※この作品はR-18です。

Shining Storage   作:誕生日おめで灯

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5-1-1 日没前(もやしと卵の炒めもの)

 もやしと卵の炒めものにしよう。

 これだけだと寂しいから、あとで和え物も合わせよう。きっとおいしく食べてもらえるはず。

 

 さっそく食器棚からボウルを取り出して、卵を1つ割り入れる。菜箸で塩や醤油などの調味料とよく混ぜたら、そばで待機させる。

 ガスコンロの火をつける。フライパンにサラダ油を入れ、先ほどの卵を入れる。

 あとはもやしを入れて強火で炒めるだけ。

 

「よし……!」

 

 ポイントを見極めて、火を止めた。

 

 ここまでは体に染みついた動きでスラスラできていたけど、味見してみないと出来栄えが分からない。

 なにせ、馴染みのない調味料だ。

 そもそももやし節約料理の真髄は味つけにある。

 節約レシピはどうしても簡単なものにならざるを得ないから、いかに舌をごまかすかが勝負どころだ。

 

 一回食べてみよう。

 フライパンの中の料理を少しだけ小皿に移し、口の中に入れてみる。

 すると。

 

「――――」

 

 ……味がしない。

 

 驚くほどに味がしない。水を食べているみたい。いくらもやしが水分を多分に含んでいるとはいえ、しょっぱさも旨味もないのはおかしい。

 

「帆奈ちゃん家の醤油、味薄いのかな……」

 

 もうちょっと醤油や塩を加えて炒めたらよくなるのかな。

 幸い、味が濃すぎると取り返しがつかないのと違って、味が薄い場合は後から調味料を加えればいいだけだ。

 とにかく、ここはリカバリーを頑張ってみよう。

 

    ◇

 

 ようやく納得する味になったもやしの卵炒めをお皿に盛りつけて、ご飯や和え物と一緒に帆奈ちゃんの前に置いた。

 料理全体が醤油の茶色に染まってしまったけど、味見してみたら案外おいしかったから、喜んでもらえると思う。

 

「帆奈ちゃん、食べてみて……!」

「うん。いただきます」

 

 妙な見た目の料理を前にしても、帆奈ちゃんは迷わず食卓に並べたお箸を手に取り、炒めものをつまみ上げた。

 

 ドキドキしながら帆奈ちゃんを観察する。

 ゆっくりと私の手料理を口に入れる帆奈ちゃん。それをもぐもぐしてから飲み込むと、

 

「…………」

 

 帆奈ちゃんは何かが引っかかるように、私の方に振り向いた。

 それはどちらかというと驚きに分類されるような表情だった。しかし、同じ驚きでも、サンドイッチを食べてくれたときとは全く別物だ。

 帆奈ちゃんの瞳から感じ取るのは――――心配だった。

 

「……おいしく、なかった?」

 

 分かりやすかった。帆奈ちゃんは、どこかおかしいと思って私を注視している。

 失敗を告げるその顔を見ていられなくて、視線を床に落とした。

 

 絶対に成功させようと思ったのに。

 もうこれが最後なのに。

 どうして神様は有終の美を飾らせてくれないんだろう。

 

 ……そんなときだった。

 落ち込む私に対して、さっぱりとした声が上から響く。

 

「――――いや、おいしくてビックリしてた」

「え……」

 

 再び帆奈ちゃんと目を合わせると、帆奈ちゃんは口元を緩めて私に頷いたあと、カチャカチャと箸を動かして変な色の料理を食べ出した。

 帆奈ちゃんはおいしそうに食べている。もやしと卵の炒めものも、もやしとニンジンの和え物も、本当においしそうに。

 嘘が下手な帆奈ちゃんなのに、まるで本当のことのように食べていた。

 

「瀬奈、やっぱり料理上手だね」

「…………」

「うん、おいしい」

 

 不思議だった。

 さっきの戸惑いようで分かる。帆奈ちゃんは絶対に料理の味をおいしいと思っていない。

 そのことには納得している……どう贔屓目(ひいきめ)に見てもまずそうな見た目をしているもん。

 でも、帆奈ちゃんは心からおいしそうにそんなものを食べていた。絶え間なく料理を口に運んでいるし、穏やかな表情を浮かべながらそれを味わっている。

 そんな矛盾した帆奈ちゃんの振る舞いが、すごく不思議だった。

 

 帆奈ちゃん、まずい料理を食べるのが好きなのかな。もやし以上にマニアックな趣味だ。

 

「……私も食べるね」

 

 でも、帆奈ちゃんがこんなふうに料理を受け入れてくれたとしても、こんなものを全て帆奈ちゃんに食べさせるわけにはいかない。

 キッチンに戻り、自分の分をお皿に盛りつけた。

 食卓にそれを置いて帆奈ちゃんのとなりに腰掛ける。

 

「いただきます」

 

 お箸を取って、卵炒めにそれを近づける。

 一体どこを間違えたのか食べて確認しないと。

 そうして腕を前に伸ばすと――――

 

 世界が反転した。

 

 

 

「――――ッ」

 

 逆さまの世界は暗闇に閉ざされる。

 真っ黒な中、鈍痛が胸に走る。

 

 からりと、

 箸が落ちた音。

 冷たい地面の感触。

 

 自分が床に倒れたことは分かる。

 でも、盛大に倒れたことによる痛みはなぜかない。

 ここにある痛みは内臓を握り潰すように圧迫された感覚だけ。

 ああ、痛い。

 痛い……!

