時間は現在へ戻る。
「・・・はっ!?」
シュウは意識を取り戻した。
随分と長い間、かつてのエリーザとの思い出について回想にふけっててしまっていたが、今だシュウは高所にてドラゴンに宙吊りにされたままである。
(ああ・・・そうだ)
シュウは思い出す。
かつて身を固めても良いと本気で考え、そして裏切られたことを。
心に傷を負った。反動でどうしようもないほどに、巨乳好きになってしまった。心の傷を癒すのに、一体どれだけの金を娼館に溶かしてしまったか!とシュウは憤る。何とも情けない怒りだった。
「高位貴族の娘として生きていくのではなかったのですか?どうしてこんなことをしているんです?」
シュウはドラゴンの上に跨るエリーザに向かって、嫌味を込めて問う。エリーザが機嫌を悪くして、ドラゴンの掴む足をパッと離させたら、シュウはたちまち地面に真っ逆さまだというのに、大した胆力であった。
「・・・っ」
シュウの言葉に、エリーザは傷ついたような表情を浮かべる。その顔を見てシュウは一瞬「言い過ぎたか?」と思ったが、それでもかつて彼女の本音によって深く心を傷つけられたのだから、これくらいは良いじゃないかと思いなおした。
が、本当に「げっ」となるのは、これからであった。
「シュウ君ッ!ごめんなさい・・・っっ!!」
「・・・は?」
エリーザが、目から大粒の涙をポロポロと流し始めたのである。流石にシュウもこれには驚愕した。
かつてのシュウが知るエリーザは、プライドが高い故に、これほど素直に謝罪の言葉を発するような人間ではなかったからだ。
「昔のことは、全部私が悪いのっ!私が馬鹿だったから、シュウ君をたくさん傷つけちゃったのよねっ!!」
とめどなく涙を流すエリーザを見て、シュウは急に居たたまれなくなった。ドラゴンも「どうすんだよ?この空気」と責めるような目でシュウを見下ろしている。
「えっ・・・私が悪いんですか・・・?」
昔されたことについて少しばかり嫌味を言っただけなのに、どうして向こうが被害者みたいになってるの!?女はズルくない!?と、物凄く納得できないように顔を顰めながらも、シュウはどう声をかけたら良いものか考えていた。
だが、シュウが何か言葉を発する前に、エリーザが口を開く。
「私は貴族として生きるつもりなんてない!シュウ君さえいれば良かった!シュウ君に伯爵家で変なこと聞かれたかもしれないけど、あれは本心じゃなかったの!」
「・・・は?」
かつてシュウが侯爵の策略により、伯爵家で立ち聞きしてしまったエリーザの発言のことを言っているということは、シュウにはすぐにわかった。
しかし、今さら何を言おうと言うのか。もう終わったことだ。何も言わないでくれ、とシュウは思う。フローラから、光の戦士達の女性陣から、もう女性関係で悩みが増えるのは勘弁だった。
「シュウ君を愛してる!貴族の地位なんて要らない!シュウ君さえいればいい!昔から、今まで私の気持ちは変わらないわ!」
しかし、エリーザは言ってしまった。愛の告白を。
「エリーザ・・・!」
シュウは思わず目を見張る。
エリーザが正面切って自分に愛を伝えることなど、昔のことを含めても初めてのことであった。それだけ素直じゃないのだ。二人の関係はかつて「実質恋人」であったが、それでも正式にお互いの立場を言葉で確かめ合ったことは無い。「言葉にせずとも」という阿吽の呼吸での間柄であり、恋仲と分類されるものの中でも実に不完全なものであった。
その壁を壊すなら、自分の役目になるだろうとかつてシュウは思っていた。そのためのプロポーズのつもりだった。
だが、破局して数年経った今になって、エリーザの方から愛の告白をしてきている。
エリーザの登場から何から含めて、シュウはとにかく驚かされっぱなしである。
「一体何を・・・言っているのですか・・・?」
シュウはエリーザの言葉に、理解が追いつかなかった。
自分がかつて傷ついた失恋も、実は誤解があってのことだったとは簡単に納得できるはずもないので、当然のことである。何しろその誤解をきっかけにして風俗狂いになってしまったのだ。
しかし、本当に理解が追いつかなくなるのはこれからだった。
「大丈夫、シュウ君。私はもうシュウ君一筋だから。聖騎士だってシュウ君が嫌ならやめるから。侯爵家だって潰したから、もう貴族籍なんて未練も何もないわ」
「は?つ、潰した・・・?」
侯爵家というのは、エリーザの実家である。実家を潰したというのか?と、シュウは驚愕した。
「うん。私とシュウ君の仲を引き裂いたから、潰してやったわ。侯爵も爵位を返上してどこかに労働に出てるっていうけど、詳しくは知らないわね」
一度は執着を持っていたはずの侯爵家を潰しておきながら、その後のことには全く興味がないようで、何でもないことのようにエリーザは語る。
確かに侯爵には腹立ったが、まさか実の家族であるエリーザがオーバーキルとまで言える制裁を加えていたなど思いも寄らず、シュウは口を半開きにしたまま言葉も出ない。
「だからね、シュウ君。もう私達の間に障害なんて無いのよ。随分と回り道をしちゃったけど、これからは二人で幸せになりましょう」
エリーザが、ニコリと笑みを浮かべて言う。
シュウには、その笑顔が恐ろしいものにしか見えなかった。