セレスティア・アドネイドは、アドネイド子爵家の長女である。
アドネイド子爵家は、爵位こそ子爵と下の方であるが、表向きの領地経営とは別の帝都の闇に触れる裏稼業を担う「トンプソン」を組織し、その影響力を広げている「なんちゃって低位貴族」だ。
裏稼業によって得た莫大な資産とパイプ、そして独自の軍事力を持つことにより、公爵家ですら頭が上がらない存在となっているのが、アドネイド子爵家である。
というか、帝都においてはビッグ3の軍事力を持っているために、基本誰も逆らえない。
そんなアドネイド子爵家の長女として生まれたセレスティアは、元荒くれ冒険者である父クレウスによって大事大事に育てられた。
「俺より強いやつじゃないと(セレス)ティアを嫁がせられないな」
「くだらない男がティアに言い寄ろうものなら、俺がこの手でぶっ殺してやる(物理)」
「ティアと交流できる男は、まずは俺が(圧迫)面接をして合格したやつのみだ」
娘を異常に可愛がるクレウスは、セレスティアと接する異性は一切の妥協無く審査にかけ、そしてその悉くを不合格とし、セレスティアは幼馴染とすらろくに異性と接することなく17歳まで生きてきた。
だが、自分に対して過保護であるクレウスに対して恨みを抱いているかと言えば、そうではなかった。
幼い頃から父をはじめ、元冒険者や傭兵で構成されるトンプソンの屈強な構成員を見て育ったセレスティアからすれば、クレウスの厳しい選定眼にかけるまでもなく、並の男では相手にする価値もないと思っていたからだ。
セレスティアは男女共学の貴族学園に通っていたが、男なら放っておけないだけの絶世の美少女であるにも関わらず「アドネイド子爵家の娘」として恐れられ、男達は遠巻きに見るだけで決して彼女と接しようとしなかった。
しかし、あるとき怖いもの知らずの男子生徒がセレスティアに目を付けた。
「やぁ、僕はスリーロック侯爵家の長男ジード」
「・・・はい?」
「君、良かったら僕と友達になってくれないかな?君はいつも一人きりでいるから、ずっと気になっていたんだ」
「あ?」
お前友達いないだろ?自分がなってやるよと言わんばかりの失礼な物言いをしてきたのは、侯爵令息のジードだった。
容姿端麗、成績優秀と来て、高位貴族でありながら差別的な態度を取らず、下位貴族とも親しげに接する気さくな男として学園内で絶対的な人気のある男子生徒である。
セレスティアは思わず地が出て「あ?」とメンチ切ってしまったが、鈍いのが豪胆なのか、ジードはそれを気に掛ける様子はない。
「僕が君の孤独を癒してあげたい」
普通の女子生徒が見たらそれだけでうっとりしてしまいそうな笑顔を、ジードは壁ドンしながらセレスティアに向けた。
が、言っている内容は完全に勘違い君のそれである。
セレスティアは別に孤独ではない。むしろ女友達は多くいたし、何なら密かにファンクラブがあるくらい女子達に慕われていた隠れアイドルといったレベルだ。
だが、ジードはセレスティアに見惚れるあまり、周囲にいる他の女子達のことが目に入っても認識されておらず、それ故に彼女が孤独であると勝手に勘違いしていた。
そう、ジードは完璧人間に見せかけた残念なやつだったのだ。
そんなジードは、孤独(に見えた)から救おうというお節介7割、下心3割でセレスティアに狙いをつけていた。
周囲の友人は
「アドネイド子爵家の令嬢だぞ!?お前命が惜しくないのか!!?」
「綺麗な薔薇には、棘があるのさ。・・・いや、それはもう、ほんと獰猛な」
「アドネイド令嬢に迂闊に半年前に声をかけて、いまだに病院から出てこない男を知っているぞ」
と、セレスティアの危険性についてジードに伝えていたが、「そうか、それ故に彼女は孤独なのか」とより一層ジードはセレスティアに気を向けるようになり、誰もが匙を投げた。
そして、ついにジードは止めの声も聞かずセレスティアに接触してしまったのである。
それもとても失礼な物言いで。
「どうかな?友達になってくれないかな」
「はぁ・・・」
ジードはそう言って顔を寄せる。
セレスティアは不快な気持ちでいっぱいだったが、ジードは学園で一つ上の学年で先輩だった。
そのために「何だこのわけわからねー生き物は?」とセレスティアは呆れつつも、とりあえずは丁寧に応対しようと思った。
むんず
「んがっ!?」
丁寧に……と思ったが、ジードを生理的に受け付けず、ついセレスティアはジードの鼻を力強くつまんでしまった。
「ふんっ!」
そのまま力いっぱいぶん投げて、ジードは壁に叩きつけられる。
鼻が折れ、朦朧としながら涙目になったジードは、セレスティアを見上げて唖然とした。
「あ、やば・・・つい」
そこまでやって、ようやくセレスティアは我に返った。
つい、の割にはアクションが多めだが「ま、いっか」と、一言で済ませててんで悪びれる様子もなく、セレスティアはジードにメンチを切って言った。
「スリーロック侯爵令息様。せっかくお申し出ありがたく存じます。大変申し訳ございませんが、ワタクシ友人には恵まれておりますの。お気遣いは無用ですわ」
言葉遣いは丁寧だが、はっきりと拒絶の意思を伝えるセレスティア。
しかもゴミを見るような目で見下している。こうまでされれば、どれだけ鈍くても拒否されているとわかりそうなものだが・・・
「君・・・それは本心じゃないんだろう?君はそうやって頑なに殻に閉じこもるつもりか?」
勘違いもここまで来ると天晴なジードは、折れた鼻を気にする様子もなく、なおもセレスティアに迫るが、あまりのキモさと腹立たしさに思わずセレスティアはキレてしまった。
「しつけーな!お前みたいなもやし野郎なんて相手にしたくねーんだよ!そのマッチのような細腕せめて三倍くらいに太らせてしてから出直して来いやこのダボがっ!!」
セレスティアが激昂すると、あまりの迫力にジードは目を白黒させてへたり込んだ。
「あ、いけね」と、再び我に返ったセレスティアは「それではご機嫌よう」と口に手を当てホホホと笑いながらその場を後にする。
一連にやり取りは実はそこそこの数の学園生徒に見られていたのだが、この一件でジードは大恥をかくことになった。
一方で、暴力行為を働いたとしてセレスティアは教師より厳重注意(家が家なので報復を恐れて厳しい罰は与えられない)を受けるも
「アドネイド子爵令嬢様、やはり素敵ですわ・・・」
「殿方よりも逞しいですわ」
「あの方に比べたら、殿方なんてカスですわ」
と、同性からの評価は上がっていた。
ジードは人当たりが良くて人気はあるが、足癖が悪いという噂もあり、アンチも少なからずいたのだ。
セレスティア・アドネイド。
親譲りの獰猛さと口の悪さを持つ、貴族学園の中でも極めて濃い存在として君臨していたこの女が、遠からず男に狂うことになるなど誰が予想しただろうか。