「あああああ!もうやだ!ほんとやだ!」
シュウが目の前で攫われたり、思うように物事が進まないストレスでフローラはヒステリックに叫び出す。
極限状態に追い込まされたフローラの目には怪しい光が宿り、その姿にはこれまで様々な修羅場をくぐってきたはずのサーラ達でさえ、思わずゾッとする寒気を感じた。
いや、恐怖を感じているのは見た目だけではない。言葉に言い表せない何やら怪しいオーラが今のフローラから湧き出ており、サーラ達はそれを本能的に警戒していた。
ガスッガスッと地団太を踏んでいたフローラだったが、突如としてピタりとその動きを止め、やがて抑揚のない声で言った。
「・・・はぁ、面倒ですね。これはとっておきでしたが、やらざるを得ないようです」
打って変わって落ち着き払ったかのような態度に、サーラ達は怪訝な目を向ける。
ザッと、誰もが無意識のうちに距離を取っていた。フローラに纏わりつく不穏なオーラが、一気に爆発的に膨れ上がったからだ。
「お嬢、下がってくだせぇ!」
オーバーキル達がセレスティアを庇う様に前に出て、そして彼女を後方へ下がらせる。誰もが肌で分かるほどの、危険な匂いが今のフローラから発せられていた。
何をする気だ?
誰もが動けず、最高レベルの警戒をしていたその時・・・
「うわああああ!なんだこいつら!?」
冒険者の誰かが悲鳴を上げ、場の空気が乱れた。
エリーザのドラゴンといい、とことん空気読まないやつらばかりだなと思ってその場にいた者達が声のした方へ一斉に視線を向ける。
そして、目玉が飛び出るほど仰天することになった。
「なっ!?」
「あ、あれは・・・!?」
「ま、まさか・・・」
そこにいたのは、その場にいた誰もが度肝の抜かれるほどの衝撃を受けるものだった。
フローラのことなんて、一瞬にして頭から消え去るほどの。
「黒鉄の壁・・・?」
目を見開いたセレスティアが、ぼそりと口から洩らした。
そう、今この場に突如として現れたのは、まんま『黒鉄の壁』と呼ぶに相応しい姿をした、黒色の甲冑に身を包んだ騎士達であった。
ズラリと横並びになっている様は、まさに壁。甲冑の兜はフルフェイスで顔を見ることが出来ないものだが、そのデザインも相まって、この場にいる誰もこの先には通さない、逃がさないと言わんばかりの威圧感が感じられた。
「バカな・・・黒鉄の壁?どうしてこんなところに・・・」
サーラがゴクリと唾を飲む。
帝国では・・・いや、世界中、誰もがその名を聞いたことくらいはあるはずの知名度を誇るのが『黒鉄の壁』。彼らはドレーク帝国騎士団で圧倒的な強さを持つ精鋭中の精鋭部隊『黒鉄の騎士団』・・・通称『黒鉄の壁』である。
黒鉄の壁が動くときは、帝国の有事とさえ言われるほど普段彼らは帝都以外で活動をしない。それだけ帝国にとって秘蔵っ子と言える部隊なのだが、それだけに彼らが実際に帝都以外で動いているのを見た者は少ない。
故に彼らの活躍は、いつだって噂の中で聞くのみ。だが、その噂はどれも聞くだけで度肝を抜かれるようなものばかりであった。
そんな伝説と言える黒鉄の壁が、今目の前に現れている。
この場にいる者の誰もが衝撃を受けるのは、至極当然のことであった。
騎士達の中から、ひと際大柄の騎士が前に出る。
「我々は、ドレーク帝国の『黒鉄の騎士団』。そして吾輩が団長であるスコーンである」
大柄の騎士がそう名乗ると、ドッと騒めきが走った。
「やはりそうか!」
「騎士団長スコーンか!あれが・・・」
黒鉄の騎士団の名も有名だが、その団長を務めるスコーンの名もまた有名であった。
