勇者ライルと駆け落ち中のシュウ。
その二人が睨みあいが始まると、周囲はシン・・・と。静まり返る。
神妙な表情のシュウ。
そしてどこか余裕そうに微笑を浮かべるライル。
普通に考えれば、勇者であるライルにシュウが叶うはずもない。
だから決着は一瞬。ギャラリー達は、その瞬間を見逃すまいと、固唾を飲んで見守っていた。
(よし・・・!)
良いタイミングで静寂が訪れてくれたと、シュウは思った。
仕掛けるなら今だと、シュウはすうっと息を吸ってから、遠くまで聞こえるように声を張り上げる。
「ライル!図々しいのは百も承知!ですが、どうか私達を見逃してくれませんか!?」
「・・・!」
「確かに、私達は周囲への迷惑も考えずに、許されざる愛を貫こうとしている!ですが、それでもどうか・・・かつての仲間としてのよしみで今だけは見逃してほしいのです!!私達の愛に目を瞑ってほしいのです!!」
シュウは情に訴えかける作戦に出た。
歯が浮くセリフだとシュウも自覚して悶えそうになっているが、ここは何としてもやりきらないと自分の命が危ないから、内心半泣きで必死で演じる。
だが、シュウとてこの茶番劇でライルが心変わりしてくれるとは本気で思っていない。
ライルは本気でシュウを殺そうとしていた。そんな目をしていたことをシュウはよくわかっているからだ。
しかしそれでも・・・
『そうだぞ勇者!二人のことを見逃してやれよ!!』
静寂を破って、ギャラリーの一人が声を上げた。
それをきっかけにして次から次へと声が上がる。
『そうよ!聖女様は他にも何人もいるんでしょ!?一人くらいいいじゃない!』
『仲間だったんだったら、祝福してやれよ!』
『教会の犬に成り果てて、大切なことまで忘れるつもりかよ!』
『見逃してあげてーっ!!』
『・・・さっきから気になってたんだが、勇者なんか勃起してないか?』
静寂に包まれていた広場は、一瞬にしてギャラリー達の叫び声に包まれる。極一部あまり関係ないのを除き、どれもがシュウ達を見逃してやれよという内容だ。
ビリビリと振動しそうなほどの怒号に、ライル達以外の『光の戦士達』のメンバーは流石に気圧される。
そう、勇者達には弱点がある。それは『世間体』・・・シュウはそこを突いたのだ。
世界でも知られている勇者パーティー『光の戦士達』。その名声はここ帝都では誰もが知るほどであるが、それ故にライル達は自らの名を貶めるような行動は取りづらい。
『教会から脱走しようとしている聖女を捕まえる』
本来なら別段、悪いことをしているわけではない。
務めを放棄して脱走しようとしている聖女に非があるわけであるし、強力な聖魔法を使うことが出来る聖女はそもそもが存在自体が強大な軍事力。簡単に手放せるわけがないのである。
だが、ギャラリー達の大半を占める一般人達はそんな事情など気にしない。
許されざる愛を貫こうとしているカップルが、教会によって阻まれようとしている・・・彼らに見えている事実はこれだけなのだ。
そして教会に指示されるままシュウ達に立ちはだかるライル達は、『権力に媚びる者』『真実の愛の敵』であり、今この場で猛烈なヘイトをぶつけられる対象になっている。
こうなるとライル達も動きが取りづらい。
対応に迷えば隙が出る・・・それがシュウの狙いだ。
フローラが『大恋愛の駆け落ち』を演出し、大衆に知られるようにと事前に打った工作は、こうして狙い通りに着実に効果を現わしていた。
『あの神官の男、聖女との仲を嫉妬した司教に掘られてたんだろ!?』
『穴という穴を開発し尽くされたって話だ!』
『それでも聖女との愛のために、必死で耐えていたらしい!』
『穴って・・・口とケツと・・・後はどこだよ?やおい穴?』
『そんな・・・それに耐えてまで貫く愛・・・なんていじらしいの!』
シュウがレウスへの嫌がらせのために流させたレウスがホモという噂は、いつの間にか凄まじい速さで尾ひれをつけて広まっていた。
今はそれが相乗効果を生んでシュウ達に味方しているが、自分に憐れむ視線が集まることで「帝都から逃げられたとしても、自分はずっとここで『レウスに開発された男』として名を残すことになるのか・・・」と、シュウは自業自得ながら微妙な気分になる。
「ライル・・・どうするの?」
すっかりアウェーの空気に飲まれ、少し怯んだレーナがライルに問う。
強引にシュウ達を捕まえれば、壮絶な一般人の怒りを買うことになる。仕方がないといえば仕方がないが、それでも簡単にそれを決断することは出来なかった。
場の空気は、いずれ暴徒化してライル達に襲い掛かってきそうなレベルにヒートアップしているからだ。
「別に。やることは変わらないさ」
レーナに問われたライルは、なんてことないように答える。
すっかり萎縮している他メンバー達とは違い、ライルに動じた様子はなかった。
ライルにはレウスが仕込んだ策があった。この状況をひっくり返すだけの策が。