 

「…せ…なっ……っ……な、――――瀬奈!」

 

 声にはっとして、目を開けた。

 真上で帆奈ちゃんが一生懸命私を呼んでいる。

 間近なのに、ラジオを聞いているみたいで寂しい。

 水で視界がぼやける。

 何も悲しくないのに、涙が出ているんだ。

 涙でせっかく見えた世界が歪められていく。

 

「はっ……ぁ、はぁ……ッ」

 

 息を吸う。体の支配権を渡しちゃダメだ。

 何者かが私を塗り替えようとしている。私の機能を停止させて、私の魂を入れ替えようと。

 

「ぁぐ……ッ、はっ……!」

 

 必死に酸素を取り込む。

 すると、肺が本心に返って、影の束縛から解かれた。

 こうして世界がようやく正常さを取り戻し始めた。

 回る景色の中、帆奈ちゃんがずっと私を呼んでくれている。

 音が、光が、どんどん近づいてきた。

 

「――――瀬奈ッ! 瀬奈、聞こえる!?」

「ぁ、帆奈、ちゃん……」

 

 帆奈ちゃんは泣きそうな顔をしていた。こんなに焦っている帆奈ちゃん、初めて見た。

 

「ごめん、ね。もう、平気だか、ら」

 

 途切れ途切れの言葉を吐く。

 きちんと意識の手綱を握っていればあ(・)っ(・)ち(・)に落とされることはないみたいだけど、前みたいに完全回復はしていなかった。筋肉を全て持っていかれたような凄まじい倦怠感が残る。

 これじゃ、立てそうにない。

 

「しばらく、この、まま……。わたし、うごけ、なくて……」

「……分かった」

 

 帆奈ちゃんは私のそばで正座した。

 力なく床に倒れている私をじっと見つめながら、静かに待ってくれている。

 

 時計の音がする。

 チクタク、チクタク、と。私に動けって命じている。

 その催促から私を守るように、帆奈ちゃんは何も言わずに寄り添ってくれた。

 

 そのうち、筋肉に再び最低限の力が注ぎ入れられた。代わりに闇に沈むような眠気が襲ってくるけど……。

 

「帆奈ちゃん、もう大丈夫。ごめんね、迷惑掛けて……」

 

 立ち上がろうと腰をひねり、床に手をついた。

 すると――――

 

 

 ひょいっ。

 

 

 目線の高さが一段と上がった。

 仰向けの体が、なぜか食卓より上の位置にある。まだ洗っていないボウルが置いてあるキッチンの流し台だって俯瞰(ふかん)できる。

 柔らかくて温かいものが肩に当たり、背中に何かを回されてガッチリ固定されている。

 全身が密着して、安心感があって。

 帆奈ちゃんの落ち着く香りがして。

 ……あれ。

 これって。

 

「は、帆奈ちゃん……!?」

 

 答えを意識した瞬間、顔がぼっと熱くなった。

 

 帆奈ちゃんにお姫様抱っこされてる。

 

 私より背が低い帆奈ちゃんだけど、しれっとした顔で軽々と私を抱き上げた。

 ちなみに、しれっとした顔、というのは下から見た感想だ。

 至近距離かつこの角度で見る帆奈ちゃんはすごく新鮮で、かわいいのと優しいのと頼もしいのとが次々と心の中に投げ入れられてもうパンクしそうになっている。

 

 そんなしれっとした帆奈ちゃんだけど、

 

「……ま、また倒れられたら困るでしょっ。いいからベッド行くよ」

 

 声まではしれっとできていなかった。

 それでも何事もなさそうな態度を貫く。こんなバレバレなのにうまく隠せてると思っているのも、すっごくかわいい。

 帆奈ちゃんも緊張しているのが伝わると、なんだか不安に苛まれていた気分が和らいだ。

 

「ふふっ。お願いします」

「……っ」

 

 笑いかけると、慌てて目をそらされた。

 帆奈ちゃんは人と接するのに慣れていないところがあって、恥ずかしがり屋だ。

 そんな帆奈ちゃんなのに、いつもこうして頑張ってくれている。

 

 今だけちょっぴりその優しさに身を委ねる。

 甘えるように、私はその胸に顔を擦り寄せて、静かに目を閉じた。

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