聖女リリカ。
清貧で慈悲深く、人柄としてはまさに聖女の中の聖女とまで呼ぶ者までいる
ほど厚い支持を得ている彼女の口から、痛めつけるなどという言葉が出たことに、シュウはゾクリと寒気を感じた。
「どうして・・・どうしてなんですか!?」
シュウはリリカを睨みつけながら問う。
「フローラの友なのに、何故裏切るのですか!?」
リリカの裏切りを嘆き、シュウは悲痛な声を張り上げる。
が、これはシュウの演技だった。
(リリカさんが築いた障壁が冒険者を爆発四散させれば、敵の数が減る上に混乱させられるかもしれない・・・)
リリカの気を引いて時間を稼ぎ、障壁に混乱が起こることをシュウは狙っている。中々えげつないが、最初にえげつない障壁を張ったり裏切ったのはリリカなのだから仕方ないのだ、とシュウは考えていた。
「あなたは聖女でしょう!どうしてこんなことを!!?」
とはいえ、シュウの問いも全部が演技というわけではない。
裏切りの理由については、本当に知りたいと思っていた。
「・・・」
シュウの問いに、リリカははぁ、と大きめの溜息をついた。そしてポリポリと後頭部をかく。
「・・・?」
これまでの彼女らしかぬ仕草に、シュウがキョトンとしていると、やがてリリカが口を開く。
「・・・金だよ」
「・・・え?」
最初、シュウはリリカが何を言っているのか聞き取れなかった。
否、聞き取ったつもりだったが、その言葉がリリカから発せられたものだと認識できなかった。
「だぁかぁらぁ~、金だよ、金!」
親指と人差し指で丸を作りながら、リリカがこれまでと違う口調でそう叫んだ。
目つきが悪人のように鋭くなり、いつの間にかギザッ歯に変わっている。ビックリするほどのキャラ変であった。
「いやキャラ変し過ぎぃ!」
唖然とするシュウを見ながら、リリカはフッと笑いながら袖からスッと何かを取り出した。
それは煙草だった。煙草を口に加え、指先から高熱を持つ光魔法のようなものを灯し火を着ける。
「キャラ変?いや、これが元々のアタイだよ。聖女になってからは抑えるようにはしてたけどよぉ。おめぇとのなまっちろいやり取りしてるうちに、ストレスで我慢できなくなってつい地が出ちまった」
そう言ってふーっと煙を吐き出すリリカを見ながら、シュウはあまりの出来事に口をぱくぱくさせるが、どうにか言葉を絞り出す。
「え・・・っと、それが本当のあなたですか・・・?」
これまでのリリカとの人物像と一致しなさ過ぎて、シュウはまだ目に映るものが信じられていない。
「そうだよ。聖魔法の才能があるからいろいろあって聖女になったけど、これが本来のアタイさ。酒も煙草もギャンブルも、みんなみんな大好きだぜ」
「なっ・・・そんな・・・何と言うことでしょう・・・」
聖女のくせになんと欲にまみれた・・・などと、シュウは破戒僧である自分のことを棚上げしつつ思った。
そんなシュウに意味深な視線を向けながら、リリカは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「特に男は好きだぜ・・・シュウ、アンタは良いモノを持ってたから、我慢できずについつまみ食いしちまった」
「!?」
シュウは心臓が跳ね上がった。
これまでいろいろあってすっかり頭から抜け落ちていたことを思い出す。・・・それは、リリカと夢だと思って交わっていたこと。フローラには絶対に聞かれてはいけないことである。
「はっ!?」
更に思い出す。さっきから何故か喋らないが、フローラがすぐ近くにいたことを。
「あわわわわ・・・」
聞かれてはいけないことをフローラに聞かれた。間違いなく聞かれてしまった。どうしたら良いのか。
シュウは半泣きで急ぎフローラを見た。
「・・・ぐぅ・・・むにゃむにゃ・・・カレーライス食べたい・・・」
フローラはいつの間にか地面に伏し、何だか怪しい寝言を言いながら眠っていた。
