2-1 暗示(1)
「みことがいる! めずらしー」
「んふふっ。今日はみんなと食べられそうなの」
まだ使われていない机の上に弁当箱を置き、仲よしグループと合体するように机をくっつける。
誕生日席になってしまったけど、みんなの顔がよく観察できるからこれでいい。
いつも一緒に行動する友人4人。みんなかわいいし運動神経もいいから、誰からも好かれている。そして、私をこの輪に入れてくれている。
こんな人たちに優しくしてもらえて、私は本当に幸せ者だ。
「みこと、いつもの部活は?」
「今日はちょっと休憩しようと思って。この間書き上げたばかりだから」
「偉いよねー。昼休みまで部活なんて、ウチは絶対無理だわ」
大げさに手を広げて、やれやれというポーズを取るクラスメイト。その動作を見ていると、実は内心呆れられているんじゃないかと不安になってくる。
「ううんっ、本当に趣味でやっているだけだから。小説を書くのは好きだし……」
「よくそんな熱中していられるよね。ねえ、みことの書いたもの見せてよ、だめ?」
「それは恥ずかしいからだーめ。んふふ」
ありもしないものだもん。見せられるわけがない。
この通り、普段は友人たちに文芸部の活動があると嘘をついて、部室で一人昼食を食べている。それは、みんなとご飯を食べるのが苦手だから。
ついつい顔色をうかがってしまうのが私の悪いクセで……みんなに悪気がないと分かっているのに、勝手に空回りして疲れてしまう。
そんな私だけど、今日はみんなと一緒に食べてみようと思った。今朝のあれがあったから――――
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「みこと、今日は勇気を出してみてもいいじゃない?」
「勇気?」
「お友だちのこと。
みことが実は内気なところがあるのはよく分かっているけど、お友だちは一生の宝物よ。
そんな怖がらずに、もっとみんなと近づいてみてもいいんじゃない?」
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お母さんがわざわざこんなことを言ってきたのはきっと、心の奥では他人と距離を置いてしまいがちな私を心配してくれたからだ。
だったら、大好きなお母さんのためにも、私は応えなくちゃならない。
息を吸い込んで、弁当箱の蓋をぱかっと開ける。
すると――――中には驚くほど大量のもやしが入っていた。
もやし和えにもやし炒めにただのもやし。もはや、白米ともやししかない。
お母さん、さすがにこれは手を抜きすぎ!
「みこと、それって……」
ああ、もうっ、4人とも目を丸くして私の弁当箱に注目しているじゃない!
「私もビックリしてる……。お母さんがこんなイタズラしてくるの、初めて」
いつもはハンバーグとかタコさんウィンナーとかが入っているのに。お肉の量が多すぎて、これじゃ食べ切れないでしょって毎朝お母さんに抗議するくらい。
今日は午後に体育があるのに、これじゃお腹を満たせない。困ったことになった。
「すごくもやしが好きなんだね、みことのお母さん……」
「どうなんだろ……いつもはハンバーグなんだけどなぁ」
「みことそれ大丈夫なの? 体育キツくない?」
友人たちが心配してくれている。自分たちの巻き卵や唐揚げを口に入れながら。
キツい。キツいけど、仕方がないよね。お母さんは抜けたところがあるから、お肉の量が多いという私の訴えを聞き入れて、善意でもやしだらけにしたのかもしれない。
どんな物が入っていたとしても、それが私のために作ってくれたお母さんの愛情であることに変わりない。むしろ、ちゃんと私の要求を聞いてくれているのだから、私は感謝すべきだ。
「大丈夫。たぶん私がお肉多すぎって言ってたから、こんなふうにしちゃったのだと思う。お母さん、天然だから」
「……はあ」
納得しない顔。きっと私の弁解が信じられなくて、変な子だって思っているんだ。
でも私に配慮してか、みんなはこれ以上口を挟むことなく次の話題に移った。体育は何やるのだろうとか、恋バナとか。
私はそれに追随して、知っている情報をとにかく口にした。体育はバレーボールって噂で、あの子は最近西側のイケメンと付き合い始めたらしいよ。水名に行った例の特待生、大変なことになっちゃったらしいよね。そういえば、こないだのひき逃げどうなっていたんだろう?
笑顔を作って張り子の虎のように頷きながら、必死に心の中の黒い靄を消そうとする。
(どうしておかずを分けてくれないの?)
(私のことが心配なんでしょ?)
(体育があるって分かっているのに)
違う。違う。みんなは悪くない。みんなだってお母さんがいて、みんなのためにおかずを作ってくれている。それにここ大東は豊かな地域ではない。だから自分を優先するのは普通だよ。
(どうして?)
