きっかけは他愛もない事だった。
「なんでお姉ちゃんのことばっかりなの!なんでお姉ちゃんの為に私が我慢しなきゃいけないの!?」
「奏美!別にそんな事は言ってないでしょう!」
結城奏美はとある公立高校に通う女子学生だった。その夜、母から聞かされた話が喧嘩の始まりだ。
母親が遠慮がちに奏美にしたのは毎月のお小遣いを少し減らす事になる。という内容の話だった。
アルバイトの類は校則で原則禁止の為に、同校の生徒は、遊ぶ為のお金などはお小遣いに頼るしかないのだが奏美はそれ自体は構わなかった。
と、いうのも今時の娘としては珍しいく奏美はあまり物欲に乏しく物持ちも良い為にそもそもあまりお金を使わないのだ。せいぜい友人と遊びに行く時に使うくらいでありお小遣いを使い切ってしまうという事がなくむしろ多少貯まっているくらいだ。
母親もそういう娘の性質を分かっていて少し減らしても大丈夫だと思ったのかも知れない。
奏美はまぁ、減らされてもいいかと思いつつ聞いた。どうして?と。
彼女の家は裕福ではないものの特別貧しくもなかったはずだった。父親は中小企業の中間管理職。母親は家事の傍らスーパーでパイトをしている。もしかして知らぬ間に家計が危機なのかと奏美は心配した。
それで母親から聞かされた事情はこうだった。奏美の姉は医師を目指して医学部に進学したがっている。医学部は学費がかかるから自分もパートを増やすが、なるべく節約しなければならない。と。
それを聞かされた奏はまず悲しみが、そして激情が、怒りが湧いてきた。
「どうしてお姉ちゃんの為に大学の為に私のお小遣いを取り上げるの!」
そのまま感情を叩きつけるように母に叫んだ。元々大人しく、滅多に怒らない奏美の大声に母親は狼狽しつつも言い返した。
「だって貴方お金あまり使わないじゃない。だったら……」
お金ではないのだ。母親は元々聞き分けがよく、物欲がない娘だとから大丈夫だろうと少し彼女を甘く見てしまっていた。
お金ではないのだ。母親は姉の事情を優勢して自分を蔑ろにしている。奏美はそう感じたのがとにかく悲しかった。そして怒りを覚えた。
彼女の姉は優秀だった。外見も良く、スラリとした長身に、艶やかな長い黒髪を背中に流がれ、セーラー服がよく似合っていた。顔立ちは少し冷たく、静かで強く印象を与える吊り目が印象的な綺麗な顔立ちで可愛いと形容されるより美人と言われそうな印象だ。
勉学も運動も卒なくこなす。人間関係も遊びも趣味も何でも人より上手くやってのける。性格は良くも悪くも我が強く、人にどう思われようと我が道を行くという精神的にもタフなタイプだった。
だが冷酷という訳ではなく割と面倒見のいい部分がある為、時には敵も作りつつもやはり多くの人に慕われていた。恋愛面では少し気が多く、何人かの男と付き合っていたがどれも長続きはしなかったようだ。モテるのだが、いざ恋人同士となると能力の高さと我の強さ故に相手の男のプライドを傷つけてしまうタイプなのだろう。もう少し歳を重ねて丸くなって男を立てる事を覚えたら良い伴侶を見つけるかも知れない。
対して妹である奏美は姉とは色んな面であまり似ていなかった。身長はどちらかと言えば小柄で、その割に全体的に発育が良く身体が女性的に丸みを帯びていた。髪色は完全な黒ではなく光の加減で僅かに赤みがかって見えるが、これは天然で少し色素が薄い為で染めたり脱色している訳ではない。髪質は姉と同じく癖がなく肩にかかるくらいのミディアムヘアでサイドでヘアピンを止めている事が多い。
顔立ちも見比べてみれば姉妹だと分かる程度に似通った部分があり、どちらも整っているが奏美は、柔和な性格通り眼はまなじりが下がって、優しげである。よく見ると瞳の虹彩が髪色と同じく色素が薄いらしく、一般的な日本人と比べると明るい色をしていた。表情自体も柔らかく。姉に比べると童顔でとても可愛らしい印象だった。
勉学やスポーツは別にどちらも苦手ではない。だが別に優れている訳でもなく学校での成績は可もなく不可もなくといった具合だ。かと言って学校の外や部活動や趣味などでも特技らしい特技もない。全般的に不器用というほどでもなく、かといって要領が良いわけでもない。
性格は、穏当で柔和だ。基本的に自分の主張を押し通すより他人の態度を慮り立てる態度だ。自分の考えはさておき、皆の意見を聞いた上でなるべく角が立たないように折衷案を出すタイプだ。その為、誰とも敵対するような事はなく、分け隔てなく色々な人に好かれるタイプだ。悪く言われたとしても精々性格の悪い同級生に八方美人だと陰口を叩かれる程度だろう。
恋愛、というのも姉の影響か彼女はシビアと捉えていた。モテる、という意味では、外見と皆に優しい立ち居振る舞いに多くの男子は彼女に熱を上げた。単にモテるというだけなら姉にも劣らなかった。この年頃にありがちな恋に恋する少女、という訳でもなかった。言い寄られても貴方が私を好きなら私も貴方を好きになる。という短絡的な考え方はせず断っていた。どちらかというと自分の方から好きになった相手を追いたかったタイプなのかも知れない。
総じて姉と比べると、奏美は凡庸だった。それも決して悪い意味ではなく、愛すべき平凡とでもいうべきか。
故に奏美は大人しい態度の裏で、漫然と姉に劣等感を抱いていた。何をやっても姉には勝てない。勿論そんな姉に敬愛も抱いていた。姉だって奏美に姉妹としての情があり、奏美も姉を尊敬していたのだ。
だが、だが、コンプレックスというのは、それとこれとは別なのだ。
感じている。姉は親や親戚に期待されている。当然だ。とにかく姉は聡い、只者ではないと思わせるだけのモノがあるから。
故に、親も親戚も奏美にはなにも期待などしていないのが分かってしまうのだ。
別にそれは悪い事ではないのだ。本人達も悪気はない。ちゃんと分け隔てなく愛しているつもりたのだ。だが、当たり前なのだ、能力のあるものに期待を掛けて、無いものには掛けないというのは。
「ね、ぇ、私、悪い事してないよ。なのに何で、お姉ちゃんの為にお小遣い……」
「あ、」
激昂していた奏美が涙を流しながら、心底悲しそうに訴える姿を見て、そこで母親は何か自分が間違えていたのではないか。そう思った。
実際には、母親は自分の否に思い至った訳ではなかった。それでも、こんな良い娘を泣かせてしまうのは道理に反しているのではないか。そう罪悪感を抱いた。
「もう、いいよ。減らしたいなら勝手に減らしてよっ!」
そう叫んで奏美は自分の部屋に駆け出した。
「あっ、奏美!」
その娘を咄嗟に追えずに、どうするか動揺していた母親に、彼女の夫であり奏美の父親が肩に手を置いた。
「少し放っておいてあげた方がいい。今は冷静に君の話も聞けないだろう」
途中から母娘の言い争いを聞いていた父親はそう妻を慰めた。
「なんだか……もしかして、私、あの子に少し甘え過ぎていたんじゃないかって……」
そう、母親はやましい思いを口にしたが。
「大丈夫さ、あの子はいい子だ。暫くしたら落ち着いて話を聞いてくれるさ。別にあの子の小遣いを切り詰めてまで節約しなくてもいいんだから」
しかし、父親は大人しくて聞き分けの良い娘なら大丈夫だと、そう考えていた。それこそ母親の言った娘への甘えだったのだが。
「……そうね」
結局、母親もそれに頷いてしまった。少し間を空けてから改めて話そうという事にした。
奏美は少し期待していたのだが、部屋には結局、母親は続けて話し合いにも謝りにも来る事はなかった。
悲しくて、寂しくて、奏美はその夜ひとりぼっちで枕を濡らした。
——同日、ほぼ時を同じくして。同じ町内。
奇しくも奏美と同級生の少年が、やはり家庭内でトラブルを起こしていた。
もっとも同じ家庭の事とはいえ、ただの言い争い程度の奏美とは少々深刻度が違った。
その日、少年は包丁で母親を刺殺した。
少年は名を須藤直実という。最も彼にとって名前などどうでも良い事だ。
彼は生まれついて人間と違う所があった。身体や知能に明確な障害やすぐに分かる異質な点が有る訳ではない。ただ、彼は大抵の人が持つ人間的な道徳観念や情緒を持たなかった。
正確には持たなかったというと語弊があるだろう。彼にもそれに当たるものはあるが、例えば哺乳類と爬虫類が動物として完全な異質なように、彼のそれも人間とは全く質を異にしていた。
人が喜ぶ事モノを不愉快に感じ、人が嫌悪するモノが大好きだった。人が美しいとするものに興味はなく、人が醜いとするものに惹かれた。
そういう風に幼い頃から人間としては異常な面を見せていた彼は実の親からも疎まれるようになった。
望んでこんな風に生まれた訳ではないのに、何故自分は認められないのだろう。親に大事にされず、勿論他の誰にも大事にされる事を知らずに育った彼は段々とこのような思いを募らせるようになった。
——人を殺してみたい。
それが明確な殺人願望になり、更にそれが若い性欲と強固に結びつき彼は苦悩する。人を殺したくて仕方がないが、殺したら法治国家で生きる事は許されない。
死ぬまで最も望む事を押し殺したまま生きるのか。
やりたい事をやりたいようにやって潔く死ぬべきか。
生きるべきか殺すべきか、それが問題だ。狂ったハムレットはそう考えていた。
しかし、厄介な事に彼のような手合いにはありがちだが、やはり直実は刹那主義の気があり、更に人生で死ぬのが怖いと思った事が一度もなかった。
畢竟、ギリギリの釣り合いを保っていた天秤がどちらに傾くかなど時間の問題だったのだ。ほんの僅かなきっかけで一線は越えるに決まっていた。
そのキッカケが今夜訪れた。
疲れ果てた母親は心底後悔しているという風に言った。
お前さえ生まれて来なければ良かったのに。
理不尽、その一言に尽きた。人間、生まれてきて生きる事は自分ではどうこう出来る範囲を超えている。生まれたくて生まれてくる人間などいないし、河童でもあるまいし生まれたくないなんて訴える事も出来ない。
そもそも、子供を作って生んだのは親の方ではないか。
直実は溜息を一つ吐いた。そしてジュースでも取りに行くようにキッチンに向かい包丁を取ってきて母親の元に戻った。
「PL法って知ってる?」
まるで普段通りの何気ない口調で母親に問いかけながら、直実はまるで握手でも求めるような気楽な手つきで刃の向きを上にして鳩尾を刺した。それに母親は一切の反応が出来なかった。
そのまま刃を上に突き上げるようにして、胸骨の下を潜るようにして切先で胸郭の真ん中にある心臓を切り裂いた。
ついでに抉りながら抜くと刺し口の鳩尾から壊れた蛇口のように夥しい血液が流れ出た。ビチャビチャと床に広がる自身の血液を悪夢を見るような目でみて、そして視線を自身を刺した息子に向けると口元が何か言ったように動いたが、声にはならずに母親はバッタリと床に倒れてそのまま絶命した。
——声にはなってはいなかったが、直実には母親が自分に向けて最後に何と言っていたかは分かっていた。
「製造物責任法の事なんだけど」
そう諧謔、いや自虐を続けた。PL法は製造物の欠陥に製造者が責任を負うことだ。製造物自ら製造者に責務を果たさせたという事か。
直実は包丁を引き抜く際に体ごと下がった為に包丁に僅かに血がついただけで一滴の返り血も浴びてはいなかった。最も現実には基本的に人を刃物で殺傷してもそんなに汚れる事はない。人間は水風船じゃあないのだ。殺人で全身返り血塗れになるというのはミステリーなど物語の中だけのフィクションでしかない。
直実はうつ伏せに倒れて床に血溜まりを広げる母親をしゃがんで検分した。脈を確認したが拍動は感じられなかった。心臓が破壊されている為当然だが、とどめの必要もなく死んでいた。
それだけ確認するともう興味を失ったのか彼は死体を放置して立ち上がった。夕食がまだだったが、支度はない。適当に食糧を漁って台所にあったレトルト食品で済ませた。味気ない食事だが、直実は食べられないほど不味くなければ食事など何でもよかった。美味いものを食べても美味くないものを食べてもどちらにせよ食事が面白いと思った事はない。
——いや、一つだけ直実も食べてみたいと思うものがあったが。
……しかし、
義務的な食事を終えると直実は母親の死体が転がったままのリビングのソファーに寝っ転がりスマホで動画などを見て暇を潰す。死体がすぐそばなので濃い血臭に包丁が消化器官を破ってしまったのだろう、饐えた内容物の悪臭が漂うが彼は意にも介さない。
そうして一時間近く時間を潰した頃、庭先に気配を感じた。父親が帰宅してきた事を悟ると直実は母を殺した包丁を手に取り、風呂場の脱衣所に移動して身を潜めた。
父の帰宅時の行動はいつも同じだ。玄関から入ってきたらリビングに向かう。脱衣所は廊下を挟んでリビングの反対側なのでここからなら背後が取れる。
「ただいま」
