アドネイド家の朝食は、特別な理由がない限りは必ず父クレウス、母ウィンク、そして娘セレスティアが揃って摂ることが決まりとなっている。この日もそうだった。
そんないつも通りの朝食は、セレスティアの「そういえば生涯の伴侶を決めたぞ」の一言に反応したクレウスが、飲みかけのミルクを噴出したことで中断となった。
「ベティ」
「うっす」
セレスティアの合図によって動いたベティが、シュウについての資料をクレウスとウィンクにそれぞれ配る。
噴出したミルクの後始末を終えてから資料に目を通したクレウスは、怪訝そうにしていた表情を徐々に青ざめたものにさせ、ひとしきり読んだ後に「ふぅ」と一息ついてから、震えた声でセレスティアに訪ねた。
「このシュウという男が、ティアの伴侶だというのか?この飲む、打つ、買うの三拍子揃って、唯一の取柄と言えた神官職すら外されたこの男を、伴侶に決めたというのか?」
「そうだ私のダーリンだ」
「ふ、ふざけるな!!」
ダンッと、クレウスがテーブルを叩いた。
元冒険者であるクレウスだけあって、その音は屋敷中に聞こえるのではないかというほどの大音量だ。
「つい昨晩も他の女と盛り合って、しかも相手は訳あり聖女様!将来の伴侶どころか明日には晒し首になっていてもおかしくない男!ティアはそんな男を伴侶に迎えたいと言っている!なんていうか、もうどこからツッコミを入れたら良いかわからんわっっ!!」
クレウスの怒りは尤もである。まともな親ならシュウを認めたりはしないだろうが、残念ながらセレスティアがまともではなかった。
「クククッ、アハハッ 流石は私の娘だ。私だってクレウスとのことを認めてもらうときは、それはもう散々に言われたもんさ」
激昂するクレウスとは対照的に、母ウィンクは楽しそうに笑っている。
そしてフッと懐かしむように目を細め、ウィンクは続けた。
「クレウスは冒険者だった当時、パーティーにイイ仲の女仲間が二人もいた。強力なライバルだと思ったよ。けど、奪い取って私のモノにした。相手に既にパートナーがいるのだとか、そんなことは大した問題ではないわ」
いや大した問題だろう?と、クレウスは思ったが口には出さなかった。
「『ねだるな、殺してでも奪い取れ。さすればお前の物は私の物。私の物は私の物』それがアドネイド家の家訓だったな。私もそれにのっとった」
ふんすっと鼻息荒く、得意げになってセレスティアは胸を張った。
ひどい家訓だ、とクレウスや使用人一同はげんなりしながらやり取りを聞いている。
「シュウという男を選んだことについては何も言わないわ。むしろ、ティアがそれだけ夢中になれる男を見つけられたことを喜びたい気分よ」
シュウについてウィンクが肯定的な発言をしたことでセレスティアは一瞬頬をほころばせる。が、次に続く言葉はそんなセレスティアの期待を打ち砕くものだった。
「けど・・・いまその彼のためにオーバーキルを使うというのだけは許容できない」
微笑を浮かべていたウィンクが、スッと真顔になってそう言うと、場の空気がピリッと張りつめた。
セレスティアは自身の伴侶の相手をシュウと決めたことの他に、今危険な立場であるシュウを帝都から逃がすためにオーバーキルを中心としたトンプソンの協力を求める旨を両親に伝えていた。
シュウは帝都の中心地で今呑気にこともあろうに聖女とおたのしみの最中だが、今にでも教会が派遣した聖騎士団に突入され捕縛されてもおかしくない身の上。誰のサポートもなく、シュウが帝都から脱することなど不可能であると言えるし、連行されてからの刑を執行される前に突入した騎士に殺されてもおかしくない。
セレスティアは、そんなシュウを救うためにトンプソンの組織力を使わせてもらおうと考えていたのだ。
しかし、当然ながらその行為にはアドネイドにも相応のリスクが降りかかる。
