アイラが消え、すっかり静寂を取り戻した頃に通報を受けた憲兵団が到着した。
「クソだらぁぁぁぁぁぁっ!!あの化け物オカマが逃げやがってぇぇぇ!!必ず見つけ出して首チョンパして背中バキ折ってやる!メーン!!」
地面をボコボコに殴りながらひたすら一人でキレ散らかすライルを見て、憲兵達は顔を見合わせながら「通報にあった化け物ってアレか?」と困惑する。
誰も今のライルが人類希望の勇者だとは思わなかった。いや、とても思えなかった。もはやそれだけの醜態であったのだ。
パーティーメンバーの全員が問題を起こしたことも併せて、もはや誰もライルを勇者と認めることなどあろうはずもない。
そのはずだったが・・・
ライルとアイラが大暴れをした日の夜・・・
緊急でドレーク帝国皇城にて会議が開かれた。
「いま・・・勇者ライルの勇者認定を継続する・・・とおっしゃいましたか?」
帝国ドレークを治める、世界最高権力者と呼べる男・・・現皇帝ルードマン12世は、神妙な面持ちである男に問う。
「うむ、言うた。もはやアレ以外に勇者の務まる男はおるまいて」
ルードマンにあっさりとそう答えたのは、ライルとアイラの戦いでギャラリーをして謎の解説をしていたうさんくさいジジイである。
いや、元うさんくさいジジイが正しい。今は薄汚いローブではなく、皇族の纏う格式ある綺麗な衣装に身を包んでいる。
実は彼はただのうさんくさいジジイではなく、ドレーク帝国の先代皇帝・・・上皇ルドルフ5世であった。
元は皇位継承権が低かったために冒険者に憧れ、騎士団に入団して率先して前線に出て魔王軍と戦うという生活を長い間していたが、いろいろあって上位にあった継承者候補が廃嫡され、本人が望まぬままに皇帝になったというあまりにも異色といえる経歴を持つ。
故にルドルフは長いドレーク帝国の歴史の中でも抜きんでた変わり者の皇帝であったが、その変わり者っぷりは健在。
ルドルフは皇位を息子ルードマンに譲位すると「ワシはもう自由に生きるぞ。老後を堪能するわい」と言い出し、ちょこちょこと城を抜け出しては勝手に帝都で市井に紛れ込むようになった。
最近の彼のハマりはうさんくさいジジイに扮し、若者に謎のアドバイスを送って消えていくというものであった。市井で流行っている物語に出てくる名脇役に憧れてのようだが、本当に何がしたいのかわからないと皇帝や臣下は頭を悩ませている。
そのルドルフがたまたま街でライル達の騒動に遭遇し、ライルが勇者としての素質があることを見抜いたのである。騎士団として遠征を繰り返し、知識と経験を蓄えたルドルフだからこそ気付けたことだった。
普通の識者であれば罵詈雑言を繰り出し、蛮行に及ぶという醜態を見せたライルを見て「ただの狂人」としか思わないだろうし、実際にライルとアイラの騒動を聞いた時は、ルードマンを含め誰もがライルの『勇者』の称号を即座に剥奪し、拘束しようかと考えていた。
ルドルフは会議に唐突に割って入り、その流れを変えた。
「父上。そうは言いますが、ライルは帝都での評判も散々で、先の騒動のこともあり、これ以上『勇者』扱いすることは民が納得しません」
民が納得しない者を『勇者』として優遇し続けることは、皇族・・・ひいては帝国の威信にかかわる問題になる。というか既に問題になっている。故にルードマンはルドルフの言葉に異を唱えた。
「いや、ライルだけが人類の希望である。『勇者』として相応しいのは彼をおいて他にはいないわ」
が、ルドルフは頑としてそれを跳ね除けた。
「少々・・・いや、かなり品がないところはあるが、まぁ勢いのある冒険者など大体あんなものだ。わしが若いとき見た時で一番キていた冒険者は、常時どこでもフルチンだったぞ」
「待ってください父上。そんな極端なのと比較しないで」
ため息ととともに、ルードマンは首を横に振る。
ルードマン達とてライルの力は認めている。
だが、問題が多すぎるのだ。五天聖と契約出来たりなど確かに目を見張るところは多いが、それでも必死に探せば後任が見つかると思っていた。必要なら複数人に『勇者』の称号を与え
質の低下を数で賄っても良いとすら考えてもいる。
「では聞くが、お前はこのまま人類が魔族に対して優位性を保っていられると、本気で思うかの?」
ルードマンの心の内を見透かしたようにルドルフが問うと、その場のいた誰もが息を飲んだ。
「いろいろ見聞きした情報から考えれば、人類の生息域は10年後には四分の一・・・その3年後には半分が魔族に奪われる。そうワシは読んでいるが、どうだ?」
「ぬ・・・」
ルードマンは唸った。
ルドルフの予想は概ね当たっていたからだ。
『光の戦士達』の目覚ましい活躍後・・・人類は魔族に対して目に見えて優勢になりだした。
だが、ある時を境に少しずつ、ほんの少しずつ戦況が変わりだしていたのだ。
まだ全体的にみれば小規模であるが、どうしても敗北してしまう戦域があり、それは徐々に拡大傾向にあった。優勢にあったはずの戦況が、少しずつではあるが確実に魔族が追い返そうとしているのである。
これはまだライル達すらも知りえない、帝国の最高機密の情報だ。
気のせいだと思いたかった、それだけ帝国上層部も信じがたいことであったが、魔族の反攻スピードから計算すると、このままではまさにルドルフの指摘の通りの結末が待っている・・・それがルードマン達の予想だった。
それ故に、特に『勇者』に関する事案だけは早急にどうにかしなくてはと考えていたのだ。
人類がヤバいというこの時に、知らぬこととはいえ『光の戦士達』は大暴れして空中分解。将来の戦力になりえる帝国に滞留している冒険者の多くが、メンバーの一人のお陰で廃人になったりホモになったりで大変なことになっている。
ルードマン達が諸悪の根源のライルを恨み、さっさと処分したいと考えているのは、未曾有の危機に直面している苦悩の腹いせもあったりした。
「『勇者の超形態』となったライルを見て確信した。あれは数百年に一度現れる本物の勇者。魔王を倒しうる本物の力だ。なに、素行が悪くとも民はなんだかんだで飲み込むとも。『危なっかしいが、やるときはスッゲーやる奴』こういうの男は好きじゃろう?そんな感じで」
「ば、馬鹿なことを言わんでください・・・」
ルドルフの言葉に、ルードマンは少し頬を赤らめ、視線を逸らしながら咳払いをする。確かにそういうのが少し好きだった。
臣下達は「危なっかしいってレベルじゃなくない?」と思ったが、上皇と皇帝の会話に口を挟めるわけもない。
それにルドルフの言葉がどこか正しいのもわかっていた。人類に選択肢はない、ライルという危険で下品な兵器を使いこなす他にないのであると。
「わかりました父上。条件付きで、ライルを『勇者』として認定することにしましょう」
最終的にライルは『条件付き』で勇者として活動を認められることになったのだった。