ほんの数分・・・
フローラが行動を起こしたほんの数分で、状況は一変した。
帝国最強と言われ、勇者パーティーという超一流の冒険者であるサーラ達ですら手を焼いていた通称・黒鉄の壁こと黒鉄の騎士団。
彼等は今、団長のスコーンともに、全員が地面に倒れ伏していた。
「ぐっ・・・ぐぬぬっ・・・」
いや、スコーンだけは片膝を着きながらも、倒れまいとして必死に意識を保とうとしている。
だが、自慢の帝国最高性能の甲冑はボロボロにであり、ところどころが破損し、乳首や股間など大事なところだけ隠れたほとんど裸同然という誰得の状態になっている。
全身が絶え間なく流血し、顔色は悪く、生まれたての小鹿のようにプルプル震えて虚勢を張っている・・・完全にどう見ても戦闘不能・・・いや、もはやそれを通り越して命に係わる状態であった。
黒鉄の騎士団が『黒鉄の壁』と呼ばれる所以に、団員達の屈強の肉体と最強の甲冑によって成り立つ絶対的な防御力を持っていたことが一つあった。
しかし、今黒鉄の騎士達は誰一人として満足に動ける者はいない。全員がゴミ屑のように地面に転がされている。周辺の地面は激しく抉られ、彼らに想像を絶するような凄まじい攻撃がなされただろうことは、現場を見ていなくても想像に難しくないような状況である。
「な・・・何ですか・・・あれは・・・」
アリエスは目を丸くし、茫然としながらそう呟いた。
その場にいた全員の目に映っているもの。
フローラが召喚したあるものが、黒鉄の壁を容易く打ち下したのであった。
「九尾の狐・・・」
「えっ・・・?」
アリエスの呟きに答えるように、レーナが言った。
「昔の書物で読んだことがあるわ。かつて国を滅ぼしかけ、最強の一つと呼ばれた太古の魔物・・・」
『光の戦士達』として活動していた時は、常に冷静で(最近はそうでもないが)取り乱すことの無かったレーナが、今は顔を引き攣らせ、体と声を震わせて冷や汗をかいている。
フローラが召喚したもの・・・それは、レーナが言うように九つの尾を持つ、眩い白銀の毛色を持つ大型の狐であった。見る者を魅了する美しい外見だが、底知れぬ恐怖を感じる圧倒的なオーラを放つ、誰から見ても規格外の生き物である。
九尾の狐は、フローラに召喚された直後、その尾を使い黒鉄の騎士達を薙ぎ払った。
危険を察知したスコーンはすぐさま防御陣形を布くよう騎士達に命じたが、まるで意味がなかった。最強の甲冑も、陣形も、防御姿勢も、圧倒的な破壊力を持つ尾によってなすすべもなく砕かれ、数分で黒鉄の騎士達は全滅させられたのだ。
「なんで・・・?もしかして、フローラの聖獣?そんな・・・だって・・・」
困惑したアリエスは、九尾の狐をフローラが召喚したことが理解できない。
聖獣というには、レーナが言うように魔物に近い、あまりに邪悪な雰囲気を持っている。そんな九尾の狐を、聖女であるフローラが何故従えているのか。フローラに直接問いただしたいが、今の彼女は何やら見る者を圧倒するような異様な雰囲気を放っており、修羅場をいくつも経験したアリエスでさえ怖気づいてしまっていた。
「・・・なるほど、情報通りスーパー聖女ってやつだったか」
フローラを見つめながら、セレスティアは煙草を近くに立つオーバーキルの男から貰い、口に咥えて火を着ける。
シュウが非喫煙だと知り、セレスティアも合わせようとすっぱり煙草を絶っていたが、今、動揺している自分を落ち着かせようと思わず吸い始めてしまっていた。
セレスティアはシュウのことだけではなく、ライバルであるフローラのことも調べている。