単身で大型の火吹き竜を借り、オーク群れをも肉弾戦のみで一人で制圧するなど、「人類最強の一人」と呼ばれるほどに武勇伝を重ねている男である。
立場が立場故に対決は叶わぬが、勇者ライルとどちらが強いのか?と予想を立てる者もいたくらいであった。
「それにしても、スコーンが一体どうしてこんなところに来たんだろう・・・」
誰もが疑問に思いながら、スコーンの次の言葉を待った。
騒めきが静まったのを待っていたのか、しばらく沈黙していたスコーンが再び口を開く。
「我々がここに来た目的は、帝国の治安を乱した手配者・・・『光の戦士達』の元メンバーを捕まえるためである」
ザッと、誰もが「あっ!」と元『光の戦士達』へ目を向けた。
サーラ達はしばし茫然としていたが、やがて思い出したかのように顔を青ざめさせる。
ここしばらくはシュウ狩りのために団結していために誰もが忘れそうになっていたが、彼女らは帝国の指名手配犯なのだ。大手を振って歩けない立場なのである。
「・・・って、黒鉄の壁が出てくるほどのことですか!?」
アリエスが信じられないとばかりに声を上げる。
確かに彼女らは帝都で騒ぎを起こした。しかし、そんな彼女らを捕まえるためにドレーク帝国の秘蔵っ子である黒鉄の壁が出てくるのは、あまりに行き過ぎていると思っていた。
そんなアリエスの疑問に、スコーンが答えた。
「これは、我の独断である」
「えっ?」
スコーンの答えに、アリエスだけでなく誰もが目を丸くする。
「私には、独自の判断で騎士団を動かせる権利がある。今回はその権利を行使し、君たちを逮捕しに来たのである」
スコーンの言葉で、辺りは一瞬静まり返った。スコーンは続ける。
「君たちは、俺を裏切ったのである。その恨みが、自分をこのような職権乱用へと駆り立てたのである」
その一言で、またもドッと騒ぎになった。
「裏切った?黒鉄の壁が出てくるくらいなんて、一体何やったんだ・・・」
「なんかドッシリしてそうなのに、職権乱用で追ってくるとかだいぶねちっこくない?」
「それにしてもうざい特定語尾だな」
「それより一人称統一しろよ」
冒険者達が騒めく一方で、サーラ達は困惑していた。
サーラ達は、スコーンとはほとんど面識が無かった。言葉を交わしたことさえない。
それなのに、何故か私怨で追われるほどに恨まれている。彼女達が困惑するのも無理はなかった。
スコーンは、まずはサーラを、次にアリエスを指さして叫んだ。
「諸君らは、清く強く美しい、実に気高い乙女だと、我は信じて陶酔していたのである!それがどうだ、実際は仲間内で一人の男を奪い合い、あまつさえ純潔を散らしたというではないか!汚らわしいのである!」
「・・・は?」
騒がしかった空気が、またも硬直した。
「帝都で騒ぎを起こした罪人である以上、逮捕する必要がある。その後、体に隠している危険物が無いか取り調べを念入りにするのである。どうせ汚れているのであれば、これ以上汚したところでもはや何も問題はないのである。あぁ、レーナの方は綺麗なままであるな。それならばまずは吾輩の純潔を彼女に捧げてから・・・あぁ、夢が膨らむのである・・・」
スコーンは夢と共に股間を膨らませながら、気持ち悪いことを言っている。
処女厨にして、究極拗らせ童貞であるスコーン。伝説の男は私怨は糞みたいな暴走を起こしており、この場にいた誰もが思考を停止しそうなほどに衝撃を受けていた。
団長であるスコーンの命令でやむなくこの場に駆り出された黒鉄の壁の騎士達は、フルフェイスの裏で情けなさのあまり悔し涙を流している。
ここに来てとんでもない男が登場してしまい。もはやサーラ達からしてみれば、シュウを追うどころではなかった。