時はシュウ達が帝都を脱出してすぐの時期に遡る。
シュウを慕う狂愛の女セレスティア・アドネイドは、シュウ達が帝都から無事に脱出したことを確かめると、急ぎ自分の屋敷に戻った。
「お帰りなさいませお嬢」
「ベティ。旅支度をお願い。すぐに出るから」
セレスティアは侍女であるベティにそう言うと、つかつかと速足で歩き、自室へ向かう。
すぐに着替え、準備を終え次第シュウの追跡をするつもりだった。
帝都さえ脱すれば、シュウは当面は危機から脱したことになる。教会からの追手もすぐには行かないように手は打った。後はセレスティア本人がシュウを追うだけだと思っていた。
シュウの居所については、トンプソンの情報をもってすれば調べがつく。現在もどこ方面に逃走しているかを掌握していた。
だから焦る必要はないのだが、それでもセレスティアはつい気が急いてしまう。
「ティア。行くのね」
そんなセレスティアに、母ウィンクが声をかけた。
セレスティアが家を出る前、怒り狂っていたウィンクも今はすっかり落ち着き、優しい表情を見せている。
「勝手ばかりでごめんなさいママ。私は行くよ」
セレスティアが迷い無い顔でそうはっきり言い切るのを見て、ウィンクはふぅとため息をついた。
シュウを助けるために両親をあえて喧嘩させる方向に導き、配下であるオーバーキルを好きに使った。そしてシュウを助ける過程でアドネイド家・・・トンプソンと互角の勢力を持つ教会騎士へ危害を加え、現在進行形で捜査の妨害までしている。
これは帝都の力の均衡を脅かす蛮行だ。
「勝手ばかり」とは簡単に言うが、そんな一言で済ませられるようなことではないほどのしでかしを既にセレスティアはしでかしているのだ。
愛に狂い、家を傾かせる・・・いや、滅してしまいかねない愚行中の愚行。普通の貴族の家ならば間違いなく除籍・・・下手をすれば追放と同時に強制労働にでも送るだろう。
「思い込んだら一直線・・・情が深過ぎるのはアドネイドの女の性ね。本当、ティアはつくづく私の娘だと認識させられるわ。本当に仕方のない子」
苦笑いを浮かべてそう言うウィンク。
話を聞いている使用人達は「仕方のない子で許していいのかよ」と、唖然としていた。
「ティア。ここまでやったからには、必ずそのシュウという男は捕まえなさい・・・・それがアドネイドの女としての宿命よ。例えダルマにしてでもモノにする。それが出来なければ、私はあなたを赦すことはできないわ」
「わかったよママ。何があっても、ダルマにしてでも、私のモノにするよ」
セレスティアとウィンクは微笑み合った。
「血というものね・・・私もクレウスを手に入れるときにはいろいろしたわ。そうまでして手に入れたクレウスは浮気をしたみたいだけど、殺したいほど憎んだはずなのに、最後には許してしまったの。惚れた弱味というやつね。本当、アドネイドの女の宿命というのが恨めしいわ」
自嘲気味に笑うウィンクは、ちらりと視線を移す。
セレスティアも釣られて視線を移すと、そこには顔面をボコボコに腫らし、歯がボキボキに折れ、全身包帯まみれで車椅子に乗ったクレウスがいた。
「ごめんなひゃい・・・」と時々呟き、コヒューコヒューと息をしている。そして、まるでこの世の地獄を見たかのように目は死んでいた。
哀れクレウスはシュウを殺すことで浮気騒動を有耶無耶にしようとしたが、結局失敗したことでウィンクから徹底的にシメられてしまっていた。
屈強な冒険者だったはずのクレウスが「死んだ方がマシ」と思うほどの責苦を受けたのだ。
「許してしまった」というより、これ以上ないくらい痛めつけたことで気が済んだと言った方が正しい。
「フフ、私もママとパパのような夫婦になれるかな?」
「なれるわよ。あなたならきっとね」
再び微笑み合う親子。
使用人達は「こんな夫婦になったらあかんがな」と思うも、それは流石に口にはしない。
ここでウィンクはフッと真顔になると、佇まいを直して言った。
「それじゃあティア。私から餞別よ。オーバーキルを連れていきなさい」
「えっ」
セレスティアは驚いた。
オーバーキルはトンプソンの実行部隊。シュウを帝都から脱出させるために強引に使いはしたが、流石に追跡のために彼らを動員させることは出来ないと思っていたからだ。
「今回の騒動の件で、教会から呼び出しを受けているわ。いずれ迎えが来ることでしょう。その時、オーバーキルがいれば彼らも拘束されてしまうでしょうから、それならいっそのこと今ティアが連れだして役立てれば良いわ」
ウィンクのこの発言には、使用人達もギョッとした。
聖神教会からの呼び出し・・・その先にあるのは、騒動を起こした組織の長としての断罪である。
聖神教会とトンプソンは帝都の三大勢力の内の二つ。武力抗争など以ての外だが、トンプソンが戦争を仕掛けてしまったのだから、その責任を取るとなれば、決して軽い罰で済むはずもなかった。
良くて身柄の拘束、下手をすると命だって危ないかもしれない。
「ママ・・・」
セレスティアもそれがわかっているのだろう。
自分の狂愛の末に、母親が、実家が窮地に立たされている。その事実を認識したのか、悲し気に表情を歪ませ、瞳が揺らいでいた。
「ごめんねママ。この愛は必ず成就させるから」
が、湿っぽい空気が続いたのは数秒程度。セレスティアはそれだけ言って、時間が惜しいとばかりに速足で自室へと戻っていった。
それを見てウィンクは「必ずよ」と呟き、満足げに頷く。
使用人達は「えぇ~~?」と顔を青ざめさせてドン引きした。
アドネイドの女は、愛した男を捕まえるためなら何でもする。家族も立場も後回し。この狂愛を理解できるのは、同じアドネイドの女だけである。
こうして男のために帝都を混乱に陥れた狂愛の女セレスティア・アドネイドは、シュウ達の後を追うのであった。