※この作品はR-18です。

Shining Storage   作:誕生日おめで灯

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1-1 出会ってしまったふたり(2)

 放課後。

 

 神浜市駅を出ると、参道めいた水名の街から4駅しか離れていないとは思えないほどのオフィス街に放り出された。

 ここ中央区は、名の通り神浜の真ん中に位置している経済の中心である。その更に真ん中にはシンボルたる電波塔が鎮座しており、おかげでどこにいても現在位置が把握できる。

 まあ、電波塔から自分の位置を確認するのは歩き慣れている人の特権なので、大して来たこともないあたしはおとなしく地図アプリを頼ろう。

 

 人混みの中、スマホとにらめっこしながら高層ビルの隙間を縫うように進んでいく。

 目的地は指定された大型ショッピングモール。学園祭の景品なんて適当なスーパーで買えばいいのにと思うが、潤沢に与えられた予算を見るに、水名のプライドなるものがあるらしい。

 そんなしようもないプライドに巻き込まれたのがあたしなのだが……。

 

「――――あっ」

 

 突然、ピリッとした静電気のような感覚が脳裏を走った。

 ぐだぐだ愚痴を並べていた先刻の自分を脱ぎ捨てるように、

 

「……魔女」

 

 あたしは左手中指にはめられた指輪を卵型の宝石に変化させる。燦々と輝きを放つそれは、魔女がすぐ近くに現れていることを教えてくれていた。

 

 魔女を倒すこと――――それは、願いを何でも1つ叶えてもらう代わりに課された魔法少女の使命。

 

 そしてこれこそがノートなんかを書いている暇がない理由、目下の悩みの種だ。

 

「やるしか、ない、か……」

 

 ソウルジェムを強く握りしめ、明るい商店街から路地裏に向きを切り替える。

 

 正直、乗り気ではない。

 あの白いやつにホイホイ乗せられて契約したけど、どうもあたしは致命的に魔法少女に向いていないらしい。本当に、文字通りに、致命的にだ。

 1ヶ月経った今でも使い魔相手に苦戦するし、何度も魔女の攻撃を食らって死の淵に立たされた。

 ゴリ押しでなんとか生き延びているけど、次があるとは言い切れない。いや、次はないと考えた方がいいだろう。

 

 それでも素直にあいつの言うことを聞いて魔女退治なんざしているのは、ひとえにグリーフシードを得るためだ。

 魔法を使わなくてもソウルジェムは勝手に濁る。否が応でも与えられた役割をこなさなければいけない。

 

 実によくできた、なんともいやらしい仕組みだなと思う。

 

    ◇

 

 力みながら魔女結界に踏み入る。

 リボンのような鎖やカーテンで装飾されたピンク色の空間。どことなく不気味な場所を見回していると、

 

「%&・##$」

「+@~*~~」

 

 甲高い鳴き声……あるいは笑い声とともに、包装紙の見た目をした使い魔が珍奇なものを見物するかのようにわらわらと足元に集まってきた。

 応戦するためにソウルジェムに手をかざし、変身する。

 ふわりとハットが虚空から頭に落ちてくるのと同時に、あたしは武器のマンキャッチャーを顕現させた。

 

「このっ」

 

 さっそくゴキブリみたいに増えていく使い魔を薙ぎ払おうと杖を回転させるが、

 

「$%@・&!」

「――――ぐぁっ!」

 

 すぐさま魔力の反撃を腹部に受ける。

 

「痛っ……見た目は包装紙なのに」

 

 踏ん張って体勢を整え、包装紙たちに対峙する。

 

 どんなにふざけた外観でも本質が魔力である以上、油断は禁物だ。これは魔法少女の武器にも通ずる話だろう。

 まあ……あたしの武器のマンキャッチャーに関しては真逆だけど。

 禍々しい見た目の割には払うのも叩くのも中途半端で、本来の使い方である捕捉も大勢の使い魔相手には無力だ。

 中途半端なところまであたしらしいなんて、悪趣味にも程がある。

 

「でも……」

 

 今は泣き言を言ってられない。帯に短し襷(たすき)に長しとはいえ、縋りつけるものはこの棒しかないんだから。

 

「こらっ!」

 

 今度は一匹に狙いを定めてマンキャッチャーを振り下ろす。

 しかし素早く地面に叩きつけたつもりでも、目標の使い魔は描いた弧を軽々と避けやがった。

 

 ――――#%@~~! #$%#~~!

