エリーザの遠征は、すぐには終わらなかった。
一つ終われば次。それが終わればまた次と、偶然に偶然が重なって帰還予定は延びに延びた。
「ふざけるんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
すぐにシュウに会わないといけないのに会えないストレスは、討伐対象の魔物達に強烈なヘイトとなって降りかかった。
早く終えて帰りたい。その一心が、エリーザを修羅に変えた。
「な、なんだあれは・・・」
「こわっ」
「キモッ」
同僚の騎士達は、その光景を見て唖然とした。
エリーザは命令を無視して真っ先に単身で敵陣に突っ込み、かき乱したのだ。
いや、正確には「かき乱した」では表現が足りない。血の雨を降らせた。一人で虐殺を始めた。そう言えるレベルの無双状態を見せたのだ。
敵の反撃を恐れず、一心不乱に剣を振る。それはまさに狂戦士と呼ばれる有様だった。返り血と自らの負傷の流血とで真っ赤に染まったエリーザの姿を見て、いつしか『血しぶき大将』と異名がつけられるようになる。
かくして異常なほどの頑張りにより、遠征を従来の相場より大幅に狭めただけの武功を立てたエリーザは、数か月後にようやく帝都に帰還した。
だが、そこで知らされたのはシュウが特命を帯びて既に教会本部にいないこと。
そして、レウス司教の娘であるレーナと婚約(内定)したという事実だった。
「そんな・・・」
愕然とするエリーザは、自室でシュウからの書置きがあることに気が付いた。
「君との日々は楽しかった。どうか君に相応しい、高位な身分のイケメンと幸せになってほしい」
男女の関係の終わりを告げる内容の書置きだった。
元の身分差に加え、自分がお茶会で見せてしまったやり取りが生んだ誤解を考えれば、あまりに当然の結果だとエリーザは思った。
「シュウ・・・君・・・」
書置きを胸に抱き、涙を流すエリーザ。
胸に蘇るのは、シュウとの楽しかった日々。それと同時で社交界で良い気になって、油断のあまりシュウに致命的な誤解を与えてしまったことの後悔。
そして、聖騎士などという立場を守るために、何にも優先してシュウとの関係修復をしなければならないタイミングで遠征などに出ていた自分の愚かさに対する自責の念だった。
「誤解・・・解かなきゃ・・・」
虚ろな目になりながら、そう呟いたエリーザのその後の行動は極端だった。
まず、貴族の自分との決別である。
「一体どうしたんだエリーザ!?私達と縁を切るなどと・・・」
突如として、もう貴族としての交流を一切絶つと言い出したエリーザに、流石に実家の侯爵家の面々は狼狽した。
エリーザは侯爵家の社交のツールとして非常に重要な役目を担っており、彼女が距離を取れば、経済面でも社交面でも、たちどころに侯爵家は立ち行かなくなってしまうのが現状であった。
「私は貴族ではいられない。貴族でいようとしたら、シュウ君とどんどん離れなきゃいけなくなる!」
動揺して説明を求める侯爵に対し、エリーザは半ば泣き叫ぶように言った。
侯爵は顔を真っ赤にして、反射的に言い返す。
「シュウだと!?あの男が何だというんだ!奴とはもう切れたはずだろう!」
「・・・え?」
侯爵の言葉に、エリーザは唖然とする。
シュウと自然消滅した状態になっていることを、何故知っているのだろうかと驚愕した。
エリーザの様子に気付かず、頭に血が上った侯爵は更に続ける。
「あんな目が開いているんだか、閉じているんだかわからないような平民のことは忘れろ!お前には一癖も二癖もあるが、公爵位の立派な男との縁談を取り決めてあるのだ!」
「なっ・・・何ですって・・・?」
自分が頼んでもいない縁談を、何の相談も無しに進めていることにエリーザは衝撃を受けた。
そして、一つのことに気付いてしまう。
「・・・まさか」
平民のシュウが、何故貴族の茶会に超絶不自然に居合わせたのか。
全ては、シュウの存在が縁談の邪魔になると考えた侯爵の手によるものだったのではないかと。
ここでようやく冷静になった侯爵は、エリーザがいろいろ察してしまったことを予感した。
そして、視線を逸らしながら、絞り出すような声で言う。
「・・・お前のためだ。私はお前の幸せを願って、ぶべっ」
「死ね」
プスッ
エリーザは剣を侯爵の右頬に突き刺し、物理的に言葉を遮った。
「ぎゃあああああああっ!!」
悲鳴を上げる侯爵を無視して、エリーザは颯爽と侯爵邸から出て行こうとする。
エリーザに疎遠になられると困る侯爵夫人は、私兵に「エリーザを取り押さえて」と慌てて命令した。
しかし、私兵は動けなかった。
エリーザの遠征時における鬼神のような働きは、既に帝都でも話題になっているからだ。いち貴族の私兵が飛びかかったところで、一瞬にして三枚おろしにされてしまうのがオチである。
何よりエリーザの表情が悪鬼羅刹のような恐ろしいものになっており、目には「殺」という字が浮かんでいるようにすら見えていた。
「今後私に関わったら、四肢を落としてダルマにしてから市中引き回しの上に、最後は火あぶりの刑にしてやるから。じっくり弱火で」
底冷えするような声で恐ろしいことを言って、エリーザは今度こそ侯爵邸をあとにした。
「奥様・・・あれは人ならざる何かです。関わるべきではありません・・・」
その場にいる誰もが、失禁して床を濡らして突っ立っていた。こうしてエリーザは、実家と今度こそ本当に縁を切ったのだった。
「くっ・・・もっと早く気付いていればっ・・・!」
エリーザの目から悔し涙が滲む。
しかし、それは家族との別れの悲しさではなく、シュウと離れてしまったことの悔しさからによるものだった。