狩人はバッチをつけていた BAD END 作:muzineki
それから3日が経った。
喫茶店『キャッツアイ』の店内では、エプロン姿の泪と愛が暇そうにコーヒーを飲んでいた。
「今日はお客さん、来ないね」
「給料日前の平日だもの、仕方ないわ」
客のいない店内を見渡しながら、泪と愛が小声で話す。
ランチタイムこそ席は埋まっていたが、高校から帰ってきた愛が店に入る頃には、ボツボツといた客もいなくなっていた。
ウインドウの向こうに見える通りにも、人影はほとんどない。
「泪お姉、今日はもう店を閉めたら?」
「そうね、これ以上開けていても仕方ないわね」
泪と愛がそんなことを話していたその時、来客を知らせる扉のベルが鳴った。
店に入ってきたのは、二人の女性だった。
どこかの会社のOLなのだろうか、二人ともスーツをピシッと着こなしている。
「いらっしゃいませ、お二人ですね、テーブル席へどうぞ」
笑顔を作って案内する泪。
しかし二人の女は案内に従わず、ツカツカとカウンターへ寄っていく。
そして胸ポケットから、警察手帳を取り出した。
「来生泪さんと来生愛さんですね、警視庁特殊犯罪対策特命課の佐藤と申します。窃盗および器物破損、警備員に対する傷害、美術館に対する業務妨害等の疑いで、ご自宅を家宅捜索させていただきます」
佐藤刑事がそう告げると、隣にいた平松刑事が令状の書面を泪と愛に向かって見せた。
突然の襲来に、泪と愛は凍り付く。
瞳の逮捕から2か月が経ち、警戒が緩んでいた所への家宅捜索であった。
「み、身に覚えがありませんわ。刑事さん、何を根拠にうちを調べるんですか?」
「あなた達の姉妹である来生瞳さんが、世間でキャッツアイと呼ばれている泥棒であること解りました。その事実と共犯関係について捜査するため、家宅捜索させていただきます。これは裁判所の許可に基づいて行われるものであり、拒否した場合は公務執行妨害罪が適用されます」
きわめて事務的な口調で、佐藤刑事が説明する。
その間に周囲に隠れていた私服刑事が、次々と店へ入って来た
彼らは勝手に窓にブラインドを降ろし、店内が見えないようにしてしまう。
「ご覧のとおりこの店は、特命課の刑事が囲んでいるわ。逃げようとは思わない方が身のためよ」
してやったり、そんな口調で平松刑事が言った。
奇襲の成功に勝ち誇るその態度に、泪と愛は苛つきを覚える。
「ひ、瞳姉が逮捕されていたなんて、ボクたち初めて知ったよ!」
「逮捕されたのは何時なのですか、それにあの子はどこにいるの!」
強い口調で問いかける泪と愛に、佐藤刑事がマアマアと手をヒラヒラさせる。
その間にも刑事たちは来生家の居住空間に入り、ソファや家具を移動させたり、棚やタンスの中を探ったりと家宅捜査を始めていた。
「来生瞳さんは2か月間、東京都内の山中で香港から輸送中の絵画、『ふたご座の女』を盗もうとしていた所を、私たち特命課が現行犯逮捕しました。現在は本庁が管轄する留置場にて、身柄を拘束しています」
「2か月前ですって、勾留期限はとっくに過ぎているじゃない!」
「来生瞳さんはキャッツとしての余罪が多くてね、別の容疑で何度も再逮捕しているの。連絡や報道をしなかったのは、共犯者に証拠隠滅や逃走をされる恐れがあったため、わかった?」
説明する女刑事たちは、狩人のような鋭い目で泪と愛を睨んだ。
共犯者とはお前たちだ、そう言っている目つきに愛は怯んでしまう。
(愛、落ち着きなさい。私たちとキャッツを結びつける証拠品は、この2か月で全て隠したはずでしょう)
冷静さを失いつつある愛に、泪が目配せする。
落ち着きを取り戻した愛は、瞬きで泪に返事をした。
さらに泪は視線を足元へと向ける。
(万が一のことがあったら、下水道から脱出よ、わかっているわね)
(オーケー)
アイコンタクトで姉の意図を理解した愛は、小さく頷いた。
立っている場所が、緊急用の脱出口の真下なのは僥倖であった。
二人は緊張しつつも冷静に、刑事たちのガサ入れを見守る。
「ありました、佐藤刑事!」
突然、若い刑事が頓狂な声をあげた。
彼が持ってきたのは、愛の部屋にあった工具箱だ。
佐藤刑事は真剣な表情を作り、手袋をした手で道具を摘まみ上げる。
それはホームセンターで500円も出せば買える、ごく一般的なマイナスドライバーであった。
「来生愛さん、これはあなたの物ですね?」
「そ、そうだけど……それがどうかしたの?」
愛が所持を認めた瞬間、佐藤刑事はニタリと笑った。
「この道具はシリンダー回しの代用ができますし、シャッターやサッシの持ち上げにも使えます。貴女が来生瞳さんの共犯者、つまりキャッツアイであることを示す重要な証拠です。この道具の用途について詳しく教えていただきたいので、本庁までご同行をお願いします」
「そ、そんな!」
冷静さを失って愛は大声を出した。
まさかこんな量産品の、どの家庭にもあるような道具が証拠にされるとは思わなかった。
「こ、これは工具セットを買ったときに付いてきたものだよ。今まで使ったのは、キッチンの水回りを直した時くらいで……」
