その新人冒険者の噂はすぐにギルド中に広まった。
赤い髪を短く切りそろえた気の強い少女とおどおどした黒髪の少年の二人組。
少年の方は何の特徴もない子供だったが、少女は違った。
この街のギルドに所属する誰よりも強く、誰よりも喧嘩っ早い。
舐めてかかったベテラン連中をあっけなく伸してギルド入会の挨拶にした話は彼女を語るのに欠かせない逸話だった。
そしてその少女は美しかった。
男勝りな言動や身なりでも隠し切れない魅力。
未成熟な肉体からはすでに甘い色香を漂わせ男を誘う。
むしろその言動が、少女に女を教えてやりたくなるスパイスとして機能していた。
少女は無防備にその肢体を晒して挑発し、男たちは小さな体を組み伏せて生意気な子供を教育し大人を教えてやらんと息巻いた。
ギルド中の男たちが彼女を狙っていたが、彼女は決して相棒の少年から離れなかった。
どうやら市民権を持たないらしい彼女を無理やり犯してしまおうと手を出した連中もいたが、当然返り討ちにあった。
冒険者としても破竹の勢いで結果を残す彼女は今やギルド中の注目の的だった。
そうして彼女たちがたった1年でGランクからBランクまで駆け上がったころ、新しい噂が男たちの間で広まり始めた。
俺たちが冒険者になってちょうど1年が経ったころだった。
目標のAランクの一歩手前、Bランクになった俺たちは祝賀会を開いていた。
2人で酒場で飲み食いするだけだが、普段はある程度節制しているところを好きなものを好きなだけ頼んでいいことにしている。
冒険者になって最初のころは装備を整えたり宿に泊まったりするお金と依頼の報酬額が釣り合わず貯金が減っていく一方で休みを取る余裕もなかったが、最近は随分余裕が出てきていた。
だからだろうか。少し、気が緩んでいたらしい。
「リタ、僕ちょっとトイレ行ってくるね」
「おう、気ぃ付けてな」
俺たちのように市民権のないやつはどんな目に遭っても文句は言えない。
だからスラムではもちろんこうして街に来てからもジーンを一人にさせないようにしていた。
にもかかわらずこの時、俺はジーンを一人でトイレに行かせてしまった。
ジーンはいつまで待っても戻ってこなかった。
「リタ。ジーンが心配ならあの酒場まで来い」
背後から聞こえた聞き覚えのある声に俺は舌打ちを返すしかなかった。
スラム街———ギャングの経営する酒場。
俺は再びここに戻ってきていた。
「二度とここに来るこたぁねぇと思ってたんだけどな」
「そう連れねぇことを言うな、リタ」
酒場に備え付けられたステージに頭を刈り上げ、目元に大きな傷跡の残る大男、ギャングの顔役サイラスが立っている。
「むう!ううううう!」
その足元には手足を縛られ猿轡を噛まされたジーンが転がされている。
「単刀直入に言おう。金貨1000枚渡せばジーンと交換してやる」
「あ?無理に決まってんだろ。冗談言ってる場合か?」
金貨1枚でも夫婦が街でひと月慎ましく暮らすのには十分。一生金貨を見ることなく人生を終える人だって別段珍しくもないくらいだろう。
金貨1000枚など途方もない金額。とても正気とは思えない提案だった。
「冗談じゃあねぇさ。払えねぇ分は貸してくれるやつがいる。もっとも、条件付きだがな」
「そういうことならジーンを交渉の場に連れてきたのは失敗だったな!」
条件がどんなものにしろ金貨1000枚の借金など人生の終了とほぼ同じ意味だ。
ジーンを回収して逃げる!選択肢はこれ一択!全速で飛び込む!
