スマホのアラームを止めて、起きる。
◇
翌朝、申し訳程度のもやしご飯をお腹に入れて、私はやはり学校に行くことにした。
すごく迷った。
学校に行けること自体は幸運に思っている。
ここ大東は神浜全域でも経済的に困窮した地域ではあるが、ご飯も碌に食べられていないほどの人間はそう多くない。そんな環境にいながらみんなと同じように学校に行けるのは、本当に不幸中の幸いだ。
成績はそんなによくないけど、頑張って勉強すれば、将来はいい会社に入って、みんなの言う普通の生活を手に入れられるかもしれない。
だから学校生活そのものは苦痛でも、私は学校に行き続けた。
みんなと同じように過ごせる幸運を……せめて表向きでは普通の私でいられる幸運を、自分から手放すようなことはしなかった。
「でも、暗示はもうダメ……」
自分にブレーキを掛けるために声に出す。
暗示がないと、きっと目に映るもの耳に聞こえるもの全てが耐えがたい。
昔に戻るだけだとしても、私の脳は暗示の甘さを知ってしまった。それに浸かり切った今の私は、きっと不安を感じるたびにその飴玉を舐めようとしてしまう。
我慢できると言い切る自信はない。我慢できたところで、私のソウルジェムに穢れは確実に溜まるだろう。
だとしたら、学校をサボって魔女を探すことで急場をしのぐべきではないか。
……そんなことをグダグダ考えながら、私はいつも通り制服に着替えて弁当箱にもやしご飯を詰めた。
ここで学校から逃げては、この先ずっと逃げ続けることになると分かっていた。
不登校になったら、私は普通の生活から完全に遮断されてしまう。本格的に、社会から拒絶されてしまう。透明になって、見向きもされなくなってしまう。
だから、苦しくても学校には行かないと。
唇を噛みしめ、がちゃりと玄関扉の鍵を回した。
カバンを肩に掛けて振り返ると、手すりの向こう側、私を置いてけぼりにして朗らかな青空が広がっていた。雲ひとつない快晴だ。
まるで世界は私のために存在しているわけじゃない、と、そう告げているように。
なんでそんな平気で青いの?
朝日は生きとし生けるものに平等に降り注ぐ。その熱に当たりたくないから、背中を丸めて影の方を歩いた。
早足で団地の廊下を進み、エレベーターのボタンを押す。
中に入ると、数ヶ月前に帆奈ちゃんを秘密基地に招いたことを思い出して、無性に悲しくなった。
◇
クラスのみんなに声を掛けるようなことはせず、そっと席に着いて授業を聞いた。
普段とは明らかに様子が違うと思うけど……特段話しかけられるようなことはなかった。
そのまま昼休みになる。
今日は屋上に近いところで食べたい気分だったから、空き教室には行かず、弁当箱を持って最上階の踊り場に向かった。
お弁当は何分かで食べ終わった。
所詮白米ともやしだ。味付けで舌をごまかせても、お腹の方まではごまかせない。
「帆奈ちゃんにサンドイッチ作ったの、失敗だったな……」
結局もやしはもやしだもん。もやし以上においしくなれるはずがない。
弁当箱をランチクロスで包み直してから、スマホを取り出す。
今日はなんて送ればいいんだろう。
『帆奈ちゃん、今日は調理実習あるんでしょ?
帆奈ちゃんは何作るの? どんな食べ物が好きなのか知りたいな。
今度一緒に作ろうよ』
文章にしてみる。
「…………」
でも、送信ボタンを押そうとする指は虚空に止まった。
帆奈ちゃんの好みを知ったところで、私は帆奈ちゃんと一緒に食べに行けないし、家に食材があるわけでもない。だったら、そんなことを知って何になるんだろう。
そのまま何も打てずに画面を眺めていると、突然、仄暗い欲望が脳裏に浮かんだ。
――――何も送信しなかったら、帆奈ちゃんは心配してくれるかな。
悪魔の囁きにつばを飲む。
帆奈ちゃんには迷惑を掛けたくない。面倒くさいと思われたくない。ただでさえ帆奈ちゃんは日々暗示が上手になっていって、あんなに苦戦していた使い魔もスムーズに処理できるくらい強くなったのに、嫌われたらきっと離れていってしまう。
…………ああ、でも、実感したい。
連絡しなかったら、帆奈ちゃんは電話してくれるかな。学校まで会いに来てくれるかな? 私と同じように、校門で待ってくれたりして……。
バカだよ、そんなの。帆奈ちゃんがそんなことするわけない。そんなこと、分かり切ってるのに。
誘惑と恐怖の間でたゆたう心を見かねたかのように予鈴が鳴り出した。
そろそろ決めなくちゃ。
私は帆奈ちゃんにメッセージを――――
❖送る。 (→2-5-1へ)
❖送らない。 (→2-5-2へ)