優しい瞬間を残酷な嘘に変えてしまわぬように。