「リ・・・リリカさん・・・」
今まさにこの聖地リリカから脱出しようとして時、まさか一番見つかりたくない人間に見つかってしまったことに、シュウは心臓が口から飛び出そうなほどの衝撃を受けた。
(最悪だ・・・まさかここで見つかってしまうなんて!)
シュウはゴクリと生唾を飲みつつ、必死で現状打破のための策を練る。
「ご機嫌よう。こんなところでいかがされました?」
リリカが涼しい顔で微笑を浮かべながら問う。
どこか芝居じみた態度で、それはあたかも「お前達が何をしようとしていたのかは知っているぞ」と、言っているようにシュウには感じた。
「そこは急流。足を踏み外したら大変ですわ。どうかこちらにいらしてくださいませ」
気遣うように語りながら、ゆっくりと近づいて来るリリカ。
(どうする・・・?)
シュウは考えた。
リリカが自分達を裏切っていることは、恐らく確実。つまり彼女は敵だ。
一先ず表面上はまだ裏切りが露呈していない今ならば、こちらからの先制攻撃も相手は警戒していまい。
先手必勝でやってしまうか---
シュウは、リリカをこの場で打ち倒してしまうかと考える。
リリカは聖女。彼女が敵として立ち塞がれば、大きな脅威となる。
追手の冒険者と合流してから対処するのはあまりにも危険。今、この場で戦闘不能になってもらうかと考えた。もし裏切りが間違っていたら・・・そのときはゴメンってことで、とも。
リリカの戦闘力は未知数。
だが、シュウとて『光の戦士達』で実戦を経験してきた戦士。だから不意打ちすればきっと勝てるよね?と、僅かに願望混じりのゲスいことを考えていた。
(しかし・・・)
シュウはチラリとリリカから視線を外す。
そして次にシュウの視界に入るのは、ずんぐりむっくり巨体に、つぶらな瞳のハト・・・ではなく、聖鳥ライデン。
今のシュウの懸念材料は、リリカよりこのライデンの存在だった。
ライデンは聖女を守る聖獣。電光石火の一撃でリリカを倒すとしても、果たしてライデンがいる前でそれが成せるだろうか?と及び腰になる。
ライデンの戦闘力は、シュウも目の当たりにしたので知っている。
目のも止まらぬ速度で飛び掛かり、屈強な冒険者がまるで小枝のように全身をバキバキに折られて廃人になっていた。
その時のことを思い出すと、シュウは背筋に冷たいものが流れたかのように戦慄する。
『クルッポー』
ライデンは呑気に鳴いている。
だが、その鳴き声は「おいおい、どうした子猫ちゃん?」と語り掛けているようにシュウには感じた。
(うぅ・・・)
蛇に睨まれた蛙。
今のシュウはライデンへの恐怖により、どうにかしなければならないと、先手を打たないといけないとわかっているのに、何も出来ない、動けないもどかしい状態だった。
が、そんな緊迫した空気の中、動いた者がいた。
フローラだ。
「じゃ、行きますよシュウ様」
「は?・・・ぐえっ!?」
リリカとのやり取りに気付いていなかったのか、フローラが突如としてシュウの首根っこを掴みながら急流のある崖へと飛び降りた。フローラはシュウ達がやり取りしている間も、言われた通りに球体状に障壁を構築していたのだ。
シュウすら予測していなかった出来事に、リリカもただ茫然として見送るのみ。
(えっと・・・とりあえず結果オーライということで・・・?)
少々驚いたが、どうにかリリカを出し抜いて脱出路に着くことが出来たとシュウは安堵する。
後は急流に流されて聖地を脱出して終わり。急流の勢いならかなりの速度が出る。リリカでも追いつけまい・・・そうシュウは思っていた。
だが、シュウが思った通りにはならなかった。
「ライデン!」
リリカが声を張り上げた、その瞬間だった。
グンッ
「えっ!?」
シュウ達が障壁ごと急流に着水しそうになった瞬間、二人の体がグンッと持ち上がった。
見ると、ライデンがシュウ達を包む障壁を掴んで空を舞っている。そしてリリカの目の前まで来ると、ポイッと障壁ごとシュウ達を投げ捨てた。
ボンッとボールが跳ねるように着地したシュウ達。怪我こそしなかったが、逃走は失敗した。
(あぁ、そうか・・・この鳥、速いんだった・・・)
シュウはライデンの瞬足を思い出す。
急流に飲まれる前に、ライデンはシュウ達を障壁ごと捕まえたのだ。恐らく、急流に乗れたとしても捕まるだろうと、シュウは絶望的な気持ちになる。
ちなみにフローラは「あれれー?おかしいですねぇ。戻ってきちゃいましたよ」と、呑気なことを言いながら首を傾げている。
「あらあら、突然危険なことをするから驚きましたわ」
そんなシュウ達の前に、リリカが歩み寄る。
涼しい微笑。だが、その目には愉悦の色がありありと滲んでいた。
「どうやらその様子ですと、もういろいろとバレてるみたいですねぇ」
頬に手を添えながら、ふぅ、と溜息をつくリリカ。
「困りましたねぇ」なとどわざとらしく口にするが、本気には見えない。リリカからは余裕が
感じられた。
「お世話になりましたが、急用を思い出したのでそろそろお暇しようかと」
シュウが言う。
こうしている間にも、シュウは脱出の糸口を探っていた。会話でも何でもして、とりあえず時間を稼ぐしかない。
幸い、今はフローラが張った魔法障壁がある。
天才と称されたフローラが張った障壁なので、簡単には破れない。安全が確保されている状態の中で、どうにか次の手を考えよう・・・シュウはそう考えていた。
「うふっ」
だが、そんなシュウの思惑を察してか、リリカはクスリと笑った。
「それは叶いません。申し訳ありませんが、もうしばらくここでごゆっくりして頂くことになります」
そう言ってリリカが手を掲げた時だった。
パリーン
シュウ達を覆っていた魔法障壁が、音を立てて消滅した。
「なっ!?」
自分の身を守ってくれるはずの障壁が一瞬にして破られたことで、シュウは目を見張った。
そんなシュウの様子を見て、リリカは楽しそうに口角を上げて言う。
「ご存じないかもしれませんが、私は『障壁の聖女』とも呼ばれるほどに魔法障壁のスペシャリストですのよ。障壁を張るのも、逆に壊すのも、誰にも負ける気がしませんわ」
おほほほほ、と芝居がかったように笑うリリカ。隣に立つライデンも『クルーッポポポポッ』と笑って(?)いた。
シュウは絶望的な状況に、眩暈がしそうになる。
次の手はどうする?ていうか、あの鳥笑い方アレなん?と、錯乱した頭でシュウはいろいろ考えたが、突破口を見いだせる気がしなかった。