パパ活無法地帯 いただき!リリィちゃん 作:馬門戒明/輪島ライ
生まれ育った愛媛県今治市での実母からの教育虐待を逃れて東京に来て、今年で4年……
「うわっ、あんなちゃんその左腕は一体!? 包帯も巻いてないけど大丈夫なの!?」
「大丈夫だよぉ、わたしこれがかっこいいって思ってるから。なーんて地雷系メイクのシールタトゥーだから心配ないよ!」
「そ、そうだったのか。あんなちゃんが怪我してなくてよかった……」
今年で22歳になる私、
地雷系メイクが専門のエステサロンで付けてもらった左腕のリストカット痕を見せると薬剤師さんらしい若い男性のお客さんは驚きの声を上げて、私があっさりシールタトゥーであることを明かすと安心しつつもまるで本物のようなシールタトゥーをまじまじと見つめていた。
「それじゃ今からご飯行こうか。あんなちゃんパスタって好き? この前職場のお医者さんにオススメの店教えて貰ったんだけど」
「好きですけどぉ、わたし今日はお肉の気分なんですよねぇ。血の味が欲しいっていうか、今もカリトさんを見て美味しそうって思ってるし……」
「あはは、あんなちゃんバンパイアみたいだね。OKOK、スペイン風肉バルのいい店知ってるからそこにしよう。好きなだけお肉食べてね~」
地雷系喫茶へらみんは表向き喫茶店の従業員という扱いのキャストとお客さんが店外で個人的に食事をした後に自由恋愛としてラブホテルに行ってセックスをする仕組みになっていて、キャストを一晩好きにできるシステムの関係で1回につき8万円もの利用料がかかるいわゆる高級風俗だった。
店舗でセックスをしない分だけ安く上がる運営費を風俗嬢のお給料に回し、お客さんの質を紹介でしか新規入店できないようにして保証しているなどへらみんはこう見えてキャストにとても優しい風俗店で、私はまだ若いうちはここでの風俗嬢生活を続けていてもいいかなと思っていた。
「カリトさん、さっきの肉バルすっごく美味しかったです。いっぱいお肉食べてわたしも興奮してきちゃったかも……」
「そうだね、今のあんなちゃん何だかすっごくエッチだよ。じゃあさ、エッチする前に……」
「んんー?」
「あんなちゃんのリスカ
「あははははは、カリトさん気持ち悪ーい。ほらほらー、どんどん舐めちゃっていいんですよー」
ラブホテルに入って2人でお風呂を済ませるなり私をベッドに押し倒してリストカットのシールタトゥーを舌でぺろぺろと舐め始めた薬剤師のカリトさんを見て、私は率直に気持ち悪いと思った。
へらみんのお客さんはお金持ちとお金持ちに紹介されてやって来た小金持ちがほとんどなのでお客さんから暴力を振るわれたりしたことはほとんどないけど、いかにもな弱者男性が歪んだ性欲をぶつけてくるのには未だに慣れない。
ひとしきり身体を弄ばれた後に騎乗位の姿勢でカリトさんのおちんちんを受け入れて膣内に射精させてあげながら、私は仕事終わりの楽しみを思い出していた。
「お疲れー、昨日のお客さん例のカリトさんだったよ。るりかちゃん出禁にされてるんだっけ?」
「前はそうだったけど最近また指名され始めたの。ホテルで前の時みたいに首絞めてくださいってお願いされてちょっと引いたわ」
「あははは、カリトさん名物客なだけあるよね。人としてはすっごく優しいし真面目そうなんだけどね」
「あたしも本当に付き合うならあんな人が……じゃなかった、あんなちゃん今からまたお店?」
カリトさんと朝ご飯を食べてからへらみんに戻ってきて、私はロッカールームで私服に着替えながらこのお店で一番人気のキャストで年齢の近さから個人的にも親しいるりかちゃんと雑談をしていた。
「そうだよ、今日は推しがいる日だから家で一休みしたら行くつもり。るりかちゃんはホストには興味なかったっけ?」
「あたしは推しは二次元で十分だから。またハヤトくんのこと聞かせてね」
内心では私がホストに入れあげていることを心配してくれているるりかちゃんにりょーかい、と答えてから、私は昨日の日給の5万円のうち手元に残るのは何割だろうと思った。
