「はぁっ、はぁはぁはぁ・・・」
リリカは走っていた。
フローラの『あるもの』を見て、一もにもなく慌てて彼女から距離を取ろうと全力疾走している。
「なんだよアレは!?くそっ、一体どうなってんだよっ!!」
起きたことが理解できず、リリカは一人毒づきながら走る。
魔法障壁を得意とし、フローラの封じ込めに絶対の自信があった彼女が逃げ出している・・・それだけのイレギュラーが起きていた。
借金返済のことなど頭から消し飛び、リリカはとにかく少しでもこの場から離れなければと考えた。
「そうだ・・・ライデン。ライデンに乗れば・・・」
リリカはライデンを呼び戻して、逃走に使おうと思いつく。もうシュウのことなどどうでも良かった。
「出ろぉぉぉライデェェェェン!!」
空に向かって叫びながら、パチンと指を鳴らすリリカ。
これさえすれば、例えどこにいてもライデンはどこからともなく飛んできて、リリカの元へすぐにやってくるはずだった。
しかし・・・
「あれ・・・?」
いつもなら五秒と待たずにやってくるライデンが、このときはどれだけ待ってもやってこない。
リリカは冷や汗をかきながら、何度かライデンを呼び寄せようと試みる。しかし、反応はない。
このとき、ライデンは既にシュウの手によってオーガズムに達してメスにされ、余韻で動けなくなっているということなどリリカは知る由もなかった。
「くそ!一体さっきから何がどうなって・・・!!」
リリカは訳の分からない状況に困惑しながら、とりあえず仕方がないと再び駆けだす。
その時だった。
「リリカさん!」
リリカは偶然にも、フローラ達がいた場所で戻ろうと駆けているシュウと鉢合わせた。
「リリカさん、フローラは」「ライデンはどうした!?」
フローラについて質問しようとしたシュウを遮り、リリカが必死の表情で訊ねる。あまりの勢いにシュウも気圧された。
「ライデン様なら、シュウさんのテクニックで昇天して寝てますぜ」
そこへ何故かついてきていたヤックが代わりに答える。
「昇天・・・?え?」
「絶頂ですよ絶頂。エクスタシー。シュウさんのテクニックでライデン様はすっかりメスにされちまってんですわ」
「変な言い方しないでください!」
意味が分からず聞き返したリリカに、何でそうなるのか誤解されるような説明をするヤック。
説明を聞いたリリカは、あとに続いたシュウの否定の声が聞こえなかったのか、すっかりドン引きして顔面を蒼白にさせながら後ずさった。
「そんな・・・まさか・・・相手は鳥なのに、もう何でもアリ・・・?もう性獣じゃん・・・ていうか何でそんなことをこの状況で・・・」
未知なる生物に遭遇したかのように目を見開いて体を震わせるリリカ。すっかりシュウもいろいろな意味で警戒の対象になってしまっていた。
「なんだ傷つく勘違いしていますね・・・それは良いとして、フローラは」
「そうだ!こんなことしてる場合じゃなかった!」
リリカは気を取り直すと、ライデンがいない今の状況では自力で逃げ出すしかないことに気が付き、またすぐに駆けだした。またもシュウの質問は置き去りにされる。
「お前のような変態にかまってる時間なんてねーんだよ!」
捨て台詞を吐き、リリカは駆けだす。
だが、このときリリカに更なる不幸が物理で迫っていた。
「はっ!?」
リリカは駆けだした直後に、何か大きなものが自分に超スピードで迫っていることに気が付いた。
が、気が付くのが遅く、既に回避することが出来ない。リリカは迫ってくるソレに思いっきりぶつかった。
ドカーーーーーン
「うぎゃああああーーーーっ!!!」
リリカに迫っていたのは、大型の馬が駆る大型の黒塗りの馬車だった。
