(フローラ・・・あなたは一体・・・)
シュウからいろいろと不安な視線を向けられているフローラは、そんなことも知らずライデンと向き合っている。
『聖獣の契約』
聖獣が聖女一人のみと結ぶ契約であり、契約をもってその聖女のために聖獣は盾となり矛となる。
既に聖女として世間的に死んだとはいえ、ライデンはリリカと契約を結んでいる身。
流石にライデンも滝汗を流しながら「ぐぬぬ・・・」と唸って悩んでいる。
聖女との契約を最後の最後まで重んじることこそが、ライデンの聖獣としての威厳を保つ砦となっていた。手遅れであるが。
「ライデン・・・」
煮え切らないライデンの前に、ずいっとフローラが身を乗り出す。
「あなたは本当にこのままで良いんですか?」
『クルッポ?』
問いかけるフローラの言葉には、言いようのない重い「圧」があった。
「このまま私と契約が結べなければ、リリカさん無き今あなたは高級餌にありつけることができませんよ」
『ク、クルッポー・・・』
グサッと何かがライデンの心に刺さった音。
あくまで餌によって心を動かされてしまうのが、今のすっかり卑しくなったライデンの限界であった。
「ここで私と契約しなければ、これからはあなたは自分で餌を見つけなければならなくなります」
「飲食店や街のゴミ集積場で生ゴミを漁ったり、公園を徘徊して一般人から施しを受けたり、そんな浮浪者みたいな生活を送りたいんですか!?」
「ヌクヌクと高級餌を得られる生活と、泥と埃にまみれた生ごみを漁る生活と、どちらをあなたは選ぶんですか!?さぁ、今すぐ決めなさい!さぁ!さぁ!」
フローラにグイグイ押され、ライデンは後ずさっている。
それを見ながらシュウは「うわぁ、かつて自分が帝都でフローラに詰められたときと同じだよ・・・」とかつての自分の姿をライデンをかけあわせていた。
ライデンはほんの少し悩んでいる風であったが・・・
『クルッポ!』
最後にはやはりフローラの手を取った。
仁義だけでは腹は膨れない。良質のご飯も食べられない。
ライデンは聖獣としてのプライドを完膚なきまでに捨て、安定した食生活のためにフローラの軍門に下ることを決めた。
『クルッポー』
ライデンはゴロゴロ転がってお腹を見せ、すっかり服従のポーズを見せる。本当にどこまでも落ちた聖獣であった。
「よろしい」
フローラはそんなライデンを見ながらニマァと笑みを浮かべると、スッと手をライデンの眼前にかざした。
パアッとフローラの手から眩い光が放たれる。
「おお、これが聖獣の契約・・・まさかこの目で拝める日が来るとは・・・」
ヤックが感慨深げにそう漏らす。
聖獣の契約は、聖神教会の関係者であってもまず目にすることはない。ごくごく一部の高位神官達のみの立ち合いによる厳粛かつ神聖は行事だからだ。少なくともこんな唐突でしかも力業で聖獣に迫って決行するような儀式ではなかった。
光は更に強さを増し、フローラとライデンの姿が直視できなくなる。
「これは・・・」
シュウは圧倒された。
フローラ達を中心に、爆発的な量の聖属性の魔力が噴き出し、大波のような勢いでシュウ達の体を打ち付けている。
シュウが使う一生分をゆうに超えるだろう魔力量が吹き荒れていた。
「まさかこれほど大掛かりなものだとは・・・」
神の使徒と呼ばれる聖獣と、聖神教会の象徴でもある聖女が結ぶ神聖な儀式。
ちゃちゃっと終わるような地味なものではないだろうとは思っていたが、スケールの大きさがシュウの予想を遥かに超えていた。
「へっ・・・!俺も魔力量には自信があったほうだが、こりゃもう格が・・・いや、もう生物としての規格が違うところまであるわ」
やや虚ろな目でヤックが茫然と呟く。
シュウもヤックに同感であった。元よりフローラの魔力が自分とは規格外に多いのはわかっていたつもりだったが、それでも自覚していた以上のスケールにただただシュウは言葉を失うしかない。
