シュウは逃げ出した。しかし、ただ逃げただけではない。
ギリギリまで見極め、これ以上ないタイミングで駆けだした。
そのタイミングとは、レーナ達が互いを攻撃しようと仕掛けだした直後である。
このタイミングならば、攻撃対象に意識が集中しているので、シュウが動き出したところで気付くことはなく、もし気付いたとしても彼女達はすぐにそれに対応することが出来ないはずである。
互いが殺し合っている以上、攻撃対象から意識を逸らせば命取りになるからだ。
シュウは武術家として磨き上げられた脅威の動体視力を用い、その後一秒後には完全に攻撃モーションの最中になるだろうタイミングを選んで駆け出した。
フローラを抱きかかえた状態でも静止状態から100メートル5秒フラットで走るシュウの瞬足ならば、後から気付いても追いつくことはない。
(タイミングはバッチリ。あとはフローラを抱きかかえ、それで・・・あ、馬はどうする・・・?いや、流石にあれを回収してたら捕まる・・・)
呑気にそんなことをかんがえながら、シュウは気絶しているフローラを回収しようとした。
「ッ!?」
ぞわりと殺気がして、シュウは思わずその場から飛びのいた。
ザクッ
直前までシュウがいた場所に、無数のナイフが突き刺さる。
「なっ!?」
それはシュウの足を狙った、サーラの投げナイフだった。
だが、彼に迫る脅威はそれでは終わらない。
ビキッ
「・・・ッ!」
ナイフを避けられたシュウだったが、いつの間にか彼の足は氷で固められ、地面と縫い付けられて動けなくなっていた。
レーナによる氷系の魔法によるものだった。
そして目の前には、シュウの行く手を阻む、デンッとそびえ立つ魔法障壁。
アリエスが展開したものだ。
「・・・すっかり魔法障壁馬鹿みたいになってますね・・・他に無いんですか?」
「私だけひどくないですか!?」
思わず漏らしてしまったシュウの辛辣なツッコミに、アリエスは涙目になりながら抗議する。
「っていうか、どうしてこんなときだけきっちり足並み揃えて連携できるんですか!?」
殺し合いが始まろうとしていたレーナ達だったが、彼女達はシュウが逃げ出したのを即座に察知。
阿吽の呼吸で互いへの攻撃モーションを取りやめ、すぐにシュウ確保のために連携してみせたのだ。
シュウでなくても思わず抗議するだろうだけの、驚異的なまでに理不尽な展開である。
「なぁ・・・アタシ達の決着の前に、まずはシュウが逃げ出さないようにする方が先じゃね?」
サーラが呆れ顔で言った。
「そうね。手足を使えなくしたほうが良さそうだわ」
レーナが同意する。
「まずはシュウ先輩をダルマにしてから、続きをしましょう」
魔法障壁馬鹿と言われてまだ怒りの冷め止まぬアリエスが、コントラストの無い瞳で微笑を浮かべながら言った。
「だからなんでこんなときだけ仲良くできるんですかね」
シュウは呆れ顔で言いながらも、それでも内心はどうにか逃げ出せないか考えていた。
「シュウが逃げるから悪いのよ」
レーナがシュウに向けて手をかざす。
(もはやこれまで!?)
脱出の手を探るも、もはや問答無用でシュウをダルマにしようとしているレーナ達を前に、シュウは諦めムードになっていた。
そのときであった。
ババババババババ
「ガッ!?」
耳をつんざくような破裂音がしたかと思うと。アリエスの体が突如何かに弾かれてすっ飛んだ。
「あ?・・・グッ!?」
怪訝な顔をしたサーラが、何が起きたのか理解する前にアリエスと同じように吹っ飛ぶ。
そして間を置かず最後にレーナが吹っ飛んだ。
「え?」
呆気に取られるシュウの視界から、一瞬にしてレーナ達の姿が消える。
彼女達は弾かれたまま、起き上がることも出来ずに倒れこんだままだった。
バババババババババ
破裂音は続く。
地面を削り、建物を弾き、レーナ達周辺にある物全てが次々に弾け飛んでいく。
「これは・・・」
空気を圧縮した攻撃魔法であることにシュウは気付いた。
空気を豆粒ほどの大きさまで高度に圧縮し、相手にぶつけて弾けさせるという、シンプルであるが強力な攻撃魔法である。
特徴としては見た目の割に威力が高いこと。そして、上達次第で連射が可能であることだ。
対魔物戦で使う者もいるが、対人・・・主に暗殺で使われることも多い魔法だった。
その特徴故か、使用する人間が限られるニッチな存在の魔法である。
シュウはこの攻撃魔法の使い手に心当たりがあった。
「・・・やっぱり・・・何故・・・?」
シュウが空気魔法が放たれたと思われる方向へ目を向けると、そこには彼が想像していた通りの者達がいた。
白で統一された中折れ帽とスーツを着込んだ男達が、ズラリと横一列に十数人で並んでいる。
「トンプソン・・・ッ!」
『トンプソン』。
それは帝都の裏社会で最も大きな力を持ち幅を利かせている、ギャング達の名である。
白のスーツを着込んだ男達は、トンプソンの実行部隊「オーバーキル」と呼ばれる連中で、裏社会で非常に有名であり、彼らが姿を現したときは必ず誰かが死ぬときと言われている。
「ぐぐっ・・・なんだ一体・・・?」
空気魔法を受け、体の節々にダメージを負ったサーラが混乱したまま起き上がる。
ババババババババババババ
サーラが動いているのを見て、オーバーキルは皆一斉に右手人差し指を向け、指先から再び空気魔法を連続で放ち出して攻撃を開始した。
彼らは完全にサーラ達三人を標的にしており、魔法がシュウに当たることはない。
だが、その代わりサーラ達には十数人が一斉に休みなく魔法を注ぐため、まさに蜂の巣状態になるまで攻撃を受け続けた。
地面がすっかり無残に抉られ土煙を上げ、三人の姿が見えづらくなっても攻撃は続く。
射線上にあるものはベンチなどの小物から建物まで、あらゆるものが粉砕され形を無くしていた。
攻撃対象を周囲を含み徹底的に破壊し尽くすやり方から、彼らはオーバーキルと呼ばれている。
「おう、お前ぇ」
オーバーキルの一人の男が、口に葉巻を咥えながらシュウに声をかけた。
「さっさと逃げな」
そう言って傷の回復薬であるポーションと、魔力回復薬であるマジックポーションをシュウに投げてよこした。
「は????」
二つのポーションは名うての冒険者でもそうそう数多く持てない高級品であった。
なぜそれをくれるのか。シュウが混乱していると、男は「さっさと行けや!!」と怒鳴りつける。
「ッ!!」
意味がわからないが、とりあえずチャンスはチャンス。
シュウはペコリと頭を下げ、足に張り付いた氷を地面を蹴り上げて破壊してから、言われるがままに逃走を開始した。
(もう何が起きても驚かないや。とりあえず逃げましょ)
この一日で一生分驚いたシュウは、立ち直るのも早かった。