凄まじいスピード、凄まじい重量の生むエネルギーをもろに受け、哀れリリカは叫び声を上げながら激しく地面を転がり続ける。
リリカは全身を血と土にまみれながら、どうにか歯を食いしばって顔を上げ、自分にぶつかってきた馬車を睨んだ。
「おいこら降りろ!御者の免許持ってんのかこらーーっ!!」
タフなリリカは怒りのままに馬車の御者に絡みだす。非常事態の上に事故に遭ったせいか、聖女として振舞う心の余裕が無くなっている。
「あ・・・」
だが、御者の顔を見た瞬間・・・リリカの表情が凍り付いた。
「ごめんやっしゃあ」
眼鏡をかけた大柄の30代ほどの男が、ペコリと軽く頭を下げてリリカの前へ歩み寄る。
「まいど。オトコ・カウカウ・フィナンシャルのヒャクタです」
男の名乗りを聞いて、シュウはぎょっとした。
オトコ・カウカウ・フィナンシャルというのは、シュウ達がいた帝都で金融業を営んでいる会社だった。
金は借りやすいがエグい取り立ててで有名であり、シュウの知っているギャンブル狂なども何人か世話になり、そして姿を消していることをシュウは思い出す。
社名からしてもここで金を借りてもし返済できないことがあれば、ろくなことにならないこともすぐにわかる。
(えっ!?まさか、私は実は酔っている間にそこにも金を借りていたとか!!?)
シュウは顔面を蒼白にして震えた。
が、ヒャクタと名乗った男はシュウではなく、顔はリリカへ向けていた。
「リリカさん、返済日は過ぎましたが、支払いのほうどうなってますかね」
ヒャクタの口調は穏やかだが、その声色には身も震えるような圧があった。
ヒャクタの言葉を聞いたリリカは、あっ!と声を上げて目を見張る。
「いっけない・・・返済日の方、忘れてた・・・」
リリカはオトコ・カウカウ・フィナンシャルに借金があった。正確には借りているところの一つであるが、特に多くの借金をしている会社である。
ここ最近のシュウ包囲網のゴタゴタで、つい利息を払うことも忘れてしまっていたのだ。
だからヒャクタは取り立てに来た。帝都から馬車で。リリカの障壁すら破り、超スピードで一心不乱に。
この取り立てへの凄まじい熱意が、この金貸しが恐れられている理由の一つである。
(ていうか障壁破ってくるなんて凄すぎるでしょう!)
シュウは自分がそこに金を借りなかったことに心から安堵した。
「ま、待ってくれ!金ならそこのシュウさえギルドに突き出せば、たんまり入ってくることになってるんだ!」
リリカはシュウを指さしながら必死に訴える。
シュウはビクッと体を震わせてから、逃走しようと駆けだす構えに入った。
が、ヒャクタはシュウを一瞥するだけで、特にシュウ確保に向けて動く様子はない。
「リリカさん、寝言言われたらかないませんなぁ。今この場で金を用意できなかったのなら、こちとら『制約』に乗っ取って処理をしなければならないんですよ」
ヒャクタの言葉を聞いて、リリカは更に顔色を悪くさせた。
「だ、だからシュウさえギルドに渡せば借金は返せ・・・」
「リリカさん、これまで何度も返済が滞ってますし、前回のときに『次は問答無用で強制執行ですよ』と言いましたよね」
「・・・」
リリカはこれまでに何度もオトコ・カウカウ・フィナンシャルへの返済を滞らせていた。
ブラックもブラック。既に後がない状態だった。
「リリカさん、『制約』は絶対です。強制執行が嫌ならば、今この場で遅延損害金と利息を払う。無理なら強制執行。で、どうします?」
「あうあうあー・・・」
リリカは目が死んで、口から涎を垂らしている。どうやら金が本当にない状態らしかった。
魂が抜けたリリカを見て、ヒャクタは支払いが不可能であると判断し、冷徹に声を発した。
「では強制執行に入ります」
リリカの終わりの足音が近づいていた。