「そのことは本庁の取調室で聞かせてもらうわ。さあ、一緒に来なさい」
傍らにじり寄ってきた平松刑事が、愛の細い二の腕を掴む。
すると愛は、全力でその手を振り払った。
「いやっ! 離せ!」
「あら、抵抗したわね。それなら未成年の貴女でも、容赦はしないわよ」
「来生愛さん、貴女は令状に基づく家宅捜索を、暴力をもって拒否しました。公務執行妨害の現行犯で逮捕します。弁明は本庁で聞きますので、大人してください」
佐藤刑事は手錠を取り出すと、愛の右手を捻り上げた。
それを見た泪は、踵で床を思い切り蹴り飛ばす。
するとシューという音がして、天井にあるスプリンクラーから白い煙幕が噴出された。
「きゃぁっ!」
「な、何これ、見えない!」
女刑事たちが怯んでいる間に、泪は床の隠し扉を開いた。
そして愛の手を掴むと、地下へ続く縦穴へと入る。
「愛、逃げるわよ!」
「うん!」
縦穴の簡易はしごを使って、泪は飛び降りるように下水道へと逃げ込んだ。
愛も後を追い、隠し扉を閉めてから降りる。
汚水の臭いがする下水道の中を、二人は一気に駆け抜けた。
「はぁ……はぁ……」
「ま、まさかあんな手で逮捕しようとするなんて……」
下水道の水をバシャバシャとかき分けながら二人が走る。
行先はここから500メートル先にある廃ビルだ。
そこに行けば、万が一に備えて用意した自動車が隠してある。
それを使ってひとまず逃げるのが、二人の算段であった。
「どうやら家宅捜索は口実で、なりふり構わず私たちを逮捕する気だったようね」
「奴らの話だと瞳姉は留置場にいるみたいだけど……これからどうする、泪姉?」
愛の言葉に泪の顔が曇る。
警察があのような手を使った所を見ると、瞳は未だにキャッツの仲間について自白はしていないのだろう。
きっと今もどこかで、刑事たちによる厳しい尋問を受けているに違いない。
そのことを考えると、胸がズキンと痛む。
(こうなった以上、私と愛も逃亡生活は避けられない。しばらく国内に潜伏して、隙を見て海外に逃げるしかないわね)
泪の美貌が苦渋に満ちた表情に変わる。
そして目的地へと向かう細い通路に入った、その時だった。
「そこまでだ、キャッツアイ! 警察だ!」
声と共に前方から、強烈な光が泪と愛を襲う。
闇に慣れていた二人の目が眩み、何も見えなくなる。
「きゃっ!」
「ま、まさか……先回りしていたなんて……」
泪と愛は手で光を遮りつつ、前をかろうじて見る。
そこには防弾盾を構えた刑事たちの姿があった。
後ろを振り向くと、やはり刑事たちが防弾盾を構えている。
下水道の狭い通路に、泪と愛は完全に閉じ込められていた。
「君たちの逃走経路は封鎖済みだ。もう逃げ場はないぞ、キャッツアイ」
防弾盾を持つ刑事たちの後ろから、ポケットに片手を突っ込んだ男が姿を見せる。
彼らの指揮官である警視庁特命課の課長、氷室だ。
張り巡らされた罠にかかった事を悟り、泪と愛の表情に焦りが浮かぶ。
「ま、待ってください、話を聞いてください」
「そうだよ、ボク達はキャッツアイじゃないよ!」
ほとんど悲鳴に近い声で弁明する泪と愛。
空気の流れない下水道で走り続けたため、かなりの汗をかいている。
服や髪にも下水の臭いがビッシリと染みついており、美人姉妹はまるで野良猫のように薄汚れていた。
「フン、無駄な足掻きをするものだ。弁明なら瞳と同じ場所で聞いてやる。さあ、キャッツを逮捕しろ!」
氷室が命令すると、防弾盾の間から刑事が拳銃のような物を構えた。
はっと泪と愛が構えると同時に、電極を内蔵したカートリッジが発射される。
それは愛の太腿に命中し、刺さった針から強烈な電流が流された。
「ギャァァァァァァァァァッ!!」
10万ボルトの電流に愛が絶叫する。
彼女は弾かれるように汚水の中へ倒れると、全身を痙攣させて悶絶した。
「あ、愛!」
汚水にまみれて悶える妹に泪が視線を向ける。
その隙に別の男が構えたテーザー銃が、泪へ向けて発射される。
カートリッジが背中に刺さった瞬間、泪も悲鳴を上げた。
「キャァァァァァァァァッ!」
電気ショックが泪の身体を貫く。
汚水の中に倒れた泪は、身体を海老のように反りかえらせて悶えた。
電流が止められると動きは止まり、苦しそうな喘ぎ声だけが漏れる。
失神こそ免れたが、刑事たちに抵抗する力は完全に奪われた。
「よし、逮捕しろ!」
刑事たちが防弾盾を捨て、一斉に泪と愛へ駆け寄る。
二人は為すすべもなく、あっという間に手錠をかけられた。
ガチャリ!
キャッツアイ用に用意された大型手錠が、泪と愛の細い手首を戒める。
腰縄も打たれ、彼女たちが逃げることはできなくなった。
「来生泪! 来生愛! 公務執行妨害罪の現行犯で逮捕だ、さあ来い!」
「あうっ! は、離せ!」
「や、やめて、乱暴しないで!」
両腕を刑事たちに捕まれ、下水道の中を引きずられるように泪と愛は連れられて行く。
こうして来生三姉妹は、全員が特命課の魔の手に落ちた。