「エリーザ・・・」
シュウが目を見張り、ポツリとその名を口から洩らした。
喉がヒリヒリし、鼓動が激しくなり、シュウの世界から音が消える。
聖神教会十三騎将エリーザ。
聖神教会内でその名を知らぬ者はいないほどの彼女は、シュウの同期であり、そして・・・
「あなたはエリーザ!シュウ様の元恋人が何の用ですか!?あなたは過去の人です!亡霊です!シュウ様に近づかないでください!!」
フローラがエリーザの顔を見て過激に反応し、キシャーッと襲い掛からんとばかりに威嚇している。
そう、エリーザはシュウのかつての恋人であった。
そして、今なお心の奥底に残る深い傷跡をつけた人間である。
そのことをこの場で知っているのは、同じ組織に属している上に、聖女という肩書を持つというアドバンテージを最大限に生かしてシュウのことをじっくりねっとり調べ上げたフローラ・・・そして金と組織力を使って知ったセレスティアくらいである。
「シュ、シュウに・・・こ、恋人・・・?」
「まさか・・・だって先輩・・・素人童貞だって・・・(思い込み)」
「何なのよ!何かどんどん私が出遅れていくじゃない!元婚約内定者のはずなのに!!」
フローラの言葉を聞いて、元・光の戦士達のメンバー達が青ざめる。
だが、セレスティアは別の意味で顔を青ざめさせていた。
「ちっ、十三騎将エリーザ?なんで今更こんなところに・・・」
ギリッ、と爪を噛むセレスティア。
十三騎将は実力のみならず、権力的にも大きな力を持つ。ただの教会騎士ならセレスティアもそこまでは気にしない。だが、武力だけでなく権力もあるエリーザの相手は、いろいろな意味で非常に厄介だと思っていた。
女性陣はそれぞれ騒ぎになっているが、実は彼女ら以上に動転していたのが、シュウであった。
「・・・はっ!はぁっ、はぁっ・・・」
シュウの呼吸が荒くなった。
蓋をしていた過去が、いきなり姿を現したことで、シュウはらしくなく過剰に気が動転している。
今日一日で様々なことが起き過ぎているが、間違いなくこの日一番の衝撃はエリーザとの出会いであった。
ドラゴンの背に乗っての衝撃的な登場であるが、そのことなどどうでも良く感じるほどにショックを受けている。
「シュウ君!」
エリーザが乗っているドラゴンが近づき、アッという間に棒立ちになっているシュウの服の襟を掴んで、高く飛翔する。
「ファッ!?シュウ様ッッ!!」
ドラゴンと新女キャラの登場に固まっていたフローラは、迂闊にも反応に遅れてシュウを攫われてしまう。
「行かせるかよ!」
サーラ達が、飛翔して逃げようとするドラゴンに立ち向かおうと構える。
そのときだった。
「吐きぃ方ぁ始めぇーーっ!」
エリーザが、ドラゴンに対して号令をかける。
ゴォォォォォォォォォォ
ドラゴンがエリーザの言葉に呼応して急に向きを変え、口から灼熱の炎を追跡者達に向かって吐き出した。岩をも溶かす超強力なブレス攻撃を押し切って進むことは出来ず、流石に足を止められてしまう。
「ぎゃああああああ」
「おかあちゃあああああん」
哀れ冒険者達は、即死必須の極大の炎にビビりまくって散り散りになって逃走を開始する。
シュウ追跡隊の女達はどうにか魔法障壁などで炎を凌いだが、そうこうしているうちにドラゴンは既に空高く舞っていた。
「ライデンッッ!!」
空を飛ばれると追跡は不可能である。
フローラは必死になって、行動不能に陥っていたはずのライデンの名を呼んだ。
聖獣の契約は、一時的になら聖獣を強制的にコントロールすることも出来るものだった。満身創痍だろうと関係ない。シュウを攫った女の逃走を許すまいと、フローラはライデンの命を削ってでも強制的に呼び出そうと契約を利用したのだ。
『クルッポー』
サーラによってズタズタにされたはずのライデンが、力強く飛翔してフローラの元に参上する。まだダメージが残っていて無理しているために脂汗をかいているが、強制力が働いている上に、逆らって裏切りと判定されて足輪が爆発したら嫌だから必死に飛んできたのだ。
「ライデン!あのドラゴンを追うのです!」
フローラがライデンの背中に乗り、消えゆくドラゴンの背中に向けて指を指し示したときだった。
『ク、クルッポーッ!?』
ゴロゴロ・・・
突然、ライデンが豆鉄砲を食らったような顔をしたと思えば、悲鳴を上げながらのたうち回り始めた。
「は?え?」
振り落とされたフローラが、茫然とライデンを見る。
見ると、ライデンは白目を剥いて口から泡を吹き、のけ反りながらピクピクと痙攣していた。見るからに異常事態とわかりやすい状態である。
「こ、これはっ!?」
ライデンに寄り添い、驚きに声を上げた男がいた。
それはヤックだった。シュウを見送ったはずのヤックが、説明役として自分が必要だと使命感に駆られわざわざやってきたのだ。
ヤックはライデンの体をまさぐり、確信を持ったように言う。
「やはりこれは・・・」
「もったいぶってないで早く言ってください、変態」
ブーメランパンツ一丁の変態姿のヤックに、フローラはイライラしながら答えを促す。
「これは、シュウさんが前に放った攻撃が効いているんだ」
「は?シュウ様の攻撃・・・?飛ぶまで何ともなかったじゃないですか」
「いや、実は効いていたんだ。表面的なダメージは無いように見えたが、恐らくライデン様も気付かないうちに内蔵をやられていたんだ。そして今、フローラ様が酷使したことによってダメージを受けていた内臓が限界を迎えたんだ」
「あっ、ふーん・・・」
フローラは何だか気まずくなり、そっぽを向いて口笛なんぞを吹きだした。
「シュウさん・・・聖獣をノックアウトさせるなんて、どこまで底知れぬ力を持っているんだ?あの人は一体・・・」
遠い目をしながら、勝手に締めに入るヤック。
ちなみに、そんなことをしているうちに、シュウ達は誰の視界からも消えるほどに遠くにいってしまっている。
どっちにせよライデンが動けないのであれば、追跡はほぼ不可能。
フローラは、まさかの超展開でシュウと離れることになってしまった。
だが、この後更なる超展開が始まり、これ以上無いほどの激震が始まるのである。