さて、ここで視点はシュウとライデンが飛び去った直後のフローラとリリカのいる場へと切り変わる。
「ふぅー・・・さて、とりあえずライデンに任せときゃ間違いないだろ。なんたって聖獣だし、シュウが元勇者パーティーのメンバーだったとはいえ、メンバーの中じゃ落ちこぼれだったって話だしな」
リリカは煙草の煙を吐きながら、シュウ達の飛び去った空を遠目に眺めた。
そのライデンは、自分が張った広大な魔法障壁にぶつかって墜落したなどと気付くはずもない。
「もう少しだ・・・もう少しで私の借金生活も終わる・・・そうすれば、また派手に酒飲み散らかして、男侍って競馬でドカンと更に当てて・・・」
口から涎を垂らしながら、再び破滅フラグを迎えそうなことをボソボソと呟いているリリカ。
リリカは教会からもそっぽを向かれるほどに、私生活の派手な聖女だった。シュウは一応は世間体を気にして(出来ないなりに)パーティーメンバーに破戒僧っぷりを隠そうとしたが、彼女にはそれすらない。
酒と男とギャンブルで借金を重ね、入ってきた金で一発当てて返済しようとばかりして更に借金を重ねる無限地獄編に陥っていた。
『聖地リリカ』は、これ以上スキャンダルと借金を増やさないための教会側の用意した『檻』であり、リリカは清貧に暮らしているのではなく、そう生活せざるを得なかっただけである。
教会に逆らえば聖女としての俸給すら入って来なくなるし、そもそも金がないから下界の街にいたところで何も出来ない。リリカは我慢してこの辺境の聖地に収まっていただけなのだ。
「それが今、ようやく終わる・・・」
シュウ達を冒険者ギルドに引き渡すことで、リリカは大金を得ることが出来る・・・そうすれば禁欲ばかりだったこの生活も終わる。リリカはテンション爆上げで、ニマニマ笑いながらソワソワしていた。その姿はとても聖女とは呼べぬものである。
ただ、彼女の頭には入ってきた大金でカジノやら競馬やらで一発当てようなどと浮かんでいるので、この聖地に逆戻りになりそうではあるが。
そんな浮かれた空気に包まれていたが、それは突如として変わった。
「質問していいですかね、リリカ」
酔って眠っていたと思われたフローラが、言葉を発したからだ。
「!なんだ、起きてたのかよ」
少し驚いたリリカは、フローラの声質に少しドスが効いていることに気が付いた。
潜在的に恐怖を感じたのか思わず身震いをしたが、フローラはリリカの張った魔法障壁の中に閉じ込められているので害を及ぼすことはない。だからリリカは気を取り直してフローラに向き直る。
「リリカ。シュウ様と交わったような会話をしていましたが、それは事実ですか?」
フローラは小首を傾げながら、微笑を浮かべてそう訊ねる。
何やら不気味な圧が彼女から放たれており、リリカは肌でそれを感じた。
「なんだ、話聞いてたのか?寝てると思ってたのに」
吸っていた煙草を、ピンと指で弾きながら捨てるリリカ。
平静を装っているが、声が自然と震えそうだった。それだけ今のフローラからは、恐ろしい静かな圧がある。
「眠気が一気に覚めるほどに衝撃的な内容でしたから。で、答えていただけますか?」
コントラストの無い瞳でフローラから見つめられ、そう詰められるリリカ。
気圧される自分を奮い立たせるように、リリカはニヤリと笑って答えた。
「 や っ た ぜ 」
ヤった。
シュウと関係があったことをリリカは認めた。
リリカの答えを聞いてフローラは一瞬目を見開いたが、それから激昂するでもなく、スッと目を細めて黙ったままでいる。
リリカは続けた。
「楽しませてもらったぜ。精力も体力もあるから回数こなせるしよ。ギルドに引き渡さなきゃいけないから叶わないけど、情夫として囲っても良いくらいだな。けど、出来ればその前にもう一度ヤりたいぜ」
熱い夜のことを思い出しながら、リリカは自分の体を抱きしめるように腕を回し、悦の表情を浮かべる。
「・・・」
フローラは黙ったままだった。怒りに震えているのか?とリリカは思ったが、彼女は魔法障壁の中。例え激怒したとて出られることはないし、リリカに害は加えられない。
だからリリカは安心してフローラを煽った。
「にしてもさ、シュウ・・・アイツ結構胸の大きい女が好きなんじゃね?胸が揺れるのを下から見ていたいからって騎乗位ばかりヤリたがってた。フローラ、アンタじゃちょっとシュウを満足させられないんじゃね?」
そう言ってリリカはケラケラ笑う。
フローラの胸は平均より僅かに小さいくらい。巨乳のリリカとは比べるまでもない。
「・・・」
フローラは俯いた。ただ黙っていた。
図星で悔しすぎるのか、どうにか怒りを抑えているのか、いずれにせよフローラが身動きできないのは変わらない。
リリカは先ほどまで感じていたプレッシャーのことを忘れるかのように、声を上げて嘲り笑った。
そうして少しした頃、底冷えするような圧を感じる声でフローラが言った。
「殺す」
「・・・は?」
声を荒げてるわけではない。憤怒の表情で睨みつけてきているわけでもない。
だが、フローラから感じる圧が、リリカの心を恐怖心で満たす。
「シュウ様を不当に拘束し、無理矢理に関係を迫ったのですね?外道の極みです。殺します」
「いや、別に(結果として)拘束はしてないし、シュウ結構ノリノリで腰振ってたけど・・・」
「殺します」
「本当だって。むしろアイツ胸を使ったプレイをリクエストして」
「殺す」
何やら自己完結して心の均衡を保とうとしているか、話を聞かないフローラ。
「私ですら我慢に我慢に我慢を重ねて耐えがたきを耐えていたのに、貴女は私を怒らせました。殺します」
「話聞い」
「殺す」
フローラが「殺す」と言葉を放つたび、ぞわっとリリカの全身を鋭い殺気が駆け巡った。
予感がした。フローラが何かをするという予感が。
「は、はんっ!障壁の中に閉じ込められてるアンタに何が出来るのさ!ここで大人しく全てが終わるのを待ってるん・・・だ・・・」
リリカの言葉は最後まで続くことはなかった。
彼女の目に信じられないものが映ったからだ。
「は・・・、はっ・・・・?なん・・・だよ・・・そりゃ・・・」
リリカは口をパクパクとさせるが、言葉にならなかった。
そして後ずさり、かと思えば急転回して走りだす。
絶対に破られない障壁に閉じ込めているから、絶対的にフローラに対して優位であったはずのリリカは逃げ出した。
彼女の目に映ったものが、その優位性を跡形もなく粉砕したからだ。
リリカが何を見たのか?それが明かされるのは、少し先の話である。