ジードは「筋肉修行」と称して、山籠もりを始めた。
そして、それと同時にセレスティアに手紙を送るようになる。
「ほ~お、恐れ多くもティアに手紙を送ってくる命知らずがいるとはなぁ・・・」
青筋をビキビキと浮かべながら、初めて異性からのセレスティアに送られた手紙を見つめるクレウス。
スリーロック侯爵家の蝋封が無ければ、今にも引き裂かんばかりである。
クレウスはトンプソンを率いる闇社会のトップであるが、それでも表向きの爵位・・・上下関係を最初から無視するほど傍若無人でもない。
「スリーロック・・・?なんだっけ」
セレスティアは自分で鼻をへし曲げておきながら、ジードのことを覚えていなかった。
手紙を読むと、つらつらと愛の言葉が綴られていたのだが、それらを読んでいくうちに、すぐに思い出すことになる。
『愛しの貴方に折られた鼻と、近頃肉の付き始めてきた筋肉がうずうずします』
「鼻・・・?あぁ!アイツか!」
鼻、で思い出したセレスティア。
侯爵令息になんてことを・・・と、普通なら顔色を青くさせるところだが、セレスティアは面倒くさそうに顔を顰めながらため息をついた。
「うっざ。何コイツ嫌味で言ってんのかよ」
舌打ちし、煙草を咥え火を付けてから続きを読む。
内容をまとめると
・セレスティアに鼻を折られてから恋焦がれている
・セレスティアに言われた通りに、腕を最低三倍には太らせてから再度話をしにいく
・そのために今筋肉修行をしている
・それが終われば自分と会ってほしい、
ということだった。
セレスティアは人生で初めて送られた恋文がこれか・・・となんとも言えない気持ちになった。
巷で聞くようなものと随分と違うのだなと。
「随分と変わった男の子ね」
微笑を浮かべながらそう言ったのは、セレスティアの母であるウィンクであった。
アドネイド子爵家の正統後継者で、トンプソンの実質的なトップである。
アドネイドは代々女傑の一族であり、婿養子を取って子爵を代行させ続けている。クレウスも婿養子だ。
「けど、男の子は馬鹿なくらいで丁度良いのよ」
「丁度良いようなレベルの馬鹿ではない気がするんだけど」
ジードに対して割と肯定的な母だが、セレスティアは何とも懐疑的だ。
父クレウスも割と短絡的なところがあるので、母の好みがそうなのだろうなとセレスティアは理解しているが、彼女自身としては馬鹿な男はゴメンだった。
「筋肉修行を終えたら会ってほしい・・・だと?ははっ、その日がコイツの命日だな」
クレウスは壁にかけてある長ドスに目を向けながら、顔だけで笑って言った。
良かった、侯爵令息を手に掛ける気満々だけど、受け入れるつもりはなさそうだと、セレスティアはクレウスの言動を見て胸を撫でおろす。
アドネイド子爵家は女傑の一族。
慣例として夫に迎える男は本人の意思が最優先されるし、実質的な帝都の実力者であるために、格上の貴族からの縁談の申し出も断ることだって出来る。
だが、万が一にも両親が貴族としての体裁を気にし始め、侯爵令息であるジードからの熱心な縁談の申し込みをしてきたら、あるいは折れてしまうこともあるのではないか?というのをセレスティアは危惧していたのだ。
セレスティアの懸念は、それから数か月後に現実のものとなることになる。
『日々の鍛錬の中で、これまで自分がどれだけ甘え、筋肉を侮った愚かな生き方をしていたかを痛感しています』
『心身ともに研鑽されていく様が、手に取るようにわかるようで嬉しい。筋肉が嬉しい悲鳴を上げておるのが、私には確かに聞こえるのです』
『アドネイド嬢には感謝しきれません。貴女におっしゃっていただけなければ、これほどまでに筋肉と向き合える機会など訪れなかったでしょう。そしてそれは、人生において大きな損失であるということを今の私であれば理解できるのです』
ジードの手紙は、セレスティアから徐々に自らの筋肉への愛に満ちた内容に変化していった。
セレスティアは呆れに呆れ、手紙が来るごとにジードへの嫌悪感を募らせていったが、両親はそうではなかった。
「ふん、青二才が。そんなことに今更ながら気付くとはまさに愚かの極みよ。だがまぁ、気付けただけマシというものだが」
「ふふ、貴方ったらそんなこと言って、まんざらでもないのではなくて?まるで若い頃の貴方を見ているようだわ」
「バカな。俺はガキの頃から筋肉を蔑ろにしたことは一度だってないわ!」
セレスティアへのジードの手紙は、クレウスの意向により検閲が入るのだが、内容を見たときの反応は悪くなかった。なんなら回を増す毎にクレウスは態度を軟化させているように見えた。
残念なことに、両親とジードの波長が合ってしまっていたのだ。
『最近、恐ろしいと思うことがあるのです。私のこの筋肉はどこまで成長してしまうのかと』
「恐ろしいのはお前の脳だよ」
『今は私の統制下にありますが、このまま成長をし続けると、いずれ自我に目覚めて私の意思を乗っ取ってしまうのではないかと危惧しているのです』
「既に筋肉に脳を侵されてるよ」
『私の筋肉が意思を持ち暴れだせば、もはや私には抑えることが出来ないかもしれない。どうかその時は、貴女の手で私を討っていただけないでしょうか?・・・いえ、泣き言を言いました。自らの筋肉は、自らの責任を持って始末をつけてみせます』
「何言ってんだコイツ?」
読みながらツッコミを逐一入れたくなるほどの滅茶苦茶な内容の手紙に、セレスティアはジードに対して嫌悪感を超えた恐怖感すら感じるようになった。
「ふん、男なら誰しもが一度はぶつかる悩みだな」
「貴方も悩んでいた時期があったわね」
両親は共感しているようで、セレスティアにしてみればこれもまた恐怖だった。
ていうか父親も同タイプだったのかと嘆いた。
『 また 筋肉 せいちょう したー うれしかった です すごい うま 』
手紙が来てから一年弱になると、いよいよ脳も筋肉に支配されてきたのか、文面も怪しくなってきた。
筋肉のことだらけで、セレスティアについてはついに一言も触れなくもなっており、このままいけばもしかしたら自分のことも忘れてくれるかもしれない・・・と淡い期待をするようになっていた。
「ふっ、筋肉に溺れて溺死しろ。ジード・スリーロック」
もう会うこともないだろう。バカな男と結婚するようなことにならなくて良かった・・・セレスティアはそう安堵していたのだが、残念なことに、山籠もりから一年強・・・ついにジードから会いたいと手紙が来てしまうのだった。