様々な思惑が駆け巡る中、シュウとフローラの二人は、ホワイトキングの快足をもって全力で帝都から距離を取っていた。
ホワイトキングは象のような巨体を誇る馬(?)。足も速ければ体力も底が無く、三日三晩走り続けることが出来ると言われている化け物である。
川があれば跳躍で飛び越え、山があってもまるで平地のように軽々と走破する。我に追いつく敵騎無し!まさに無双状態だ。
・・・が、これに乗るシュウ達の疲労は半端ない。
途中何度も休憩し、夜は野宿で完全に休まらず、シュウもフローラも目に隈を作りながらホワイトキングにしがみつくように駆り続けたが、数日経過してようやくドレーク帝国の領土を抜け、隣国であるディンコックという国に入国することが出来た。
早馬で真っすぐ来ても数週間以上はかかる距離を走ったので、とりあえずはだいぶ距離は稼げただろうと思い、シュウ達はやや寂れ気味の町を見つけてそこに宿を取ることにした。
シュウ達は追われる身。安心できる距離を稼げるまでは、逃げるだけ逃げることに集中したが、ここで実に一週間弱ぶりにまともに寝食にありつけることに、シュウ達は心から安堵した。
「・・・とりあえず食事ですね」
シュウ達は宿にチェックインを済ませると、すぐ近くにある食堂に足を運んだ。
「・・・なんだ?あの二人組の客・・・」
「くっ・・・なんてオーラだ・・・戦士であるこの俺が直視できねぇ!」
テーブルに向かい合うシュウ達は、一言も言葉を発さず、何やら異様なオーラを放ち続け周囲の客を困惑させる。
二人ともこの数日の間、とにかく逃走に徹していたために最低限の食事と睡眠しかとれなかった。故に今、溜まりに溜まった様々な欲求で暴発しそうになっているのである。
食欲、睡眠欲、そして・・・性欲である。
特にシュウは普段から情欲の強い男だった。逃走中だったシュウは彼の大好きだった酒、賭け事、女、全てを断じねばならなかったが、これが死ぬほどつらかった。
帝国領を出て、とりあえずの安全が確保されただろう今・・・ようやく人並みの欲求を満たすことが出来るのである。賭け事はともかく、まずは食事・・・そして
「シュウ様・・・食事が終わってお風呂に入ったら、そのあとは・・・わかっていますよね?」
フローラが赤面し、俯きながら躊躇いがちに言葉を発する。
雰囲気からシュウにはフローラが何を言わんとしていたかはわかっていたつもりだった。愛を深めようというのだろう・・・と。
だから野暮な聞き返しなどはしない
「・・・ええ、わかっています。そのあとは・・・」
「そのあとはとりあえず捕らわれた聖女ごっこです。これまでずっと台本を考えてきました。部屋に戻ったら書きますので、私がお風呂に入っている間に目を通してくださいね」
「えっ、その話まだ生きてたんですか・・・(困惑)」
思った答えと違い、目を丸くするシュウ。
「当然です。あの雌猿達がやったことは、全て私で上書きすると言ったじゃないですか。一つ残らずです。むしろこれから新しいこともたくさんヤっていきましょう。あの雌猿達が近づく気にもならないように徹底的にマーキングします」
コントラストのない瞳でフローラが言うと、シュウは何とも言えぬ恐怖で何も言い返すことが出来ず、ただただコクコクと頷くことしか出来なかった。
「お待ちどうさま」
給仕がシュウ達にオーダーした料理を持ってくると、二人はがっついた。
逃走中は干し肉などの携帯食しか食えなかったために、大衆食堂の安い肉でも非常に美味に感じ、涙すら零れ落ちそうに感動する。
そのあまりの迫力に周囲の視線は釘付けだ。そして察する。
(ワケアリの二人旅か・・・)と。
この町はかつては交通の要所で栄えていたが、新道が出来たことによりそこから外れることになり、今ではたどり着くのはアテもないような旅人か、シュウ達のようなワケアリ者ばかりである。シュウ達のことはとにかく目立ち、そしていろいろと憶測を生んだ。
「いろいろ大変だろうけど、頑張りな」
食堂の女将がそう言いながらサービス品でスープを出すと、これもすぐにシュウ達は胃袋に収める。