「ま、お前ぇならそうするだろうなぁ」
突如、どこからか噴出した白いガスが部屋に充満し始める。
何のガスかは知らないが吸ったらヤバイことくらいはわかる。
部屋にいるギャングたちがガスマスクなど着けたりしないところを見るに麻酔や睡眠か?少なくとも毒ではなさそうだ。
「どけやサイラス!」
「ぬぅ!!」
ジーンの前に立ちふさがるサイラス。
柔道のように手を前に出しこちらが動けば掴もうとしてくる動きで徹底してリーチの差を押し付けて時間を稼ごうとしてくる。
巨大な手のひらをひとつ弾いて捕まらないようにしても懐に潜り込むほどの隙は作れない。
サイラスをやり過ごしてジーンを回収すること自体は簡単だろうが、ジーンを背負った状態でサイラスの横を再度抜けられるかというとそれは難しいだろう。
周囲のギャングたちが飛び掛かってきてくれればその身体を盾にサイラスに攻撃するチャンスも作り出せるだろうが、サイラスが倒されるまでは近づかないよう指示でもされているのか距離を保って出入り口をふさいでいるだけだ。
そうこうしているうちにガスに飲まれたギャングたちが床に崩れ落ちて寝息を立て始めた。
どうする!?一度退いて体勢を立て直すか?
出入口は扉ひとつだけ。ギャング御用達のこの酒場に窓はない。
「逃げるか!?だがジーンはどうする!?」
「うるせぇジーンを殺してみろ!お前ら皆殺しにしてやる!」
「ふはは!殺さずともいくらでも苦しめる方法はあるわ!」
「クソッ!———だらぁ!」
気焔を上げて飛び込む。
サイラスは反応して右手を合わせてくるが腕を跳ね上げながら姿勢を低くして後ろに回り込む。
後ろに回られたサイラスは左手を中段に振って隙を潰しながら振り返る。
俺はその左腕を踏み台にしてサイラスの顔面に膝を蹴りぬいた。
「さすがリタ、だがこのサイラスこれしきでやられは……ぐぅ」
「へへっ、ステージの下に倒れりゃもうガスが———っ!?」
ギャングはすべて眠った。ジーンを回収して息を止めて脱出すればいいとジーンを背負ったところで出入り口のドアがバン!と開かれギャングたちが乗り込んできた。
やつらはシュノーケルのような装備を付け、巨大な袋を背負っていた。それはきっとガス対策なのだろう。
そして手に持っているのは筒のような道具。
それをこちらに向け、一斉に
「んなっ!?クソッ、なんだこれ!」
発射されたのは網。ひもを引っ張ってから反動で飛ばすだけの原始的な道具のようだが、複数人が同時に使えば効果は絶大。
ジーンを背負った俺ではかわし切れずに網に絡めとられてしまった。
「ぐぅっ!んっ……ぅっ……やめ……っっっ!!ぷはぁっ!———ぁ」
そのまま転げた俺は息を止めて網を外そうともがいたが追加で網をかけられ次第に意識が遠のいていった。
「……チッ」
「目が覚めたか。それじゃあ早速話を進めよう」
ゆっくりと目を開け、周囲の状況を伺おうとするとサイラスと目が合った。
どうやら酒場から移動したらしい。知らない部屋だ。
俺は手足を縛られているらしく全く動かせない。
またサイラスの足元にいるジーンも同じ状態。二人とも猿轡はされていない。
「ジーン、大丈夫か?ひどいことされてないか?」
「う、うん……大丈夫だよ。ごめん、僕のせいでこんなことに……」
「美しい愛情だな。さて、この契約書に契約すると言え。お前らに市民権はねぇが、魔法のスクロールは効果を発揮する」
サイラスが俺たちの前に一枚の羊皮紙をぶら下げる。下の方に俺とジーンの名前がサインされているのが見えた。
「お前らに拒否権はねぇわけだが、魔法のスクロールが効果を発揮するためには契約者が中身を知ったうえで契約に同意する必要があるらしくてな。一応内容を教えておいてやる。『金貨1000枚を”マダム”マティルダからリタへと貸し付ける。金利は年率100%。ただしリタが”新月館”で業務を行う限りにおいては金利はかからないものとし、新月館の給与規定に基づき給与の支払いも行うものとする』。よかったなぁ?市民権ももたねぇお前らに年率100%で貸してくれるやつなんてどんだけ探してもいねぇぞ?ちなみに新月館ってのは今俺たちがいるここで、”マダム”マティルダは新月館の女主人だ」