程なくして玄関の開かれる音とともに父親のボソリとした帰宅の挨拶が聞こえた。如何にも疲れ切って覇気のないうだつ上がらないサラリーマンといった風な声色だった。勝手口を上がりリビングに向かう足音すら覇気が感じられない。同時に直実は脱衣所を出て無音で歩いて父親の背を追った。
丁度父親がリビングに入って中の惨状を目の当たりにしたタイミングだろう。彼の脳が妻が床に倒れ伏せて血を流しているという現実を把握する前に後ろから直実の蹴りが膝裏に入りストンと跪いた。
膝をつき低い丁度良い位置に来た父親の頭を後ろから左手で抱えて右手の包丁で左耳の下から右耳の下までU字に首を切り裂く。
「カッヒューッ!」
頚動脈が裂かれ大量の血液が迸る。喉に走る熱感に父親は悲鳴を上げたのだろうが、気道も切られている為声ではなく壊れた笛の様な間の抜けた音が立った。息を吸い込んだ拍子にゴボゴボッと血液が肺に入り込んで溺れてしまう。
ドンっと直実は父親をそのまま押し倒して、だめ押しに背中、肋骨下の右にある腎臓を刺し貫いて抉って抜いた。
それで直実は暫く見守っていたが、父親は床に倒れ伏せたままヒュー、ヒュー、と喉から音を立てていたが、最後に一際ヒュッーと音を立てるとそのまま生き絶えたようだった。
こうして両親は息子に殺された。
理不尽、その一言に尽きた。子供は天からの授かりもの。故に親は子作りは出来ても子供がいつ出来るか、出来るとしてどんな子かは分からない。子が親を選べないように、親も子を選べないのだ。そして生まれてくる子が天からの授かりものとも限らない。地獄からの厄介払いという事もあり得るのだ。
「クック」
ドッ、と背中を壁に預けて両親を完璧に殺したい尚実は笑った。
「クッフッハハハハハッ!」
そう、完璧。完璧だった。見よ、この無駄のない母と父の死体の傷を。見よ、この素晴らしい手際を。見よ、本来殺人に向いてなどいない薄い包丁は骨を避けて欠けもせず曲げもしていない。見よ、直実は
そうだ、直実は別に殺人の訓練を受けた事もない、ただの素人だ。だが、人はどう死ぬか色々研究して、実際に殺す事を散々イメージしてきた。
やった事もない事だ。だが、いざ殺すとなれば必ず、必ず、自分はイメージ通り出来る根拠のない自身が直実にはあった。
そして実際に出来た、完璧に。そこで直実は昔から薄々感じていた事に確信を抱いた。
俺には人を殺す才能がある。
「あーっはっはっハッハッハァッ!」
そうだ、確信した。
俺は人を殺す為に生まれてきたのだ。
両親はその命をもって、自ら生み出した鬼子を完全に目覚めさせた。
そうして初めての殺人の高揚に直実は高らかに笑った。ひとしきり笑って、突然彼は真顔になって言った。
「つまらない」
そう、冷静になってしまえば自分の記念すべき初めての相手はつまらないものだった。自分の両親であるというだけで、結局ただのくたびれた中年の夫婦二人。
殺しても歯応えはないし、まして犯す気も、
鬼として目覚めてこんなくだらない獲物で満足しろなんて酷な話だ。
賽は投げられた。直実は後は自らが満足のいく殺しを求めて走るのみである。
——こうして、今宵忌まわしき一匹の鬼が産声を上げた。
………
……
…
——翌朝、高校。
「おはよう」
「あ、奏美ーおはよー」
「おはー」
いつものように登校してきた奏美は、既に登校していたクラスメイトと朝の挨拶を交わしながら席についた。机の中に教材を入れていると、級友の一人が近寄って話しかけてきた。
「かなー、昨日のテレビ見たー?」
「うーん、昨日はテレビ殆ど見てなかったけど。何の番組?」
そんな風に他愛のない雑談をしていると他にも友人が二人ほど集まってきて話しに加わってきた。奏美もいつも通りに柔らかい微笑を浮かべて応じた。
奏美は、何か嫌な事があっても一晩眠れば忘れてしまう。という訳ではない。昨日の親子喧嘩は尾を引いて、実は落ち込んでいるのだがそれを表に出す事はない。実際今日の朝は母親と殆ど顔を合わせないまま登校してきた。
この年頃の娘ならば親と喧嘩したら、友人に愚痴や不満を聞いてもらうのも普通であろうし、それだけでも鬱憤は幾分発散出来るはずだ。
だが、奏美は嫌な事があってもそれを自分の中に溜め込んでしまう危うい所があった。例え傷ついていてもそれを隠してしまうから周囲も中々気付けないのが厄介な所だ。
そうして少し時間が立つとクラスの殆どの人間が登校してきた。そんなホームルームが始まる時間ギリギリになって直実は登校してきて教室に入る。
彼は、クラスでは親しい者もなく浮いていた。話しかけられれば応じる。だが、用もなく自分から誰かに話しかける事もなく、自分の事は殆ど話さない。話しかけた所で、極めて端的な言葉を淡々と表情も変えずに話すから好き好んで彼と話そうとする人はいなくなっていた。
だが、空気みたいな存在というのとも少し違い、皆何処か腫れ物を扱うような態度を直実に取っているように感じられる。敵対もしないし仲良くもしない。なるべき刺激しないように。畏怖と言うのが近いのかも知れない。如何にまだまだ子供の学生達でも、感覚的に下手に触れては危険な相手というのは分かるのかも知れない。
自分の席へと向かう直実に誰も話しかけず、挨拶するものはいない。
「須藤君、おはよう」
いない、と思われたが横を通りかかる時奏美だけは直実に挨拶した。大した理由もない。奏美は誰であろうと分け隔てない人柄故だ。
「おはよう」
直実も何の感情も篭らない口調で義務的に挨拶を返して通り過ぎて席に着いた。彼は昨夜両親を殺して来たにも関わらず、全く普段と態度が変わっていなかった。
そのまま朝のホームルームを迎えて一時限目の授業が始まる。現国の授業であったが皆、教科書を開いて板書をノートに写している中で、直実は机の上に文房具はおろか教科書すら出さずに何やら物思いに耽っていた。
さて、彼は両親を殺した後に何故に逃亡などせずに普段通りに登校などしてきたのか。両親の死体と殺害の痕跡を完璧に消して行方不明という事に出来る自信があるのか。
そんな訳はなかった。家に転がる50〜70キロ、1.5〜1.8メートルにもなる巨大な肉塊が二つ。痕跡も残さずに人知れず完全に見つからないように抹消するなど直実一人では不可能に近い。
二人が死亡しているのが発覚するのはいつどの様にか?死亡した父親が無断欠勤して、誰かが家に尋ねてくる時か?だが、少なくとも今日明日で発覚する事はないと直実は踏んでいる。
発覚する前に直実はこの町から出奔するつもりだ。だがその前に一人くらい若い女の子を楽しんで殺していきたい。そう思った。
つまりは獲物の品定めに学校に来たのだ。若くて喰いでのある女子が沢山いる場所といったらここが一番だろう。
さて、直実のような殺人鬼が殺したい相手とはどんな女性だろうか。
一言で言えば美しい人であろう。外見上の可愛さ、綺麗さは最低条件なのは言うまでもない。だが、人柄の良さ、性格的に善良な点も重要だ。そして悪意に疎い無垢な所があればいう事はない。
つまりは悪鬼とは自分と真逆の人格にどうしようもなく惹かれるという事だ。
このクラスの女子でも二、三人程度は見てくれなら獲物として合格点の人物はいた。
だが、最早直実は獲物は一人と決めていた。
今朝、自分に挨拶してきた結城奏美。
あれは上物だと確信していた。発育の良い体付き、柔和で整った顔立ちだが、まだ幼気な部分を残した可愛らしい少女。
だが、単に外見の良さだけならこの教室でけではなく全クラス、さらに全校生徒と探せば勿論奏美以上の女子はいるだろう。
外見の良さは単に最低条件に過ぎない。直実が惹かれたのはその佇まい、物腰、そして顔つき、全てから匂立つように感じられる愚鈍なまでの善良で優しき人格だ。
ろくに関わった事がない相手の何が分かるのか。と問われるなら手に取るように分かる。と答えるしかないだろう。
珍しい事ではないのだ。直実のような悪魔は、自身が人間性を持ち合わせていないにも関わらず——あるいはそれ故に、というべきか——他人の人格が善良か劣悪か、どういう人物か感じ取る能力に非常に優れている。コミュニケーションを取りながら相手の感情を悟る能力も大抵高い。
あれ程愛されるべき、そして愛するべき女の子はそうはいない。奏美は悪魔に見出されてしまった。
——あるいは今朝、直実に挨拶さえしなければもしかしたら直実は別の獲物を探していただろうか。
どちらにせよもう遅かった。奏美の命運は理不尽にもこの時には決していた。
………
……
…
一日の授業を終えて放課後。
友人の多い奏美は数人の女子のグループに遊びに誘われていた様子だったがそれを断ったようだった。そのまま彼女は友人に別れの挨拶を交わすとスクールバッグを下げて校舎を出た。
それを直実は少しの距離を空けて追う。所謂尾行であるが、奏美から見失わない程度に距離を維持しつつ歩く直実はまるで路傍の石のように自然で誰の目も引かない。素人とは思えないがこれも狩人としての才が成せる技だろうか。
彼は今日の所は襲う気はない。今日の所は尾行で放課後の行動パターン、帰宅ルート、そして一番肝心な自宅の場所。それらをまず下調べして、そこから計画して明日に襲撃をかけるのが無難。そう考えていた。
しかし、奏美を尾け初めてしばらくして直実は疑問を抱いた。
クラス内で友人の誘いを断っていたのを見ている。ならそのまま真っ直ぐ帰宅するものかと思っていたが、予想に反して奏美の足は住宅地の方ではなく駅前に向かっていた。
では、友人の誘いを断る何かしらの用が駅前にあったのだろうか?何にせよ放課後の行動パターンの見極めは重要だ。
奏美は駅前のネットカフェに入店した。かち合わないように直実は少し時間を置いて入店して手続きを済ませる。
店内を探して奏美がどこのブースにいるのかを見つけ出すと彼は自分は見つからないように気をつけつつ隣のブースに入って様子を伺った。
さて、友人の誘いを断ったのに何故に一人でネットカフェになど来たのか?単に一人で遊びたい気分だったのか、何らかの理由で時間を潰しに来ただけなのか。
無論、そんな事は考えても直実には分かるはずもない。というより彼女にどのような事情があろうとそれ自体は直実は全く興味がない。彼がやるべきはとにかく彼女の
結局の所、数時間程の時間を潰してすっかり日が落ちた後奏美はネットカフェを出た。ネットカフェのブースでは漫画などを取りにいっていたからやはりただの暇つぶしだったのだろうかも知れないが、尚実も流石にブース内を覗くような真似は出来なかったので実際に何をやっていたのかは定かではない。
もう時間も遅くなってきたので帰宅するだろうと踏んで直実も退店して尾行を続行した。
しかし、またしても予想に反して駅前から離れると彼女は家ではなく今度は川沿いにある公園に訪れた。広さはそこそこあるのだがやや辺鄙な場所にある運動公園の為に日が落ちると人気はなかった。
薄闇の公園で奏美はベンチに腰を下ろした。人気がない為気配を気取られないように注意して直実は少し離れた木に身を寄せて彼女の様子を伺った。
一体何をしているのか?直実は思う。人を待っている?ネットカフェで暫く過ごした後に人気のない場所で待ち合わせ。などと考えるといかがわしい話にも思えるが、そのような下衆の勘繰りを抜きにしても誰かとの待ち合わせという可能性は充分あり得る。というかでなければこんな所に何しに来たのか。
座ったままスマホをいじっている奏美に対して、直実は木の陰で動きがあるのを待った。
時計を見る。実に一時間が経っても奏美はベンチから動かず、待ち合わせ相手がやってくるという事はなかった。
チラリ、ともう一度時計に目を落として直実は考えた。この一時間周囲には誰も通らなかった。こんな人通りのない公園、自分の潜んでいる側はすぐ林、もう夜になって見通しも悪い。
正直、今の奏美は襲って下さいと言っているようなものだった。
だが、都合が良すぎる気がする。そんな事を何度も考えていた。やはり何らかの用があるなら下手に手出しをすれば破滅へと向かう。
が、直実は一時間も待ってその可能性は薄いのではないかと踏んだ。学校、ネットカフェ、どちらでも奏美の顔色は伺っていたが、どうも表情から彼女は落ち込んでいる。気が滅入っている。そう感じた。
彼女は用があってネットカフェから公園に訪れたのではなく、単に家に帰りたくない、あるいは帰りにくい事情があるだけではないかと。
少し検討して決める。
本来今日は後をつけるだけのつもりだったが予定変更。ここで殺す。
そもそもあんな極上の獲物が、こんな絶好のスポットで、最高の隙をさらけ出しているのに襲わないなんて彼女に失礼でないか。
もし人に見つかるようなミスをしてもすぐにこの街から逃げればいい。それは臨機応変だ。
よしんば致命的ミスでこの場で捕まってしまったとしてもまぁそれはそれだ。自分はそこまでだったというだけだ。
