狩人はバッチをつけていた BAD END 作:muzineki
逮捕された瞳は、最初に特命課の課室へと連れ込まれた。
そこで厳重な監視を受けたまま、写真撮影が行われた。
パシャッ! パシャッ! パシャッ!
身長表の前に立つ瞳に、容赦のないフラッシュが浴びせられる。
正面バストアップ、斜め45度、真横、そして正面全身。
頬のラインが整った美貌と、青いレオタードに包まれた抜群のプロポーションが、あらゆる角度から撮影された。
「へぇー、美人怪盗とは聞いていたが、予想以上だな」
「顔も良いが身体の方も絶品だぜ、見ろよ、あの迫力ある胸」
刑事たちの遠慮のない視線が、大胆にV字カットされた胸元へと突き刺さる。
しかし身体を隠すことは、許されない。
脱走を警戒しているのだろう、腰縄も手錠も嵌められたままだ。
運動性を優先させたレオタード姿は、今や刑事たちの目を愉ませるだけの衣装に過ぎない。
カメラのフラッシュの中で、瞳はただ唇を噛んで屈辱に耐えた。
「写真撮影終了、次は指紋採取だ」
氷室の命令を受けた刑事たちは、瞳を銀行ATMのような機械の前へと連れて行った。
そして右手だけ手錠を外し、指を一本一本スキャナの上にギュッと押し付け、全ての指紋を読み取る。
それが終わると右手に手錠を嵌めなおし、今度は左手だけを外す。
刑事達は瞳の動きに常に目を光らせ、僅かなスキさえも決して作らない。
その後も瞳は身体を徹底的に調べられた
身長、体重、足のサイズはもちろん、声紋鑑定やDNA検査まで行われる。
DNA検査が任意であることを瞳は訴えたが、刑事たちは聞く耳を持たず、強引に綿棒を口内に差し込み粘膜を採取した。
そして休むことなく取り調べを告げられ、別室へと連行された。
取調室はだいたい四畳半の狭い部屋だった。
壁は白く塗られており、窓は無い。
出入口は1つだけで、中にあるのはスチール机に3脚のパイプ椅子。
入口側の椅子には氷室が座り、その右手横には書記役のサングラスをかけた刑事。
そして瞳は屈強な刑事に腰縄を引かれ、奥の席に座らされた。
「ふふふ、こうして近くで見るとやはり美しいな」
机に肘を付きながら、氷室はレオタード姿の女怪盗の美貌を称える。
その表情には、勝者の余裕がタップリと浮かんでいた。
「刑事さんにこの状態で褒められても、少しも嬉しく無いわね」
精一杯の皮肉を言いながら、瞳は視線を動かし取調室の様子を伺う。
背後にはガッシリとした大柄の刑事がいて、瞳の動きに常に目を光らせている。
唯一の出入り口であるドアの前にも刑事がいて、これも2メートル近くある大男だ。
目の前にいる氷室や書記役の刑事も大柄のため、女性としては背が高い方の瞳が、この場では小さく感じられた。
「ところで刑事さん、これは何かしら? 取り調べの時は、手錠は外されるのが決まりのはずでしょう」
瞳は座ったまま上半身を横に向けて、後ろ手に拘束された両手を氷室に見せた。
腰縄も巻かれたままで、逃げられないよう椅子に繋がれている。
「ふむ、よく知っているな。取り調べ中に被疑者を拘束すると、圧迫により自白を引き出したことになって、裁判で供述が無効になる恐れがあるのだよ」
そう言いながらクスクスと笑う氷室だが、瞳の手錠を外そうとする気配は無い。
そして訝しげにする瞳に、とんでもない言葉のカウンターを放つ。
「ひょっとするとその事は、恋人の内海刑事に教えてもらったのかね?」
「……!」
瞳はその言葉に、稲妻に打たれたように身体を硬直させた。
正体が暴かれるのは、もちろん覚悟していた。
だがこんな早く素性を知られるとは、想像もしていなかった。
「驚かせたかね? 実のことを言うと、君の身元はもう判明しているのだよ。とある女刑事がキャッツアイの有力容疑者として、君のことを調査していたのでね」
(……そういうことね)
口を歪ませる氷室の前で、瞳は肩を落とす。
女刑事とは、内海刑事の同僚である浅谷刑事のことだ。
以前から彼女が、自分のことを探り回っていたことは知っている。
有能で執念深い彼女だ、資料もしっかりと作っていたに違いない。
「戒具については、脱走防止の為やむを得ないとの判断だ。不当と思うなら後で弁護士と相談しなさい」
丁寧な口調で説明する氷室だが、その態度には傲岸さが滲み出ている。
征服感に酔い口元を歪ませる姿は、まるで獲物を追い詰めた狩人のようだ。
「それと決まりだから言っておくが、君には黙秘権がある。だから自分に都合の悪い事実は話す必要はない。ただしその場合は、内海刑事をここに呼んで、君の身元について証言をしてもらう、そのつもりでいてくれ」
その言葉に瞳の背筋が凍り付く。
内海刑事に自分の正体が知られることは、もう諦めている。
だがキャッツアイとして顔を合わせる覚悟は、まだ持ち合わせて無かった。
「そ、そんなことをしなくても、取り調べには応じるわ、内海刑事を呼ぶ必要なんて無いわよ!」
