元いじめられっ子TS美少女ぼく、ぼくをいじめていた一軍イケメン男子が雑魚ちんぽだと知り、(性的に)いじめ返すことを決意する 作:虫野律
「この前の数学のテストを返却します」
担任の東雲先生が言った。
教室に期待や不安が入り乱れるが、上月はしれっとした顔で黒板を眺めている。彼はどの教科も優秀だからぼくと違って不安はないのだろう。
あれから三日が経っていた。上月とは何もしていない(LINEの一つすら来ない!)。ぼくの毎日は、死なないための作業を淡々と、孤独に機械のようにこなすだけのものに戻っていた。
意外と大丈夫だな──なんて嘘をついて言い聞かせてみても、胸に空いた穴は寂しさに疼く。吹き抜けていく風が剥き出しの心をざわめかせ、後悔が哀切の音色を奏でる。
「渚さん」
東雲先生に呼ばれ、席を立った。
「もう少しがんばりましょう」
という言葉にふさわしい点数が記されていた。いわゆる赤点というやつだった。補習確定だ。
はぁ。何もいい事がない。
とぼとぼと席に戻り、垂れるように傷だらけの机に伏した──ぼんやりとした視界の中心に上月がいた。興味なさそうに答案用紙に目を落としている。
馴れ馴れしく上月に話しかける女がいた。彼の隣の席の
音瀬のテストを
──ちっ。
ぼくは小さく舌打ちした──ぼくの隣の席の
何あの女? ちょっとかわいいからって上月の本命になれるとでも思ってるのかな?──無理だから。ガバガバ汚まんこ濡らして期待してるとこ悪いけど、上月はぼくのだから。だから肩に触れるな早く離れろ。
しかし、ぼくの憎悪の念は届かず、音瀬と上月は楽しそうに会話を続けている。
上月も上月だ。あんなにぼくに夢中になってたくせに、ぼくのことばかり考えてるって言ってたくせにほかの女にデレデレしてさ。何なの? あの言葉は嘘だったの? やっぱりぼくはえっちの練習台でしかないの?
「雑魚ちんぽのくせに」思わずつぶいてしまった──口羽がうつむいた。
駄目だ。見てると際限なくイライラしてくる。
「あ、あの」口羽が何か言っているが、構っている余裕はない。八つ当たりしてしまいそうでもある。
ごめんね。
心の中で謝ってぼくは、反対側を向いた。染みの目立つ壁しかなかった。
ちっ。
ぼくらの高校はけっして進学校などではないけれど、教育への熱意はあるのか、早速その日の放課後にぼくは補習を受けさせられていた。場所は二年C組、ぼくらの教室だった。
残念な頭を持つぼくの同類は二十人もいた。今回はやたらと難しかったらしく──ぼくにとってはいつも難しいので違いは感じなかったけれど──クラスの半分が赤点という珍事になってしまったのだ。その中には音瀬も含まれる。
音瀬と机を並べてお勉強というのは受け入れがたい。彼女は積極的にぼくをいじめていた性悪女でもあるし、上月を付け狙う泥棒猫でもある。死んで蛆虫の餌になればいいのに、と思うくらいには嫌いだ。
東雲先生の唱える謎の呪文を一所懸命ノートに写しつづけ──ぼくはたいへん真面目な生徒なのだ!──ようやく補習が終わった。
「それではよく復習しておくように」
東雲先生が去ると音瀬も、「うちも帰るわ」と立ち上がった。じゃね、と朝比奈など一軍の子たちにだけ挨拶をして教室を出ていった。
張りつめていたきつい香水の香りが消え、ぼくはほっと息をついた。疲れていた。
みんなが帰っていくのを、ぼーっと眺めていると、
「大丈夫?」
丸みのある声、朝比奈が尋ねてきた。
「大丈夫だよ」と答えても、
「最近落ちてるけど、何かあったの?」と朝比奈は聞く耳持たず。
まじまじと朝比奈を見る。心配そうな顔をしている。「わたしでよかったら話聞くよ?」なんて言ってくる。
ぼくはその優しい誘惑に負けて、
「あったといえばあったけど」
と口にした。そうやって打ち明けてしまうと言葉が溢れてきて止めることができなかった。
上月のよわよわ雑魚雑魚おちんちんのことと奴隷云々については流石に言わなかったけれど、彼とはえっちなことをする関係であることやヤリ捨てされそうで不安であること、ほかの子に優しくしててつらいことなどは全部しゃべってしまった。
朝比奈は、「ははぁ、なるほどねー」などと相づちを打ちながら聞いてくれた。
ぼくの話が終わると朝比奈は、「それはつらいね」と同情と共感がまざったような口調で言った。「わたしたちは一人しか見てないのに男の子はそうじゃないんだもん、ムカつくよね」
「そうそう」ぼくは大いにうなずいた。「モテるのはしょうがないけど、線引きをちゃんとしてくれないと」