そう決めると彼は学習用具等何も入っていない学生カバンから刃長15センチ程の鋭利なサバイバルナイフを取り出した。刃の厚さとヒルトもあり昨日両親を殺すのに使った包丁などより殺人に適したそれを右手に後ろ手に隠して木陰から出てゆっくりと奏美の座るベンチへと後方から歩み寄っていった。
2メートル程の距離に来た時、直実の靴がザリっと音を立てた。慎重を期していたつもりだったがうっかり小石を踏みつけてしまった。
ザリっとした物音で奏美は振り返り、後ろの直実に気がついた。うっかりと襲いかかる機を逸してしまったが直実は一切動じなかった。
「今晩は」
自分以外に周囲に人が居ないと思っていたのだろう。目を丸くして驚いている奏美に直実は穏やかですらある口調で挨拶した。
「こ、今晩、は。あれ?もしかして須藤君……?」
それに対して奏美は答えつつ、相手がクラスメイトである事に気がついたようだった。なお、直実はナイフを逆手に自分の腕にそう様に隠し持っている為に正面からはナイフを持っているのに奏美は気がつかなかった。最もブレードには艶消しのブラックコーティングがなされている為、普通に順手に下げてても夜の薄闇の中ではナイフだと気がつけなかったかも知れないが。
「偶然だね、隣いいかい?」
平然と嘯きながらナイフは奏美の視界に入らないように立ち回りベンチの後ろから移動した。
「え、うん」
まだ戸惑いが隠せない奏美が了承するより早く、どっか、と直実はふてぶてしくベンチに腰掛けた。
「それでだね結城さん、悪いんだけど」
直実はそう言いながらクルンとナイフを順手にスイッチすると左腕でグイッと奏美の身体を引き寄せて、ナイフを首筋に突きつけた。
「……え?」
奏美は突然の事に殆ど状況が理解出来なかった。ただ流石にこの至近距離だと喉に突きつけられたものが刃物であるという事だけは理解して、彼女の生存本能が生命の危機的状況だと警報を鳴らしていた。
「申し訳ないんだけど、少し俺の頼みを聞いてほしい」
「な、何?」
突然の事態に、混乱が一周回ってしまったのか奏美は直実の言葉に案外冷静に聞き返した。
「まず一つ、大声を出さないで欲しい。もし周囲に聞こえる大声を出した場合はこのまま喉笛を掻き切って君を殺して俺はすぐ逃げなければならない。それは俺にしても不本意なんだ」
これは嘘ではない。もし大声を出された場合は即座に殺して逃げるしかない。そしてそうなったら直実にとっては失敗だ。
「ただ、こちらの頼みを聞いてくれるならちゃんと君を生きて帰す。それだけだ。了承するなら小さく分かったと言ってくれ、出来ないのなら今すぐ大声で助けを呼んで構わない」
こちらは欺瞞である。しかしどちらにせよ助けを呼ぶ選択は即死であると考えればこれは頼みなどではなく脅迫だ。相手に選択肢を与えて選ばせる事で、前提を刷り込み行動を狭める心理誘導でもある。
「わ、わかった、けど、どうすれば、いいの?」
そして奏美は賢く、そして愚かな選択をした。彼女は正しく理解したのだ。穏やかな彼はしかし本気で自分を殺すのだと。彼女は間違え誤解したのだ。穏やかな彼はだから従えば自分を生かすのだと。直実は口元に悪魔的な笑みが浮かびそうになるのを必死に抑えた。
「まず、立って」
直実は指示しながら自ら立った、しかしナイフはひたりと奏美の首筋につけたままだ。続いて立とうとした奏美だったが、立ちかけた所でストンと腰が落ちてしまった。本当に目前に迫った死を前に彼女の足腰が本人の意思とは裏腹に震えて力が入らず立てなかった。
「慌てなくていい、落ち着いて立って」
直実は優しく、微笑んですら見せながら奏美に手を差し伸べて言った。もう片手ではナイフを喉に突きつけながら。奏美は直実に手を貸してもらいガクつく足でゆっくりと立ち上がった。
「そしたらこっちに来て。ゆっくり歩いてくれていいから」
やはりあくまで穏やかに奏美の手を引いて直実はエスコートした。しかし、油断なく首筋からナイフの切先は外さなかった為に奏美は逃げる事は出来なかった。最も直実に隙があったとて膝が笑っている状態ではやはり逃げ切る事は不可能であったろうが。
抵抗出来ぬまま奏美は先程直実が潜んでいた側の林の中へと連れ込まれてしまった。木々で見通しが悪く、しかも夜の闇の中では、大きな音や声を出さない限り、公園内を通りかかる人がいてもこの林の中の事は気付けないだろう。
林の中までは半ば引っ張られるように自分であるいた奏美だったが、手を離されると恐怖で足腰が震えてその場にへたり込んでしまった。怖い、怖い。本当に殺されるのかも。どうすればいいんだろう、どうすれば助けてくれるんだろう。そんな風に半ばパニックになった滅裂な思考が頭をぐるぐる巡っていた。
「じゃあ、まず一つ」
直実は右手にナイフを携えたまま左手でピッと一本指を立てて言った。
「スマホを出して渡してくれ」
「つっ……」
よく知りもしない相手に自分のスマホを渡すのは抵抗があったが、少し思考して背は腹に変えられないと結局ポケットから取り出したスマホを渡した。
これで通報は出来ないな。と遅れて気付く。というかそもそも通報されないように取り上げたんだろうという事に思い至った。
「これ以外に通信機器は?複数持ちだったりしないか?」
「そ、それだけしかないよ!ほら」
直実の追求に、隠していないと証明する為奏美はスクールバッグを引っ掴んで中身を地面にひっくり返した。なるほど出て来たのは勉強道具一式に雑貨の類いが少々だ。
「結構」
言いながら直実はスマホを検分するが、やはりというかパスワードがかかっている。
「次の頼みだ。パスワードを教えてくれ」
「……」
スマホの中身を見られるというプライベートの侵害に奏美は嫌悪感から口が重くなった。
「教えて貰えないなら申し訳ないが死んでもらうしかならなくなる」
そう脅迫しつつ澱みなく続ける。
「別に中身は俺に関係のないものを勝手に見たりはしないし、終わったらちゃんと返すから安心して欲しい」
脅しつつ、しかし誠実な言葉を印象つける。相手の心を動かすに長けた話術だ。冷静に考えればそもそも関係ないものを見ないのにパスワードは教えろはおかしいのだが。危機的状態でそう落ち着いて考えられないだろう。
「どうする?教えるのか教えないのか?君が決めろ」
そうしてあくまでも選択権を相手に渡す。どうなっても自己責任なのだと刷り込む悪魔的所業。
結局奏美はスマホのパスワードを教えた。直実はそれでスマホを開いてメッセージアプリやメール等を確認して待ち合わせ等のやり取りはない事を確認した。ホーム画面のアプリにも連絡出来るSNS等はなかった。
「ここには何しに来たんだ?」
だが、直実は入念に本人に確認する。
あるいは……ここで窮地にも関わらず直実に不都合なハッタリをかましてみせる能力があれば奏美にも助かる可能性はあるだろうか?だが、当たり前だがただの女子学生にそんなものは期待出来ない。
「な、なにもしてないよ」
「……何もないのに何故こんな時間にこんな所にいる」
奏美は返答に窮する。答えない相手に直実はナイフを手に一歩出た。
「か、家族とちょっと喧嘩して!……少し帰りにくくて、それだ、けで」
ザリ、と尻餅をついたまま奏美は怯えたように後ろに下がりながら慌てて白状した。
「ふーん」
嘘ではなさそうだし、一見不可解な人間の行動なんて蓋を開けてみれば案外そんな下らない事なのかもな。そう直実は考えた。
「そんな事より、私は何をすればいいの?何もないなら帰して!」
少し声は震えてしまったが奏美は毅然と直実に訴える事が出来た。
少し状況に慣れ始めて冷静さを取り戻してるな。直実はそう観察する。
ならば。
「脱げ」
「え?」
「服を脱いで全裸になれ」
直実は端的に要求した。まずはトランジスタグラマーと言った身体を生まれたままの姿で鑑賞したいという欲望があった。ただ、それだけでなく全裸になってしまえば外聞が気になってしまい、安易に助けを呼んだり逃げたり出来ないだろう。少なくとも命の危機に瀕しないと。
もっとも実際にはとうに命の危機なのだが、平和ボケした少女にそれは明確には自覚出来なかったようだ。
「ど、どうし、て?」
「質問は受け付けない……と言いたい所だが特別に答えるなら単に俺が見たいからだ」
狼狽する奏美の疑問に端的に答える。恥ずかしめられる。そう理解して奏美には羞恥と恐怖と屈辱が湧き上がる。
「どうする、脱がないのか?別に脱ぎたくないなら俺が服を切り裂いて裸にしてやっても構わないが。あるいはいっそ死にたいと言うならそうしてやらん事もないが?」
三つ目の選択なら少なくとも女としての尊厳は守れるかもな。そう直実は右手でナイフを弄びつつ嘯いた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。三つとも嫌だ。奏美は思う。こんな野外で卑劣なクラスメイトの目の前で自ら服を脱ぎ裸になるほど思い切りの良さはない。だからと言って強引に服を引き裂かれるなんて結局自分で脱ぐのとどちらがマシか程度の差しかない。じゃあ辱められるくらいなら死んでやる。なんて気高い覚悟がただの女子高生にある訳がない。
どうすれば、どうしよう。助けて、誰か。助け?助けを呼ぶ?大声で?でもそれをしたら殺されて……でもすぐに誰か来てくれれば……でも何とか大声を出しても公園の外の家の中の人にまで届く?届いたとしてすぐに助けは駆けつけてこられる?きっと少しは時間がかかる。その間に殺される……
必死に色々検討して大声で助けを呼ぶのも駄目だと悟る。逃げようにも腰が抜けて……どうにもならなくなった奏美は。
「ゆ、許して、下さい。お願いします」
許しをこう事しか出来なかった。震える足で何とか正座の形を作り、頭を下げて地べたでみっともなく土下座する。
「他の事ならなんでもします……だから許して下さい」
もう自分の意思ではどうこう判断出来る範疇になく、奏美は涙を流しながらみっともなく懇願する。
「……つまり殺してくれと?」
「嫌で、す。しにたくない……許して、下さい、何でもしますから……」
ハァー、と直実は一つ溜め息を吐いた。
「あのさ」
次の瞬間直実は土下座していた奏美の頭をゴリっと土足で踏みつけた。顔面が思い切り地面に押し付けられて奏美の口に土の味が広がった。
「自分で服は脱ぎません。殺されたくもありません。でも何でもするから許して下さいって……舐めてるの?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!許して、ごめんなさい」
グリグリと頭を踏み躙りながら詰ると、地べたに顔を押しつぶされながらやはりいう事は変わらない。
チッ、と舌を打ちながら爪先で脳震盪を起こさない程度に加減してサッカーボールキックで頭を跳ね上げてやった。奏美は踏まれて蹴られて痛みと恐怖で顔を押さえて泣きじゃくった。
だったら仕方ない。いう事を聞きたくなるくらいにまず追い込むか。直実は思った。
まず指を何本か捻り折って……そこまで考えた時、直実は何かに気がついたように後ろに振り向いた。
奏美はグスグスと泣きながら、何故かこちらから目線を外した直実の様子を疑問に思う。
直実は感じた。人の気配がしたような……いや、明確に感じた。僅かな足音がする、この時間に公園を歩いている人物がいる。それもこのままだとこの林の中のすぐ近くを通る。
問題ない、林の中に入って来なければ木々で死角になって気付かない。歩き去るまで息を潜めてればいい。
「黙って」
「助けてッ!」
黙っていろ。と直実が指示しきるより早く、奏美が助けを求めて叫んだ。
彼女もまた林の近くに人が来たのに気づいた。そしてすぐ近くなら殺される前に助けてくれる。チャンスは今しかない。そうした判断力が僅かに直実を上回った。
「どうしたんですかー?」
チッ、と直実が舌を打ったと同時に林の外から少し恐々とした様子の男の声がかけられた。
「こっちです!助けて下さい」
しかし、続けて助けを求めたのは何故か奏美ではなく、直実だった。助けを乞う言葉を続けようとしていた奏美はあまりにも理解不能な直実の言動に思わず動きが止まった。
助けに応じてサクサク、と足音を立てて林の中に現れた男はまだ若く、長身でしっかりとした体格の男だった。あぁ、この人ならもしかしたらこの卑劣なクラスメイトを取り押さえられるかも。とまだよく動かない頭でぼんやりと奏美は思った。
「大丈夫ですか?」
「助けて下さい!この人
「手を貸して下さい。お願いします」
戸惑いがちに声をかけてきた男に奏美は慌てて直実から助けて欲しいと訴えようとして、しかし言いかけたその言葉を冷静だが強く通る直実の声が被せられて潰された。
明らかに錯乱した様子の少女と、冷静でしっかりした声を出す少年。人はどちらに信を置いてしまうだろうか?