 

 嘲笑うようにぴょんぴょんと跳ねる。

 やはり鳴き声というより笑い声だ、これは。

 

「……クソっ!」

 

 魔女を倒すための存在である魔法少女が使い魔ごときに格下だと思い知らされている。

 屈辱的な状況だが……妙に納得もする。

 

(昔からあたしはこうだもんな)

 

 魔法の力を手にしたところで、あたしは虐げられる側のまま。

 そんな生まれつきの性質を変えられないまま、死ねないから今日まで生きてきた。

 だから今も同じ。観念して血路を開くのみだ。

 

「こらっ! こらっ!」

 

 何度もマンキャッチャーを振り下ろし、前に進むための道を空ける。

 

「ぐっ……!」

「ぐぁっ!」

「ぐっ、ふっ、はぁ……」

「はぁ……はぁっ」

 

 反撃を受けて血が滲み出た腹を左手で押さえながら、右手に握りしめた杖でどうにか身体を守る。

 どうせ今回逃げたって、ジリ貧になっていつかグリーフシードを使い果たしてしまう。

 それを理解しているから、無理をしてでも前に進むしかない。

 

 そんなとき、

 

「――――あっ」

 

 閃光が走った。

 

 その攻撃を目が捉えたときには、もう遅かった。

 無意識に避けようとした身体とは裏腹に、もう遅い、と分かってしまった。

 かわいらしい包装紙に包まれた魔力の量が桁違いだから、分かってしまったのだ。

 使い魔にもグレードがあるのか、それともこんなところでグズグズしているあたしを見かねて全てを終わらせようと本気を出したのか。

 知らない――――知らないけど、これは致命傷になる。

 

 覚悟を決めて、目をつぶる。まぶたを閉じたって痛みに襲われるのは変わらないのに、人って現実から逃げるようにできているらしい。

 逃走できるような状態に留めておいてほしいと祈りながら、運命を待つ。

 次の瞬間、使い魔の放った一撃は容赦なくあたしの胸を貫いて――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 …………。

 貫いていなかった。

 

「え……?」

 

 一気に脱力感と安心感に満たされ、ドサッと尻もちをついてしまった。

 ……ぜんぶ、夢?

 

 

 淡い期待と共にまぶたを開ける。

 しかし、自宅の天井の代わりに奇怪な天蓋があたしを待っていた。ここはいまだに魔女結界だ。

 これは夢ではない。だとすれば、奇跡がもう一度あたしに起きたのか。

 

 ぼうとした頭で座り込んでいると、

 

「――――大丈夫だった!?」

 

 鈴を転がすような――――それでいて、閉鎖空間によく響く声が耳に入った。

 ここは異空間だ。他人なんているはずない。

 あり得るとすれば、それはその人が、

 

「……魔法少女?」

 

 あたしと同類だということだ。

 

    ◇

 

 力をつけた使い魔による結界だったのか、そいつの消滅に伴って世界が元に戻った。

 

 あたしは座ったまま、ガラスの靴のヒールがコツンコツンと音を立てながら近づいてくるのを眺める。

 初めて会う同業者の存在に、心臓が緊張でバクバク鳴り出した。

 

 あたしの窮地を救った相手だから、現時点で敵対意識はないと思うけど……油断ならない。

 グリーフシードをめぐって魔法少女が衝突することもあるとキュゥべえは言っていた。

 もしかしたら、恩を売ったからと、いいように使われるかもしれない。

 借りを返すためにグリーフシードを差し出せ、なんて言われるかもしれない。

 あたしなら利益にならないことはしないもん。向こうだって何かしら下心はあるはず。

 ここは慎重に対応を――――

 

「――――っ」

 

 そんな思考が、見上げるのと同時に止まった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 直前の思索を全て忘れて、ただ息を呑んだ。

 警戒も心配も意味を成さないと、本能的に理解したのかもしれない。

 うまくできた罠は不意をつくのではなく獲物を誘い入れるものだというが、そういう類のものだと思う。

 光に飢えた蛾は、その末路を知ったからといって燃え盛る炎に飛び込まないわけにはいかない。

 たとえ焼け焦げてしまうとしても、焼き焦がしてしまうとしても、蛾である以上は、炎である以上は、そういうふうになるしかない。

 

 そんな変なたとえ話が浮かんできたくらい、目の前の少女はどうしようもなく美しかった。

 

 きらきらとした夕日の赤を透かして揺らめく髪に、磁器のような肌。

 何かに反射するものが芸術品だと、それはそれで不都合だなと思った。

 ステンドグラスの向こうに神聖なものを見出すより先に、ステンドグラスそのものに神聖さを見出してしまうから。

 その存在自体が完成されていて――――

 

「………あの~……」

「…………あ」

 

 困った声で現実に引き戻される。

 

 そういえば、口をパクパクさせてあたしに何か言っていたような気がしなくもない。

 ぼんやりして聞いていなかったけど……差し伸べられた手から考えれば、おそらくあたしの安否を確認していたのだろう。

 何やってんだ、あたし。つか、何を考えてたんだあたし。なんか、すごいバカみたいなことを考えていなかった?

