ライルが憲兵団に拘束されてから一週間後・・・
ライルが放り込まれている独房の扉が乱暴に開かれると、看守が不機嫌そうに「釈放だ」と言った。その言葉の直後に入室したのはアイラ。アイラはライルがベッドの上で震えているのを見つけた。
「やめてくれよ~もう在りもしない凶器を探してお尻をいじくり回すのをやめてくれよ~ あはっあははっ・・・セクハラ大王の僕だってやるときゃやりますよ~ 僕が~僕が僕が僕が僕が僕がカツ丼で~~す あはっ」
口から涎を垂らし、虚ろな目で独り言をぶつぶつ言っているライルを見下ろし、アイラはホッとしたようにため息をついて言った。
「良かった。何とか壊れる前に間に合わせることが出来ました・・・」
「いや、どう見ても壊れてんじゃんヤバいじゃん」
どう見ても精神の錯乱しているライルを見て、呑気なことを言っているアイラに思わず看守は突っ込んだが、アイラは気にするでもなくライルの頭を撫で「良く耐えましたね」と声をかけた。
-----
「あーっ!くそっ!どうして僕があんなひどい目にっっ!!」
憲兵団から解放されたライルは、アイラに連れられて大衆食堂に入り、そこで無理やりに食事を勧められていくうちに自我を取り戻し、やがて勾留時の愚痴を口にするようになっていた。
勾留時にろくなものを食べられなかったのか、愚痴を口にしながらも次から次へと料理を注文し、空になった皿がみるみると積み重なっていく。
「ったく、こんな底辺が来るような安い店の固い肉だというのに、うまくてうまくて仕方がないよ!こんな底辺食でも檻の中で出された飯よりずっとマシだ!」
食事にがっつきながらも文句を言うライルに、給仕や周囲のテーブルについている客が苛立ちの視線を向ける。
「・・・勇者様。お食事を堪能しているところ大変申し訳ありませんが、ご自身の発言にはもう少し気を付けてください」
「・・・え?」
ライルの発言で周囲の空気が悪くなっていることを察したアイラが苦言を呈すると、ライルはきょとんとした表情を浮かべた。
アイラはそんなライルを見て、無表情ながらも内心げんなりして(自覚ナシかよ)と小さくため息をつく。
ライルは冒険者として名を上げて生活水準が上がるにつれて傲慢になり、ナチュラルに庶民を見下す傾向があったりして、実は女性だけでなく男からの評判もそう良いものではなかったりする。
それもライルが勇者としての地位を今脅かされている要因の一つであった。
「勇者様は帝都民からの評判が悪いです。それが今、ご自身の立場を非常に危ういものにしています」
自覚のないライルにアイラが言った。
ここでライルは取り調べ(という名の拷問)でイスイに言われた無意識セクハラのことを思い出す。もしかしてセクハラだけでなく、無意識な発言でも敵を作っているのかとようやくライルは気が付いた。
「様々な人の名を借りて、今回はどうにか仮釈放に漕ぎつけましたが、勇者様の悪評がなければもっとスムーズにいきましたし、そもそも勇者認定の凍結も」
「ちょ、待てぃ!」
クドクドと小言を言うアイラの口から、聞き捨てならない単語を聞いてライルが思わず発言を遮る。
「仮釈放・・・って、今言ったの?僕の無実が証明されたとか、勇者特権の復活で超法的に無罪放免だとか、そういうのじゃなくて?」
仮釈放。
今は一旦自由の身ではあるが、またも地獄の監獄に戻される可能性のある言葉。
精神がクラッシュするほどの地獄を見せられた監獄に絶対に戻りたくないライルは、信じられないといったように目を見張ってアイラに問う。
焦るあまりに、口元に食べかけのステーキのソースがついたままだ。
「そう、仮釈放です。いまだ完全に自由の身になったわけではなく、今後の勇者様の行動と結果次第で再び憲兵団に身柄を差し押さえられます。そうしたら聖神教会の聖騎士団からも身柄を要求されている点から踏まえても、二度とシャバに出ることは出来ないのではと思われます」
「な・・・」
「具体的には、勇者様が本当に『勇者』として有用であるかどうかがこれから厳しく審査されることになります。帝都で起こした問題行動を考慮しても、それらを上回るだけのメリットをもたらしてくれる存在である・・・と思わせるだけの実績をこれから積む必要があるのです。ぶっちゃけ、これまでと同じような活動をしていたら再び収監されてしまう公算が高いと思われます」
