記念日となる日だった夜、一人寂しく床に着いたライルだったが、翌日の目覚めは唐突だった。
『緊急事態だライル君』
ライルの脳内に、突如として男の声が響いたのだ。
「んぁ!?」
突然の声に跳ね起きたライルは、眠気眼で周囲を見回すも誰もいない。
「あれ・・・?今、脂ぎったおっさんのような声がしたんだけどな・・・」
ライルが首を傾げていると、再び脳内に声が響く。
『油ぎったおっさんで悪かったな。私だ。レウスだ』
怒気をはらんだ声でそう言われて、ライルはビクゥッと肩を揺らした。
「あわわわわわ・・・」
ライルの寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。
(そうだ!レウス司教に貰った緊急用の通信具があったんだ!)
ライルは自分の耳につけてあるピアスにソッと手をやる。
これは魔法通信具と呼ばれる最先端の魔法科学の盛り込まれたアイテムであり、どれだけ離れていても対になる通信具を持つ者と話が出来るというものである。
極めて高価である上に、動力として定期的に上質な魔力を注がねばならないため、使用できるのは極一部の上流階級だ。
ライルはスポンサーであるレウスから緊急の依頼などを受けることもあるために、この通信具を渡されていた。
「どうも、ご無沙汰しています・・・」
ライルは気まずそうにレウスに挨拶をする。
脂ぎったおっさん呼ばわりしたこと以外にも、ライルにはレウスに対して後ろめたいことがあったからだ。
レウスの部下であるシュウを断りもなしに追放してしまったことである。
ライルは勇者として名を上げているが、これまでにスポンサーとして多額の助成金を出してもらっている手前、ヒエラルキーは微妙にレウスの方が高い。
勇者として名を上げたとはいえ、これまでに金に困らない生活を送ってきたライルは、レウスが怒って金を出してくれなくなったら生活水準を落とさねばならぬので困るのだ。
『挨拶はいい。それより緊急事態が発生した。すぐに対処してもらいたい』
ビクつくライルを他所に、レウスは特に怒りを引きずるでもなく話を切り出す。
いつになく真剣な雰囲気に、ライルは緊張でゴクリと唾を飲み干した。どれだけ面倒くさい案件持ってきたんだろ~などと考えていたが・・・
『私の部下のシュウが、聖女であるフローラを連れ去った。直ちにフローラを連れ戻してもらいたい』
「・・・えっ!?」
レウスの言葉を聞いて、ライルは唖然とする。
シュウが・・・フローラを・・・連れ去った・・・?
『今朝、フローラが教会からいなくなったのだ。居所を探させたところ、どうやらシュウがフローラをかどわかして駆け落ちしていることがわかった。彼らはまだ帝都にいるようだからすぐに』
「フローラって、あの可愛くて胸が控えめから普通の間くらいの、あの聖女のフローラですか!?」
レウスの言葉を遮って、ライルは早口で問いかける。
『む、胸・・・?どうだったかな・・・とにかく、聖女フローラと言えば、一人しかいない。君も知ってるフローラだ』
「そ、そんな・・・シュウと駆け落ち・・・だと・・・?」
レウスの返答を聞いて、ライルは茫然とする。
ライルはフローラと面識があった。
とは言ってもライルがレウスと会うために教会に行ったときに、いくらか話す程度であったが。
しかし、ライルはフローラに対して特別な感情を抱いていたのだ。
顔、体、雰囲気、全てが彼の好みドストライクだった。
「僕が先に好きだったのにーーーっ!!!!!!!!」
ライルの突然の大絶叫に、通信具の向こう側のレウスが「ヒェッ」と小さく悲鳴を上げる。
「会話はそれほど多くなかったが、少しずつ着実に気持ちは通じ合えるようになっていたはずなのに・・・シュウ、またもお前が横取りするのか・・・!」
身勝手で一方的な怒りを燃やすライル。
実際のところは、フローラは一切ライルに対して異性的な感情は抱いていなかったが、ライルはフローラの『聖女として』の世間体営業スマイルですっかり自分に気があると勘違いしてしまっていたのだ。
多くは話さずとも、気持ちは通じ合っている・・・などと、わけのわからない脳内恋愛に酔っていたのである。年単位で。
レーナやサーラ達はハーレム要員であるが、フローラはライルからすると本命も本命、ド本命だった。
他の女はともかく、フローラだけはすぐに肉体関係にならずとも、じっくり愛を育んでもいいなとすら考えていた。
体はレーナ達、心はフローラで満たそうなどと勝手に仕分けていたのである。
「シュウと駆け落ちなんてそんなのダメだ!このままではフローラが・・・僕のフローラが穢されてしまう・・・!」
早く何とかしないと!と、焦燥感に駆られるライル。
だが、そんな彼の心をレウスの言葉が打ち砕いた。
『穢される・・・?あー・・・、純潔の話をしているのなら、多分既に手遅れだ。宿屋で一晩しっぽりヤッてたみたいだから・・・』
「は・・・?」