「どうしたんですか?」
「分かりません。ただどうも怪我をしているみたいで」
言葉を交わしながら男は奏美と直実に歩み寄ってきた。そこで奏美はハッと気がつく。直実の身体はこちらに向いて首だけで振り向き男に応じている。さっきの奏美と同じだ。男は直実が正面では順手にナイフを持っている事に気がついていない!
「駄目ッ!」
奏美の警告は遅過ぎた。男が間合いまで無防備に歩み入った瞬間に直実は振り向きざまに右腕を一閃。男の首筋を撫で斬りにしていた。
「カッヒューッ!」
突然何が起こったのか分からず、ただいきなり首に起こった灼熱感に男は声を上げたが、それは破れた喉笛が文字通りの壊れた笛のような音を立てるだけだった。
止めどなく血が溢れて地面をビシャビシャと汚して息を吸った拍子にズジュルルッ!と音を立てて血液が気管と肺胞に入り込む。それに咽せてゴボッゴボッと湿った音を立てた。首筋を両手で必死に押さえつつ男は崩れ落ち跪いた。
直実は僅かな血すらついてないナイフを片手に冷静にその様を観察し、奏美はただ無造作に腕が振られただけであっけなく起こったこの事態に涙を流す事すら忘れて眼を見開いたまま絶句した。
奏美にとって最前の想定は、助けが現れる事で慌てて直実がこの場を逃げ出す事だったのだろう。
だが直実は冷静だった。助けを求めた奏美に対して、紛れもない加害者でありながらただそこに居合わせただけという態度の曖昧さ、それを利用して殺す為の隙を生み出す老獪さ、それが勝敗を分けた。
「カッ!ゴボッゴボッ!ヒュッ!ヒュッー!」
自らの血液に溺れて敗れた喉から聞くに耐えない怪音を発しながら、大量の血を溢してそのまま男はうつ伏せに倒れ伏せた。
少し考えれば、誰かが助けを求めている現場にはまだ危険がある可能性があるのを考慮して然るべきであるが、やはり平和ボケ市民の男はそんな事にも気がつかなかったらしい。
「死んだな」
ポツリと直実が言った。
「君が助けを呼んだせいで」
その言葉には明確な嘲笑が混じっていた。
「ま、まだ、救急車……救急車を……」
生まれ初めて人が死に瀕している。殺人行為を目の当たりにした奏美の頭の中はぐちゃぐちゃであった。だが、まだか細いヒューヒューとした呼吸音で男が生きている事は分かり、すぐ救急車を呼ばなくてはとスマホを探しポケットを探る、ない、ない。彼女はさっき直実に差し出した事すら思い至らない。
「ふむ。確かにまだ生きている。現在の救急救命は優れている。すぐに救命隊が来ればもしかしたら助かるかもな」
可能性は低いだろうが。と直実は顎を撫でながらそんな事を言う。
「な、なら救急車を、呼んで……」
切り付けた本人に助けを呼べという錯乱した少女を無視して直実はしゃがんで男の身体に手をかけて仰向けにひっくり返した。
「な、何を……?」
「面白いものを見せてやる」
言いながら、直実はいきなりナイフを男の左胸に突き刺した。
「ヒッ、ヒィっ!」
引き攣った声を上げる奏美の前で、直実はナイフを巧みに打ち付けて肋骨を一本一本たち割ってこじ開けるように胸郭を開いていった。激しく伸縮する生白い肺が露出して見えた。
「あ、ひぁぁぁ!ぁぁぁっ!」
人の身体が開かれた事によって辺りに生臭さが広がった。恐怖と悍ましさに奏美の喉が意味不明な音を出す。直実はナイフを胸郭の中に潜り込ませて胸の中央にある心膜を切り裂いた。そしてあまりに太い血管を……
「ゲェッ!げぉえええっ!ゴッ!エェェェッ!」
目の前で人が活け作りにされているのを見て。奏美は口一杯に酸っぱい唾液が分泌されるのを自覚すると吐き気すら感じる間もなく壊れた蛇口のように地面に大量に嘔吐した。
昼に食べた弁当。唐揚げや卵焼きやご飯やらがドロドロの粥状に消化が進み、かつネットカフェで飲んだジュースの水分が混じる。食物が発酵と腐敗が進んだような、胃粘液の生々しさに妙に甘酸っぱいニュアンスも混じる非常に臭い吐瀉物が地面に広がった。
こんな可愛らしい少女の愛らしいお腹の中にこんな臭くて見にくい内容物が詰まっているという事実。いくら見てくれを整えた所で所詮人間なんて一皮剥いてやるだけでこんなにも臭くて悍ましいものが現れる。
しかし、直実という異常者はそのギャップにそこ精神を昂らせる。
「ゴェッ!ェェェッォッ!」
「おい」
ビチャビチャと這いつくばって地面に胃の底に残る僅かな内容物の一滴まで絞り尽くすように吐いている奏美に声がかかったが、彼女は吐き気が次から次へと込み上げてそれどころではない。
「見ろ!」
ガッ、とナイフを保持したままの胸郭を弄って血濡れの左手で奏美の髪の毛を掴み強引に顔を上げさせる。
「ひっ!」
直実が右手に持ったものを突きつけた。やたら濃い血生臭さと獣臭さが混じったような臭いを放ちテラテラとした赤黒いそれは紛れもなく心臓だった。もちろん本物など初めてみるが一眼で心臓だと分かる形状をしている。
しかも、身体からくり抜かれたにも関わらず直実の手の中でまだバクバクと拍動しているのだ。心臓は心臓神経叢により自律的に拍動している為に身体から切り離されて尚、健気に自らの役割を果たそうと無駄な努力を辞めなかった。
凍りついた奏美は心臓の持ち主に眼をやった。男はカッと眼を見開いたまま、まだ口からゴボゴボと血を溢している。胸は半分開かれて露出した肺は心臓を失ってなお、膨らんだり萎んだりしている。胸壁がない為膨らんだ時一部が胸腔からはみ出してくる様は悪夢のようだった。
「あぁぁぁ、ゴボッ!エェッ!」
情けない声を出しながらもう胃の内容物がなく酸っぱい臭いの薄黄色の胃液と胃粘膜を口から溢して制服の襟首を濡らした。
「アッハッハっハァッー!」
直実は立ち上がって心臓を高々と掲げて狂笑した。彼の制服のズボンは中のガチガチに勃起したペニスが突き上げて上向きにテントを貼っていた。
「嫌っ!やだーっ!」
直実の手から解放された奏美は涙を止めどなく流し、腰を抜かしたまま必死に後ずさろうとする。殺した、本当に殺した。こんなに簡単に人を滅茶苦茶にした。それにズボンの前が膨らんでいる事とその意味に気がついた。この人興奮している。
「ゲェっ!いやだぁ、やだ、しにたくないーっ!ひぁぁ!」
狂っている。この人は狂っている。違うこの人は人じゃないんだ。人の形をしている化け物だ。
その通りだった。この世にはいるのだ。人と同じ姿形に生まれついてその実、精神性が人間とはかけ離れた化け物が。巧みに人間の振りした怪物。
古来より人はそれを『鬼』とか『魔』と言った。
「たすけてぇ、エッ!ゲェェェッ!」
死ぬ。自分も生きたままあんなに惨たらしい事をされて苦痛と恐怖と絶望の中死ぬ。その圧倒的な恐怖に奏美の胃が狂い吐くものもないのに激しく収縮する。大声で助けを呼びたくても浅くしか呼吸が出来ず喉も引き攣りそれすら出来ない。
シィィーッと音を立てて奏美の股間部のスカートが濡れる。彼女は自身が失禁しているのすら自覚していなかった。
嫌だ、死にたくない。あんな殺され方したくない。助けて。死にたくない。死にたくない。怖い。怖い。誰か助けて。
あぁぁぁ!ごめんなさい。もうしません、許して下さい。死にたくない。許してください。許して……奏美の脳内は狂乱の様相を呈していた。
「さて、これで救急車の必要はなくなったな」
ベチャッと飽きた玩具のように心臓を地面に放り捨てて直実は興が乗ってきたのか楽しそうに口を開いた。
「それで? 少しは楽しめたか? 服、脱ぐ気になったんじゃないか?」
ことさら嘲るように直実が問いかけると、奏美は不様に、必死に土下座して頭を下げた。
「脱ぎ、ます!だから、助けて下さい。助けて、嫌だ、死にたくない」
「はっは」
年頃の女子としてあるまじき惨めな姿に直実は笑って、また靴で後頭部を踏みつけた。しかし今度はそれを屈辱と思える様な余裕は彼女には一切なかった。
「素直にいう事を聞けば助けてやるのもやぶさかではない」
「ほ、んと?脱ぎますから。何でもします、何でもしますか、ら、助け、て。殺さないで、下さい」
直実は頭をぐりぐりと踏み躙りながら甘言を囁くと、相手は助かるかも知れないとすぐに泣きついてきた。
「何でもすると言うほどサービスしてくれるというなら甘えよう。とりあえず俺はあんたとセックスがしたい」
「は、はい、セックスします。していいですから、助け……」
直実の好色な要求に奏美は恥も外観もなく了承した。辱められるくらいなら死を選ぶ、なんて気概がただの女子学生にあるわけもない。いや、そのくらい気高い女であっても奏美と同じモノを見たら流石に股の一つも開きたくなるだろう。
「していいです。とは随分上からだな」
しかし直実は不機嫌そうな声を出し頭を踏み付ける足に体重を込めた。
「あぁぁっ、ごめんなさいごめん、なさい」
「どうか私の身体を使って下さい。私とどうかセックスして下さい。の間違いだろ」
「私の、身体をどうか使ってくだ、さい。頼みますから、わた、しとセックスして下さい!」
顔を地面にうずめながら奏美はみっともなく言われた通りに懇願した。くくっ、と思わず直実は喉を鳴らして笑った。
「じゃあ、まず脱げ」
「は、はい」
指示に対して奏美はすぐに制服を脱ごうとした。羞恥心なんて一切が麻痺していた。彼女を突き動かすものは圧倒的な恐怖と生存本能により直実の命令に全力で従おうとする意思だった。何とか襟元のリボンは抜き取る。
「あれ?あれ?」
だが、ベストのボタンを外そうとしてまるで上手くいかない。急性のストレスに晒されて所謂、闘争逃走反応により手先の微細運動能力が完全に失われていた。生理的反応だから無理はないが奏美はパニックを起こしかける。脱がないと殺されてしまう!