ライルは言葉を失った。
「サーラ達が暴れた結果、帝都では家屋倒壊など甚大な被害が出ていますし、レーナがかけていたという認識阻害の魔法によって精神的に廃人になった者がいたり、ホモのカップルが多数成立したりと冒険者界隈での損失も凄まじいものになっています。『光の戦士達』は今や、帝都に巣食う病魔のような扱いなんです。凄まじくヘイトを集めている状態です」
アイラの言葉に「それ僕のせいじゃないじゃん」と反論したかったが、そのサーラ達の起こした行動について責任を取るのが『勇者』の義務であることはイスイに聞いて知っていたので、ライルは釈然とはしなかったが黙っていた。「ホモのカップルってなんだよ。マジでそいつらの勝手じゃん」と、本当に釈然とはしなかったが。
「勇者様。まずは早急に新パーティーを組み、実績を作らなければなりません。今までより上級の魔物を多く倒すとか、魔王を倒すとかそういうわかりやすい実績を」
「前より悪いところからスタートなのに、普通に考えて前以上の実績なんて作れるわけないじゃん!」
どう考えても無理がある状況にライルが吠える。しかし、そんなライルに対し、アイラは冷めた視線を向けるだけ。
「それでもやるしかないんです。仮釈放を勝ち取っただけでも儲けものなんです。この工作のために、かなりのお金を使いました。拠点すら差し押さえられている今、私たちは食費から宿泊費までいろいろ切り詰めないとやっていけない状況になっているのです。ここでの食事だって、仮釈放されたことのお祝いみたいなもので、次からは更にランクを下げた食事になります。そのうちにもやしだけで食いしのぐ可能性だってあります」
「・・・は?」
アイラの口からさらっと出た新たな新事実に、ライルは茫然とする。
「憲兵からすれば犯罪者の拠点なので、私たちの拠点は捜査のために封鎖されています。あと私たちは犯罪者扱いなので、皇帝陛下に謁見して勇者特権の復活の直談判はできません。銀行口座も凍結です。えーとそれから・・・」
「もういい!聞きたくなーい!!」
ライルは半泣きで耳を塞いだ。現実逃避してしまいたい気持ちでいっぱいである。
名誉も、金も、女も、全てを一瞬にして失ったライル。どうしてこんなことになったのかと自問自答する。しかし、誰かのせいにしたいが自分の顔しか思い浮かばない。すべては自分がシュウを追放してから起きたことなのだ、と。
「ハッ・・・!」
ライルはここで気付いた。一発逆転の案に。
「サーラ達を・・・僕のハーレム達を再び僕の仲間に呼び戻す」
「は?」
今度はアイラが呆気にとられる番だった。
帝都で騒ぎを起こした張本人達をメンバーとして呼び戻すと言い出せば、それは誰でも同じリアクションになるだろう。それに・・・
「勇者様、私の見せた映像のこと忘れましたか?彼女達はシュウに対して異常にドン引きするくらい執着を見せています。ハーレムとか言ってますけど、まず勇者様じゃまったく微塵も完膚なきまでに脈はありませんよ」
「そんなことはわかってる!けど、あれは何か手違いがあったのさ・・・」
「はぁ?」
ライルが意味深に笑みを浮かべて変なことを言うので、アイラはいよいよイライラが募ってきた。無表情だがこめかみ辺りに青筋が立っている。
「僕には秘策がある。彼女達が僕に再び従うようになる、とっておきの秘策がね・・・」
ライルの頭にあるのは『魅了の魔眼』のことであった。
何故かサーラ達にかかっていたはずの魅了の効果はなくなっていたようだが、再びかけなおせば彼女達は再び自分に対して従順になる・・・そう考えたのだ。
だが、そんなライルの思考を読み取ったかのようにアイラが言った。
「あの・・・秘策って、もしかして『魅了の魔眼』のことを言ってますか?」
「ぎくぅっ!?な、なにを・・・言ってるのかな~」
アイラに直球を放り込まれ、目は泳ぎ、声は裏返り、口笛を吹きだすという露骨なまでに動揺しだすライル。そんなライルを見て、アイラはため息をついてからバカを見るような目をライルに向けながら言った。
「言っておきますが、『魅了の魔眼』なんて効いてませんよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
この日何度目かの、ライルは茫然とした瞬間だった。