視点はシュウへと戻る。
リリカが黒塗りの馬車で運ばれていくのを見送ったシュウの元へ、フローラが息を切らしながら走ってやってきた。
「シュウ様~~っ」
名を呼ばれ、シュウはホッとして振り返る。
・・・が、酔った時のブラックなフローラのことを唐突に思い出し、警戒して思わず体が硬直する。
「シュウ様!大丈夫でしたか!?何かされていませんか!!?」
フローラは心底心配そうにシュウの体中を見回して訊ねる。
その様子からは、もう酒に酔ったときにあったハチャメチャさは見受けられなかった。
ようやく酒が抜けたか、とシュウはホッとする。
「あっ!シュウ様・・・すみませんでした。私、たくさん迷惑かけましたよね・・・」
フローラは酔った時の自分がシュウに対してそれはもう凄い粗相をしていたときのことを思い出したようで、ひどく気まずそうに言う。
「いえ、大丈夫です。もう酒が抜けたなら何より」
正直えらい目に遭ったが、それでも怪我の功名とばかりに魔法拳を会得することが出来たので、そう悪いことばかりではなかった。魔法拳はライデンには不発で、まだ効力のほどはあまり試せてはいないのだが。
「それよりもフローラと合流出来た今、次のことを考えなければなりません」
フローラと合流出来たはいいが、これから自分達を取り囲んでいる追跡者達が押し寄せてくるという難関が待っている。
「予定外のことがありましたが、急流下りを今度こそ実行してこの聖地を脱出しますか・・・」
そう言いながら、シュウが急流のある方向へチラリと視線を向けたときだった。
「大変だ!何かあっちの方から冒険者の集団がゾロゾロ来てるぞ!すげー人数だ!」
聖地の住民である男が、慌てた様子で息を切らしながら走ってやってきた。
来たか・・・と、シュウは虚空を見上げながら思う。
男が「あっちの方」と言って指さした方向は、シュウが向かおうとしていた急流のある方向だった。
今すぐに急流まで向かったところで、冒険者と鉢合わせしてしまう可能性が高い。
「おい!何か向こうから冒険者がゾロゾロやってくるぞ!!」
今度は別の男が慌ててやってきてそう言った。
その男が示したのは別の方向。だが、今この聖地は全ルートから冒険者が迫ってきているというので、これからも似たような報告は上がって来るだろう。
「シュウ様・・・」
フローラが不安げにシュウを見つめる。
「少し遅かったようですね・・・」
急流下りで逃げるという手を使うには、やや遅かったようだとシュウは悟る。
そしてそれはこの聖地からの脱出そのものが手詰まりになったということ。
「すみません・・・私がふざけていたばかりに・・・」
「過ぎたことは仕方ありません。次の手を考えましょう」
実際フローラの泥酔による暴走がなければ、もしかしたら運命が変わっていたかもしれない。というかその公算は大だが、今から言っても仕方がないのでシュウは責めなかった。
(どうする・・・)
シュウは考えた。変装して別人になりすますか?土中に穴を掘って隠れるか?いろいろと考えている中、ゴソッと動く一つの影があった。
「ん?」
見るとそこにいるのは、オーガズムから立ち直ったライデンがいる。
『クルッポー』
何となく得意げな顔を浮かべたように見えるライデンが、シュウをジッと見つめていた。
「『お困りのようですね』と言ってます」
聖女は聖獣の言っていることが分かるようで、フローラが通訳する。何がお困りのようですね、だ。お前らのせいだろうと言い返そうとシュウが思っていると、ライデンが続けた。
『クルッポー』
「『よろしければ私の力を貸して差し上げてもよろしくってよ?』と言っています」
なんでお嬢様口調?と思いながらも、シュウは現実的に今、ライデンの飛行能力を頼るしかないかもと考える。
しかし、何故に偉そうなのか。いや、自分に需要があるのがわかっていてのことなのだろうが、そもそもが自分達を裏切ってピンチに晒す原因になった相手を引き入れると思っているのか。
「いえ、一度裏切った鳥は必ずまた裏切ります。そんな鳥になど頼らず、何か別の手を考えましょう」
シュウはキッパリとライデンの申し出を断ることに決めた。
ライデンはシュウ達を裏切り、先ほどまで死闘を繰り広げた相手だ。クチバシで頭を割りすらした。しかも手を組んだところで、高級餌一つで裏切る。
そんなふざけた鳥の望むがままになるというのが、シュウには我慢できなかった。
「そうですね」
『クルッポ!?』
フローラもあっさりとシュウの言葉を肯定する。
それを見てライデンはガーンとショックを受けた表情になってから、顔をさあっと青ざめさせた。
自分に思った以上の需要が無い事に気付き、どうにかしなければと右往左往していたかと思えば・・・
ズザーーッ
ライデンは突如として、シュウの前に器用に体を折り曲げてのスライディング土下座を披露したのだった。
『クルッポー!』
「『裏切ったことは許してください。何でもしますから』と言っています」
米つきバッタのようにガスガスと頭を地面に打ち付けて、ライデンは猛省している様子を見せる。