「まだるっこしいな」
そう言って、直実はしゃがみ込み奏美にナイフを伸ばした。
「あ……」
死ぬんだ。奏美はそう思った。いざ死神の手が伸びてくると逆に落ち着いたかのように頭は空白になり、身体の震えは止まった。人間の心身はいざと言う時は穏やかに死ねるものなのか。
しかし、直実はピクリとも反応出来ない奏美の制服にナイフを通して切り裂き上着を下着ごと乱暴に剥ぎ取っただけだった。
尿に濡れたスカートも切り裂き剥ぎ取り、ぐっしょりとしたパンツも切って裸にさせた。
「あ、りがとうございます」
どうやら自分が殺されずに済んだことを知り、奏美は礼を言った。それは脱ぐ手間を省いてくれた事へなのか、殺さないでくれた事へなのかは自分でもよく分からなかったが。
ふむ。と直実は軽く感動を感じながら奏美を鑑賞する。低めの背丈とやや
腰つきはまだ成熟しきっていない様に優しげな曲線を描き、全体的に程よい肉付きが健康的な魅力を発していて美しい裸体だ。
だが、言ってみればこれはまだ芸術作品の素材だ。これからもっと美しくしてやる。
「しかし、顔が汚れ過ぎだな」
そういいつつ、涙と土に塗れた顔を制服の切れ端で乱雑に拭ってやった。
「あ、そういえば、制服……帰る時、どうしよう?」
「そんなのは終わってから考えりゃ……」
ズタズタになって地面に打ち捨てられた制服を見てぼんやりと呟く奏美の顔から一切の表情が抜け落ちているのに気がつく。
「離人感が出ているな」
そう判断する。そう簡単に現実逃避してもらっては困る。そんな事は許さない。俺の前で死から目を背けるな。
直実は一瞬で地面に座り込んだままの奏美の背後にスルッと回り込むとナイフを持つ右腕前腕で圧迫するように口と鼻を塞いだ。
同時に左手が蛇のように奏美の左手に絡みついた。
「ンーッ!!ッッッ!!」
そのまま指絡みをかけて小指をぼきりとへし折ってさらに捻った。ミチブチ、と靭帯や筋肉が断裂する感触が伝わってくる。どんな屈強な男だって指の様な小さな間接は弱い。まして女の細指など、赤子の手を捻るのとトントンではないだろうか。なのに指は感覚が鋭い為痛みも極上だ。
口鼻を圧迫されて奏美は声にならない絶叫を上げた。口元は見えずとも目を剥いて壮絶な表情をからその激痛がどれ程か考えるのも空恐ろしい。
そうして折った左指を解放すると、奏美は腕の中で荒い息を吐きながら涙をポロポロと溢す。そこで圧迫していた口鼻も解放した。
「はーっ、はーっ、痛い、いた、い」
「いい気付にはなっただろう?」
奏美は小指を折られた左手を右で押さえつつ呻く。鮮烈な痛みで直実の言う通り、現実へと無理矢理戻らされた。そう、今まさに身体を破壊された。他人事のフリしている場合ではないのだ。
「あぁぁ、指が、いだいぃ」
「安心しろ。そのくらいは帰ってちゃんと治療すれば元通り治る」
一応まだ助かるぞと希望を匂わせる直実。しかし、言っている事は適当だ。直実自身、折っただけならともかく捻ってしまったのはどうだろうか?と思う。
人体は捩れに弱い。靭帯や筋の損傷も軽くはないだろうし、治る事は治っても元通りには動かせないかも知れない。
まぁ、そんな事を気にする必要はないのだが。
「自分の立場を思い出したなら」
直実はズボンのジッパーを下げつつ続けた。
「まずは、しゃぶれ」
そしてズボンの中で窮屈そうにしていた勃起を取り出す。大きさや太さはおそらく平均的だろう。しかし加虐の興奮に昂りきった肉棒はまるで鋼の如く硬く怒張していた。先走り汁を滴らせて猛りに猛っている。
それを間近に突きつけられて奏美は息を呑んだ。男の勃起など生で見るのは初めてだったが、これは持ち主と同じだ。凶暴で残忍な凶器のように感じられて、恐れ慄いた。
「は、はい。しゃぶらせて、頂き、ます」
左小指の未だ発するジンジンとした鈍い痛みを堪えつつ、奏美は卑屈に頷いた。下手に出ないと更なる加虐を加えられる可能性もあり、英断だろう。
奏美は奉仕のやり方など実践した事も学んだ事もない故にどうしたってどうしたらいいか想像しながら探り探りしか出来ない。とにかく舌を出してまず鬼頭を舐めてみた。先走りのしょっぱく生臭い味が広がる。
普段の奏美ならえずいている所だが、しかし今の彼女には微塵も嫌悪感などかった。極限状態に追い込まれたら何でも出来るという人間の逞しさだろう。もっとも生きる為に男のペニスを必死にしゃぶる姿は言い換えれば賤しく、みっともなくもあるのだが。
何とか舌で舐め回したり、唇を這わせたりと何とかこうしたら気持ちいいんじゃないかと考えながら色々とやってみる。その必死さが幸いしてか、初めてにしてはまあまあな快楽を直実に与える事は出来ている。勿論稚拙さは抜けきれないが。
もっとも直実はあまり技巧の類いは期待していない。彼はさっきから昂って仕方がなかったのでとにかく一発抜ければ何でもいいのだ。
「咥えろ、分かっていると思うが噛みでもしたら目玉をくり抜く」
「チュッ、わかっ、てます。じゅるっ、咥えさせて、頂きます」
噛みでもしたら、なんて警告は言われるまでもなかった。確かに反撃に出るなら無防備に男の急所を晒す今が最大のチャンスだ。しかし、もう今まで見てきてやられた事で奏美は刃向かおうなどという気は完全に折られている。そんな事したら死よりも辛い凄惨な暴虐に晒された果てに結局死だ。
だから最初から奏美はデリケートな肉棒をうっかり傷付けないか恐る恐るなのだ。故に咥えるというのは勇気がいる。口内には人体でもっとも硬い歯があるのだ、うっかりして歯が引っかかって傷付けてしまいでもしたら……
だが、指示には逆らえない逆らっても死ぬ未来しか見えない。同時に思う、いくら従順にしていても死ぬ瞬間を先延ばしにしているだけなのでは……
そんな思考を振り払って、奏美は口を開けて慎重に肉棒を頬張った。やはり必死なので口の中に男の性器を咥えている事への嫌悪感は飛んでいる。それより歯を当てるのが怖い。当てないようにと思っていてもこんな太さのものを小さな口で咥えればどうしても多少は当たってしまう。
強く歯で擦ってしまわないように奏美は咥え込んだままとにかく舌を闇雲に動かして亀頭を愛撫する。
直実は熱い口内に包まれながら鬼頭に柔らかな舌が絡んでくる感触を楽しむが、射精感の疼きはあれど発射まで後一歩足りない。
「頭も動かせ」
「ずゅっ、はひ」
直実の命令に了承しつつも、奏美はやっぱりそうしないと駄目かと思う。興味本位で見た事のあるそういう動画からフェラチオとはそういうものなのだろうと思っていたが。いざ自分がやるとなるとやっぱり歯が擦れそうだ。
何とか恐る恐る頭を前後させて舌や上顎に擦り付けるようにペニスを刺激する。しかし歯が当たらないように気をつけるあまりどうしても思い切り良くは動けない。
「もどかしいな」
「ゴッ!ごぼっ!」
おっかなびっくりであまり快楽が高まらない事に業を煮やした直実は、無造作に膝で奏美の鳩尾を蹴りあげる。鈍痛と共に息が詰まり奏美は嗚咽した。
奏美は蹴られた事の衝撃や恐怖より、はずみでうっかり噛んでしまったりしなかった事への安堵が先に来た。人間とは短時間でも恐怖でかくも奴隷根性が染み付いてしまうらしい。
「もういい、俺がやる」
そういうと直実は手っ取り早く奏美の頭を掴んで前後に動かして挿抜を始めた。
「ゴッ!ごぇっ、ジュルッ!ゲッ」
躊躇なく長いストロークを使い舌先から走らせて喉奥に亀頭を叩きつける。ぶら下がる垂体に鈴口がぶつかる。ぐぐっ、と狭くて熱い喉にがっぽりとハマる亀頭が締め付けられる感触を楽しむ。嘔吐反射で先程全部吐き戻してしまったが、また胃に少し溜まってきていた胃液が戻ってきて少量口から漏れる。窒息しかけて奏美の視界が暗くなり始めた。
「ジュボッ!おっ、ゲェっ!ジュッ、ぷっ!」
そのまま構わずに喉だけとはいわず、乱暴な挿抜で硬い感触の口蓋や、ふっくらした柔らかい頬の内側にも亀頭を擦り付けてどんどんと射精感を昂らせる。奏美は暴虐のように口を犯されながらただ決して歯は立てないようにしながら耐えた。
「よし、
「んんっ!ンーッ、ンー」
奏美の舌の中程でペニスがバクンッ!とまるで先程摘出された男の心臓の拍動のように跳ね上がった。何度もしゃくり上げて、ドバッ、どぷっ、と大量に放精する。殺人と加虐の高揚で昂り切って今か今かと待ち侘びていたペニスは堰を切ったように濃くも大量に吐き出していく。
「くっ!ふぅーっ」
「んっ、んっ」
頭の中が真っ白になるような鋭い快楽に直実は呻く。しかし、熱くヌルつく口内で射精するのは同時に、まるで幼子が暖かい湯船の中で排尿してしまうような安らかな気持ち良さもあった。
奏美は口の中でゲル状の濃くて熱い汁が広がるのを感じて射精されていると気付き流石にゾッとしたものを感じる。鼻に青臭い匂いが抜けるが、下手に動く事も出来ずに口内に精液が溜まっていくに任せるしかなかった。
「よし、こぼすな。飲み込め」
「んん!」
にゃぽっ、と口のからペニスを引き出しながら俯いて吐き出してしまわないように頭を押さえながら直実は命じた。奏美は涙を流しながら頷いて了解を示す。
「んっ、くっ」
奏美は口元を手で多い口内に塊となった大量の精液を飲み下していく。濃過ぎてやたらと粘性が高く舌や喉奥に引っかかり、上手く食道を通ってくれないが、何とか少しずつ胃に落とし込んで何とか口の中のモノを全て飲み下していった。
「んっ、ぷっ!」
しかし、胃に落ちた精液の塊が鳩尾のあたりで強烈な異物感を発して、すぐにそれは強い吐き気に変わった。奏美は手を口で押さえて必死に込み上げるものを堪える。
「う、オエッェ!ゲハッ、ゲェェェッ!」
しかし、すぐに決壊して胃がひっくり返ってしまうような感覚と共に、激しく嗚咽して飲み下した精液を地面に吐き戻してしまった。
「うえっ!ェェェッ!」
全部戻しても、胃が暴れてしまい空えずきを繰り返し少量の胃粘液をタラタラと口から溢す。彼女は他人の精液を飲み込んだ事への嫌悪感から吐き気を催したのではない。先程凄まじい嘔吐をして更に、強度のストレス反応で急性的に胃が壊れてしまっていて何も受け付けないのだ。
実際彼女が今吐いたものには血が混じっていた。胃粘膜が出血を起こしているようだ。彼女は生きて帰れたとしても暫くはまともにモノを食べられないだろう。
しかし、血反吐を吐いても直実は容赦はなかった。
「誰が吐いていいと言った?」
「がっ!」
叱責するやいなや、先程と同じ鳩尾に蹴りを入れた。しかしペニスを咥えていたから加減された先程とは違い、今度は爪先で内臓を破裂させるつもりかという勢いで蹴りつけた。
「ッ〜〜〜〜ッッ!」
痛み。その痛みは男に例えるなら金玉を蹴られた時のような鈍痛と激痛が混じった悍ましい痛みが蹴られた腹部から電撃的に全身に走って、しかも鉛の様にしつこく消えない。地獄の苦しみである。奏美は声にならない絶叫をあげながら腹を押さえて全裸のまま汚れるのも構わず地面を転がり回って悶絶した。
「くくっ」
全身で激しく悶絶する奏美の滑稽な姿を見て直実は楽しそうに笑った。さっき一発抜いたばかりのペニスがまたむくむくと鎌首をもたげる。
「はーっ、エッ!はーっ、はーっ」
