二次創作ものを新しく書いたのでハーメルンにも過去作を載せておきます。
スラム街に暮らす少女リタは、壁の内側と比べて治安の悪いスラム街にあってなおずいぶんやんちゃと言ってよい子供だった。
喧嘩っ早く男勝りなリタはいつも誰かと喧嘩しては怪我をして、身寄りのない彼女を拾って面倒を見てくれていたジョンおじさんに叱られてばかりいた。
同い年で、ジョンおじさんの血の繋がった息子のジーンは気が弱くて泣き虫だったからよくスラムのほかの男の子たちに虐められていたがいつもリタが追い返してやる。
しかし、男の子たちの兄貴分のずっと年が上のやつらが出てくると二人でボコボコにされた。
リタとジーンが10歳の時、二人が路地裏に布を張っただけの家に帰ってくるとスラムの若い男たちが集まってジョンおじさんを殴っていた。
やつらはジョンおじさんがやっていた商売に難癖をつけて遊んでいた。
スラムではよくある風景だったが、ジョンおじさんは体のあちこちが悪くそれゆえに仕事を失いスラムに流れてきた人物であり、遠慮のない若者の暴力に耐えられず死んでしまった。
死んじまったぜなどと笑うやつらにリタの頭の中で何かがぷつりと切れる音がして、リタは夢中でこぶしを握り締めて飛び掛かった。
いつもボコボコにされる年上の子供たちよりさらに年上の男たち相手に勝ち目なんてなかったが、それでも飛び込んだリタの足元で石畳が砕け散った。
いつも殴り合いを楽しんでいたが、今の俺にあるのは強い喪失感。悲しみ。怒り。
命のやり取りすら日常茶飯事のこのスラムで、俺が誰かを殴って帰ってくればいつも叱ってくれる心優しいジョンおじさんはもういない。
なんてことはない、スラムで毎日死んでいるたくさんの人の一人になってしまった。
俺の身体には腹の底から力があふれていた。
のちに魔力と呼ばれていることを知ったその力は俺の全身を巡り、全力の踏み込みは石畳を割り砕いた。
男たちは懐に飛び込んだ俺を認識できていない。
身長差のせいでちょうど真正面、正拳突きの位置に来る鳩尾を勢いそのまま殴りつける。
大の大人が数m吹き飛んで壁に叩きつけられる。
「は?」
何が起きたかわからない男たちは残り3人。
その場で飛び上がり空中で一回転。ひねりをつけて、今しがた吹き飛ばした男の隣に立っていた男の頭を蹴り落とす。
顔面が地面にめり込んで沈黙。あと2人。
「て、てめぇ!?何してくれてんだぁ!」
いち早く再起動して殴りかかってきた男の拳の内側から腕を当てて外に逸らす。
射程に入った脛を軽く蹴ればたまらず膝をついて頭が下がってくる、ところでハイキックで顎を打ち抜く。あと1人。
「が、ガキが舐めてんじゃねぇぞぉ!?」
最後に残った一人が錯乱気味にナイフを取り出して襲い掛かってくる。
「リタ!危ないよ!」
ジーンが叫ぶ。
大丈夫だよ、と目配せして足元の石をひとつ拾う。
ピッ、とそれを投げると同時に走る。
男は飛んでくる石に驚いて意識が逸れる。
その瞬間、姿勢を低く、地面を這うように走り込みナイフを握る手首を手刀で強く叩いた。
ガラン、とナイフを取り落とし呻く男の顎をアッパーカットで殴りつけて沈めた。
「……ジーン。ジョンおじさんを弔おう」
「う、あ……お父さん……あ、あ、うあああん!!」
「泣くなよ、男だろ……ぐすっ……泣くなって」
俺たちは二人でジョンおじさんをスラムの外まで運び、穴を掘って埋めた。
家に戻ると男たちはもういなくなっていた。
これからは俺たち二人で生きていかなければならないのだ。
俺はともかくジーンはジョンおじさんの息子だ。必ず俺が守ってやらなければならない。
その日から俺が喧嘩で負けることはなく、スラムを牛耳るギャングに腕を買われ用心棒に雇われるようになってからはある程度安定した暮らしをすることができるようになっていた。
金の実入りもいいし、ギャングがにらみを利かせているこのスラムではギャングの傘下にいる限りジーンが一人でいても危ない目にあうことはないからだ。
だがジーンは繊細で心優しいやつだ。こんなスラムで生きて行けるようなやつじゃないし、こんなところにいるべき人間じゃない。
ジョンおじさんのようにこのスラムに殺させるわけにはいかない。
俺はある日ジーンに提案した。
「ジーン、ずいぶん金も溜まってきたよな?」
「う、うん……リタのおかげでね」
「じゃあよぉ、そろそろ冒険者ギルドに入らねぇか?」
スラムに暮らす住民たちには文字通り市民権がない。
俺たちが市民権を得、真っ当に暮らしていくための方法は2つ。
ひとつは移住の届け出を出し、このグレンヴィル王国の国民となること。この届け出を受理されるためには他の国の国民としての市民権を持っていることが前提条件だから実質不可能だな。
そしてもう一つは冒険者としてAランク以上の認定を得ること。冒険者になるのに市民権は必要なく、Aランク以上の冒険者証には市民権と同様の権利が付与されている。Aランクは冒険者ギルドでもかなりの上澄みだし、それまでの素行など冒険者ギルドからの査定だってあるがスラム出身の冒険者でこの方法で市民権を得た人間は実際にいる。
「でも、僕じゃ冒険者なんて無理だよリタ……」
「大丈夫だって!俺が守ってやるから!」
「そ、そんなの悪いよ!」
「今だって俺に守られてるようなもんだろうが!変わりゃしねぇよ。つぅか前からそうするって決めてただろ?」
「そうだけどぉ……わ、わかったよぉ……」
「よし、決まりだ!じゃあ俺はこれから用事あっから、留守番頼んだぜ」
「い、いってらっしゃい、リタ」
そうと決まればギャングたちに、これからは付き合えないことを伝えなければならない。
ギャングのたまり場になっている酒場に赴くとちょうど顔役の男、サイラスがいた。
「おうリタ、どうしたよそんな真剣な面して」
頭を刈り上げ、目元に大きな傷跡の残る大男がギロリとこちらをにらみつける。
「……サイラス、今まで世話になった。前々から話していた通り、俺たちは冒険者になる」
「ふーっ、そうか……寂しくなるなぁ。お前の強さは本物だ。お荷物一人抱えてもAランクになるのは不可能じゃないだろう」
サイラスは吸っていた葉巻の煙を天井に向かって吐く。
「ま、精々がんばれや。ほら、さっさと行け!」
前々から話していたことだとはいえあっさり話が通ったことに驚きつつも、引き留められないならいいかとジーンのもとに帰る。
(俺たちギャングと係わってお日様の下歩けるわけねぇだろうが……)
閉じた扉の向こうでサイラスがつぶやいたことは俺の耳には届かなかった。