セレスティアは最初にジードからアプローチを受けてから、頭から完全に彼を拒否し続けて来たわけではない。トンプソンの人員を使って、ジードの人となりについて調査をしていたのだ。
拒否するには拒否するなりに、受け入れるなら受け入れるなりにジードのことを理解するべきだと考えるのが、セレスティアなりの誠意であった。
「お嬢の相手に相応しいかどうか、あっしが野郎の穴の穴までじっくり調べて上げて御覧に入れやす!」
「そこまでしなくていい!」
セレスティアのためならと異様にやる気のある配下に調査を任せ、ジードの過去の調査はもちろん、山籠もりの様子までがっちり張り付いて人となりを把握しようとした。
そして今・・・
(あ、やっぱこの男無理だわ・・・)
セレスティアは冷めた目でジードを見ていた。
ジードはその視線に気づかず、クレウス達に対して自分の山籠もり時の魔物と遭遇したときの武勇伝について熱く語っている。
ジードは確かに山籠もりの際、遭遇した魔物を自分の手で撃退していることはセレスティアも調査で把握している。
だが、真実はジードが魔物と戦ったのは肉体改造がある程度進んでからの話であり、山籠もり最初の頃は随伴していた二人の使用人がジードの代わりに魔物を撃退していた。
その話がすっぽり抜け落ちているどころか、あたかも遭遇した魔物は全て自分の手で倒した、何なら使用人の存在などなかったと言わんばかりの物言いをしており、そこにセレスティアは嫌悪感を示した。
ジードは侯爵令息。
使用人達は冒険者上がりの平民。
高位貴族の令息であるジードが、平民の使用人を軽んじることは別におかしいことではない。使用人に対して甘い顔ばかりする貴族は、他の貴族から侮られることもある。古い家であればあるほど、使用人の存在など空気のように考えているところも少なくなかった。
だからジードの武勇伝に使用人達の話が一切出てこないのは変なことではないのだが、使用人達の存在を軽んじて考えることのできないセレスティアは、ジードという人間をどうしても受け入れることが出来ない。考え方の違いなのだ。
人の手を借りておいて、それを無かったことにして自身の武勇伝として語り続けるジードの言葉は、どれもが上滑りしてセレスティアの心に響くことはなかった。
アドネイド家・・・トンプソンは配下を大事にし、決してその存在を軽んじることはないので猶更だった。
それだけでなく、ジードの過去の風評についてもセレスティアは調べ上げていたのだが、そこでも悪感情を抱く材料があった。
実家の爵位に関係なく人当たりが良く、人助けにも積極的な優しい性格をした好青年。
それが概ねの学園での評価であったが、実際はジードは自分にとって有益となる者にしかそう接することはなかった。
実家が太くなくとも、交友関係の広い者・・・スリーロック家の手がけている事業と繋がりが持てそうな者・・・あるいは都合良く搾取できそうな者・・・
きちんと相手を選んでジードは良い顔をしていたのである。
だが、自分によって有益でない者は相手にもしない。空気扱いなのだ。
勿論、そういった扱いをされる層からの評判は良いわけがないのだが、総合的なジードの評判の良さに隠れて、そういった噂は広まることがなかった。
(気に入らねぇ・・・)
貴族の世界は裏表の顔を使い分けるが常。人助けとて打算で行うのも当然。
むしろジードのようなタイプこそが普通なのだが、どうしてもセレスティアは受け入れられない。
打算抜きで人を助けることの出来る熱い人間などそうそういるものではないが、そういったことの出来る男こそがセレスティアの求める理想の男性像であり、ジードはむしろそれからかけ離れているタイプだった。
(それに・・・)
ジードはそのルックスと好青年ぶりのためか、良く女にモテた。
調査によると、深い仲になった女性も何人かいたくらいだ。
だが、そんな女性達と別れ話や暴力を巡るトラブルを何件か起こしていた。
ジード本人と侯爵家の力を駆使して表沙汰にはならないようにしているが、どうやら自分の思い通りにならないと冷静さを欠く傾向にあるらしく、時に暴走することもあるようだった。
今、セレスティアはジードに熱愛を向けられ、肉体改造すら厭わないというその狂気っぷりを発揮している。だが、それとて自分が狙った女が靡かなかったことでプライドを傷つけられたが故の暴走の一つではないかとセレスティアは考えていた。
愛というよりはプライドからの執着。
きっと婚約してプライドが満足したらしたで、後から態度が豹変するのではと疑っている。
結局、ジードから何を話しかけられても終始生返事をするばかりで、場が少しばかり冷めてしまい、ジードはその日は退散することになった。
去り際にジードは言った。
「セレスティアさん、私は本気ですから」
ジッと目を見つめて訴えかけて来ても、セレスティアには薄っぺらいものにしか感じず「あっそ」と冷たく突き放す。
その態度を見て、ほんの僅かにジードは眉をひそめた。そこを逃さず見つけたセレスティアは、自分のジードの分析について間違いはなさそうだと思った。
思い通りにならなければ心の均衡を乱す・・・それは誰しもが持ち得る性格だが、ジードのそれは人よりも激しいのではないか、そうセレスティアは考えていた。
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「と、いうわけであの男はない」
その夜、セレスティアは両親に対してきっぱりと言った。
『アドネイド式歓迎の儀』をぶちかましておいて、なんとふてぶてしいとクレウスは呆れたが、ウィンクは微笑を浮かべながらただ頷き、そして言った。
「確かに、彼からは少しばかりの胡散臭さを感じないこともないわ」
セレスティアもクレウスも、このウィンクの言葉にはぎょっとした。
ジードのことをすっかり気に入ってる風を装っていただけに、あまりに以外な発言だった。
「けどまぁ、完璧な人なんて世の中にはいないわ。腹に一物あるのも然り。それにあそこまでの筋肉を作り出すだけの意思の強さはある。総合的に男としては悪くないと思うのよ。私はティアの夫として、彼を受け入れてあげてもいいと思うわ」
ジードの本質を察知しながらも、ウィンクはそれを飲み込めと言わんばかりだ。
「でもっ・・・!」
「だからチャンスを上げる」
食い下がろうとするセレスティアに、ウィンクはスッと真顔になって言う。
「一年間。一年間時間を上げるわ。その間にティアが納得し、なおかつ私達が認めるだけの他の男を探してきなさい。もしそれが出来なかったのなら、そのときはジード君との縁談を泣いても喚いてもゴリゴリに推し進めるわ。いいわね?」
ウィンクから突き付けられた条件に、セレスティアは息を飲んで押し黙った。
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一方その頃、セレスティアに再度袖にされたジードは、侯爵家で荒れていた。
「なんだというんだあの女!私のこの筋肉に見とれないばかりか、なおも冷めた態度を取るではないか!!」
「坊ちゃま・・・落ち着いてください」
「だが、それでこそねじ伏せがいがあると言うもの!ますます落としたくなってきたわぁぁぁぁ!!よし!この勢いで感謝のスクワット一万回だ!!」
ドン引きする使用人達を前に、ジードは荒れた感情をなぜか筋トレでひたすら発散していた。