「……それでさ、おばあさんを押しのけてバスに乗ろうとした進学校の高校生たちに僕はこう言ってやったんだよ。うぬぼれるなよ邪悪な知的階層! って。確かに僕なんかよりずっとお勉強ができるしお金持ちなんだろうけど、ここから一歩も下がらないっていう決意で戦いを挑んだんだ」
「すっごーい、ハヤトくんってやっぱり正義感バリバリなんだ。それで意地悪な男子高生たちをやっつけたの?」
「いや、相手は空手部員だったらしくてあっという間に首を締め上げられちゃったよ。まずいぜやばいぜ! ってビビり上がってたら運転手さんが仲裁してくれて難を逃れたんだ」
「あはははは! ハヤトくんはやっぱりハヤトくんだったかぁ。でもわたしそんなハヤトくんのこと大好き! スパークリング開けちゃおっかな~」
歌舞伎町にあるホストクラブ「ヒカリの国」は歌舞伎町の中ではあまり人気がないホストクラブで、働いているホストさんも微妙な人たちばかりだったけど私はこのお店に通い詰めていた。
その理由の全ては今私の目の前にいる26歳のホストであるハヤトくんが私の推しだからで、顔は紛れもないイケメンなのに三枚目キャラが売りのハヤトくんは私の空虚な人生の癒やしだった。
私と同じく田舎から東京に出てきたというハヤトくんはちゃんとした会社に就職できるまでのつなぎと言いつつ延々ホスト生活を続けていて、私はハヤトくんがもう普通のお仕事に就くことはないのだろうと理解しながら自分より4歳上の情けないイケメンを応援し続けていた。
枕営業をしないと決めているハヤトくんが私を抱いてくれる日は一生来ないのかも知れないと思いつつも、私はハヤトくんの売上を少しでも上げるためにお酒や料理を注文していた。
そんな、普段と変わらない当たり前の日に……
「……! ごめんあんなちゃん、ちょっと別のお客さんが来たから失礼するね。すぐ戻って来るから」
「別のお客さんって何? そこの風俗嬢なんかより何倍もあなたに貢いできた私にそういう言い方する?」
突然無表情になったハヤトくんはいつの間にかお店に入ってきていた地味な格好の女性を見ていて、私はこの人がハヤトくんの同担のホステスさんだということをこの時点では知らなかった。
「富士さん、申し訳ありませんがあなたはこの店を出入り禁止になっているはずです。警察からも接近禁止命令が出ているのはご存知でしょう?」
「だから何? あたしとハヤトくんの関係を水商売の店長や国家権力ごときが阻めると思ってるの?」
「そんな理屈の通らないことを言うのはやめましょう。僕が謝って済むなら土下座でも何でもしますから、どうか他のお客さんに迷惑をかけるのだけはやめてください」
「っ……ふざけんじゃないわよ! あたしのものにならないならハヤトくんなんて要らない、死んじゃえっ!!」
懐から瞬時に刃物を取り出して振りかざした女性を見て、私の身体は咄嗟に動いた。
ハヤトくんを狙って突き出されたダガーナイフが私の胸を貫いたのはその数秒後で、私のつまらない22年間の人生はここに幕を閉じた。
『……聞こえますか、聞こえますかあんなちゃん。いえ、白百合杏奈さん』
「誰……? ハヤトくん……?」
遠のいていたはずの意識の中で、私は地面に倒れ伏している自分に聞き覚えのある声が呼びかけてくるのに気づいた。
「ハヤトくん……じゃない。それどころか、人間でもない……」
『驚かせてしまってすみません。白百合杏奈さん、これが僕の本当の姿なんです。僕は外宇宙の惑星からこの地球に来ていたんです』
心臓を刺されて血を流していたはずの私は一糸まとわぬ姿になってプリズムのような空間に浮かんでいて、私の深層意識に直接呼びかけているのは金属のような銀色の表皮で覆われた宇宙人だった。
まるで子供向けの変身ヒーロー番組に出てきそうなヒロイックな姿をした宇宙人は、自らがホストのハヤトくんの正体であると語っていた。
「ハヤトくん、本当は宇宙人だったんだ。もしかして、何か悪い存在と戦うために地球に潜伏してたの?」