さて食欲も満たされたところで、あとは・・・といったところで、数人の男が食堂に入ってきた。
「あっ・・・」
「あいつら・・・」
男達を見た店員や客が顔を顰める。
入ってきた男達は町の憲兵・・・それも、悪い意味で有名な連中であった。
「ふむ、通報の通り怪しい連中だ」
憲兵の一人がシュウ達に視線を向け、じろじろと見つめてからそう言った。
彼もまたシュウ達を見て「ワケアリの二人組」であることを察したのだが、それを良いことに悪いことを企んでいた。
「君たち、身分証はあるかな」
憲兵達はシュウ達のテーブルに近づき、鋭い目つきで睨みつけながらそう問う。
「ありませんが、何か?」
シュウは問われて少しばかり焦ったが、それでも努めて冷静にそう返した。
彼らは追われている身。逃げている道中、邪魔になるからと自分達の身分を証明するものは捨てて来たのだ。
冒険者なら冒険者、聖職者なら聖職者と、世界中のほとんどで通用する身分証というものは存在するが、それでも全ての人間が持っているというわけではない。着の身着のまま安住地を持たない旅人や、定職に着かぬ者などが身分証を持たぬケースは多かった。
だからシュウ達が身分証を見せなくても、そこまで不自然は話にはならないだろう・・・そうシュウは考えていたのだが
「ふむ・・・そいつは怪しいな」
憲兵はシュウ達に食い掛った。
訝しむような目でシュウ達を睨み、そしてフローラには・・・いやらしい目を向ける。
「このところ周辺に他国から重犯罪者が逃げ出してきてくるという事例が報告されていてね。申し訳ないが、身分証を持っていないとなると君たちのことも少し調べなくてはならなくなるんだよね・・・」
そう言って憲兵達は下衆な笑みを浮かべる。
これは彼らの手口だった。ワケアリそうなカップルを見つけては、女の方が好みなら言いがかりをつけ、取り調べと称していかがわしいことをするのである。
ワケアリのカップルは大体が駆け落ちであり、身柄を拘束されたり身元照会されることを恐れる。そこにつけ込み、あれこれ女を好きにするというのがこの憲兵達の楽しみであった。
お目こぼしを盾にすることで泣き寝入りさせるので、彼らにリスクはない。立場を利用した悪行であった。
「ちっ、ゲスめ・・・」
「地獄へ落ちろ・・・」
周辺にいる者達は、怨嗟の言葉を吐くが、誰も逆らうことは出来ない。町の中で憲兵の力は絶対だからだ。
「・・・」
憲兵達の視線がフローラの体に向いていることを察し、彼らの狙いに気付いたシュウ。
さてどうしてくれようか、食事だけは済ませたし、彼らをぶっ飛ばしてすぐに発とうか・・・
しかしせっかく帝国領を出てシュウ達が、このディンコックという地で騒動を起こしてここでも追われるような問題は起こしたくない。
そう考えて悩んでいると、憲兵の一人がフローラに顔を寄せて言った。
「お嬢ちゃん、少しばかり詰め所で取り調べさせてもらうけどいいかな?」
押し黙っているフローラを見て、すっかり怯えてしまっていると思った憲兵は、これから嫌がる彼女をどのように楽しんでやろうかに思いを馳せていた。
が・・・
突如、フローラは思い切り立ち上がったかと思うと、血走った目で叫んだ。
「知るかバカ!そんなことよりセックスだ!」
「は?」
叫ばれて硬直する憲兵達を他所に、「あぁ、もう余計なことに時間使わせないで」とブツブツ言いながら、フローラは首に下げているがま口財布から硬貨を取り出す。
バァンとテーブルに上に大目の代金を叩きつけると、フローラはシュウの手を取ってつかつかと歩き出してしまった。
あまりの迫力に憲兵達も追うことは出来ず、ただただ見送るしかなかった。
もうフローラは、とにかくすぐにでもシュウのことを上書きしたくてしたくて仕方が無かったのだ。その気迫は、邪な考えを持つ者達の介入すらも退けた。
「いいですか!遅れた時間の分まで、しっかりとヤり倒しますよ!」
大きな声でそんなことを言って去っていくフローラを見て
「あんな堂々とした駆け落ちなんてないか・・・ただの盛りの付き過ぎたカップルか」
と、妙な解釈をして憲兵達は追究を諦めたのだった。