散々悶えながら地面をのたうち回っていた奏美は、暫くしてやっと痛みが引いて来たのか地面に四つん這いになって顔を俯かせて荒い息を吐いた。そうしてまたグズグズと泣き出す。しかし、この女はずっと泣いているが良く流す涙が枯れないものだ。そんな事を直実は思う。
「さて、そろそろそちらの懇願通りにセックスをしてやっても俺は構わないが?」
「いた、い。もうやだ、よぉ」
直実の尊大極まる台詞に、女子学生には苛烈極まる暴虐に心が折れたのか奏美はとうとう弱音を発してしまった。
「ほぅ?」
自分の意に沿わぬ返答をした奏美に対して、直実はキュウッと口の端を三日月の様に釣り上げて眼を向いた狂気と歓喜。悪魔的にまで狂ったような笑顔を浮かべた。
「ひぃいいぁぁっ!」
うっかり自分が口を滑らせてしまった事を自覚した奏美が慌てて顔を上げると、そこには鬼が笑っていた。化け物を目の当たりにして情け無い悲鳴を上げて、少し膀胱に溜まり始めた尿をまた失禁した。
「と、いう事は殺害希望か。俺は優しいので、求められるならば喜んで引き受けよう」
「いやぁ!死にたくないっ!」
一歩踏み出す直実に、必死に腰が抜けたまま遠ざかろうとして後ずさる。股から漏れた尿が筆のように地面を濡らす。
「どっちだ? はっきりとおねだりしたらどうだ?」
殺されるか、犯されるか。はっきりと直実にとって意にそうように意思表明しなければならない。死が、死がもうすぐ背後に迫っている。その極限状態で奏美は直実の意思を汲み取り開花する。
「す、須藤くんのちんこで、わた、しのまんこをぐちょぐちょに、犯して下さい。どうかお願いします」
地面に腰を落としたまた直実に向かって股を開き、秘部を指で広げて最低に卑屈で賤しくねだってみせた。誰が信じようか、死の際の極限状態では処女ですらこんなにもみっともなく卑猥な女として堕ちる事が出来るのだ。
「やっぱりあんたは最高だ」
それには思わず直実も惜しみない賛辞を送ってしまうほどに最低最悪のメスの姿だった。
「なら、犯してやろう」
「あ、ありがとうございます」
一回射精したにも関わらずにまるで天を衝きそうな程に怒張したペニスを見せつけながら直実が奏美の開いた股の間に腰を据える。
犯される。だけど従順に従えば家に帰れる。帰れる、筈だ。ここから帰りたい。その為なら処女を強姦で散らされるくらい大したことではない。命には変えられない。命あっての物種なのだ。生きてさえいれば何とかなる。そう奏美は考えていた。
そうだ、生きてさえいれば、この後病院で治療を受けて、身体が治ればまた普段の日常にだって帰れる。帰れるだろうか? こんな体験をして? いや、贅沢は言わない。もう以前通りには帰れなくても生きて家族とまた暮らせるならそれでいい。
お母さんに、お父さんに、お姉ちゃんにまた会いたい。そんな事がぐるぐると奏美の頭を巡っていた。
直実は奏美の性器を観察した。尿濡れなのは仕方ないが陰毛は疎らで薄く、ぷっくりとした割れ目が少し開いて薄い朱色をした小陰唇がはみ出している。まだ未成熟といった具合の女性器である。
「うあッ!ッ!」
ぐりっ、と無造作に直実は指2本を膣口に突っ込んだ。尿に濡れている以外、膣分泌液は全くといっていいほど分泌されていない、まぁそんな性的欲求など皆無な状況なのだから当たり前だが、その為に引っかかってしまい指ですらスムーズには挿入出来なかった。しかも膣内が強張っていてキツい。奏美は顔を歪めて明らかに苦痛を堪えている。
やはり処女か。そう直実は思う面倒だが潤滑油もなしに挿入は難しい。わざわざ濡れるまで愛撫する義理も欲も彼にはない。そう思い丁度いいモノが目に入り直実は手を伸ばした。
「えっ?」
彼が手にしたのは地面に潰れるように放置されていた、血の滴る摘出された男の心臓。流石に既に拍動は停止していた。
彼はその心臓を握りしめて絞る様にして奏美の恥部、特に膣口に血をボタボタとかけた。ぬとりとした血液は充分にローション替わりになりそうだった。
「っ!」
口内で射精された時以上の嫌悪感に引き攣った声を漏らしそうになり、奏美は何とか堪えた。意図は彼女にも分かる。だが一体どんな狂った頭ならそんな発想に至るのかが彼女には理解出来ない。
そのまま直実は心臓を絞って滴る血を自分の勃起にも塗して準備を終えた。
直実は手っ取り早く楽しみたい。もう余計な事はせずに亀頭の先で小陰唇の間を割入り膣口の僅かな窪みを捉えると血液の潤滑を利用して肉棒をグッと突き入れた。
「あぁっ!つぅ!」
奏美は強引に処女膣を割り広げられる激痛に歯噛みした。きつい、だが。先程の指の骨を折られたり腹を本気で蹴られる地獄に比べると天国のようではないか。これなら耐えられる、大丈夫。そう奏美は自分に言い聞かせた。羨ましくもない事だが彼女はこの短時間の体験でかなり痛みへの耐性がついたらしい。
「チッ、やはりキツイな……」
直実はぼやく。潤滑油を用いても挿入が苦しいくらいキツイ。キツイといってもペニスを柔軟に受け止めつつしっかり締め付けるというこなれて気持ちいい膣内とは違い。性交に慣れていない処女の強張ったような硬いキツさだ。ろくにほぐしたりしていない事も原因だが、純粋な快楽面ではやはり処女の膣はイマイチだ。
だが、精神的には興奮を抑えられない。強引に一気に膣奥まで亀頭を叩きつけた。
「ン〜〜ッッ!」
膣奥を突き上げられて内臓を圧迫されるような強い異物感の混じった痛みを歯噛みして奏美は耐える。極限状態で更に苦痛を堪えて正直前身余す事なく力み切っており、これでは膣内だって強張るのは当然である。
力を抜いて欲しいが、そんな事指示した所で抜けるものでもないだろう。ならばアプローチで行くか。
スッ、と自然な動作で直実はナイフを動かした。
「ぎぁっ!」
あまりに無造作で自然な手つきでナイフが奏美のぱつりと張った乳房を一撫でした。すると緊張状態からかぷっくりと勃起していた乳首の真ん中から、やや大きい乳輪までの深さで縦にパックリと斬り割られていた。縦スライスされた乳房の先から止めどなく血が流れ出してくる。
「ぎゃぁっ!いだぃっ!い゛だい゛ぃ゛ッ!」
割れた乳房の先を両手で押さえて喚きながら海老反りになってゴンと頭を地面に打ち据えたままあまりの激痛にビクビクと全身を痙攣させた。
そして、膣内は肉棒を一瞬押し潰す様にギュルっとしまったが、一調子してふわっと柔らかくなった。どうやら目論見通りにいったらしい。膣内を遥かに凌駕する激痛が上半身に現れた事で下半身の意識が上にそれ、無駄な力が抜けた。
「あっはははっ! 面白!」
全身全霊で苦しむ奏美の姿があまりに滑稽で笑いながら直実はキツさの抜けた膣内を肉棒でぐっちょぐっちょとピストン運動で掻き回し始めた。乱暴な動きで相当な苦痛になりそうだが、奏美は乳の激痛の酷さで殆ど下半身の感覚が気にならないほどだった。
「もういやだぁっ!ひどい事しないでぇーっ、おうぢがえして、お母さーん!おがあさーん」
それまで死の恐怖から何とか身を守る為に全力で自制していた奏美だったが、理不尽なまでの暴虐の苦痛でとうとう自制心が決壊したのか、錯乱に近い方で子供のように泣き叫びながら助けを求めた。
「くひゃっ」
極限の恐怖と苦痛と絶望に晒された少女の本気の恐慌状態を目の当たりにして、直実の脊椎から脳味噌に恐ろしいまでの歓喜と快楽と至福が走り抜け、彼の喉が思わず不気味に鳴った。無常の歓喜! 彼の脳から大量の脳内物質が放出される。奏美を犯している筈の直実は光を見た。
快楽物質に晒されて、奏美の中で極限まで勃起しきっていた筈のペニスに更に血が流れ込み、ググッ、と更に一回り大きく怒張した。その硬く猛り狂う性器は肉の棒と言うより熱い鋼のようだった。
直実の目の前の光が大きくなる。直実の全身が光に包まれる。彼は、白く、白く、白に染まる。彼は世界に自分が溶けてしまいそうな荘厳なまでの快楽と幸福に晒されていた。眼には素晴らしいモノが見え、鼻は芳しい香りを嗅ぎ、耳には素晴らしい音楽が聞こえ、舌は極上の美味を味わい、皮膚は蕩けそうな愛撫を感じた。
直実という悪鬼にもたらされたのはきっと福音。神の祝福。
彼は神に触れた。
——彼が戻ってくると、全身を虚脱感が包んでいた。直実の魂が絶頂していた時、また彼の肉体も全身で絶頂して激しく痙攣していたらしい。気がつけば奏美の膣内で激しく種汁を撒き散らしたらしい、肉棒の感触も遠い。だが、一切萎えずに鋼鉄のような勃起が持続している。
「ひっく、かえりたい……もう、かえして……」
奏美は両腕で顔を覆い、泣きながら小さく訴えていた。極限状態でも膣内で肉棒が爆発的に脈動するのが分かり、彼女は
だが、そんな事は最早どうでもいい事だった。彼女はとにかく帰りたかった、生きて家族の元へ。それ以外は今は考えられない。後の事は家に帰れたら後で考えればいい。
直実は腰を引くと、血で真っ赤になって荒らされ果てた膣口から肉棒が抜けた。大量に射精したにも関わらず一滴の精液も逆流しては来ない。それはゼリーの様にこってりと膣奥に塊となってへばりついているのだ。
「セックス、したから……もうかえし、てください……」
しかし、どうしてこの少女はこんなにも生存にこだわるのか? 福音を授かった今、直実にはそこが段々と理解出来なくなっていった。
——死ねばきっと彼女なら、あの神の祝福の中で永遠に有れるのに。
福音は彼女にこそもたらされるべきだ。悪鬼覆滅。神の威光の前に既に直実は神の使徒と化していた。
直実は身体を倒し、自ら割った乳首と乳輪を口に含んで吸った。奏美は何も言わずに痛みと悍ましさに歯噛みして耐える。
溢れ出す、血の母乳を飲み下す。かつて主が受肉して初めて口にした乳。聖母マリアの血。この世にかような甘露はあろうか。
「神は全てを、知ろしめす」
突然放たれた直実の言葉は、奏美には理解出来なかった。直実にも理解出来なかった。神の使徒たる彼の口から出るのは天の言葉であり、最早直実も自分が何を言っているのか理解出来ない。
ただ、天の意思が彼を突き動かす。それはこう言っていた。
「俺は、君を、殺す」
「ころさないって……いった……」
「あれは、嘘だ」
呆然と呟く奏美に、直実は言い含めるようにはっきりと発音した。
奏美という少女は善良過ぎた、故に理解出来なかったのだ。そもそも約束とは破るためにあるものだと。
——いや……
「そもそも本気で俺が君を見逃すと本気で思っていたのか?」
直実はゆっくりと言い聞かせる。奏美が必死に押さえつけていた絶望の扉を開く。
「自分でも分かっていたんじゃないか? 君は、ここで、俺に、殺される、と」
その可能性はずっと奏美の胸の中に燻っていた。いう事聞けば助けてやる、なんて言って本当に助ける気があるのか? あるはずがないではないか。だが、それを認めたらもうおしまいだ。そんな可能性がないと分かっていても人は生存の希望に縋りつきざるおえない。
「あ、あぁぁ、ぁ」
絶望の呻きが奏美の口から漏れる。殺される。死ぬ。逃れられない。死、ぬ。その絶対絶望が奏美を溺れさせる。逃走する事は出来ない。後にはもう死が確定……
確定……してはいない!
「アァァァッ!」
奏美は最後の気力を振り絞り叫びながら、左手で身体を起こすと同時に、直実の頭部目掛けて右腕を振って開手を繰り出した。
諦めない限り、可能性は0じゃない! 進退極まった人間に出来る最後の抵抗は戦う事! 戦う限り、0ではない可能性がある!