(どうして?)
(どうして?)
どうしてみんなに心配してもらえて、こんなに幸せなのに、私はそれ以上を求めてしまうんだろう。
「……ごちそうさまでした」
たちまち空になった弁当箱の蓋を閉めて、ランチクロスで包む。そして、盛り上がった会話の邪魔にならないようそっとつぶやいた。
立ち上がり、机と椅子を元の位置に戻す。
みんなは私をちらっと横目で見ただけで、誰も欠けていないかのように楽しい恋バナを続けた。
食べ終わったお弁当をカバンの中にしまうと、私はスマホを持ってトイレに向かった。でも廊下の先、トイレの前でたむろう女子生徒たちの姿が遠目に見えて、くるりとそこに背を向けた。
階段を上る。上って、上って、一番上まで行く。屋上は開放されていないから、直前の踊り場が行き止まりになっているけど……誰もいないからここでいいや。
スマホの画面をつけて、チャットアプリを開く。一番上にピン留めした帆奈ちゃんのトークルームをタップした。
ざわざわしていた胸がすっと落ち着く。
私は何にモヤモヤしていたんだろう。
お母さんにご飯を作ってもらえてこんなに幸せなのに。普段一緒にご飯を食べない私でもグループに入れてくれるような友人たちと、やっと一緒にご飯を食べたのに。自分にある幸せから目を背けるなんて、バカだよ。
『帆奈ちゃん、お昼だね!
今日はお母さんがイタズラでもやしだらけのお弁当を作ってきて、すごくビックリしちゃった。
午後の体育はちょっと困るけど、みんなにウケたからよかった!』
送信する。
と同時に、既読という文字が横に表示された。
「ふふっ……」
帆奈ちゃん、ご飯を食べながら私のメッセージを待ってくれていたんだ。かわいいな~。
今回はどんなスタンプを返してくれるんだろう?
帆奈ちゃんは私のメッセージの内容に応じて違う種類のスタンプを送ってくれる。帆奈ちゃんなりに「ちゃんと読んだよ」と教えてくれているのだと思う。
昼のメッセージにはデフォルトの太陽が多いけど、たまに変なのを選ぶこともある。蝶々を追いかけてる人とか。それを送られた日はずっと意味を考えていたけど、結局よく分からなかった。
帆奈ちゃんの返信を待ちながら、踊り場の端っこにもたれかかる。
この時間は幸せな学校生活の中でも特に幸せなひととき。絶対に来る帆奈ちゃんの返信を待っている時間。
私が何を言ってもしっかりとそれを受け止めて、スタンプで返してくれる。たまに遅くなって不安になることもあるけど、帆奈ちゃんは私を無視しない。どんなに空っぽな文章でも、労を厭わず私に構ってくれる。
「あっ」
スマホが振動する。帆奈ちゃんからの返信が来ると通知するように設定しているからだ。
「ふ、ふふっ……」
――――もやしのスタンプ。
ちょっと時間が掛かったのは、無料ストアでこれを探していたからなんだね。
妙にリアルな絵柄になっているのがまさに無料のそれっぽい。
『もうお腹いっぱいだよ!』
普段はスタンプを返されたら、ウザくなりすぎないようにと私もスタンプを送って会話を終わらせるけど、今回はツッコんだ方がウケるかなと思って続けた。
すると、帆奈ちゃんはいつもの太陽スタンプを送ってきてくれた。
真似して、私も太陽スタンプを送る。たぶんこれで会話が終わるんだ。
名残惜しいけど……午後の授業を乗り切ったらまた会える。私と帆奈ちゃんは毎日放課後待ち合わせをして、一緒に魔女狩りをしているのだ。
《♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫〜》
ちょうど予鈴が鳴ったので、そろそろ教室に戻ろう。
スマホの画面を消す前に、帆奈ちゃんとふたりっきりのトークルームを指でなぞった。冷たいはずの画面が熱を帯びているように感じられる。
「んふふ……」
ああ、私は本当に幸せだ。教室に戻ったら人気者の友だちがいて、家に帰ったら暖かい家族が待っていてくれる。何より――――私には帆奈ちゃんがいる。
ぽわぽわした気分で階段を下りた。
スマホを抱きしめるように胸に押し当てながら、ぴょこぴょこと段差を跳んでいく。
世界がきらきらして、胸がぽかぽかする。
大丈夫だよ。大丈夫。
たとえまたモヤモヤしてしまうとしても大丈夫。帆奈ちゃんとのチャットを見れば、そんな気持ちとバイバイできるから。
私は本当に幸せ者だ。そう思う。