その情報の中には、フローラが規格外の聖女・・・スーパー聖女であること。そして聖獣を複数従えるだけの能力もあることも含まれていた。
だが、九尾の狐をフローラが従えていることについては、流石に初耳であった。
「なんだよありゃ・・・あんなんいるなら、馬もハトも必要ねぇだろ・・・反則じゃねぇか。もったいぶってないで最初から出しとけよ」
「お嬢・・・気になる所はそこっすか」
「そりゃ気になるだろ。きっと、あれを使役するのに何か制約があるんだろうな・・・じゃなきゃ、ダーリンをむざむざ目の前で攫われたりするもんかよ」
セレスティアの指摘を耳にして、フローラはちらりと彼女の方へ向いたあとに冷たい微笑を浮かべて言った。
「さぁ、どうでしょうね?けど、一つ確実なことは、私がその気になれば・・・今この場にいる黒鉄の騎士団以外の皆さんも、一瞬にして血祭に上げられるということです」
フローラの瞳には、一切温かみの感じられない絶対零度の冷たさがあった。
余計なことをするならば、本当に殺されそうな迫力があり、その場にいる誰もが息を飲み、動きを止める。
だが、その中で一人、神妙な表情を浮かべながら、勇気を出して踏み出した者がいた。レーナである。
「ねぇ、一つ聞かせて。それは聖獣なの・・・?」
レーナは問う。
今のフローラ・・・九尾の狐からは圧倒的な恐怖を感じるが、それでもレーナは知的好奇心を堪えることが出来なかった。
ここでそんなん聞くなんてどんなメンタルしてんだよ、と皆が無言のまま内心でレーナにツッコミを入れたが、確かに誰もが気になることであった。
聖獣は基本、白い。ホワイトキングや、ライデンもそうだ。そして、今フローラが召喚した九尾の狐も白い。見た目だけなら聖獣の一体だと見えなくもないが、しかし、九尾の狐から発せられるオーラは明らかに聖獣のそれとは思えないほどに禍々しい。
「九尾の狐・・・古の魔王に匹敵する魔物と呼ばれていたこともあったと聞いているわ。もしかして・・・その魔物なんじゃないの?」
「魔王に匹敵する魔物、それなら確かに」と、無茶苦茶な強さと狂暴性に納得がいくと、レーナの言葉を聞きながら皆は思っていた。
しかし、もし聖女であるフローラが魔物を従えていたとなれば、それは天地がひっくり返るような大騒ぎだ。聖神教会の聖女達の信用も、一気に失墜することだろう。それは世界のバランスをも大きく崩しかねないスキャンダルであった。
フローラは黙っている。
黙っているが、答えねばならない。九尾の狐は、既にこの場にいる大勢の人間に姿を見られてしまっているのだ。
誰もがフローラの返答を待ち、ゴクリと緊張で唾を飲み込んだ。
だが、フローラがフッと怪しい微笑を浮かべて言い放った答えは、全く予想だにしていなかったものであった。
「そんなもの、聞いてどうするんです?どうせ聞いてもすぐに忘れますよ」
「「「は?」」」
こんな凄まじいもの見させておいて、忘れるわけないだろうがと、多くの者が一斉にツッコミを入れそうになったその瞬間であった。
それはほんの一瞬。
フローラと九尾の狐を見ていた者達の視界が、眩い光に包まれた。
「・・・あれ?」
光が消え、視界が戻ったそこには、何とフローラ達の姿がなかった。数秒もしないような時間の中で、忽然と姿を消したのだ。
だが、皆が困惑しているのは、そこではない。
「・・・えっと・・・あれ、何が起こっていたんだっけ」
「あれ・・・えっと、どうして黒鉄の壁がぶっ倒れてるんだ?団長のスコーンはどうしてあんな際どい恰好を?変態か?」
フローラ達以外にこの場にいた者達は、何と先ほどまでの彼女らに関する記憶が、全て綺麗さっぱり失われていたのであった。