『僕はイタダキマンと呼ばれる種族の一人で、本星ではイタダキマンハヤトと呼ばれていました。イタダキマンは他の種族から生じる搾取エネルギー、正式名称で言えばイタダキウムを糧として生存する生命体で、僕は太陽系第三惑星地球に生きる生命体からイタダキウムを得るために宇宙船で太陽系を訪れていたのです。しかし宇宙船はエンジントラブルで地球に墜落してしまい、母星に帰る手段を失った僕は地球人に変身してホストと呼ばれる職業に就いて自らの生命を維持していました。ですが、その結果として何の罪もないあなたを死に至らしめてしまった』
「そうだったんだ……」
宇宙人だったハヤトくんは搾取のエネルギーを補給するためにホストとして働いていたと知り、私は自分のちっぽけな貢献がハヤトくんを生かしていたのならそれでいいと思った。
『僕が犯した過ちで無関係な地球人の生命が失われることは、宇宙に生きる一人の生命体として許容できません。僕は今この瞬間から、あなたと生命を共有します。僕とあなたの生命を維持するために、あなたはこれから搾取をして生きていかねばなりません。本当に申し訳ありませんが、どうかイタダキマンと同化した地球人の第一号になって頂けませんでしょうか。あなたは今日からイタダキウーマンリリィ、地球風に言えばいただき女子のリリィとして生きるのです』
「いただき女子のリリィちゃん? あーそっか、わたしの名字は白百合だもんね。あははは、普段のハヤトくんが言いそうな冗談だね……」
そこまで話した瞬間に私の意識は再び遠のいていき、私が再び目覚めたのは近くの病院のベッドの上だった。
あのホステスさんが振りかざしたダガーナイフは私の胸を突き刺す直前で逸れて私の胸板を軽く引き裂いただけで済んだらしく、1週間もしない入院で私は元の生活に戻れていた。
ホストクラブからは事故に巻き込んでしまったお詫びとして補償金が支払われて、ホステスさんはあのまま精神科病院に措置入院になったという。
ハヤトくんはお客さんに迷惑をかけたお詫びとしてきっぱりとホストを辞めて、私に置き手紙だけを残して故郷に帰っていった。
当然ハヤトくんが宇宙人だったというのは私が気絶している間に見た夢に過ぎず、私はハヤトくんのことは大切な思い出の中にずっとしまっておくことにした。
「もしもし、るりかちゃん? わたし無事に退院できたからそのお知らせだけ。へらみんのお仕事にいつ戻るかはまだ分かんないかな、ちょっと自分の人生を見つめ直してみたくなっちゃって。あはは、また今度ご飯食べに行こーね」
ワンルームマンションの部屋でるりかちゃんに電話をかけた後、私は以前ハヤトくんからプレゼントされた小さなクマのぬいぐるみを机の上に置いた。
「すぱーくどーる」と呼ばれる地雷系女子向けのぬいぐるみはハヤトくんが私に似合うと思ってプレゼントしてくれたもので、これまでは大事に部屋に飾っていたけど今度からはアクセサリーとしてバッグにぶら下げておこうと思っていた。
「君を見てると、やっぱりハヤトくんのことを思い出しちゃうな。わたしやっぱり風俗嬢なんてやめた方がいいのかな? ハヤトくんも真面目に就職した訳だし……」
『ええ、その通りです。というかそろそろ搾取に移らないとまずいですよリリィ、あと1週間ほどで僕とあなたの生命エネルギーは底をついてしまいますので』
「はいっ!?」
『おっと申し訳ありません、僕が憑依していた地球人のハヤト氏は正気に戻って故郷に帰られましたので、今はこのぬいぐるみに憑依させて頂いております。僕は一応男性ですが地球人の女性には何の性的興奮も覚えないので大丈夫ですよ』
「いやいやそうじゃなくて! 分かった、わたしまだ夢見てるんだ。だってハヤトくんはイタダキマンハヤトが地球人に変身してるって設定だったでしょ?」
『ああ、その方が分かりやすいと思ってそう説明していましたが実際は地球人の男性に憑依していただけです。イタダキマンもハヤトも本名を地球の言語に当てはめているだけですから。さあ今日から一緒に地球の弱者男性から搾取する日々を送りましょう、そうしないとお互い死んでしまいますからね』
「マジで……?」
風俗嬢のあんなちゃんと三枚目ホストのハヤトくん、改めパパ活女子のリリィちゃんと宇宙人のイタダキマンハヤトとの関係は今日この日から始まってしまったのだった。