――今日は〇〇号室だ。
メッセージの通知を見る。
だけど、返信はしなかった。
何故? だって、わたしは……復讐しに来たから。
きっと、わたしは人殺しになるから。
もう、それくらいしか、道がないように思えたから。
それなのに、竜さんと約束をして。
その約束に、胸がときめいたりして……。
そりゃ、竜さんはびっくりするくらい、タイプなんだけど。
それ以上に、なんだろう。
上手く、言い現わせないけれど。
こうやって、メッセージを送ってくれることにも、とても喜びを感じて。
そう。つまり、また会いたいなって。そう思えた。だから……だから? わたしは、どうしたいのだろう。竜さんが繋いでくれた希望。与えられた情報。
結論から言えば――犯人は、ある意味悲惨な末路を辿っている。
普通の生活を送っている? とんでもない。彼は暴力団の下っ端をずっとやらされて、今は怪しげな商法の勧誘を片っ端からしている。
かわいそうに。なにかあったら、切られる立場。下っ端だけ捕まって、肝心の上は捕まらない。そういう風に奴らは出来ている。
でも、そんなことはどうでもよくて。
お姉ちゃんの殺人を隠蔽したのは、許せないけど。
一番許せないのは、なにもかもを滅茶苦茶にした、あいつだから。
それなのに……。
哀れなあいつに報復することに、虚しさを感じてもいた。
★
部屋とバイト先を行ったり来たりするだけの、そんな毎日。わたしは姉と同じで、そんなにしっかりしている人間じゃない。仕事もころころ変えたりして、自由に生きている。目標? やりたい仕事? そんなものもない。ただ、毎日をなんとなく生きている。それだけ。
だから、復讐は生きる糧でもあった。
なにもかも、人生が悪いのをあいつのせいにして。
そうして、復讐をすればスッキリすると思っていた。
その後のこと? そんなもの、考えていない。
死んでもいいし、どうなってもいい。
わたしは、そんな程度。そういう風にして生きてきた。自分の人生に価値なんて感じていない。
「……疲れた」
夜道。ふらふらと歩く。バイトで疲れたわけではない。ただ、考えるのに疲れた。
わたしはこれからどうしたいのか。どうありたいのか。竜さんに……会いに行くのか。
色んな考えがぐるぐる回る。わからない。どうしたらいいか、わからない。そんな風にして、考えて、考えて。あの漫画喫茶の近くまで来た。
竜さんのメッセージには返信していない。でも、今日は来ているらしい。
……会って、どうすればいいんだろう。エッチするの? 何事もなかったかのように? なんだか、違う。しっくりこない。
わたしとあの人は、ただの遊び相手……。
わかっている、そんなこと……。本当は、その程度の関係。
だから、わたしがこうやって会いに行くのは、違う。約束を果たすのは、なにか納得がいかない。
……どうして? どうして、納得がいかないって、思うんだろう。わからない。難しい。わたしは踵を返した。瞬間――覚えのある顔と、すれ違った。
「あ。あなた……」
わたしは目を丸くした。竜さんと一緒にいた、あの美人なお姉さまだったからだ。
★
お姉さまはとても不器用な人だった。三島 凛、というらしい。
顔を赤くして、照れたように「一緒にごはんでも食べにいかない?」と誘われた。
……竜さんと、どういう関係なのだろう。わたしなんかよりもずっと、ずっとしっかりしてそうな人だった。ビシっと着こなしている、かっこいいスーツ姿。スタイルの良い後ろ姿。スーツ越しだけど、胸だってかなり大きいことがわかる。むうう、完璧人間じゃないか。わたしには眩しい……。収入とかも安定していて、すごいんだろうなあ。
「あの」
「ん?」
「竜さんと、どういう関係なんですか?」
つい、口に出してしまった。三島さんは目を丸くして、答える。
「ただの同僚よ。で……ま、まあ、成り行きで遊んでいる。それだけ」
「かっこいいですよね」
「え?」
「竜さん」
「……そうかもしれないわね。多分。多少。ちょっと」
ごにょごにょ、と三島さんは歯切れ悪く言う。美人なお姉さまだけど、可愛い。こういう感じなんだ、この人。
「で、一番かっこいいところは、やっぱり……」
「なによ?」
「おチンチン。すごい気持ち良い」
「わー、わー!? あなた外でそういうこと言うんじゃないわよ!」
「え? だって、そうでしょ? お姉さまも、そうじゃないの?」
「うっ」
「すごかったでしょ?」
三島さんは言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にした。
「す……すご、かった」
ごにょごにょ可愛い。お姉さま、絶対にモテる。
★
三島さんが連れてきたのは、お寿司屋さんだった。だけど、回らない奴だ。高いんじゃないかと思ったが、それほどでもなかった。お酒とかおつまみも出る、大衆的なお店だった。職人さんがいる真ん中をぐるりと囲うようにカウンターが並んでいて、ものすごく賑わっている。こんなお店あったんだ。なんかこういうところを知っているっていうのも、ビジネスウーマンらしくてすごいなあ。