 

「……な、何?」

「名前、教えてもらえないかな?」

「……名前?」

 

 少女はうんと頷いた。

 

「私は瀬奈みこと。あなたは?」

 

 おそらくあたしが聞いていなかったことに気づいたのだろう。少女はもう一度名乗り上げ、あたしを見つめた。

 

「…………」

 

 名前を聞かれて、ようやくどこかに飛んでいった警戒心が舞い戻った。

 

(どうしよう)

 

 個人の情報は名に集約する。

 名前を知られると、どこの学校に通っているかとか、今まで何をやってきたかとか、そういうのが全部筒抜けになる。

 でも不自然に隠すと怪しまれるし、向こうも名乗り出ている。

 それに、瀬奈みことは一応友好的な態度を示している。

 だとすれば、ここはおとなしく名乗るしかないだろう。

 

「……更紗帆奈」

「え? 帆奈っていうの!?」

「そ、そうだけど……」

 

 妙なハイテンションに圧されて一歩引くと、向こうはあたしにスペースを残すまいと一歩進んで詰め寄ってきた。

 

「すごい! 響きが似てるね! 帆奈と瀬奈!」

「……はぁ?」

「よろしく! 『帆奈ちゃん』って呼んでいい?」

「す、好きに呼べば……」

「私も『みこと』でいいから!」

「…………」

 

 ……やはり見た目はあてにならない。

 なに、この人。

 あからさまにあたしに踏み込もうとして、距離を詰めてきている。

 さっきの戦闘であたしがいかに弱いかを知っているはずなのに、何が目的なんだろう。

 とにかく、3歩くらい後ずさる。他人がこんな近くにいるのはさすがに居心地が悪い。

 

「……瀬奈」

「え? ……あ、名字で!?」

「……ダメなの?」

 

 距離を置きたいという意思表示であるのと同時に、あんたのペースに巻き込まれるのはごめんだというささやかな抵抗だった。

 

「う、ううん! 全然OKだよ!」

 

 こっちの気も知らずに、瀬奈はにへらと笑った。

 

    ◇

 

 電車に揺られながら今日の出来事を振り返る。

 

 あれから瀬奈は、あたしと一緒に戦いたいなんて言い出してきた。

 契約したばかりで、一人で戦うのは不安だったんだって。間違いなくあたしより強いから、組んだところであたしはお荷物にしかならないと思うけど……。

 でも、あたしとしてはちょうどよかったから、ほぼ二つ返事で承諾した。今日みたいなことがあっても瀬奈に任せちゃえばいいってことだし。

 火中の栗を拾おうとする相手を、拾われようとしている栗が止める理由はない。

 

 こうしてダウンロードしたばかりのチャットアプリで連絡先を交換したあと、あたしは新西区方面の電車に乗って帰路についたのだった。

 

「あっ」

 

 と、今さら中央区までやってきた目的を思い出した。

 

「やば……買い出し、完全に忘れてた」

 

 スマホを取り出し、頼んできたクラスメイトに明日でもいいか確認しようとして、チャットアプリを開く。

 すると、瀬奈からメッセージが何件も来ているのが目についた。

 

『今日はありがとう!』

『自分以外の魔法少女は初めてでビックリしたけど、帆奈ちゃんと組めて本当に嬉しい!』

『これからよろしく!』

『さっそくだけど、明日からどこかで待ち合わせして一緒に魔女退治しない?』

 

「…………」

 

 どうしよう。

 生まれてこの方他人とメッセージのやり取りをしたことが一度もなかったから、返信の仕方がよく分からない。

 端的に返答すればいいのかな。

 それとも、こっちもありがとうとか書いた方がいいのかな。

 でも、瀬奈と同じテンションは柄じゃないし……。

 そうだ。利害の一致でたまたま一緒に行動するだけなんだから、向こうがどれだけ馴れ馴れしくしようと、こっちは然るべき距離感で接すればいい。

 

『明日中央区に用事があるから、そっちで魔女退治してもいい?』

 

 我ながら不器用というか……覚悟を決めて送信ボタンを押したときには、電車のアナウンスは既に水名に着いたことを知らせていた。

 しかし、

 

『いいよ!』

 

 秒で既読がつき、返信が飛んでくる。

 ……瀬奈も瀬奈で、ずっとスマホに張りついていたかもしれない。

 一瞬喜ばしいことのように思えたが、あたしが返信の仕方でグダグダ悩んでいたのがバレてしまっているということでもある。

 

「う……」

 

 なんだか、恥ずかしくなってきた。

 

    ◇

 

 話し合った結果、しばらくは中央区で活動することにした。

 瀬奈が大東区民なのに対してあたしは水名だから、間を取って中央区、というのもある。

 今まで水名で魔女退治してきたけど、これからは新しい場所に慣れていかなければいけない。

 不思議なことに、不安はあまりない。一人で戦うより助っ人と慣れない場所で戦った方がよほど安心感がある。

 それくらいにはあたしも追い詰められていたのだ。

 

「はぁ……」

 

 大の字になってぽふっとベッドに倒れ、横目で本棚の方を見る。

 

 そっとしまわれた黒いノートは、静かな存在感を放っている。

 

 ――――人と関わって碌なことなんてなかったし、これからもない。

 

 そうあたしを責めているように感じられた。

 

「……利用するだけだから」

 

 だから、謝るように言葉にしてみる。

 

 その後、あたしは戦闘で疲れ切った肉体を癒そうと毛布の中に潜り込んだ。

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