早口で喋る瞳の美貌には、隠しようのない怯えが浮かんでいた。
女怪盗が弱さを見せたことに、氷室は満足して取り調べを始める。
「では最初に自分の名前を、自分の口ではっきりと言いなさい」
「来生瞳……です」
「職業は?」
「犬鳴商店街にある……キャッツアイという名前の喫茶店で……店員をしています」
「住所と家族は?」
「その喫茶店が……自宅です……家族は姉の泪と……妹の愛の……3人暮らしです」
普段からは考えられない小さな声で、正体を自白する瞳。
うつむきながら発される言葉は、自然と敬語になっていた。
「ふむ、浅谷刑事が作った資料のとおりだ、これで裏付けは取れたな」
ウンウンと頷く氷室の隣で、書記役であるサングラスの刑事がノートパソコンを叩く。
自白が記録されている事実に、瞳は怯えるように背中を丸めた。
「では次の質問だ、来生瞳、君はハインツ作の絵画、『ふたご座の女』を盗もうとした、その事実に間違いはないかね?」
瞳はビクッと肩を震わせた。
自分を破滅へと導く質問が、遂に来たのだ。
「君が絵を盗もうとしている所は、金庫内に設置した赤外線カメラが撮影している。顔は映っていないが、金庫にいたのは君ひとりで、我々はそのまま閉じ込めて逮捕したのだ。他人と言い張るのは無理だぞ。証拠は固まっている、悪あがきはしないことだ」
(あぁ……)
頭の中で小さく呟いた瞳は、思わず視線を落とした。
犯行については、最初から認めるつもりであった。
だがこうも逃げ道が無いことを証明されると、特命課に完敗した事実に打ちのめされる。
「はい……認めます……私は『ふたご座の女』を……盗もうとしました……」
瞳はうつむきながら、敗北を認める言葉を吐いた。
容赦のない氷室は、さらに瞳を追い込んでいく。
「では来生瞳くん、君は自分がキャッツアイと呼ばれている泥棒であることも、認めるかね?」
質問に、再び瞳は言葉を詰まらせる。
それは絶対に答えられない質問だったが、黙秘はもはや無駄であった。
瞳はゆっくりと、日本中を騒がせてきた女怪盗としての自分に終止符を打つ言葉を吐く。
「……はい……そうです……私がキャッツアイです……ごめんなさい……」
その言葉を吐くと同時に、瞳は自尊心がガラガラと崩れるのを感じた。
来生瞳として、そしてキャツアイとして築いてきた今までの人生が、暗い場所へと消えていく。
自分が惨めで、そして卑小な存在になった気がして、氷室と目を合わせ事さえできなくなる。
それは瞳が無力な囚人へと生まれ変わる、第一歩であった。
その後も取り調べは続いた。
キャッツアイであることを認めた瞳には、事件についての事実がくまなく質問された。
全てを失う覚悟を決めた瞳は、山中に来るまでの行動や、盗みの具体的な方法など、自分の犯行については丁寧に説明した。
しかし泪と愛が関わっていた点だけは、巧妙に隠した。
『ふたご座の女』の盗みは自分の単独犯であり、泪と愛はキャッツとは無関係である。
警察の捜査をそのように導くのが、今の瞳ができる精一杯の戦いであった。
ひとしきり質問が終わると、刑事の一人が文書をプリントアウトした。
そして完成した供述調書を氷室に渡す。
氷室はその出来に満足そうに頷くと、瞳の前に差し出した。
「来生瞳、調書の確認をしたまえ。内容を認めるなら、今日の取り調べは終わりにしてやる」
言われた通り、瞳は供述調書に目を通す。
調書は『私、来生瞳、通称キャッツアイは、ふたご座の女を盗もうとした件で取り調べを受けています』といった文章で始まっていた。
そして『山中に不時着した輸送機を追いかけ、金庫へと忍び込みました』『絵を盗もうとした所で、金庫の中に閉じ込められ、警視庁へ輸送されて逮捕されました』という風に、瞳が一人称で語ったような文章になっていた。
内容については、ほぼ全てが事実であった。
だが特命課が『ホットドック』という強盗団を装っていたこと、絵を爆破すると犬鳴署を脅迫していたこと、瞳を窒息させ仮死状態に追い込んだことなど、特命課に都合の悪い事実は、全て書かれていなかった。
(汚い……これが私の自白にされるっていうの)
自分の証言という体裁で、文章化されたシナリオを作る刑事たちに、瞳は汚物でも見るような目を向ける。
泪と愛のことを隠している瞳が言えた話でもないが、それはあまりに特命課に都合が良いストーリーであった。
「どうした来生瞳、早く署名と指印をするんだ。調書が気に入らないなら、作り直してもかまわんぞ。ただしその場合は、取り調べも延長だ。今度はもっと突っ込んだことも、聞かせてもらうからな」
(……くっ)
氷室の言葉に瞳は唇を噛む。
せっかく泪と愛のことを隠し通せたのに、取り調べの延長などされたらたまらない。
けっきょく瞳は氷室に従い、右手だけ手錠を外された上で調書に署名した。
そして指印をして、調書の内容が自分の証言であることを認めてしまった。