「うんうん、そうだよね」朝比奈もぼくを真似るかのように首を揺すった。
「えっちの時だけ優しいこと言ってさ、それ以外ではそっけないんだよ──ひどくない?」
「それはひどい」朝比奈にもそういう経験があるのか、「ヤリモクじゃないって言うんならえっちしない日も、てか、毎日毎秒優しくしろって思うよね」
「ほんとそう。疑いたくないけど、疑わざるを得ないっていうか」
「うんうん、わかるよ」
──何だ、朝比奈っていいやつじゃん。
元男の子なのに上月に執着しているぼくを気持ち悪がらない。それに優しいし、ぼくの気持ちをよくわかってくれる。
すっかり気を許したぼくは、朝比奈に尋ねた。
「ねぇ、ぼくはどうしたらいいと思う?」
「ううん、そうねぇ……」朝比奈はその細い顎先に人差し指を当てて視線を上にやり考える顔になった。それほど時を交わさずしてぼくに視線を戻すと、困ったように眉を集めながら口を開いた。
「厳しいこと言うけど、いい?」
どきりと心臓がおびえた。けれど、ぼくは首肯した。
朝比奈は言う。「はっきり言って、海斗は本気じゃないと思う」
一気に鼓動が激しくなる。それを知ってか知らでか朝比奈は続ける。「本当に好きなら柚ちゃんの嫌がることはしないだろうし、何より、今みたいに距離を置かれて平気な顔はできないはずだよ。柚ちゃんみたいに落ち込むか、焦っていっぱいLINEとかしてくるかぐらいはするんじゃないかな」
「……」ぼく自身が思っていたことをピンポイントで言葉にされ、何も言い返せない。
「ごめんね」朝比奈は何も悪くないのにそう言って眉間のしわを深くした。「わたしも中学生のころ、付き合ってた先輩に同じようなことをされたことがあってさ、結局こっちがえっちを避けるようにしたらあっという間に自然消滅。最悪だよね。わたしは本当に好きだったのに──わたしに魅力がなかったのがいけなかったのかもしれないけどさ」
ううん、とぼくは首を振った。「そんなことないよ」
ありがと、と朝比奈は笑って、「とにかくわたしとしては、柚ちゃんにあんな思いはしてほしくないわけよ。だから、つらくても──」
ぼくは耳を塞ぎたい衝動に駆られた。というか、実際にそうした。聞きたくない。ぼくに優しくない言葉なんか聞きたくなかった。
口を閉じる朝比奈の悲しげな顔がぼくは嫌で、そんな顔をさせる自分はもっと嫌だった。
でも結局、ぼくは上月から距離を取ることにした。朝比奈の言うように浅い傷ですむうちに終わらせたほうがいいと思ったからだ。このままこんな不健全の極みみたいなただれた関係を続けていても先はないような気もする。
そうして、ぼくは元の白黒の生活に戻った。退屈だけれど、それほど苦しくはない、緩やかに自殺するような幸せな日々へと。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
上月のにおいを忘れはじめたころ、雨の日だった、校門を出たところでぼくは目撃してしまったのだ、上月と音瀬が仲良さげに相合い傘で下校するところを。
何あれ、何あれっ! 何あれぇっ!!
最近は会話もしていないとはいえ、奴隷解放宣言をしたわけではない。なのに、ご主人様に無断で、しかもよりにもよってあんな女と相合い傘?
ぼくは怒りの気持ちでいっぱいだった。いつの間にか握っていた拳が震えている。
やっぱり駄目だ! 距離を取るとか、関係を終わらすとか、無理! 朝比奈には悪いけど、もう無理! 上月がほかの女のものになるなんて嫌だ! あんなクソ女の、どんな病気を持ってるかわからない淫乱まんこで射精するのなんて絶対に認められない!
ぼくはスマホを取り出し、LINEで上月に命令を下した。
『今すぐ旧音楽室に来い』
これで来なかったらどうしてくれようか、とぐつぐつしながらストーカーよろしく校門の陰からにらみつけていると、LINEに気づいたらしき上月が、片手を縦にして音瀬に謝るような仕草をし、傘から雨の道へ飛び出した。こちらへ駆けてくる──とっさに門柱の脇に体を引っ込めた。理由はわからない。
ぼくに気づかずに門柱を通り過ぎようとした上月に、「上月君」
と声を掛けた。
「うおっ」上月は驚いた声を上げて足を止めた。「何でそんな所にいるんだよ。不審者みてぇだぞ」
「ぼくはこの柱の石が好きなの」
「意味わかんね」
久しぶりなのに前と何一つ変わらない会話のリズムに笑みが零れそうになる。
「早く行こ」
ぼくは先に立って歩き出した。背中に上月の気配を感じる。それだけで心の棘が抜け落ちていくようだった。