ビギナーズラックというべきか、生涯で一度も暴力に訴えた事のない奏美の横殴りの掌底はやみくもにも関わらず、ピンポイントで直実の顎に襲いかかった。ただの手打ちとはいえそれは、極限下の最後の抵抗としての生命の抵抗そのものの威力は女の細腕の物ではなく、人間の限界値に迫っていた。マトモに貰えばあるいは顎が砕けるかも知れない。
バネのような瞬発力で飛びかかった奏美の攻撃に、直実は虚を突かれ、回避動作も防御動作も取れない。必中と思われた。
だが、顎を打つ快音は鳴り響かなかった。直実は緊急回避的に左肩を耳に付くほど上げて顎をガードして更に、
直実はその奏美の右腕に左手を添えて、自身の右手のナイフをトン、と奏美の右肩と胴体の付け根の真ん中から、鎖骨に僅かにずれた場所に一寸五分程浅く刺した。
「うぁっ!」
鋭い痛み。だが問題はそこではない、致命的な箇所ではないと刺された事に構わず奏美は更に右腕を振り回そうとした。手首も折れているのにげに恐ろしきは人間の底力というべきだろうが、しかし右腕が上手く動かない。肩が上がらなくなっていると奏美は気がついた。
咄嗟の判断は目を見張るものがあった。奏美は、右が駄目ならと地面に付いていた左腕を振って直実を殴り付けようとした。
だが、動き出しは直実に対して刹那遅く、それが致命的になった。奏美が左腕を振りだす初動で直実が振ったナイフが左肩側、さっき刺した場所と左右対象の位置をやはり一寸五分程の深さで切り付けた。
「あっ、はーっ、はーっ」
支えを失って上体が倒れ伏せた奏美は荒い息を吐いた。腕が動かない。いや、厳密に言うと肘や手首は動く。だが肩関節の稼働が上手くいかない。両肩を動かせない以上実質、腕での抵抗は不可能だった。
直実がやったのは肩付け根付近にある十字路と呼ばれる点穴の切断である。この場所は腕の運動の起点となる点穴であり、例えばパンチを繰り出そうとした瞬間にここを抑えられるとパンチは止まり、無理に出そうとすると肩を傷める事もある。椅子に座った人の額を指で抑えると椅子から立てなくなるのと原理は同じだ。
そして、胸筋から肩への連結に関わる為に刃物で切断されると肩は効かなくなってしまう。それが奏美の状態である。
「終わりだな」
「……あ」
直実は奏美の目の前にナイフを突きつけて冷然と告げた。奏美も悟る。両の右腕はもう使えない。両足はそもそも両太ももの間に直実が位置取っているため蹴りも出せない。つまり詰み、である。
「だが、右の打撃は良かった。見事だ」
そう直実は続けて惜しみなく賞賛した。世辞などでない、防御し得たのは直実の動物的反射がたまたま上回っただけであり紙一重だった。少しの差で直実は打倒されていたかも知れない。見事な生命力の最後の燃焼だった。
「む、無理、ですか。助けてもらうのは?」
とうとう掛け値なしの絶対絶命の状態に陥り、むしろ奏美の声は少し落ち着きを取り戻して、伺いを立てた。
「受け入れろ。君は抵抗して、俺がそれを封じた。君の負けだ、敗者は死ぬしかない」
直実はそうはっきりと告げた。逃れられない絶望の中、奏美は口が乾く事が気になった。既に満身創痍で前身が悲鳴を上げているのだが何故か口渇感がやたらと辛い。あぁ、だから死に水って取るのかな? 水が欲しいけど頼んでもこの人もってなさそうだな。などと奏美はピントの外れた事を考えていた。
「じゃ、あ、一つだけいいですか?」
「言ってみろ」
「せめて、楽に殺してくれるってのは、駄目で、すか?」
奏美の観念仕切った最後の頼みに直実はふむ、と一考する様子を見せた。
「ほら、私結構頑張ったじゃないですか、痛くて、も、恥ずかしくても、苦しくても頑張って須藤君を結構楽しませたと思うんです。助けてくれとは言わない、から、せめて最後くらいは」
畳み掛けるように奏美はアピールした。
「お願いします。死ぬのは仕方なくても、もう痛くて、苦しくて、辛い、んです。これ以上酷いことされるのは、怖いんです。せめてすぐに殺してくれませんか?」
奏美の懇願に、何というべきか少し吟味してから直実は口を開いた。
「確かに、俺は楽しめた。客観的に見て君は苦しい中頑張ってくれたと思う。正直俺自身も君に対する尊敬、敬愛に近い思いを抱いている」
そこで直実はまた、少し言葉を選ぶ。ここで一人の人間としての奏美としっかりと対話しようという、直実の真摯さが伺えた。敬意を抱いているというのは決して嘘ではない。
「そんな相手にこれ以上苦しみや恐怖を与えるのは忍びない。そう確かに俺も思う」
「だったら……」
「断る」
「ぎぁっ!」
そう断言すると同時に直実は、握ったナイフのハンドルエンド部を用いた槌打を思い切り奏美の前腕に叩きつけた。ごりっ、という手ごたえ。先程折れた尺骨に続き橈骨も砕けた。
「あぎ、ぁぁぁっ!」
「きひゃっ」
骨髄から来る激痛に奏美が悶え、それを見た直実は引き攣った笑みを浮かべた。
「どうじ、てぇっ!?」
「何故って?」
何故慈悲の刃すらくれないのか? どうしてここまでするのか? そう問いかける奏美に直実は言った。
「嫌なんだよ。やりたい事を押し込めて、必死に人間のフリして死ぬまで生きている事だって出来るだろう。だがそれは俺なのか? 一体誰が生きて誰が死んだんだ?」
「だから俺はやりたいからやる、苦しめたいから苦しめる。殺したいから殺す。そこに理由はないし、
直実は強く言い切って、今度は奏美の左の前腕に槌打を連打した。十発以上の滅多打ちである。骨は粉々になり、肘と手首の間に関節が一つ増えたかの如く奇妙な場所で前腕が曲がっていた。
「うがぎぁぁっ!悪魔っ!あぐま゛ーーっ!」
「如何にもその通り! 誰でもない人間となるくらいなら、悪魔としての俺として生きて死ぬと決めた!」
奏美は既に分かっていた事、こんな事が出来るのは人間ではない、鬼であり悪魔だと糾弾する。直実はそれに高らかに是と応じる。興奮のあまり彼の臍までつきそうな程反り返ったペニスがビクビクと跳ねた。
「俺の為に苦しんで死んでくれ。拒む事は許さない」
言いながら直実は苦悶に顔を歪ませる奏美の目玉にナイフの切先を突き入れた。眼球が裂けて破裂し硝子体と共に血が流れ出る。
「あぎゃ!ぎゃっ!ぎゃぎぃぃッッ!」
鮮烈で猛烈で激烈な痛みの余り奏美は腰を浮かせるように跳ね上げさせた。まるで激しいオーガズムに至ったかのようであり、悍ましくもエロティックだった。肩は動かないが、手首から先が動いて激しく地面を掻いた。強く掻きすぎて爪が剥がれて指先からも出血する。
ブバッ!ブチチチッ!と奏美の下半身から下品な音が響く。力み過ぎて直腸の中身が排出されて、ボトボトと糞が地面に落ち、便臭が広がる。女として終わり、そして人としても終わっていく。文字通り終末が近い。
「君は死ぬ!俺は!生きている!」
宣言しながら直実は今度はナイフを奏美の綺麗なお腹、上腹部に差し込んだ。
「ガッ!びゃあァァァッ!びぎゃっ!ぁあっ」
深く刺し過ぎないようにしたが、それでも切先が上腹部の神経群が集まった腹膜を破りまた爆発的な苦痛に奏美は芋虫のように悶え狂う。
悪魔め、恨んでやる。呪ってやる。地獄に引き摺り落としてやる。痛みでスパークした奏美の脳内がそれでも僅かな間隙に怨念を募らせる。
ビビッ、ビチッ、と直実はゆっくりとナイフを引き降ろして奏美のお腹を縦一文字に切り開いてゆく。
「がっ、き、ひ、ぁ」
悲鳴は段々と小さくなってきていた。潰された片眼からは血涙を流し、無事な片眼も先程まで滅茶苦茶に動き回っていたのが半分裏返りかけていた。
どうしてこうなっちゃったんだろう? 何が悪かったんだろう? いくらなんでも酷い最後じゃないか。奏美の脳内の何処かで思惟が瞬く。自分はこんな酷い死に方をする程悪いをしてしまったのだろうか?
否、してはいなかった。どんな善良な人間も、邪悪な怪物も、死だけは自分ではどうにもならない。死に方は誰にも選べない。そういう意味で万人にとってあまりに残酷で幸甚で、平等であり理不尽であるのが死であった。
「は、ぁ。素晴らしい……臭い……」
「あっ……かっ」
直実は奏美の腹を下腹部まで切り裂き、開くとそう感嘆の声を上げた。上腹部では暗褐色の肝臓が覗き、ピンクに近い艶やかな色をした小さな臓器も見て取れる。だがやはり圧巻なのは腹一杯に詰まった腸である。僅かに赤みががかった白。桜色に近いプリっとしてテラテラと濡れた小腸がとぐろを巻いて切り開かれた腹から少しはみ出していた。人は小腸だけで六メートル以上の長さがあるというが、なるほど凄くボリューミーだ。
開かれた腹の中からはこんな可憐な女の子からはしてはいけない様な酷い臭いがした。脂の鼻につくしつこい臭み、獣臭さに魚介のニュアンスも混じった酷い生臭さ、更に内臓からか何処か饐えたような臭さ、それらが渾然一体と化し、吐き気が込み上げそうな強い臭いが辺りに広がっていた。ああ、何ということだろう。可愛らしい女の子も一皮剥いて肉を開けばこんな悪臭と醜悪な臓器が詰まっている。なんと偉大な事だろう、これ程の悪臭を防臭する肉、そして醜さを覆い隠して可愛く化ける皮。
そして、直実はふと思う。こんなものを覆い隠して化ける物、化け物とは遍く人間の
そう、可愛く化けていた少女の醜い
「気持ち悪……なんて美しい……」
「……」
なんだか、奏美は苦痛が遠のいて身体の感覚がフワフワしだしたのを感じた。
——もう、終わりかぁ。死ぬのはもう仕方ないけれど、もう一回お母さん達に会いたかった、なぁ。
——昨日、くだらない事で酷いこと言っちゃったなぁ。考えてみれば、そんなにムキになる事でもなかったな。どうして、私は、お母さんと突然お別れになるかもって考えた事なかったんだろう?
「暖かい、熱いくらいだ……滑る」
「あ、がぁ……」
直実は腸を鷲掴みにして、軽く引き出す。腸同士が薄黄色い腸間膜で繋がって一塊になってズルリと出てくる。その塊の一部が腹を滑り、ベチャァと地面に溢れた。内臓が引きずり出される感触に反応してか奏美が小さく呻いた。
手に伝わる内臓の暖かさは、火傷しそうで、きっと今が冬ならホカホカと湯気が登っていただろう。流れる赤い血、命の色。胎内の温度、命の熱。
「
「……」
既に二度も絶頂しておきながらなお、極度の興奮でペニスの付け根に射精感を覚え始めた直実が言った。だが、何とか少しでも長く生存しようと足掻く肉体によって細く長い呼吸をするばかりの奏美には聞こえているか怪しい。
内蔵渦巻く胎の中。熱い腸の塊に、負けないくらい熱く硬い肉棒埋めて息を吐く。
「あっ、つぅ。柔らかい、気持ちいいな……」
これは膣よりもいかにも内臓って感じがして、最高に興奮する。そう直実は思った。膣内のように包まれるわけではないが。膣内より遥かに熱く、ヌルつく管が竿や亀頭を舐め回すように絡みつく。腰を振ると極上の快感だ。側からみていると腹を切り開かれた少女の腹の中の内臓に向かって腰を振っている男という狂気的で驚異的てそして何処か滑稽なとんでもない絵面だったが。
「また、
そうだ、女を孕ませるなら膣内じゃ駄目だ。内臓に直接放精するのが確実だ。昂る快楽と射精感に直実の頭は支離滅裂な事を考えだす。
全身が、あったかい。温めのお風呂に使っているようで、なんだか気持ちいいな。何処か現実から遠い所で奏美はそう思った。
眼に写るのは、暗くて、惨めな地面や悪魔ではなく、母親の顔。昨日見た、悲しげでショックを受けたような母の顔が見えた。
——お母さん、なんでそんな顔しているの?