どうやら酔った末に力尽きたらしく、シュウは話を聞かれなかったことにとりあえずホッとする。
「はぁ・・・残念だぜ。アンタはアホだが、アッチの具合だけは良かったからセフレにしても良かったんだけどさ、アンタを突き出せば法外な報酬を貰えるんだ。その金で帝都の高級男娼を買うさ」
チロリと流し目を送りながらそう言うリリカ。
シュウはドキッとしながらも、ハッと我に返って叫ぶ。
「むぅ・・・何というエロ聖女!・・・ではなくて、金金金、とあなたの頭の中には金と男のことしかないのですか!?フローラの気持ちを踏みにじって平気でいられると!!?というか、聖女はお金には困らないだけの俸給が貰えるはずでしょう!?」
聖女はシュウなんぞとは比較にならないほどの俸給が貰える。
金には絶対に困らないはずだった。
「それでも、アタシには金が必要なんだよ」
「・・・」
リリカがそう答えた瞬間、空気が変わった。
何やら切羽詰まった雰囲気を感じ、シュウはリリカが何かワケアリなのではないかと勘づく。
「教会からの借金もある。トゴ(利子十日で五割)からの借金も。アンタらを突き出せば、それら借金が全部返せるんだ!」
切羽詰まったように言うリリカに、シュウは気になって問う。
「一体、何があったんですか・・・それだけのお金が必要だなんて・・・」
「え?男遊びと博打の借金だけど・・・」
「自業自得じゃないですか!ていうかどれだけ欲にまみれてるんですか!」
シュウは呆れて眩暈がした。
自分も女遊びと酒で(気付かぬ間に)借金を作って首が回らなくなったが、リリカほどじゃないなと少しだけ救われた気持ちになる。
教会や街金にしこたま借りるなんてどれだけだよと。
(しかし・・・)
シュウは思った。
リリカは借金で首が回らず、金のために動いている。それだけに彼女を説得するのは不可能であるし、生活がかかっているから本気で死ぬ気で襲い掛かって来るだろうからそこらの冒険者とかとも気合が違う。
聖女として高い戦闘力を保持している破れかぶれの相手は、とても骨が折れるだろう。相手が死に物狂いで来る以上は、こちらも同様に死に物狂いで抗わねばならない。
「・・・」
シュウは構えを取る。リリカを戦闘不能に追い込めれば程度に考えていたが、考えを改めた。
殺す気で戦う。
不可抗力(?)とはいえ肌を重ねた相手に殺意を向けるのは本意ではないが、本気で向かってくる相手を撃退するには、こちらも本気にならねばならない。
シュウとて冒険者達に捕まれば命がどうなるかわからないのだ。
「さぁ!行きます・・・よ!?」
リリカに立ち向かおうとしたシュウは、自分の体が宙に浮いていることに気が付いた。
ライデンが瞬速でシュウの体を捕まえ、飛翔しているのだ。
「えええええっっ!?」
ライデンはシュウを掴んだまま飛び、みるみるうちにリリカやフローラ達と離れていく。
「アンタはライデンが相手するよ。死なない程度に痛めつけろと言ってある」
リリカの口がそう言っているように、シュウには感じた。
チラリとシュウはライデンを見る。
ライデンは人間であるシュウより遥かにでかい。というか神の鳥と呼ばれる聖獣であり、実際敵対して見てみると貫禄が半端ない。
『クルッポー』
ライデンはシュウの視線に気づき、『ニチャア』と笑った(気がした)。
「か・・・勝てるわけがない・・・」
自分が聖獣と戦わねばならない運命を悟り、シュウは先ほどまでのやる気はどこへやらと絶望する。
そんなシュウを掴みながら、ライデンは遥か遠くへと飛んで行くのであった。
・・・が
バチィ
ライデンは突如、何かに攻撃されて飛行をやめた。
いや、やめたいうか、攻撃によって一瞬気絶したのかみるみる高度を落とし、最後はシュウもろとも地面に叩きつけられる。
ドカーーーーン
地面に打ち付けられた痛みの中で、シュウは思った。
あれ?この鳥、もしかしてリリカの張った障壁に触れたんじゃね?と。