「聖女がここまでとは・・・いや、違うな。こんな大規模な魔力を要する聖獣契約を複数こなせるとは、これはただの聖女じゃない。フローラ様・・・あの人は一体何者なんだ・・・」
ポツリとしたヤックの呟きが耳に入り、シュウは彼の方に顔を向ける。
そのときだった。
「シュウ様!」
にっこりと笑顔を浮かべたフローラが、くるりとシュウの方へ振り向いた。
「契約が完了しました。これでライデンは、私達を裏切ることが出来ない奴隷となりました」
どうやら契約が完了したらしかった。
先ほどまで吹き荒れていた魔力の波も、凄まじく眩かった光も、今ではすっかり消えうせている。
『クルッポー』
奴隷化宣言されたくせに、何故か「神聖な契約を終えたぞ」と誇らしげなライデンが胸を張っている。
聖獣の契約の証なのか、先ほどまでは無かった足輪が着けられていた。
黒くて太く、そして何故か全周にトゲが生えているパンクなデザインである。
「これでライデンは裏切りません。裏切れば即座に足輪が反応してライデンごと大爆発を起こします。ライデンは花火めいて爆発四散してサヨナラです」
コントラストの無い瞳でフローラがニッコリ笑いながら言うと、ライデンは顔を青ざめさせながら自分の足輪をジッと見つめた。
聖獣の契約を反故にする代償は、結局は暴力。暴力は全てを解決するのだ。
「リリカさんの魔法障壁もそうでしたが、聖女の課すペナルティて中々重すぎませんか?いや、裏切られるよりは良いんですが・・・」
シュウはフローラだけは怒らせないようにしようと思った。どんな目に遭わされるかわかったものではない。
「シュウ様。ライデンが使えるようになった以上、早くこの場を脱出するべきです」
フローラの言葉に、シュウはハッとした。
そう、シュウは今こうしている間にも追い詰められようとしているのである。
「シュウさん」
シュウ達がライデンに乗ろうとしたその時、ヤックがこっそりとシュウを手招きした。
「これからいろいろと大変だろうが、頑張ってくれ。応援しているよ。リリカさんがいなくなった以上はこの聖地もどうなるかわからないし、俺はここを離れて故郷で仕事をしようと思うよ」
「そうですか。魔法拳の際はお世話になりました」
「それでなんだが・・・」
ヤックはブーメランパンツに手を突っ込むと、ゴソゴソと何かを取り出した。
それは名刺。あろうことかそんな不浄な場所から取り出した名刺を、ヤックは普通にシュウに手渡した。あまりに自然な動作だったため、シュウは抵抗する暇もなく「うげっ」と口に出しつつもそれを手に取ってしまう。
名刺には『バー・悪玉』と書かれたお店の名前のようなものが書かれており、そしてヤックの物と思われるキスマークがついていた。すぐにでも捨てたいと思うデザインである。
「俺の実家の酒場の住所が書かれてる。何かあったらそこに来てくれ。シュウさん一人くらいなら、『別の身分』を用意して匿うことくらいは出来る。もし事情があって一人になりたくなったら訊ねて来てくれ」
「えっ」
「もしかしたら必要になることがあるかもしれないからな。じゃあな!その名刺、フローラ様には知られないようにしとけよ」
意味深なことを言ってから、ヤックは踵を返して返事を聞くことなく走り去っていった。
「いや変なフラグ立てないでくださいよ!?」
これ以上面倒ごとはゴメンだ。だからヤックの名刺のこともさっさと忘れたいし捨てたい。
しかし、シュウは何か胸騒ぎのようなものを感じ、その名刺を捨てられずに懐に仕舞うのだった。
一人になりたいとき・・・
帝都でフローラと共に地獄へと誓った自分が、そう思うときが来るのだろうか。そんな思いを胸にしながら、シュウはフローラとともにライデンに乗り、そして大空へ飛び立ったのであった。