三島さんの隣に座って、職人さんににぎりをオーダーする。基本、こういう形で寿司が来るようだ。
回る奴しか行ったことないから、なんだか、それだけで新鮮だ。
「二人って、なにかあった?」
三島さんが、ハイボールを飲みながらそんなことを言った。わたしはお酒が苦手だから、ソフトドリンクでウーロン茶を飲んでいる。
「竜さんとってこと?」
「そうよ。つーか、あいつがなんか様子変なのよ」
「そう、なの?」
「やりづらいったら、ありゃしないわよ。急に仕事に打ち込んだり。かと思いきや、心ここにあらずという感じでやらかすし。あの漫画喫茶にも行っているようだけど、なんかノリ気じゃなさそうというか」
「はあ……」
「……あと、あなたのことを聞くと動揺する」
「わたし?」
「だから、なにかあったんじゃないかって」
「……」
そんなこと、あるのかな。あの竜さんが、わたしのことを心配するのかな……。
辺りは騒がしい。仕事終わり。酒もあいまって、大声でみんな会話している。
「お姉さま」
「なに?」
「お話、聞いてくれる?」
「それは……悩み事?」
声のトーンでそう判断したのか、そんなことを言う。わたしは頷いた。
「すごく、すごく暗い話になるの。それでもいい?」
「いいわよ。話してみなさい」
三島さんは大人な包容力を見せて、そう言った。その表情はほんの少しだけ、お姉ちゃんに似ていた。
★
わたしは全てを話した。復讐のこと。竜さんとのこと。
そして今、迷っていること。
殺人というキーワードが出てきて、さすがに三島さんは驚いたような顔をしたけれど。真剣に、最後まで聞いてくれた。
「あなた、本当に島部が好きなのね」
「うん」
迷いなく、頷く。三島さんはふう、と息をついた。
「だから、見返りを求めている」
「見返り?」
「そう。恋は一方的ではいられないでしょう? 見返りがないと、ただの片思いになっちゃうわ」
「うん」
「だから今のあなたは、二つの天秤で揺れているの。なにもかもを捨てて、復讐をすること。それか、島部のところへ行くか。でも、島部のところへ行くあなたは、恋人としてのあなたじゃない。あくまでもあの漫画喫茶での、遊び相手として。だから、二つの天秤が釣り合っていない。復讐に傾いている」
「……」
「そう思うと同時に。どこかで、見返りを求め始めている。島部が、あなたの想いに答えるんじゃないかって。それだったら、天秤は傾く。島部の方にね。違う?」
「……」
「でも、そう思える確信がないから。小さな可能性しかないから。だから、どうしたらいいかわからなくなっている」
わたしは三島さんの顔が見れなくなった。頬が熱くなる。竜さんのことは好きだ。でもそれが、こんな形で言い現わされると、とても恥ずかしい。
「竜さんって、彼女いる?」
問いかけに、三島は笑った。
「絶対いないでしょ。じゃないと、あんなチャランポランなことしないわよ。あなたみたいな可愛い女の子をもてあそんだりもね」
「わたし、竜さんに好かれたいのかな」
「今の話を聞く限りでは、そういうことだと思うわよ。どんなに好きな人でも、好きになってもらっている実感がないと、やっぱり好きになりきれないじゃない?」
「お姉さま、やっぱり大人」
「え? そ、そう? あ、あははは……実体験っていうよりは、ドラマとか小説の受け売りなんだけど(ボソボソ)」
「なにか言った?」
「独り言よ……」
何故か、三島さんは少しだけ落ち込む。なんでだろう。お酒入っているからかな。
★
「美味しかったー! ご馳走様でした、お姉さま」
三島さんはおごってくれた。器が大きい人だ。素敵。大好き。
「いいのよ。ただ……なんだか、心配になったわね」
「なにが?」
「なにがって、あんなダークな話聞いて、はいそうですかで見送れると思う? 不安になるじゃない」
「大丈夫。わたしは元々、ダメ人間だよ」
「全然大丈夫じゃないわよ。ねえ、あなたとりあえず……」
「とりあえず?」
「……島部に会うのは、ダメなの? 話し合いなさいよ」
たしかに問題を解決するのは、そういうことなのかもしれない。
でも、ダメだ。会ったら、それはわたしが竜さんを選んだことになるから。
わたしは首を横に振った。三島さんは残念そうに柳眉を曲げる。
「そう。そういうと思ったけど……じゃあ、こうしなさい」
「なに?」
「わたしにあなたの連絡先を教えて。そして、どうしても復讐の道を選ぶとなった時。その時は、必ず連絡をしなさい」
「……もし仮に、わたしがその約束を守ったとして。そんな連絡を受け取ったお姉さまは、どうするの?」
「決まっている。止めるわよ。だって、明らかじゃない」
三島さんはまっすぐに見据えて、そう宣言した。
「それが、島部の意志でもあるのだから」