——……私のせいか。本気じゃないよ。あんな事本気で言ったんじゃないよ。本当は、お小遣いなんてどうでも良かったんだよ。ちゃんと愛されているって分かっていたよ。なのになんであんな事言っちゃったんだろう? あやまりたいなぁ。あやまりたいなぁ。
「ご、めんな、さい」
あまりにも小さな声は誰にも届かず。
「おぉおっ!」
一際大きく声を出して直実が開かれた腹腔の中で射精した。渦巻く熱い腸の中に子孫を残そうと遺伝子をこびりつかせる。びゅっくっびゅっ、と何度もペニスが脈動して、その度に彼の腰の奥から無理矢理精液を引っこ抜かれるような暴力的な快楽に襲われる。
白、白、白、グロテスクにぬらめく内臓を、直実の精液が白く、白く、白く、白に染める。彼女の腹の中は純粋潔白。誰にも恥じる所なし。
「うぉぉぉっ!」
直実は吠える。腰を引き、ナイフを振るう。下腹部を更に大きく切り開く。邪魔な腸を掻き分ける。萎んだ膀胱の先を目指し、卵程の大きさの真っ赤な筋繊維で出来た様な臓器を見つける。
女にのみ宿された、生まれ出る命のゆりかご。子宮だった。
「あぁ……美しい」
直実は感涙していた。幼い頃より久しく流していなかった熱い雫が眼から溢れる。あぁ、やはり俺は生きている。何故なら自分がこんなにも感動出来ると今初めて知ったから! そう思いながら、彼は子宮と繋がった膣を切り、癒着してる部分に刃を入れるとその子袋を摘出した。奏美は自身の身体から女としての命を切り取られた瞬間も、その瞳は何も目の前も見えていないように虚ろで、何も反応しなかった。致命傷だと観念した脳が痛覚を遮断して、何も感じられないのだろう。
ふわり、ふわりとした中を揺蕩うような心地の中、奏美の脳が最後に向けて考える。
——お父さんとは、昨日は顔を合わせなかったな。そういえば最近ちゃんと話してなかったなぁ。反抗期ってつもりはなかったけど、少し冷たかったかな。もっと話しておけばよかった。お父さんが私の事いつも気にかけてくれたの知っていたのにね。ありがとうって沢山言っておけば良かったなぁ。
直実は生臭く鉄臭い子宮に頬擦りをして愛おしげに何度も口付けをし、舌を這わせた。ムクムクと再三射精したにも関わらずペニスがまた血が巡り、膨らみ出すとあっという間にまた天高く怒張した。初めて思うがままに暴虐的な性欲を発散出来る機会で許されるなら彼は朝まで何十発でも射精出来そうな気がした。
表面を綺麗に舐めとってしまうと、その赤黒い子宮を奏美の太ももをまな板替わりにして上に置き、ナイフを斜めにスッ、と入れて薄造りにしていく。切る手ごたえからはかなり身が締まっている。まな板変わりの太ももにまでナイフは食い込んで血が流れた。
綺麗に薄造りにスライスされた子宮に醤油代わりに太ももから流れる血をつけて口に入れた。噛み締めるとかなり歯応えがある。組織がかなり強靭なのかコリっとした食感だ。これは薄くして正解だった。もう少し厚かったら硬過ぎて噛みきれなかったかも知れない。
血の塩っぱさと鉄臭さを楽しみながら、噛み締めていると最初は生臭さが際立ったが段々滋味深い甘みと旨味が感じられる。あくまで内臓だからクセはあるものの。
「あぁ、旨い……」
食べ物をこんなに美味いと思ったのは生まれ初めてだった。これが命を育む女の神秘の味。神の味。彼の眼からはずっと涙が止めどなく流れ続けている。
生まれてきて、本当に良かったなぁ。今までどうでもいいと思っていた、昨日ゴミみたいに殺した両親に直実は素直に感謝を伝えたくなった。だが、両親は昨日死んでいた。親孝行したい時に親はなしとはよく言ったものだ。
——お姉ちゃんも、嫌ってなんかいなかったよ。凄いお姉ちゃんだって尊敬してたんだよ。勝手に私が嫉妬していじけてただけだって、私が悪かったんだ、ごめんね。冷たいって勘違いされるけど、お姉ちゃん本当は優しい人だってしってたよ。
「しかし、まぁ……」
これはもうだめだな。そう奏美の姿を見下ろして思った。指はへし折れ、左腕は変なところで折れ曲がって、右腕も折れて、大きな乳房も避けている。顔も目玉は抉れ、腹はぱっくり解剖されたカエルの様に左右に開いて内臓は引きずり出されて精液をまぶされている。
下半身はまぁ、大分マシだろう。膣は血塗れで精液も残っているがそもそも血は他人のものだし、膣自体は普通の強姦の範囲の荒れ方で、酷い損傷はない。足元太ももに切り傷が入ってる程度だ。
しかしまぁ、全身で見ればもう息絶えててもおかしくない程ボロボロだ。何とかか細く虫の息を続けているが、本当に最後の最後まで生きようとすると人間の底力は凄いものだ。関心すると同時に、動物の浅ましいまでの息汚なさ、往生際の悪さに呆れる思いだ。
もう彼女の瞳は膜がかかって見える虚なもので、恐らく何も写していないだろう。意識があるかも怪しい。これ以上は何をしても反応は引き出せないだろう。
「名残惜しいが、幕を引くか」
立ち上がり、直実は奏美の頭側に回り、腰を降ろした。
そして奏美の顔に手を添えて上に向けると、最後に一つ、まるで愛しい恋人にするように優しく、甘く、口付けをした。
二秒程交わして唇同士を離すと、彼は彼女の喉笛にナイフを当てた。
「俺の名は須藤直実」
「ご、めん、ね、かぁさ、おと、さ……ねぇ……」
直実が名乗ると、それに反応してか奏美が小さくて殆ど掠れて聞こえないうわ言を言った。
「君を殺したモノの名前だ」
そう言うと、直実は鋸引きのように奏美の喉を切り始めた。まず喉の軟骨が断たれ、気道が切り裂かれていく。
「かっ、かかっ……は、」
——あぁ、ここはなんだか、寒いよ。さびしいよ。誰でもいいから抱きしめてほしい。お母さん、お父さん、お姉ちゃん。
——あいたいよ。
ブシュウ!と直実のナイフが頸動脈を破り、一気に頭部の血液が地面にビチャビチャと大量に溢れた。血液を失った脳からスゥッと奏美の思惟が、形なく溶けて、消えていった。
直実は頸椎の間にゴリゴリとナイフを入れて、頭を掴むと、ゴリッ!と頸椎を捻って外して残ったうなじの肉を切り離して、奏美の生首を持ち上げた。彼女の生首は苦しけでもなければ、恨めしげでもなく、さりとて安らかでもない。片目は虚ろまま固まり、口を軽く開いて力ない無表情だった。
ここに、結城奏美という死に方以外は取り立てて語る所がない善良で、平凡な少女は十七年の生涯を終えた。
直実はまだ興奮が治らずペニスを怒張させたまま、満足げに自身が愛し切った少女の生首を鑑賞しつつ考えた。
そういえば、この女やたらと母親の事言ってたな、助けを求めたり……
そこで彼は素晴らしいアイデアを閃き普通の少年のように明るい笑顔を浮かべた。
どちゃっ、と奏美の生首を彼女自身の開かれた腹腔の中、内臓の上に乗せる。
そして、奏美が地面にぶちまけたスクールバッグの中身から彼女の学生証を見つけて拾うと、誰のものかはっきりわかるように広げて奏美の死体の上に置いた。
直実は奏美自身のスマホを使って写真機能で彼女の死体を様々な角度から撮影した。全身像、首の断面、腕、胸、開かれた腹と生首、生首の表情、内臓、恥部、足、吐瀉物から漏らした糞まで余す所なく接写した。撮影しながら彼は自身の肉棒を扱く。
一通り写真を取り終えると撮影モードを変えて動画も撮影する。カメラで舐め回すように撮って、最後に内臓の上に置かれた奏美の生首、その顔目掛けて、ペニスを扱き立て思い切り射精してぶっかける。そこまでを一本の動画とした。
こんな地獄のような楽しみを独り占めするなんて勿体ないではないか。
そう思いつつ直実はメッセージ用アプリを開く。
なべてこの世とは地獄である。ならば楽しまなければ損ではないか、ではせめて皆様方にも地獄のお裾分けだ。
「くひゃっ、ひゃひゃひゃ」
さぁ、人間達よ。地獄で踊り狂え。
………
……
…
結城奏美の姉、結城桜はカーテンの閉まった暗い部屋の中、ベッドの上で頭を抱えて震えていた。
彼女の母親は脳卒中で意識不明で入院中。父親も精神錯乱に陥り精神病院に入院中。ここは、彼女を預かった叔父叔母の家である。
全ては五日前の夜だった。妹、奏美の帰りが遅い。もう完全に日が落ちてから大分経ち、母も父も心配し始めていた。姉である彼女自身はどうせ大した事はないだろうと思っていた。妹が前日母と喧嘩していたのは知っていたから、多分反抗のつもりなのだろうと考えていた。
そんな時、母親が自身のスマホに通知音がなったのに気がつき取り出した。そして暫く何かを見ていた。
その時、桜はテレビを見ていた。
次の瞬間狂ったような、けたたましい絶叫を母親が上げた。おおよそ人間が出したとは思えぬ声。驚愕して桜が母の方を見ると、母は白目を向いて口から泡を吹きながら床に昏倒した。
「お母さん!?」
「うがぁぁぁわぁぁぁぁぁオオッッッッ!」
だが、その時今度は父親の咆哮が響き渡った。ギョッとして今度はそちらを見ると、父はスマホを取り落とし修羅のような形相で頭を掻きむしりながら、激しく嘔吐しだした。
な、なんなんだ? 一体何が起こったのか分からず混乱したまま桜は父に駆け寄った、これに何かあるのかと、なんだか分からないままスマホを拾った。
もしそのままスマホの画面を覗きこんでいたら桜も三人目の犠牲者となっていただろう。
しかし、嘔吐していた父が咄嗟に彼女の手からスマホを叩き落とすと思い切り足で踏みつけ破壊した。
「がァァァァァァッッッォ!」
だが父が出来た理性的行動はそこまでだった。そのまま彼は叫びながら腕を振り回して壁に向かって頭から突進して壁をぶち抜くと、頭が壁の向こうに突き破った状態のまま脱力して動かなくなってしまった。
母親は床に倒れたまま激しい痙攣をしていた。桜はあまりの事態に泣きながら夢中で119番して救急車を呼んだ。
そして通話を切った時、自分のスマホにもメッセージが届いている事に気がついた。妹からだった。
直感的に気がついた。これだ、二人がおかしくなった理由は多分これだ。根拠はないが、桜は恐ろしくなりそのメッセージを見ずに消去した。
そして、救急車に二人に付いて病院に行った。そして母親は凄まじい精神的ショックが原因で脳の血管が破裂してしまったと聞かされ、緊急手術からの入院となった。果たして意識が戻るかどうか分からないと言われた。
父親は同じく精神ショックで完全に発狂してしまい、やはり入院となった。
そして病院で警察から連絡が入った。
妹が殺害されたと。
それが五日前に起こった事。警察からは妹を確認させては貰えなかった。遠回しに遺体の状態が酷い為到底見せられないと言われた。
犯人——まだあくまで容疑者だが——は、妹のクラスメイトの男子だったらしい、須藤直実という生徒だ。ただ、この男子と妹は特に親しいわけではなく接点はほぼなかったようだ。この狂った鬼は、なんと前日に自身の両親を殺して、何食わぬ顔で登校して、ただの快楽殺人のターゲットとして妹を狙い、そして一体どう狂ったらそんな発想が出来るのか、そいつは妹のスマホで自分が殺した妹を撮影して、その画像や動画を妹のスマホの連絡先に手当たり次第に送りつけたのだ。それを見た結果が両親の卒倒と狂乱だった。
両親だけじゃない、親類や友人もそれを見てしまってかなりの人数が病院に運ばれて、やはり入院となった者も多いようだ。
い
しかも、その男はそれだけでは飽き足らずに人の多いネット上やSNS等でそれをばら撒いたらしい。妹の尊厳が破壊され仕切った姿はあっという間に拡散した。そして、直実は逃走して現在行方を捜索中だという。
それが恐る恐る桜がネットで調べた顛末だった。ニュース記事も見たが、どんな風に妹が殺されていたか、触りだけ読んだだけで吐き気が込み上げて何も食べていないにも関わらずトイレで何度も胃液を吐く事になった。
ネット上の声も少し見てみた。曰く、人間の所業ではない犯人は悪魔である。曰く、日本史で最も残虐な殺人。曰く、自分も被害者の画像を興味本位で見てしまい、何日も食事が出来なくなった。
曰く、警察がやるべきはこの男を見つけて逮捕するのではなく、見つけしだい射殺する事だ。曰く、それでは生温い、少しずつ身体の肉を削ぎ落としていって出来るだけ長く苦しめて殺すべきだ。曰く、こんな素晴らしいリョナ画像を提供してくれた彼は神と崇めるべきだ。
曰く、犯人を殺せ。曰く、犯人を殺したい。曰く、犯人を苦しめろ。曰く、犯人を苦しめたい。曰く、探しだそう。曰く、探したい。曰く、殺したい。殺したい。殺したい……
そして他の声として遺族である自分達の事を詮索して、あれこれ情報がばら撒かれていた。意識が戻るか分からぬ母。発狂した父。親戚に預けられた自分。みんなが面白い可笑しく我々の事を暴き立てていた。
ゾッとするものを桜は感じた。須藤直実は、化け物だ。悪魔であり、鬼である。
しかし、この人々はどうだ? 個々人というものが埋もれてしまった大衆の中において、この醜悪な声の数々の悪意なき悪意は須藤直実の邪悪と同じものではないか?
実態なき大衆というものの中でこそ、育まれた悪意はまさしく鬼のそれではないのか?
今や桜にはこの世が魑魅魍魎の伏魔殿に思えた。
そして、何より桜を蝕んでいるのも。罪悪感である。
奏美が殺されたのは、夜になって人気のない公園に一人でいたからだった。
何故そんな所に奏美は居たのか? 前日の喧嘩のせいで家に帰りたくなかったからだ。
何故妹は母と喧嘩したのか? 自分が医学部へ行きたいと言ったことがそもそもの原因だった。
そう、考えれば考えるほど
うぁぁぁぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。こんな事になるなんて思わなかったんです。ごめんなさいごめんなさい。だって皺寄せが妹に行くなんて全く予想してなかったんです。だから私は悪くない悪くない。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
そういう思考が巡るうちに、段々と更なる罪悪感が募る。私が全ての元凶なのに、そのせいで両親も妹もああなったのにどうして自分だけはのうのうと無事でいるのか?
私のせいで死んだ妹の最後から私だけが目を逸らし続けている。逆ではないのか? 自分だけは見る責務があるのではないか?
見たらただではすまないと分かってはいて、そう思わずにはいられない。それは自分だけが無事であるというサバイバーズギルド、いや、ただの自壊衝動だったのかも知れない。
スマホを取り出して、震える指で操作する。拡散されているだけあって、すぐに妹の最後の画像や動画らしきものは見つかった。
見たら、後には戻れない。見たら、後には戻れない。それでも、眼を背ける訳にはいかない。
桜はまず見つけた動画を再生した——
二時間後、心配して様子を見に来た叔母は部屋の中で電気コードを使って、桜が首を吊って死んでいるのを見つけて近所中に響き渡るような金切り声を上げた——