そこに聖獣としての誇りは微塵も感じられない、実に無様な姿であった。
「『リリカがいなくなった今、高級餌を食べるツテが無いんです!私を使ってかまいませんから餌をください!』と言ってます」
神聖なる存在であるライデンがたかが人間に頭を下げた理由は、やっぱり高級餌。どこまでも不浄な畜生鳥である。
シュウはおろか、周囲で聞いているヤックや男達も白けた目をライデンに向けている。もはや尊厳など微塵もなかった。
「ふむ・・・しかし、不安がありますね」
シュウは顎に手を当て考えるが、結局ライデンがどれだけ餌の虜になっていようが、裏切る可能性がある以上は信用できないと考えていた。
仮にライデンを信用してこの場を脱しようと背中に乗ったならば、今度もまた別の罠の場へと連れていかれる可能性もあるのだ。
「やはりここは・・・」
ライデンはやめておくか、とシュウが言おうとしたときだった。
「シュウ様。ライデンの裏切りを防ぐ方法ならあります。私に任せてくれませんか?」
「えっ」
フローラが思いもがけない提案をしてきたので、シュウは唖然とする。
(な・・・なんとかなるのか?あんな不浄な鳥が?でも・・・)
実際のところ、ライデンの飛行能力でしか現状を打破できる手は思いつかない。裏切りを防いでライデンを使えるならばそれにこしたことはないと、シュウは縋る気持ちでフローラに頷いて言った。
「お願いします」
シュウの言葉にフローラは大きく頷くと、今度はライデンの方を向いて言う。
「今、何でもするって言いましたね?」
『クルッポ?』
フローラの不穏な切り出しに、ライデンも何かを感じたのかビクッと体を震わせる。
今は背中を向けている形になっているので自分には見えないが、今彼女は帝都の酒場で自分を連れてけと詰めたときのような表情をしているのだろうなと、なんとなくシュウは予感していた。
「ライデン。あなたの安い頭を下げられたところで、私達の信用は手に入りません」
神聖なる存在であるライデンの土下座を安いとこき下ろすも、ライデンはもっともなので文句も言えずただただ頭を伏せるのみ。どんな言葉も受け入れるといった姿勢だ。
だが、フローラが次に放った言葉には、ライデンも違った反応を見せた。
「そこで、『聖獣の契約』を結ぼうではありませんか」
『クルッポ!?』
びくうっと、わざとか?と言いたくなるくらいライデンは大げさに体を震わせて反応する。
「聖獣の契約・・・?」
シュウにはフローラの言った言葉にどこか覚えがあった気がしたが、それが何であるかまで思い出すことが出来ない。
「聖獣の契約・・・いや、まさかそんな・・・っ!」
そんなシュウの隣で、シリアスな顔でヤックがこれ見よがしに驚いてみせている。
「えっと、度忘れしてしまいました。何でしたっけ」
いくら自分が破戒僧とはいえ、何だかヤックに聖神教会系の知識で負けていることにシュウはショックを受けつつも、どうにか気を取り直して訊ねた。
「聖獣の契約は、聖女が聖獣と交わす専属契約だ。確かに本来の契約相手のリリカ様が債務奴隷として俗世を離れた今、ライデン様の契約相手は空席まま。契約さえしてしまえばライデン様はフローラ様を裏切ることは出来ん」
「おお、それならライデンも・・・ん?」
裏切らないようになるならばこれで安心だ、と思ったシュウだったが、ここで疑問が一つ沸く。
「専属契約・・・?あれ?聖女一人につき一体の聖獣ということですよね・・・?」
フローラには既にホワイトキングという聖獣がいる。
正確には・・・いた。ホモになった挙句、人間になると勝手に決めてどこかへ行ってしまったが、いくらなんでも契約を破棄したわけではないだろう・・・とシュウは首を傾げる。
「そうだ。何故か姿を見ないが、フローラ様にも聖獣がいるはず。ライデン様と聖獣の契約など出来るはずがないのに・・・」
ヤックもどういうことかと頭を捻りながら、ライデンに契約を迫るフローラを見つめる。
「聖獣を二体以上契約する聖女なんて聞いたことがない・・・聖獣との契約の維持には凄まじい魔力が必要とされる。物理的にもあり得ない」
ヤックの言葉を聞くたびに、シュウは表情を引き締めていく。
シュウの頭の中では、リリカが去り際に言った言葉が思い起こされていた。
「フローラ様は・・・一体何者なんだ?ただの天才的な聖女という枠に収まっていないのではないか・・・?」
ヤックの言葉に、シュウは黙っていることしか出来なかった。
フローラには何かシュウがまだ知らぬ秘密がある。だがきっと、それは自分に害をなすようなものではないはず。
フローラとは一蓮托生。帝都では誓いも立てた。だから何が会ってもフローラを信じる。
そう、シュウは思い込むことにした。
(えっと・・・本当に大丈夫・・・だよね?)
思い込もうとしたが、ここのところ自分の知っている女達には悉く仰天するような秘密が後から後から出て来てばかりなので、シュウは少し・・・いや、かなり不安な気持ちになってしまっていた。