聖神教会の重鎮達は、メリアの決断に困惑していた。
聖神教会としては、本来ウィンクを処刑するつもりなど毛頭なく、今回の暴走をネタに交渉し、あれこれ教会に有利な条件で講和が出来れば良かった。
むしろ聖神教会とてウィンクを処刑などして、トンプソンと全面戦争状態になるのは避けたかったくらいだ。
教会騎士が全力を挙げてトンプソンの壊滅に乗り込んでも、暴力を得意とする組織を真正面から相手にすれば被害は甚大なものになるからである。
ともすれば帝都を混乱に陥れた要因の一つとして、トンプソンと共倒れるように権威が失墜することにもなりかねない。
それにトンプソンとてただ教会と睨み合っているわけではない。
トンプソンが裏社会をまとめ上げていることは、帝都の治安維持に大きく貢献している・・・言ってみれば必要悪だった。
重鎮達の誰もがそれをわかっているからこそ、トンプソンを、ウィンクを潰そうとは思っていないのである。
だが、この場において絶対的な権威者であるメリアはそうではなかった。
「死刑だなどと、いきなりそこまでの結論を出さなくても・・・」
重鎮の一人が、恐る恐るメリアを宥めた。
「いいえ。聖神教会に仇なすこと、これすなわち神への敵対行為です。ただの一つの例外もなく、『神敵』はこの世から抹殺しなければなりません。悪・即・斬。汚物は消滅です」
口元は笑みを浮かべながら、コントラストの無い瞳でメリアは言ってのける。
幼馴染に対する情など一切なかった。
聖騎士団のトップに上り詰めるだけあって、全く歪みの無い神への信仰心を持っているのがメリアという女なのである。神を冒涜する存在の一切を許さないのが、彼女の信条であった。
重鎮達は頭を抱えた。
メリアという人間はこと聖神教会の敵・・・つまり『神敵』への対応について一切の妥協がない。交渉の余地がない。
そのストイックなまでの信仰心が法王から信頼される根拠になってはいるのだが、清濁併せ吞むことも必要とされる政治の世界において、メリアのストイックさは重鎮達にとって正直悩みの種であった。
「よって死刑です」
カ~ン
念を押すようにそう言って木槌を打つメリア。
もう結論は何があっても覆らせないというスタンスだ。
そして重鎮達には彼女の決定を退けることは出来ない。ウィンクを処刑することが確定してしまった。
「仕方がないか・・・」
重鎮達はため息をつく。
決まってしまったことは仕方がない。ウィンク処刑後のトンプソンとの抗争、そしてその後処理のことまで悩みの種が尽きないが、もうやるしかないと腹をくくった。
聖女フローラの脱走から、『光の戦士達』の暴走、冒険者の激減、ホモの大量発生、帝都は既にネタ的にいっぱいいっぱいなほどの災難に遭っているが、もう運命だと思って諦めた。
「全く、本当昔から融通の利かないところは変わらないわねメリア」
ウィンクは苦笑いを浮かべながら、そう言ってふぅとため息をついた。
彼女なりに死を受け入れ、もう抗おうとは考えていないのか、どこかスッキリした顔である。
メリアはそんなウィンクを見て「あら」と小首を傾げた。
「ウィンク、あなたはいくらか変わったようですね。以前のあなたなら、どのような局面でも自分の要求を通すためなら決して諦めたりはしなかったはずですが」
メリアの言葉に、ウィンクは目を閉じてフッと笑う。
「娘が自分の伴侶とするべき男を見つけたの。後は大変だろうけど、アドネイドの女ならどうにかやってのけるから心配いらないわ。だから、私にはもう思い残すことは無いのよ」
「娘・・・伴侶・・・?」
メリアは目を見開き、茫然とする。
「今回の一件は実はそのことも絡んでいるのよ。だけど、アドネイドの女は伴侶にすると決めた男のためなら何でもするの。親の屍の一つや二つ乗り越えてでも成就させる気概が無ければ話にならないわ」
誇らしげに語るウィンクに対し、重鎮達は「嫌な女だなアドネイド」「想像以上にアレ過ぎないかアドネイド」とドン引きして聞いていたが、ハッと気が付いて皆一斉に顔面を蒼白させる。
それまで穏やかな笑みを崩さなかった(目は違っても)メリアが、目を見張り、歯を食いしばり、プルプルと震えていることに気が付いたからだ。
(怒っていらっしゃる・・・っ!!)
重鎮達は震えた。
神を冒涜されて静かな怒りを発していたメリアが、ウィンクの発言に更に怒りを増大させている。
これはこの場で斬り捨ててもおかしくないと、誰もがこの後の結末を想像して震える。
が、メリアは彼らの想像だにしなかった行動に出た。
「その話、どうか詳しく聞かせてください!」
身の乗り出し、バァンとテーブルを叩いてメリアがウィンクに迫ったのだ。
頬を紅潮させ、興奮を抑えきれぬと言ったように鼻を息を荒くしている。
「め、メリア様・・・?」
突然のメリアの奇行に目を丸くする重鎮達とは違い、「あぁ」と何かを思い出し納得したようにウィンクは言った。
「そういえばあなたは恋バナが大好きだったわね・・・」
「好きなんてものではありません。私の生きがいなのです。良いから話を聞かせてください」
メリアは両手の拳を握りしながら、ウィンクに続きを促す。しかし、厳粛なる聖神教会本部の会議場で、わけのわからぬ・・・それもぶっ飛んだ恋バナなど始められたら叶わない。
「メリア様。ここは茶会の場ではありません。ですからどうか・・・」
重鎮の一人がそう言ってやんわり咎めようとする。
「でしたら、今ここで無罪で確定です」
カ~~ン
先ほどまで梃子でも死刑判決を覆さなかったメリアは、そう言って木槌を打った。
「場所を変えましょう」
唖然とする重鎮達を前に、さっさとウィンクを連れ出して去っていくメリア。
聖神教会のナンバー2は、信仰する神より恋バナを選ぶ女だった。