バカげている。金貨1000枚の返済だけでも一生かかってもおかしくないのに金利まで付けば返済は不可能。実質俺が新月館で働くしかないということだ。
「……俺が毎月少しでも金を返していればジーンには手出ししないと書き加えろ」
「リタぁ……」
「情けねぇ声出すなジーン、男だろ!」
「構わねぇよ?だが坊主は連帯保証人になってもらう。リタが払えなくなれば金貨1000枚、年率100%の借金はジーンが背負うんだ」
完全に違法な貸し付け。もし俺たちに市民権があれば市警が黙っていないはずだ。つまり、冒険者としてAランクになればこの借金はなかったことにできる可能性が高い。なんとか冒険者として依頼を受ける時間を捻出しないとな……。
「まずはリタ。お前からだ、同意しろ。しぶればジーンの爪を1枚ずつ剥がそうか?」
「やめろ!……同意する」
契約書にサインされた俺の名前が淡く光り名前の横に何やら模様が浮かぶ。
「よし、次はジーンだ」
「は、はい、同意します」
ジーンの名前の横にも少し異なる模様が浮かんだ。
「これでいいな。よし、これ持ってけ」
サイラスは契約書を確認すると控えていたギャングの一人に手渡し下がらせる。
少しすると眩いばかりの装飾品と衣服、けばけばしい化粧に身を包んだババアが代車を押しながら入ってくる。
「あんたがリタかい!なるほど、こりゃあ”特別”だね!」
ババアは俺の顎を掴んで覗き込むとニヤニヤと笑った。
「化粧臭ぇから触んな!」
「あっはっはっ、威勢がいい小娘だ!噂通りで安心したよ!アタシが”マダム”マティルダ、あんたの雇い主さ。これが金貨1000枚!たしかに貸したよ!」
「リタ、金貨1000枚を俺たちに渡すか?」
「……あぁ、渡すよ」
「ふむ、なら約束通りジーンを解放しよう」
サイラスが目配せするとギャングがジーンの縄をほどく。
「あとは任せたぞ、マダム……あぁそうだ、ここの従業員はこの館に住み込みで働くことになるからリタはもう宿には帰らん。わかったらさっさと行け、坊主!」
「わ、わっ……!?」
サイラスがジーンをせっつきながら部屋を出て行くとマダムと俺の二人だけになった。
「……で、俺はここで何をすりゃあいい?用心棒か?」
「はぁ?あんたここが何だか知らないで契約したのかい!ここは娼館だよ」
「しょうかん?商売でもするのか?悪いが俺は計算は苦手だから荷運びくらいしか……」
「は、ははは!商売は商売だけどね、娼館は男が女を買いに来る場所さ!お前はここで男に品定めされて、ベッドに一緒に入るんだよ!」
「……は?」
俺は惚けているうちに部屋に入ってきたお姉さんたちにあれよあれよと服を脱がされ風呂に入れられ髪や肌に何やら塗られ、布面積のやたら小さい下着みたいな服を着せられスケスケの着ている意味がなさそうな布や宝石を身に付けさせられていた。
「な、なんだよこれ、ほぼ裸じゃねぇか……」
「ここじゃあそれが制服だよ!着れないなら仕事辞めるかい?」
「あ、あんた俺が仕事やめらんないからってなぁ……!」
「なに、今日はちょっとお客さんの前で踊ってもらうだけ。顔見せみたいなもんさ」
「ぐっ、くそぉ……」
なにせ俺は決して仕事をクビになるわけにはいかない。やるしかないのだ……。
俺は勢いそのままにお姉さんとマダムに簡単なポールダンスを仕込まれ、客の前に放り出された。
「冷静になる前にちっと慣らしてやらないとね」
「あ!?なんか言ったかよババア!」
「何でもないよ!あとマダムとお呼び!」
「くそっ、なぁこれマジで行かないとダメか!?」
「さっさと行きな!」
マダムに蹴り出されステージに転がり出る。
夜も遅い時間だからか客は少ないが皆こちらを見ている。
ローテンポで流れ出した音楽とステージ脇で拳を振り上げているマダムやお姉さんたちに急かされステージ中央のポールに手をかけた。
「うおっ、かわいいな……」
客がこっちを見て何か言っているが緊張で何も耳に入ってこない。
ええい、ままよ!
まずはポールの周囲を回り、布を振り回したりしながら体を見せる。
アピールというのはよくわからないが、とにかく全身のあらゆる部位を見せればいいらしい。
足の裏から頭の先までゆっくりと体を動かして客に見せていく。
そしてマダムから必ずやれと言われているポーズが2つある。
1つ目はこれ!
