目を覚ました頃、橙色の光が掃き出し窓からカーペットに注がれていた。
わたあめのように柔らかいベッドの上、前に見たものとは違うモフモフなブランケットを掛けられている。
そして、左手が何かに包まれていて――――
「帆奈、ちゃん?」
「……おはよ」
私の手をぎゅっと握ったまま、帆奈ちゃんは上から私に声を掛けてくれた。
リビングから椅子を一脚持ってきて、そこに座って看病してくれていたみたい。
空の色から考えると、おそらく4時間ほど経過しているだろう。
その間、ずっと手を握っていてくれたのかな。
「ぁっ」
眠りにつく前にお姫様抱っこされたことを思い出して、鼓動が速くなる。
帆奈ちゃんはどうして私にここまでしてくれるんだろう。
もう全部終わりにするつもりなのに、この空間だけは私を巡って回っているかのように優しい。
もう全部、終わりにするつもり
――――死のう死のうなんて言いながら、あなたは死ねない。飛べないよ。
「……!」
甘い動悸に酔っていた心臓にショックが走った。
思い出す。私は夢の中でもう一人の私に会った。
彼女は真実と勧告を私に残して、去った。
いや、去ったというのは語弊がある。待っているだけだ。
彼女は今も私に取って代わるタイミングを虎視眈々と狙っているのだから。
「……瀬奈?」
「…………。あ、うん。どうしたの?」
心配する帆奈ちゃんの声で思考から連れ戻される。
「大丈夫? 体の調子はどう? まだどこか痛いの?」
「あ……」
そういえば、体の異常について全く説明していなかった。
私自身も理由を把握していないけど、人格をすり替えられようとしている感覚であるのは間違いない。
ただ、こんな変な表現の仕方をしても帆奈ちゃんには伝わらないだろう。ここは端的に症状を言わないと。
「私もよく分からないけど、今朝から突然めまいがしたり、体中が痛くなったりしてて……」
「持病とかは?」
「ない。そもそも魔法少女は病気にならないってキュゥべえが言ってたのに……」
ぎゅっと毛布を握り、体を縮こめる。
すると、椅子に座っていた帆奈ちゃんが突然ガタッと立ち上がった。
「え、帆奈ちゃん?」
「ちょっと出かけてくる。キュゥべえを連れてきて説明してもらわないと」
「キュゥべえを……。あ、そっか……」
「うん。瀬奈はここで待ってて」
帆奈ちゃんは淡々と話すけど、心なしか、表情が険しく見える。
病人の私に気を遣って顔に出さないようにしているだけで、本当はすごく怒っているかもしれない。
感情の起伏がそんなに激しくない帆奈ちゃんが、私のために怒ってくれた。
喜んでいる場合じゃないのに、病気になってよかったなとちょっと思ってしまった。
でも、帆奈ちゃん一人だけ行かせるわけにはいかない。
私も毛布の中から体をひねって上半身を起こし、床に足をつけてみた。寝て身体が少し回復しているから、走るのは難しいかもしれないけど、歩くくらいなら平気だろう。
実際に一歩進んでみる。
うん、いける。
そうして立ち上がった私を見て、帆奈ちゃんは大げさに声を荒らげた。
「ちょ、ちょっと! 瀬奈は起きちゃダメ! 寝ててっ!」
「私も行くよ。二人で探した方が早いし、動いている魔法少女の人数が多い方がキュゥべえも現れやすいと思う」
「…………」
言い訳だった。本当は帆奈ちゃんが心配なのと、帆奈ちゃんが行ったっきり帰ってこないんじゃないかという漠然とした不安があるから、帆奈ちゃんのそばから離れたくないだけだ。
懇願するようにじっと帆奈ちゃんを見つめる。
10秒くらいそのまま対峙していたが、私が引き下がらないのを見て観念したのか、帆奈ちゃんはおでこに手を当ててため息をひとつついた。
「どうしても来たいの?」
「うん」
「……分かった。瀬奈を置いていくのも不安だし、一緒に行こう」
承諾を得て喜ぶ私を横目に、ただし、と帆奈ちゃんは釘を刺す。
「再発したらすぐに帰ってもらうから。そしたらあたしが一人でキュゥべえを探す。これでいい?」
「うん、分かった」
「じゃあ、ゆっくりペースで歩くよ」
そう言うと、帆奈ちゃんは突如に私に手を差し出した。反射的に上に手を乗せる。が、意図が分からない。
「帆奈ちゃん、どうしたの?」
「……手、繋ぐから。突然倒れられたらたまったもんじゃないでしょ」
「……! い、いいの?」
「いいの、って……倒れられたらこっちが困るって言ってるの!」
あくまでツンとした態度を取ろうとする帆奈ちゃん。でも、私のためなのは明らかだった。
今日の帆奈ちゃんは特に私に甘い気がする。病気だからかな。
またもやバグを起こしたような体調に感謝してしまいながら、私は帆奈ちゃんに手を引かれて外の世界に向かった。
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夕方の水名の街は、情緒あふれる城下町としての色が一段と強い。
きらきらと光をこぼす西日の下、帆奈ちゃんと指を絡めて古風な街並みの中を歩く。
「帆奈ちゃん、どこから探すの?」
気を紛らすためにも帆奈ちゃんに話しかけた。
道路で堂々と手を繋いでいると、誰にも見られていなくてもちょっと恥ずかしい。
……しかも恋人繋ぎだ。
たぶん帆奈ちゃんは意識していないと思うけど、帆奈ちゃんがそんなつもりじゃなくても人とこんな繋ぎ方したのは初めてで……どうにか気を逸らさないと歯止めが効かなくなりそうだった。
「ここは水名神社に近いから、一回そこに行ってみようと思って」
「あ、知ってる! 縁結びスタンプラリーのところだよね――――あっ」
縁結びという単語を聞いて、思わず繋いだ右手を見てしまった。
それと同時に、帆奈ちゃんがガクッとつまずきそうになった。
「…………」
え、帆奈ちゃん。
もしかして、意識してこんな繋ぎ方してきたの?
