「ここか・・・」
シュウはケラケラ笑うフローラを抱きかかえながら、聖地の脱出口として期待の持てる急流へと辿り着いた。
ゴオオオオオオオオオオ
凄まじい音を立てながら流れる急流を見て、シュウは思わず唾を飲み込んだ。
「・・・ごくっ」
この急流は高地を下り、下界へと続く。
途中いくつも滝があり、まともに考えれば人間が下ることは不可能。
下手をすれば体を激しく何度も打ち付けられ、無残な肉塊となって命を落とすかもしれない。というか落とすとされている。
こんなところをヤック達はホモ本のために下ろうと考えていたのかと考えると、ゾッと背筋の凍る思いだった。ホモの性欲おそるべし。
シュウはこの急流を下って、このシュウ包囲網の敷かれつつある聖地を脱出しようとしていた。
ここを脱出路に考えるとは、まともな神経ではない。だが、だからこそ相手の意表をつき、活路が見いだせるかもしれないとシュウは考えていた。
しかし、死中に活を求めるためとはいえ、轟音を立てながら流れる川を見ていると、一気にやる気が失せ体が震えそうになる。
そんなときだった。
「シュウ様~~?こんなところで何をするつもりですかぁ~~?もしかしてナニをするつもりですか~~?うひゃひゃひゃひゃ」
シュウの腕の中のフローラが、ケラケラ笑う。これから命がけの急流下りをする緊張感が、一気に解れた。
そう、これからこのフローラを何とかしなければならないのだ。萎縮している場合ではない。
シュウはフローラを地面に降ろすと、神妙な声で言った。
「フローラ。落ち着いて聞いて・・・いや、無理か」
めっちゃくっちゃに酒臭く、ケラケラ笑ってペチペチとシュウと顔に叩いたりしてくるフローラに、冷静に話を聞けというのが無理な話だとシュウは説得を諦めた。
「というか飲み過ぎ・・・」
これまでシュウは帝都でも何度かフローラを誘い、こっそり酒の味を覚えさせていた。
だが、今日ほど飲ませたことはない。
未成年、それも聖女に飲酒をさせたと万が一にもバレれば、シュウの首が胴体と離れることになるからだ。悟られないようあくまで多量には飲ませたことがなかった。
「まさか飲み過ぎるとこうなるとは・・・まずは冷静になってもらいましょうか」
シラフになってもらわなければ話が進まない。
シュウはかつて自分によく使っていた、アルコール分解の魔法をフローラにかけようと思った。体内のアルコールを一瞬で全て消滅させ、アルコールの匂いすらしなくなるシュウが独自に進化させた状態異常回復の浄化魔法である。結局酒飲みは『光の戦士達』のメンバーにはバレてしまっていたが。
「・・・」
シュウはフローラに手をかざす。
体内にある魔力を練り、術式を組み、一言唱えて魔法を発動させて終わりだ。
だが・・・
「えっ・・・?」
シュウは違和感を覚えた。自分の体にある魔力を練ろうとしても練れない。
練ろうとした魔力が、一瞬にして霧散してしまうのである。つまり使おうとしても魔法が使えない。
シュウはこの現象に覚えがあった。
「これはまさか・・・
魔法障害とは、魔法を使うための『魔力の練り上げ』が阻害され、魔法を使えなくなる現象である。
ダンジョンの罠、王宮などのセキリュティーなどで意図的にこれを発生させる装置などあり、冒険者として旅をしていたシュウは何度か魔法障害の影響を受けた経験があった。
故に、今の状況がとても危ない状況であることもすぐに理解出来てしまった。
「ま、まずい・・・」
シュウは焦った。
シュウは格闘技が使えるが、フローラはシュウに習った護身術程度。魔法が使えなければ、ほぼ無防備である。今、敵に襲われれば抵抗らしい抵抗も出来ない状態だ。
そして急流を使って逃走するにも、シュウの考えた方法では魔法を使う必要があった。
「まさか・・・これも罠!?」
シュウはピンと来た。これはリリカが仕組んだ罠であると。
この状況で魔法障害が起きた理由としては、それが最もしっくりくる。恐らく、シュウ包囲網がいよいよ大詰めを迎えているのか、それともシュウの逃走の意図に気付いたリリカがそれを阻害しようと罠を発動させたのか。
いずれにせよ、大ピンチであることに変わりはない。
「フフッ。シュウ様・・・何か真剣に悩んでるお顔もカッコイイですぅ~」
冷や汗をかいて悩んでいるシュウを見て、フローラが呑気なことを言う。
シュウは酔っている状態だとしても今の危険な状況を理解してもらわなければならないと、フローラを説得することに決めた。
それだけの緊急事態だ。きちんと話せば酔っていてもわかるはずだ。わかるよね・・・?多分・・・と自分に言い聞かせて。
がしっ
シュウはフローラに向き合い、両肩を掴んで言った。
「フローラ、緊急事態です。今、私達の元に大勢の冒険者が押し寄せています。その上、魔法障害で魔法が使えない状態です。はっきり言って、私達はいま非常に危険な状態に陥っています」
端的に、シュウはフローラに自分達の窮状について話す。
フローラはポカンとしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「それは・・・そうですよ。その魔法障害、私が発生させているものですから」
「・・・は?」
シュウは一瞬フローラが何を言っているのか理解できなかったが、間を置いて理解するとホッと安堵のため息をついた。
「な、なんだ・・・フローラが起こしているものなのですか・・・それならそうと言ってください」
リリカの罠なら大変だが、フローラが起こしているものであれば問題ない。彼女に言えばすぐに取りやめてくれるのだから。
「・・・って!フローラが!?そんなことが出来るのですか!!?そもそもどうしてそんなことをっ!!??」
と、それで納得できるはずもなく、シュウは時間差で仰天し、フローラの肩を揺さぶって詰め寄った。
「うふふ~~ シュウ様そんな一度に質問されても困ります~ アッハハハハハ」
「ツッコミどころ満載なことをするからです!」
魔法障害は、高度な術式が組まれた大がかりな仕掛けを施すことによって発生させられるものだ。それをフローラが一人で、それも即席で出来るようなものではない。
しかも、なんでそれを今ここでシュウに使ったのか。問わずにはいられない。
てかもうメチャクチャだ。追手の脅威に悩まされているこの状況で、どうしてフローラがむしろ最大の脅威になりつつあるのか。
シュウはフローラに深酒はさせまいと、いや、酒を与えまいと決めた。