ポールを掴みながらもたれかかってしゃがみ込み、膝をぱかっと左右に大きく広げる。
マダム曰く”蹲踞”というらしいこの姿勢で露わになった股間の筋に客の視線が集まるのを感じる。
顔が真っ赤になって頭がくらくらする。
「~~~っ!!」
「もっと見せてよ!」
我慢できずすぐに体を持ち上げて立ち上がると観客から残念そうな声が聞こえた。
そのままポールを掴んでぐっ、と体を持ち上げ足を絡ませて両手を離したり滑り降りたり。
これができるようになっただけでもダンスを教えてくれたお姉さんは「初めてでこれだけできるなんてすごい!」と褒めてくれたけど、マダムに指定されたもう一つのポーズができたときはとても驚いていた。
それがこれ。
ポールを両手でつかんで力を込めて身体を持ち上げる。筋力で体を真横まで持ち上げると足を大きく開いて空中でエックス字を作る!
ぴゅう!と観客から歓声が上がった。
少しキープした後姿勢を戻してポールを滑りながらステージに降りるとちょうど曲も止まったようだ。
はぁ~。なんとか終わった。
まだ胸がドキドキするが……。
「キミ!名前は何て言うの!?」
「えっ、俺!?俺はリ……ハイビスカスだ」
客に声をかけられ戸惑ったが、マダムにこの店ではハイビスカスと名乗るよう言われたのをかろうじて思い出す。
「ハイビスちゃんポールダンスやってたの?アイアンクロスなんて大技を見ると思ってなかったよ」
「いや、ポールダンスはさっき教わった。運動は得意だからな」
「ほんとにかわいいなぁ!ねぇマダム、この子いつから客取るの?」
「しばらく待ちな、せっかちな男は嫌われるよ!」
ステージ脇からマダムがカツカツとヒールを鳴らしながら歩いてくる。
「1週間後、客の間にハイビスカスの噂が広まってから競売にかけて一番の高値を出した男にこの子のハジメテをもらう権利を渡そうじゃないか」
「やはり処女か!」
「しょっ……!ババァてめっ!?」
「なんだい、アタシにゃ隠せないよ。ま、出身が出身だ。念のため医者に性病含め確認させるけどね」
とんでもないことを言い出すマダムに食って掛かるがしっしっ、と軽くあしらわれる。
「しかしマダムもとんでもない娘を捕まえてきましたな……」
「捕まえたってな人聞きが悪いね!」
「これは失礼……連中の金づるにされた口ですか。マダムも苦労しておりますな」
「なんにせよ明日からはダンスの後接客にも出すから、常連連中にも伝えといておくれ」
「わかりました。くく…あの"気焔"を喰えるとなればさぞ荒れるでしょうな」
「は!?なんで俺のこと…!」
「"気焔"のリタ。史上最年少Bランク到達者。あなたはあなたの思っている以上に有名人ですよ」
自分のことを知っている人間の前であんな破廉恥なことをしていたと知り、サーッと血の気が引く。
「さて、私は今日はこの辺で。ハイビスカス嬢、またお会いしましょう」
「お、おいおっさん!俺のこと言いふらしたりすんなよ!?」
「はは、善処しますよ」
おっさんはひらひらと手を振りながら去っていく。
「ハイビスカス、アタシらも下がるよ。そろそろ店じまいの時間だ」
「えぇ!ぼくもハイビスちゃんとお話ししたかったなぁ!」
「ひっ……!」
客席からステージの上にビタン!と手をついた禿げた巨漢の男に思わず悲鳴が出る。
「マ、マダムっ、待てよ!」
俺は早々にステージから捌けたマダムの後を急いで追いかけた。
マダムはしばらく歩くと一つの扉の前で足を止めた。
「ハイビスカス、ここがあんたの部屋だ。今日はもう寝ていいよ。ここでの作法はまた明日だ」
「わかった。今日はすげぇ疲れたよ……」
部屋には大きなベッドとテーブル、クローゼットが一つ。そして広いシャワーとトイレ、洗面所が備え付けてある。
俺は疲労のあまり装飾品を机の上に置いて服を脱ぎ捨てるとそのままベッドに倒れ込んだ。