これが帆奈ちゃんの常識だからってわけじゃなくて……恋人繋ぎがしたくて恋人繋ぎをしてきたの?
ちょっと気まずくてちょっと刺激的な沈黙が流れる。
手を繋いでいるからお互いの脈拍が早くなっているのが余計に分かる。
どうしよう。こんな幸せを味わっている場合じゃないのに、本当に歯止めが効かなくなりそう。
「は、帆奈ちゃん」
「にゃ、な、なに……」
帆奈ちゃん、盛大に噛んだ。いつも冷静にカッコつけてるのに、今だけは取り繕う様子もなく不器用だ。
帆奈ちゃんが自分より焦っているのを見ていると、面白くなって緊張がほぐれる。帆奈ちゃんのそういうところにはいつも助かっている。
「あのスタンプラリーといえば、悲恋伝説、素敵だよね」
「悲恋伝説? ……あー」
私は夢小説の題材でたまたま知っただけだけど、水名市民の帆奈ちゃんにはちゃんと伝わったようだ。
夢小説で見た限りの情報だと、お姫様と身分違いの恋をして殺された町人の男がいて、その人に会えますようにってお姫様が水名神社でお祈りをし続ける話らしい。
最終的には神様に願いを聞き入れてもらって、ふたりは再会できたんだって。
「瀬奈はあれ、いい話だと思うの?」
「うん、だってロマンチックじゃない? お姫様にずっとお祈りしてもらえた男の人、すごく幸せなんだろうなって」
「あれ、姫が願いを叶えるために城下町の人殺しまくったんだけど……」
「ええっ!?」
初耳だった。夢小説にそこまで書いてしまうと、シリアスになって重すぎるから省かれちゃったのかな。
でも――――
「その男の人、愛されていたんだね」
命をたくさん犠牲にしてもいいくらい価値を認めてもらえたってことだもん。
そんな甘い物語に思いを馳せて、思わず顔がにやけてしまった。
しかし、ふと、帆奈ちゃんは真剣な声をこぼす。
「……自分のためにたくさんの命が潰えて、そいつは喜んだのかな」
いつの間にか、帆奈ちゃんはこの上ない真顔になっていた。帆奈ちゃんはこの物語に何か思うところがあるみたいだった。
その理由は分からないけど、私は自分の考えを素直に伝える。
「喜ぶよ。それくらいその人が大切ってことだし、喜ばないとお姫様も男の人もかわいそうじゃない?」
「――――」
「でしょ?」
彼はきっと自分を幸せにしてくれたお姫様を責めない。彼のために悪者になったお姫様にありがとうって言うはず。そして、悪者として語り継がれることになるお姫様の救いになるはずだ。
だって、そう。彼がお姫様を否定することは、彼の必要性に対する肯定を否定してしまうことだから。
「……ふっ。瀬奈はなんか、徹底してるよね」
「え? なんか変だった?」
「変っていうか……こういう結末って、フツー否定の文脈で語られない?」
「そ、そうかな……」
見当違いの感想を述べてしゅんとしていると、突然帆奈ちゃんは私の手を握る左手の力を強めてきた。
さっきまで照れていたのに、今は微笑んでぎゅっとしている。
胸が高鳴って、慌てて空を見上げてごまかした。
夕空を赤く染めている太陽は、ちょうどその生で一番眩しい瞬間を迎えようとしていた。
「でも、あたしもあの伝説、いい話だと思う」
「帆奈ちゃんも?」
「うん。一昨日言ったよね。希望を信じる話はいい話って」
そういえばファミレスでそんな話をしていた。
一昨日のことだって言うけど、色々なことがありすぎて、もう一年くらい経っている感じがする。それが私の日常だったなんて、ちっとも実感が湧かない。
もしかしたら、実感が湧かないように頭が要らない情報をシャットアウトしているだけかもしれないけど。
ぼうと頭の中で取り返しのつかない現状を振り返る私の横で、帆奈ちゃんは続けた。
「人は負けるためにつくられていない。だから、希望を信じて祈り続けた姫の願いは叶ったし、叶う」
「うん」
「だけど人は負けるためにつくられていないから、城下町の人たちは負けない」
「うん……うん?」
いきなり話が飛んだような気がして、語尾が上がってしまった。
「伝説がどんな終わりを迎えるかは知らないけど、結局ルールは同じだってこと。
それより――――もう着いたよ」
話をしていたら、いつの間にか私たちは境内に立っていた。
赤を基調とした荘厳な神社が目の前にある。
参道は小さな私たちと大きな神様を一直線に結んでいた。
神様への道を目でたどると、途中には賽銭箱がガーディアンのように佇んでいた。
更なる奥で、本当に神様が私に注目しているような錯覚に陥る。
あの暗闇の中から、じっと。
「…………ッ」
身の毛がよだった。
断罪される。
真っ先にそう思った。
「瀬奈?」
「……わ、私、あっちでキュゥべえを探してみるね!」
帆奈ちゃんの左手から逃げるように右手を引っ込めて、さっと拝殿の前から身を翻す。
絡めた指と指を解いた。するりと熱が間から抜ける。
そうして足を踏み出した、その瞬間――――
暗転。
全てが黒になった。