「そうだ。聖女と言えば聖神教会。聖女に手を出したその男は、教会からすれば『神敵』。そいつを助けようとするならば、我々は教会と抗争になる。流石にそんなことを許せるわけがないだろうが。ティアが思い入れするからにはなんとかしてやりたいが、もはやこればかりはどうにもならない。諦めなさい」
諭すように言うクレウスを、セレスティアはキッと睨みつけた。
その迫力にクレウスは思わず少しだけチビってしまう。
「ティア」
落ち着いた、それでいて底冷えするような圧のある声でセレスティアの名を呼ぶウィンク。
凍り付いた空気の中で、ウィンクは続けた。
「ティアの我儘で『アドネイド式歓迎の儀』の際にオーバーキルの動員を許したわ。けど、あのときにあまりにやりすぎてしまって、官憲の偉いさんから苦情が私に寄せたられたの。次に問題を起こせば、私は奴らの顔を立てるためにも数日ブタ箱に行かなくてはならなくなるわ。あそこの飯はまずいし、夕食にワインも出ないからもう行きたくないの」
そこで一旦「ふぅ」と物憂げなため息をついて、目を伏せるウィンク。
トンプソンは帝都で巨大な力を誇る勢力の一つだが、それでも無敵というわけではない。やっていることがやっていることだけに、投獄経験がウィンクにはあった。というか歴代のアドネイド家の女達は大体が経験しているという。
それでも貴族でいられるところは、絶大な実力者であることの証明なのだが。
「わかるティア?あなたの行動の裏には責任が付きまとう。今回も動員すれば、大きな問題が発生するわ。今回ばかりは後始末が大変なことになる。だから諦めなさい」
諭すように言うウィンク。
クレウスがそれに続いた。
「・・・ティア、お前はまだ子供だ。だから視野が狭くなっているだけなんだ。これから先、他にいい男はいくらでも見つかるだろう。例えばほら、スリーロック侯爵令息・・・ジード君なんてどうだ?」
「誘導下手ぁ!私にはもうダーリンしかいねぇんだ!自分でもわかるんだ。これが最初で最後の恋になるって」
クレウスの下手な誘導に、ハッと我を取り戻したセレスティアは反発する。
「まだ子供なのに何を言ってるんだ!大体が、このシュウという男は既に他に相手がいるじゃないか!ティアにはこの男だけだと思っているかもしれないが、この男からすればティアはうまく彼に取り入ったところで数多いる女の一人でしかないんだぞ?それでもいいのか!!?」
「私は愛人くらいは認めるよ。ダーリンはそれが許されるだけの男だと思ってる。むしろここで私が恩を売れば、悠々と正妻ポジションが取れるじゃねぇか」
「んがっ!?あ、あい・・・」
娘の口から出る愛人という言葉に、クレウスは絶句する。
ウィンクは「ふふ、若いわね」と微笑んだ。
「愛人だとふざけるな!ティアの夫として迎えるということは、アドネイド家の婿養子なんだぞ!婿養子の分際で愛人だなどと、そんなの認められるわけがないだろうが!!」
正気に戻ったクレウスは激昂する。
ドレーク帝国において、貴族が愛人や側室を持つことはそこまで珍しいことではない。美女やそこそこの家柄の女を囲うことは、力を誇示することに繋がるからだ。
だが、子爵家という低位貴族であり、なおかつ婿養子という家でも弱い立場である男がそれを持つことは、常識的に考えられないとされている。
「・・・」
顔を俯かせ、黙りだしたセレスティアを見て、「もっともな反論を受けて沈黙したか」とクレウスは思った。
(計画通り・・・)
だが違った。
セレスティアは論破されて言葉を失ったわけではなかった。俯いていたのは、人に見られないようにほくそ笑んでいたからだ。
「・・・ティア?」
怪訝な顔をしているクレウスの前で、フッと顔を上げたセレスティアは、ビシッとクレウスを指さしてとんでもないこと言い出した。
「いやその理屈はおかしい。だってパパは愛人を二人も囲っているじゃねぇか」
この日、セレスティアは二つの嵐を巻き起こした。
一つ目はドレーク帝国、二つ目アドネイド家に、だ。