ジードは地獄のようなトレーニングの中、ついにはセレスティアのことを忘れそうに・・・いや、実際にほぼ忘れそうになっていた。
だが、肉体改造を極限まで進め、「筋肉とはなんぞや?」と悟りの境地に達し、禅問答を繰り返しているうちに「あれ?そもそもなんでこんなことになってるんだっけ?」と思い返し・・・
「あっ!セレスティア!!忘れてた!!」
愛しい人の名を数週間ぶりに口にしたジードは、居ても立っても居られずに下山を決意した。
ちなみに、ジードは修行の最中も、手紙の送達や身の回りの世話などをするために侯爵家から従者が二人ついていたのだが
「やっと山から下りられる!」
「もう山菜尽くめの生活は勘弁・・・」
ジードのはた迷惑な筋トレ修行から解放された二人は、涙して喜んだという。
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アドネイド子爵家にスリーロック侯爵家から一通の手紙が届いた。
差出人はジードではなく、その父であるスリーロック侯爵からであった。
『息子は見違えるほどに男を磨いてきたようだ。どうか一度だけでも良いから、息子に機会を与えてくれてはくれないだろうか。そして息子の情熱を、資質を、筋肉を見定めてもらいたい』
侯爵からの手紙は要約するとこのような内容だ。
修行から戻ってきたジードを見て、侯爵は何か心変わりするだけの衝撃を受けたらしく、それまでの「アドネイド子爵家と関わらない」としてきた態度を一変させたのだ。
「えっ、親子揃って脳筋?」
手紙の内容を見せてもらったセレスティアはドン引きである。
「いや、スリーロック侯爵はそんな人間じゃない。どちらかというと頭でっかちのもやしっ子・・・爵位が上で無ければ相手にするに値せんほどの雑魚という印象だった。社交界でも、俺を怖がって視線も合わせぬほどのカスだ。その侯爵が息子と会ってくれ、など驚天動地も良いとこだ」
クレウスは顎に手を当て唸りながら、思い出すように言った。
アドネイド子爵家を恐れているのはスリーロックだけではなく、ほとんどの帝都の貴族が同じである。
それでもとりわけスリーロック侯爵はアドネイド子爵家と距離を取っていたほど、臆病で平和主義者だったのである。
「けど、そんな侯爵をこうまで変えてしまうなんて、一体ご子息はどれだけの変貌を遂げたというのかしらねぇ?」
「・・・ふんっ!面白そうだから会うだけ会ってやろう」
最初はジードのことを認めないと豪語していたクレウスも、送られてきた手紙でシンパシーが沸いてしまったのか、すっかり「認めているけど素直になれない」ようなリアクションになってしまっている。
「あわわわわ・・・」
それを見ていたセレスティアは、いよいよ外堀が埋まってきていることに危機感を覚えた。
このままではセレスティア自身がどれだけ拒否しても、強引に周囲にジードとの婚約を押し切られそうな空気になってしまっている。
「ベティ!私ぁどうしたらいいんだ!?」
自室に戻り、セレスティアは侍女であるベティに助けを求めた。
ジト目にギザッ歯、火がついていてもいなくても口から離さない煙草。頬に入った蛇のタトゥーが特徴的な威圧感丸出しの外見の彼女は、セレスティアが子供の頃から仕える侍女だった。
ベティもセレスティアを妹のように思っており、主君であるはずのクレウス達よりもセレスティアに寄り添ったスタンスを取ることもしばしばで、セレスティアは彼女に絶大なる信頼を寄せていた。
「そっすね・・・それなら、『アドネイド式歓迎の儀』をしてやれば良いんじゃねッスか?」
アドネイド式歓迎の儀・・・
数十代前の当主が、新たに婿入りする予定の男に対して行ったものである。
男が乗ってきた馬車に向け攻撃魔法や飛び道具などで攻撃の雨を降らせ、生きていたらアドネイド家の家族として迎え入れるというイカれた儀式だった。
「アドネイド家の男となる以上、腕っぷしや精神力だけでなく、強運もなければならない。これは試練のようなもの」と当時の当主は言ったが、実のところ婿入り予定の男のことを快く思っておらず、体よく始末するための方便である。
結局、婿入り予定の男は運よく生きていたものの、「こんなイカれた家系に来られるか!」と至極当然に憤怒して婚約は破談に。
だが「男を試すにはちょうど良いかもしれない」と、その『アドネイド式歓迎の儀』という試練と称した処刑は、たびたび実行されることになった。そんなイカれた闇の習慣がアドネイドには続いた時代があり、それがまたアドネイド家の名の恐ろしさに拍車をかけている。
数代前に流石にその儀を行うのはやめるようになり、今ではその存在を知っている者すら少数だが、ベティはこの『アドネイド式歓迎の儀』をやれと提案したのだ。
「流石にそれは・・・いいのかなぁ?」
セレスティアもこの血なまぐさい因習については知識があったが、あまりに突拍子もなかったために思いつかなかった。
が、戸惑ったふりをしながらも、心はすっかりベティの提案に乗る気満々で顔はニヤついている。
「私のお嬢に手をつけようだなんてゴミは、バラバラにして畑の栄養にしてやるっス!」
ジードを殺す気満々と言わんばかりの闘志を溢れさせるベティを見て、セレスティアは胸を撫でおろした。
屋敷ではジードを支持する空気が流れ始め、自分の味方はいないと不安になっていたのだ。
スリーロック侯爵家という格上の相手からの縁談、そしてジード自身にも両親が悪印象を抱いていないとすれば、あれこれ強引に縁談をまとめられてしまうのも時間の問題だとセレスティアは懸念していた。
だからジードがやってくるその日、セレスティアは本当に『アドネイド式歓迎の儀』を決行した。